Rebellion
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――ああ、動く。
身体が動く。俺はまだ、戦える。
さっきまでの痛みも、必死になって意識を保とうとしていた苦しさも。今はまるで感じない。むしろ意識は冴え渡っており、対峙するビッグホーンの驚くような様子がよく分かる。
ジンはふと、失ったはずの右腕に視線をやった。
そこにはまるで悪魔の腕のような、人の腕の形をしながら決定的に違う腕があった。
拳を握り、そして開く。
紛れもなく自分の意思で動く腕だった。その瞬間ジンは全てを理解して……少しだけ、嗤った。
もう疑いの余地は無い。何よりもこの身に溢れる力と、この醜い姿が、どうしようもなくその事実を突き付けてくる。
俺はただ、生き抜くために。
人であることを、捨てた。
「――来い」
ジンは右腕を真横に掲げ、呟いた。
その呟きに呼応するように、赤き焔が舞い上がる。陽炎が弾け飛ぶように宙に浮き、ジンの右腕だったものを焼き尽くして飛来したのだ。
そのままジンは飛来した陽炎を掴み、瞬時に移動した。
「行くぞ」
自分でも笑ってしまいそうなほどに、身体が動く。イメージ通りに、自由自在に、速く、そして強く。
いとも簡単にビッグホーンの死角に回り、後頭部目がけて刺突を繰り出した。
「――!!」
ビッグホーンは間一髪で身を屈め、身体を捻って振り向きながら刺突を回避した。陽炎の刀身が頬に傷を刻むも、ほぼ完璧に躱したと言えるだろう。そのまま振り返りの回転を活かし、腕の角を振るう。
大きな衝突音と共に、両者は拮抗した鍔迫り合いになった。
「……その姿、その力……お前は一体……!?」
ビッグホーンが堪らずに問う。しかし答えは返ってこない。
ほんの少し前までのこいつとは、明らかに違う。姿形や纏う殺気、動きを通して見える感情の揺らぎに至るまで。
何もかもが違う。目の前のこいつは、もはや人間では断じてない!
(……っ、だが、パワーならばまだこちらが上だ……!)
ビッグホーンは鍔迫り合いを通して彼我の膂力の差を計り、確信した。強引に更なる力を込め、ジンを薙ぎ払うように払い除ける。
そのまま追撃を加えようとするが――ジンの姿が、無い。
「見失った……!? 否、そこか!!」
ビッグホーンは視界の端に揺らめく焔を捉え、猛突進をかける。腕部の角を薙ぎ払い、広範囲の木々ごとジンを狙うが……ジンは焔を揺らめかせながら、爆発的な加速で攻撃範囲から逃れる。絶え間ない連続攻撃、その全ての一撃が致命的な一撃だった。しかし今のジンには当たらない。
連続攻撃と回避一徹の構図。そんな流れの中、ふと両者の間合いが空いた。ここでビッグホーンは追撃を止め、構えながら思考する。
(スピードはあちらが一枚上手か……どうしたものか――)
その時だった。
突如としてジンが猛攻を仕掛けてきたのは。
連続攻撃をまずはひたすら躱す。大角の攻撃を、その動きをよく見るんだ。
妙に冴え渡った意識と、冷静さを取り戻した心が、ジンの優れた判断能力を発揮させる。刀也のような反撃を意識した無駄の無い身のこなしには程遠いが、その分アクロバティックに大きく動き、確実に回避をしていく。
当然、大きく回避していることで反撃は出来ないが……敵の攻撃に慣れることはできる。
そしてふとした流れで両者に間合いが空く。その時、ビッグホーンの連続攻撃が途切れた。
(――ここだ)
思考と反応にタイムラグを感じない。ここだと思った瞬間には吠えるように叫び、身体は全速力で前に出ていた。
「オオオオオオッ!!!」
陽炎による高速の連撃。変異体になることで極限まで刀身に乗ったべノムが、拙いジンの剣術でも、ビッグホーンに通用する超高威力の斬撃を実現していた。
「っぐうう、ぬうううううッ!!」
先程までとは打って変わって、今度はビッグホーンが防戦一方の戦況になる。ジンは反撃を警戒しつつその堅牢な防御を崩すべく、高速移動を繰り返して多方向から斬撃を繰り返す。死角を狙いつつ正面、側面からの攻撃を織り交ぜ、的を絞らせない。
さながら、ビッグホーンは斬撃の渦に囚われているような状態だった。回避ではなく防御であるが故、腕部の角は徐々に削られていく。
「調子に……乗るなッ!!」
