暗躍する者-2
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「――大丈夫だジン君、ゆっくり食べて」
「……ありがとう……本当にありがとうございます……」
兵士にパンを差し出され、手足を拘束されたままのジンはまるで犬のように喰らい付いていた。特別美味しい訳でもなく、むしろ硬くバサバサな食感からして不味い部類の代物だった。
それでも今のジンにとって、そのパンは涙を流す程に美味に感じた。
そうしてパンの最後の一口を口に入れ、まるで極上の肉料理を呑み込んでしまうことを勿体ないとするかのように咀嚼する。
兵士はそんなジンに微笑みながら言った。
「しかし……色々と驚いたよ。あのビッグホーンが生きていたこともそうだが、何より君が変異体になったと聞いてね」
水分に加えて食べ物を摂取できたのが大きかったのだろう。ジンに意識は鮮明さを取り戻し、彼の言葉もよく聞き取れる。
だからこそ分かってしまった。彼は笑顔を向けてくれているけれど……その声は少し震えていて、恐怖の色を宿している。
「……怖いですか? 俺は……もう人間ではないんです」
「怖くないさ」
「……え?」
即答だった。
「はは、どこか怖がっているように見えたかな。今の私の行動だが……当然ながら重大な軍規違反にあたる。小心者だからね、私は。それに対しては、確かに恐れているとも」
ゆっくりと兵士は立ち上がった。声が震えていたのは確かだが、こちらを見るその表情には確かに恐怖は無い。
「だが……それでも、ほんの僅かでもいい。君を助けてやりたかった。君は私の命の恩人だ。どうにかして力になってやりたかったんだ。だから、拘束された君の監視に志願した。あのビッグホーンと渡り合った存在だ、志願する奴は私たちくらいのものだったから、ここに来るのは楽だった」
「……私たち?」
「決まっている。あの日君に救われた私と……もう1人の兵士さ」
「……!」
「あいつは別室で監視カメラに細工をしてる。誤魔化せるのは僅かな時間だが、それでも君に伝えるべきことがあった」
「伝えるべきこと……一体何です?」
ジンは素直に疑問に思い尋ねたが、その直後、兵士の通信機が鳴り響く。使い古された旧式独特の割れた音声が聞こえる。
『おい、そろそろマズいぞ。また例の連中だ』
「……仕方ない、今日はここまでか」
兵士はその顔に悔しさを滲ませ、吐き出すようにジンに言った。
「済まないジン君。我々に出来るのはこの程度のことだけだ。こんな行為は……偽善だとは分かっている。だが君を逃がしたり、その拘束を外して共に戦ったりは出来ない。仕事を選べるほど器用な人間ではないし、家族もいる。軍の意向に逆らう訳にはいかないんだ! だから――」
「――いいえ、いいえ。もう十分です。本当に……本当に救われました。僕も、またあなたに会えてよかった」
「……君は」
「いいから。行って下さい。これ以上は、あなた達が危険です。僕なら大丈夫。それにほら、ご飯食べて随分元気になったでしょう?」
「……分かった。だが最期に1つ……君に伝える」
「?」
「君を解放するために、バーテクス正規軍の元帥に殴りかかった数字持ちがいる。確かランクは5だと聞いた。それにハウンドの総司令も、君を解放するよう掛け合っているようだ。
――どうか忘れるな。君を信じている人間は、私たちだけじゃないことを」
兵士は最後にそう言い残し、牢獄の扉に施錠してその場を後にした。
1人その場に残されたジンは……少しだけ嬉しそうに呟いた。
「……ありがとう、本当に」
――エリア1、バーテクス正規軍本部前。
エリア1の最高層に位置する第1層、そこに広がる人工的に作られた広大なスペース。そのスペースは正規軍本部の前に広がっており、様々な航空機、車両そして兵士などがせわしなく動いている。各種航空機が飛び立つ滑走路でもあり、大型物資の置き場でもあり、そして時には戦闘訓練の演習場にもなりうる鉄の庭だった。
そんな中、何かを囲み見物している兵士たちの姿があった。正に熱狂、と言っていい程に盛り上がった彼らの中心にあるものは――
「――中々やるものだ、流石はハウンドのトップランカーか」
「ハァ……ハァ……! くっそ、余裕かましやがって……!!」
身の丈以上の長槍を涼し気な顔で振るうのは、バーテクス正規軍・大将ディバイド・ピッペン。相対するのはハウンドのランク5竹内拳二。
激しい火花を散らしながら打ち合う、2人の姿だった。
互いに練習用の非殺傷武器を手にしているが、放つ殺気は本物の真剣勝負が行われていた。
周りの野次馬の中にはランク4のマイルズや、バーテクス正規軍元帥であるアーロンの姿もあった。
