Enemy
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「――ホラ、食事持ってきたよ」
そう言ってミシェルがジンに持ってきたのは、お馴染の携帯食料だった。ジンは謝礼と共にそれを受け取り口にする。
ミシェルは左足の義足をぎこちなさそうにしながらジンの隣に腰を下ろし、笑いながら話しかけてきてくれた。
「ごめんね、今はそんなものしか無くて」
「いえ、貰えるだけでもありがたい限りです。でも……驚きました。まさかもう歩けるなんて」
「うん、結構リハビリ頑張ったんだ」
ミシェルは笑顔のままあっさりと言うが、そう簡単に義足で歩き回れるはずがない。想像も出来ないほどの努力を重ねたのだろう。
「……その義足、神経接続型じゃないタイプみたいですけど……なにかあったんですか?」
四肢欠損……通常いずれかの四肢を失った場合は、神経接続型の義手義足を使う。脳からの信号を義手義足に伝えるための疑似神経を搭載しており、コンマ数秒のラグはあるものの関節など可動部を動かせる優れものだ。
慣れれば元々の手足に近い感覚で扱うこともできるようになるようだが……ミシェルの義足は明らかに神経接続型の型ではない。関節をそもそも搭載していない、非常に簡易的なものだった。
「この義足ね。神経接続型の義足って作るのに結構時間かかるみたいで、それまでの代用品なの。まぁでも、一応元社員だからってことで優先的に作ってもらえるから、もう少しの辛抱ね」
「なるほど……」
そう言えば、ミシェルは元々バーミリオン社の通信技師という話だった。
神経接続型の義手義足、元技術者であるジンでもその構造や理論はさっぱり解らない。バーミリオン社の独占技術の一種らしいが……。
(……バーミリオン社、か。スカーレットさんのお兄さんが興した会社らしいけど、本当に何でも作ってるんだな……)
口の中の携帯食料を呑み込み、ジンはぼんやりと思い出していた。
そういえば、姉さんの勤め先もバーミリオン社の自動車工場だったっけ。
第1層、バーテクス正規軍本部。拳二とマクスは息を少し乱しながらも、ようやく辿り着いた。
「――ようやく最上階か。だが、こりゃ……」
見渡す限りの死体、死体、死体……。大きな得物による斬撃、或いは大穴を穿たれて一撃の下に絶命しているようだった。
「間違いない、ディバイドの大槍によるものだろう」
マクスは死体の損傷を凝視しつつ、これ以上無い確信を抱く。
「……最上階は静かだな。あの野郎がここで戦ってたのは分かったが……一体どこに行きやがった」
「ああ、姿が見えないようだが……」
2人は辺りを警戒しつつ見渡すが、ディバイドの姿は無い。ディバイドだけではなく、敵の姿や他に生き残った兵士の姿も見当たらない。
すると2人の意識の外からするりと耳に届く声がひとつ。ファングの声だった。
「――ならば最奥の総指令室を調べるしかないのでは?」
「っおお!? アンタなぁ……いきなり出てくんなよ」
拳二は思わず飛び上がり、情けない声を上げてしまった。顔をほんのり赤らめながらファングに釘を刺す。
そんな拳二の微笑ましい姿にマクスは表情を緩めるが、すぐに通路奥の扉を睨むように視界に入れる。血がべったりと付着した、総司令室の扉だ。
「ハハ……けど、そうだね。ファングの言う通りだ。踏み込もう」
拳二の蹴りが勢いよく扉を突き破る。
すると、部屋の中には――
「――……アーロン……? 何を……やっている」
マクスはまるで信じられないものを見るように目を見開き、声を絞り出すように問う。
「ああ……来たのか、マクス」
血に塗れ、拳銃をその手に持つアーロンの姿。
そのすぐ足元には、うつ伏せに倒れ動かないディバイドの姿があった。
「……アーロン、一体――」
「――俺が撃った。それだけ言えば、十分だろう」
撃った……俺が、撃ったと言ったか?
何を撃った。決まっている、ディバイドのことだろう。いやしかし、何故だ。分からない。何故だ、アーロン・ジョンソンが、バーテクス正規軍のトップに立つ男が、何故。思考が、まとまらない――
マクスは半ばパニック状態になっている頭を必死になだめ、もう一度問う。
「撃った……? 何故だ……何故……?」
「流石のお前も予想はしていなかったか? マクスよ、俺の瞳をよく見ろよ」
そう言われてマクスはすぐにアーロンと目を合わせる。
いや、本当は真っ先に気付いていた。部屋に入り、倒れたディバイドを見つける前に、その手に握られていた拳銃に気付く前に。
――あれは、真紅の瞳だ。
「――オラァッ!!」
マクスの真っ白になり宙に浮いたままの思考を斬り裂くように、拳二がアーロンに殴りかかった。
アーロンはその巨体に似合わぬ機敏な動きで拳二のラッシュ攻撃を躱す。パンチとキックを織り交ぜた、拳二らしい見事な連続攻撃だったが……。
「クソ……なんでこうなるんだよ……! アンタは軍のトップだろうが!!」
「フフ……驚いたかな?」
「ふざけてんじゃねぇぞッッ!!!」
拳二は怒りに任せて拳を振るう。その怒りに呼応させるかのようにバルバロイを解放し、青白い流星の如き一撃がアーロンの顔を捉えようとしたその時。
アーロンは笑顔を浮かべたまま、呟いた。
「流石はトップランカーだ。だが、君の相手は私ではない」
入った……! そう確信していた拳二は、一瞬その事実を認識できなかった。
殴られ、吹き飛ばされたのは――拳二の方だった。
「な……!?」
拳二はそのまま受け身も取れずにデスクに突っ込む。壊れたデスクに足を取られつつも、即座に立ち上がってアーロンの方を見る。するとそこにはアーロンとは別の、もう1人の人影があった。十中八九、そいつの不意打ちでカウンターを貰ったのだろう。
「くそ………なんだてめぇは……!」
「――流石に今のじゃ生きてるか。ま、そう来なくちゃな」
「……!! そんな……嘘だろ……ッ!?」
そう言って拳二に向かって不敵に微笑んだ男。拳二はその男を知っていた。
誰よりも、何よりも知っていた。
「あ……兄貴……?!」
見間違えるはずもない。
男の名は『竹内拳一』。正真正銘、拳二の兄の姿だった。