Rebellion-2
更新しました!よろしければ覗いていって下さい!
勝った。
ジンはそう確信し、無意識に安堵した。
陽炎は確かにビッグホーンの頭部に深く突き刺さった。いくらカテゴリーSの喰らう者であろうと、『生物』である以上、頭部へのダメージは確実な致命傷だ。
――しかし。
「勝ったと……思ったか……!?」
痛みに耐えながらも、それに負けじと呻くような声がする。
ビッグホーンは生きていたのだ。
「――なにっ……」
ジンは驚きのあまり、一瞬反応が遅れてしまう。
時間にして1秒にも満たない、ほんの僅かな一瞬だった。しかしビッグホーンにとって、それは十分な時間だった。
『――破壊の大角ッッ!!!』
残った左腕の、折れた角による一撃。
角の先端に鋭利さは無く、変異体となったジンの体表を貫くことは叶わなかったが……
剛力無双、絶対的な破壊力はそのまま打撃力へと変換され、ジンの顔面を直撃する。
――そして、ジンの意識はここで潰えた。
ジンの身体はまるで弾丸のように吹き飛び、木々を薙ぎ倒しながらようやく地に落ちた。
既に変異体は解け、うつ伏せに倒れピクリとも動かない。
それを見たビッグホーンは、ようやく勝ったと確信する。
「ゼェ……ゼェ……ようやく……か」
ビッグホーンは自らの右目に深く突き刺さった陽炎を抜き、投げ捨てる。
「ぐっ……!」
カラン、と静寂の中に金属音が寂しく響く。まるで鉄が冷めたかのように陽炎は色彩を失っていた。
ビッグホーンはゆっくりと歩き、倒れたジンの下へ向かう。断たれた右腕からは出血が止まらず、右目も完全に潰されていた。
(……これではもう、長くはない、か。運良く刀が右目側に逸れたから即死を免れたが……あと数センチ違っていたら、脳を貫かれて終わっていただろう。勝ちを急いで狙いに甘さが出たか、或いは彼も限界だったのか……)
おぼつかない足取りで、ビッグホーンはジンの前に辿り着く。
「微弱だが、まだ息がある。悪いが止めを――くっ!?」
強い立ち眩みに襲われ、ビッグホーンはよろめく。
傷が深すぎる。もう数時間としない内に息絶えるだろう、と理解してしまった。衰えきったこの身体の治癒力では、もう生き残ることはできない。
(……新たな世代、か。恐ろしいものだな、時間の流れとは。10年前の敗北にも同じ事を感じたものだが……)
死を覚悟したビッグホーンは、少しだけ笑った。
誰が聞いている訳でもないが、それでも声を上げ、言葉を残すように呟いた。
「――だがな、最後に立っているのは俺だ。お前のような未来ある若者と相討ったんだ。老いぼれ最後の戦果としては、上々だろう」
左腕を振り上げ、構える。正真正銘、最後の一撃だ。
「――さらばだ、反逆者。恨むのなら、その力を人の身に宿してしまった因果を呪え」
「――反逆者か。お前ら喰らう者にとってもそうなのか?」
「――――!!」
ビッグホーンの独白を遮り、荒々しい男の声が響いた。ゆっくりとこちらへ歩いてくる男がいる。
比類なき殺気、比類なき強者の気配。それでいながら喰らう者特有のべノムの気配を感じることは無い。
紛う事無き人間が、近づいてくる。
そしてビッグホーンには、その人間に見覚えがあった。
「……お前……は」
大柄な体躯、身の丈ほどもある大剣を担ぐその姿。
忘れるはずもない。10年前に敗北した、その男の名は――
「しかしまぁ期待の新人クンとやらを追って来てみれば、こりゃとんだ大物に出くわしたじゃねぇか。随分とボロッボロだが……10年ぶりだな、大角」
「貴様……ゴライアス・オニール……」
「なんだ、あんたに名乗った覚えは無かったが」
「喰らう者として生きていれば、嫌でもその名前は耳にするさ。人類最強の男、ハウンドのランク1……その名は俺たち喰らう者にとって――」
「――あーあー。もういい、別に話に来た訳じゃねぇ」
ゴライアスは会話を強引に打ち切り、背負った大剣を掴み、そして構えた。
「――話すことに意味は無いのさ。10年越しの仕事だ、今すぐ死ね」
ビッグホーンは殺気の高まりを感じ、すぐさま警戒態勢に移ろうとしたが……間に合わない。既に間合いは詰められ、ゴライアスの大剣が眼前に迫っていた。
どの道、放っておいても死に絶えるこの命。ビッグホーンは全てを諦め、抵抗ではなくジンの方に視線を向ける。
きっと今の彼に言葉は届かない。それに彼もまた、このまま死してしまうだけかもしれない。
それでも、ビッグホーンにはジンに言っておきたいことがあった。喰らう者の力をその身に宿しながら、決して抗うことの出来ない『母』の声が聞こえないという彼ならば。
世界を壊してくれるかもしれない。
人間と喰らう者が殺し合うだけの、この世界を。
「貫けよ、『人間』であることを。お前なら、いつかきっと――」
その言葉は最後まで語られることは無かった。
ゴライアスの振るう大剣が、ビッグホーンの首を断ち切った。
いつかきっと――『母』にも届くだろう。