Reverse-3
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アレックスの持ってきた鍵により、ジンを繋いでいた鎖はようやく外れた。
ガチガチに固まった身体を引きずるように歩き、ようやく外の景色を見る。空を遮るものが多く、潮の香りがする事から、最下層である第4層ということが分かる。恐らくはバーテクス正規軍の軍港だろう。
「これは……!? 一体、何が起きてるんだ!?」
ジンは思わず目を疑った。
あれだけ綺麗だったエリア1の街並みは、まるで戦場のようになっていたのだ。街の至る所から火の手が上がり、絶え間なく人々の叫び声が響いている。
何か恐ろしいモノから逃げるような、恐怖に塗りつぶされた叫びだ。
「――!! ジンさん、来ます……!」
そう言いながら、アレックスが銃を構えた。
その銃口の先には、バーテクス正規軍の兵士がいた。おそらくは街を巡回する兵士だろうが……何やら様子がおかしい。
「……ァ……ヒト……ヒ……ト……ヒト人ヒトひとひとひとひとひとヒト」
言葉を忘れてしまったかのように、狂ったように兵士は同じ言葉を繰り返す。口元に付着したおびただしい量の血、確かに感じるべノムの感覚。
――『それ』を目の前にすれば、教えて貰わずとも解る。解ってしまう。
「ヒトオオオオオオオオオオオオッッ!!!!」
兵士は絶叫しながらこちらに迫った。
……が、しかしその瞬間兵士の頭は破裂音と共に弾け飛んだ。頭蓋骨の破片と脳髄、眼球……まるで熟れたトマトを潰したかのようだった。
「……」
アームズの持つ銃が硝煙を上げていた。
たった1発、しかしあの有様だ。その破壊力はさながら大口径のライフルに匹敵するのだろう。
ジンは堪らず尋ねた。何が起きているかはおおよそ見当が付いているのにもかかわらず、聞かずにはいられない。
「……アームズ、今の人は――」
「――人じゃない。もう人じゃない……そうでしょ?」
ジンの問いにアームズは食い気味に答えた。まるで自分に言い聞かせているようだった。
――現状はアレックスが説明してくれた。
突如としてバーテクス正規軍の兵士たちが発狂し、人を手当たり次第喰らう暴徒と化したと。実質的な街の治安維持をしていた組織だけあって、その混乱と被害は限りなく大きいようだ。
現在は正気を保ったままの正規軍兵士とハウンドのメンバーで人々の救助・避難と暴徒の殲滅を行っているという。
「バーテクス正規軍の反乱……いや、反乱というよりは兵士の豹変でしょうか。とにかく、ホントにまるで喰らう者みたいに」
「人の喰らう者化……間違いないだろう。アレックスも見ただろ。あの研究施設で俺が倒した女の子。さっきの兵士、まるで一緒だった」
「喰らう者化……! そんなことって……」
「考えるのは後だ。とにかく、今は動こう。何とかみんなと合流しなくちゃ」
ジンはそう言って動こうとするが、ガシっと腕を掴まれた。アームズだ。
「アームズ?」
「マクスから、ジンを確保したら第2層の病院に連れて行けと言われてる」
「病院……そこにみんないるのか?」
「みんなは最上層の正規軍本部に。暴徒の巣窟になってるからそこを潰せばきっと……って」
「なら、俺も本部へ行くよ。こんな状況なんだ、俺も戦わないと!」
ジンはアームズの腕を振り解いて上層に向かおうと駆け出すが、すぐにガクンと膝を付いてしまった。うまく体が動かず、呼吸もし辛い。
「あれ……なんで……」
慌ててアレックスと看守がジンに駆け寄る。
「ジンさん! 大丈夫ですか!?」
「無理だジン君、君はもう2週間は動いてないし、まともな食事も摂ってない。そんな状態じゃ……戦えっこない」
2人に肩を借りてジンはようやく立ち上がる。肩を借りなければ、歩く事さえ難しい。
「でも……こんな状況で、俺は――」
「――何も出来ない、訳じゃない」
ジンはアームズの言葉に顔を上げた。
するとそこには、ジンの得物である『陽炎』が差し出すアームズの姿があった。