マイルズとアーロンは並び立ち、共に言葉を交わしながら2人の戦いを観戦していた。
「ほう……拳二君も成長したものだ。あのディバイド相手にここまで食い下がるとは」
「まァ……まだまだ若造ですが、近接戦闘ならハウンドの中でも既にトップクラスですからなァ」
「正直な所、少し驚いた。初めて会った時はただの喧嘩早いだけの青年だったからね。無論、今もそれは変わらないみたいだが……しかしマイルズ、君はこの勝負をどう見る?」
「……元帥、どうもこうも無いでしょうよ。見たまんま、拳二も良くやっちゃいるが相手が悪い。まだまだその域には達しちゃいない、あいつはこれからだ」
「……フフ、それもそうだな」
マイルズや元帥の考える通り、勝敗は既に決していた。肩で息をし、体中に細かな傷を創っている拳二に対してディバイドは無傷、息の乱れすら無かったのだ。
「終わりだ!」
「っぐ……おおお!!!」
ディバイドの繰り出した強烈薙ぎ払いをモロに喰らい、拳二はそのまま吹き飛ばされる。
武器のお陰もあって深い傷は負わなかったものの、すぐに立ち上がることはできなかった。
「ぐっ……く……そ……!」
「――勝敗は決した。残念だが彼の解放は無しだ、諦めろ」
「く……! まだ負けて……ねぇっ……!!」
拳二はガクガクと震える足で何とか立ち上がったが、その時両者の間に割り込んだ者がいた。マイルズだった。
「オーラ小僧、そこまでだ。男なら潔く負けを認めて、一旦引くんだな」
「何言ってんだオッサン……! そんなこと言ってる場合じゃ……ねぇだろ……!」
「はァ……そんなガタガタの状態でよく言うぜ。いいから行くぞ。というか引きずってでも行くぞ。おーいお前ら、手伝えや」
マイルズが呼びかけると、野次馬の中から2人出てきた。マイルズの部下であるオリバーとモーリスだ。2人は今にも倒れそうな拳二の肩を抱いてその場を後にする。
「了解です、隊長。とりあえずはハウンド本部の方へ?」
「あァ、そうしてくれモーリス」
マイルズから指示を受けているモーリスとは正に真逆、オリバーは拳二の顔を覗き込んでニヤニヤと話しかけていた。
「ハハハ、派手にやられちまったなぁ、拳二」
「く……そ! 離し……やが……ぅ……」
「ん? っておいおい、気ぃ失っちまったぜ。コレ大丈夫かよ隊長?」
「問題無ェよ、この喧嘩小僧がこの程度でくたばるタマかってんだ」
「ハッ、そりゃ違いねぇ!」
そしてマイルズは拳二を連れてその場を離れようとしたが、その背中に声が掛けられる。
「――行くのか、マイルズ」
アーロンが言った。
「……」
「お前が軍を抜けた理由は分かる。だが、その力を我々はまだ必要としている。もう一度、軍に――」
「――戻らねェよ。分かってんだろ、アーロンさん」
あれだけ盛り上がっていた場の空気が、一瞬にして凍り付く。
「……確かに依然防衛軍の腐敗はある。だがそれも少しずつ変わってきている。他でもないお前たちハウンドが戦果を挙げることで、まだ人類は戦えると証明してくれたからだ。だからこそ、今ならばきっと変えられるはずだ。俺たちが目指した、正規軍の本来あるべき姿に」
「……」
少しの沈黙が場に満ちた後、マイルズは笑って言った。
「――変えられねェよ。ジンをモルモットにしようとしちまうお前らなんかとは、変えられない。アイツのことをただ喰らう者と言って切り捨てて……知ろうともしない。そんな連中と組むなんざ……死んでもゴメンだね」
マイルズたちはその場を後にしたが、その場の誰もが沈黙のまま動けずにいた。そんな中、アーロンがボソリと呟く。
「……フフ、相変わらず見かけによらず熱い男だ。マイルズの奴は」
「良いのですか、元帥」
ディバイドが歩み寄りながら言った。しかしアーロンの表情を見て少しばかりたじろいでしまった。
「勿論、仕方の無い事だ。相容れぬなら……いつか決着をつける時も来るだろう。たとえ命を争ったとしても」
「……」
この時、この場にいる者の中でディバイドだけが感じていたことがあった。
尊敬を通り越して崇拝に近い感情をアーロンに向けているディバイドだったが、この時少しばかりの恐怖と疑念を感じてしまう。
何故ならアーロンは……とても楽しそうに笑っていたから。
――この人は……一体何を企んでいる?
「――やあやあ看守クン、ご苦労だね。ところで彼が意識を取り戻したって本当かい?」
「……はい。今なら会話も十分に可能かと」
「ククク! それはいいね! とても楽しみだ。さて、早速通行の許可を貰えるかね?」
「はい、ではIDの提示をお願いします……はい、はい……確かに確認しました。
――特別隔離室への通行を認可します。
ようこそ、グレッグ・ジャクソン博士」