「……ジンの武器、ちゃんと拾っておいた。病院は今、保護した人たちの避難所になってる。あそこには動けない人も多いから。だから、行って守ってあげて」
「アームズ……」
「本部を潰せば一網打尽、きっとこの混乱もなんとかできる。だからそれまでの間、役割分担。病院には足を失くしたあの人、それにランク11もいると聞いてる」
「……!」
「じゃ、私は行く。
――またね。きっとまたね、ジン」
アームズはどこか惜しむように言った後、爆発的な加速を以ってその場から飛び立った。
「……分かったよ。確かに、任された。行こう、アレックス、兵士さんたちも」
「へへっ、了解です!」
「ああ、私たちも行こう。私たちは幸い正気のままのようだしな」
「あんな化物にはなりたくないなぁ……」
こうしてジンとアレックス、そして看守だった兵士2人は、第2層の病院へ急ぐ。
「――元帥、ここも限界です。残念ですが……離脱しましょう。本部を捨て、ハウンドの一団に合流。その後は速やかに敵を殲滅しなくては」
バーテクス正規軍本部、総司令室。
エリア1の街並みを見下ろすことの出来る大窓があり、それを見つめるアーロンの背中にディバイドが声をかけた。ディバイドは幾らかの返り血を浴びていたが、ほとんど無傷の状態だった。
「現存の防衛軍はそのほとんどが壊滅……いえ、ほとんどが喰らう者になったと」
「そうか……」
「ですが、生き残って今も戦う兵もいるようです。本来であれば防衛軍を指揮する立場の者がいるはずですが……いやはや、見事なものです。事態発覚から1時間としない内に全員がエリア4へ逃げ出した」
「……」
「この騒動も結局はハウンドが解決するでしょう。原因はともかく……これを機に、軍の主権をエリア5の駐屯軍側に移したらどうでしょうか。ここの連中は、ハッキリ言って屑しかいませんよ」
「そうだな……」
「私であれば……いえ、私以外でもエリア5の将校たちであれば、民を見捨てて逃げ出すような事はしない……!!」
ディバイドはそう言って血が滲むほどに拳を握り締める。
すると不意に、アーロンがディバイドに向き直って言った。
「なぁディバイド。人間とはなぜこうも卑しくなってしまうと思う? 元の志は同じはずなのに」
「……元帥?」
「答えは、弱いからだ。弱いから、力を持たないから外道に墜ちる。お前ほどの力があればよかったのに」
コツ。コツ。と音を立てて、ゆっくり歩きながらアーロンは語る。
切羽詰まった状況にこの行動、ディバイドはアーロンの意図が分からず、ひとまず答えることにする。
「元帥……お言葉ですが、人は誰もが強く在れる訳ではありません。弱きものを守るのも、また我々バーテクス正規軍の使命です」
「フフ……いい答えだ。その通り、人は皆お前のように強くはなれない」
「……」
「――だがな。私の答えはこうだ」
アーロンは銃を取り出し、真っ直ぐにディバイドを狙う。
緋色合金で造られた、バーミリオン社製の大型拳銃。いくらディバイドほどの達人とはいえ、この近距離で銃弾を躱すことなどできはしないし、狙いを外すのにも期待はできない。
それは、ディバイド自身が良く知っていた。銃の扱いを教えてくれたのは、他でもないこの人なのだから。
「……元帥……いや、アーロン。何故ですか」
「弱き者の為に強き者が損をするのは、おかしなこととは思わないか。強き者だけが生き残れば良い。もっと言えば、強き種が人間にとって代われば良いのだ。新人類としてな」
「……何を、言っている……?」
「分からんか。無理もない、この身体を持たぬお前には」
アーロンの瞳の色が変わったことにディバイドは気付く。
飽きるほどに見た、忌々しい紅色。
「……あなたは……誰だ……?」
「アーロンだよ、ディバイド。孤児だったお前を拾い、育てた。お前の父親代わりのな。
――もっとも、今は『将軍』と呼ばれることが多いがな」
重い銃声が響く。
恐慌する街の中、その音は誰の耳にも届かない。
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