ビッグホーンが強引に腕の角を突き出す。しかしジンはその反撃を完全に見切り、逆に陽炎を滑り込ませ、突きに合わせて上腕部を撫でるように斬る。
「ぐっ……! おおッ!」
「断ち切れない……けど」
切断には至らなかったが、今のはかなり深く刃が入った。即座に反撃してきたのは、流石最上位の喰らう者と言ったところだが……躱せる。反撃せずに攻撃を観察した分、ビッグホーンの動きに慣れてきていた。
(いける……このまま削れば、必ず隙が――)
ジンはそう確信し、更に連撃速度を上げていく……が。
「調子に乗るなと……言っているッ!!」
「……!!」
遂にビッグホーンの一撃が、ジンを捉えた。大角の側面による殴打が、ジンの身体を吹き飛ばす。
「お前だけが敵の動きに順応するわけではない。逆もまた然り……戦いの鉄則だ」
「……」
しかしジンは何事も無かったように立ち上がり、脈動する陽炎を構える。
(ダメージを蓄積させていた筈の腹部に当てたつもりだったが……なるほど、つくづく人間ではないらしい)
そして今にも再び間合いを詰めようとジンが踏み込んだ時、不意にビッグホーンが言葉を発した。
「ジン……と言ったな。もうこれ以上、俺たちに戦う理由は無いはずだ。お前には、声が聞こえないのか? 『母』の声が」
「声……『母』の声、だと?」
「そうだ。その声が俺たち喰らう者を戦いへ、殺戮へと導く。その姿……お前は俺と同類だ」
「……?」
ジンにはビッグホーンの言っていることが、まるで理解が出来ない。しかしビッグホーンは構わず続ける。
「本当に聞こえないのか? 『母』の声は、俺の生きてきた100年以上に渡って響き続けている。止まることはただの一度も無かった。そしてこれは俺だけじゃない、全ての喰らう者がそうだ。
――今、この瞬間にも、よく聞こえる。
人間を喰い殺せ。喰い殺せ、とな」
「……それが、そんなものが……お前たちが人間を喰う理由か」
「もはやこれは種としての本能とも言えるだろう。その声が、どうしようもない殺人・捕食衝動を駆り立てる」
「それを聞いて、少しだけ安心したよ」
「何?」
「確かに『声』は聞こえた。けどその声は、俺にこう言ったんだ。『諦めるな』って。ならきっと、お前らの『母』とやらの声とは違うんだろう。確かに人間ではなくなってしまったかもしれないけど……心まで喰らう者になった訳じゃない」
「……変異体の姿を持ち、それだけの力を持ちながら……お前は人間側に居続けるのだな? きっと人間共はお前を認めはしない。いくら人間の側について戦うと叫んでも、喰らう者という存在との溝は埋まることは無い。一方的に憎まれ、蔑まれ……最後には、きっと殺される。こちら側に来るのなら、ここが分岐点だぞ」
――分岐点。
言われてみれば、確かにそうかもしれない。こんな姿になってしまった以上、もう誰も俺を人間とは思わないだろう。今まで接してきた全ての人たちが、もし受け入れてくれなかったとしたら? もし喰らう者に向けていた怒りと殺意を、同じように向けられたら?
(確かに怖いさ。想像しただけで、平静ではいられないほどに。けど……)
けれど。ジンはすぐに答えることができた。そんなこと、考えるまでもない。
「ジョンさん……いや、ビッグホーン。悪いけど、俺はそちら側に行くつもりはないよ」
「……」
「言っただろう。喰らう者のいない、その先へ行く。姿が変わっても、俺は俺だ」
「……そうか。ならば、やはり殺さなくてはなるまい……その心が『人間』である限り」
両者は穏やかに、しかし確実に集中力を高める。再び戦闘態勢を取りながら、同時に場の空気が重い殺気に満ちていく。
「喰らう者にとって、お前は危険過ぎる。俺はもう老い衰えた、未来の無い存在に過ぎんが……最後に、少しだけ働くとしよう。
――紅焔の反逆者。ここで摘み取らせてもらう――!!」
ビッグホーンの言葉を皮切りに、両者は同時に飛び出した。
斬られ、殴られ、貫かれ。
互いに譲ることの無い、血みどろの正面衝突。
「おおおおおおおおッッ!!!」
「ぬうううううううッッ!!!」
激しい剣戟音と共に、獣たちの雄叫びが響く。
辺り一面の木々を戦闘の余波でなぎ倒し、深い積雪の白を血で染めていく。
どちらが倒れるのが先か、或いはこのまま共倒れか……それほどまでに拮抗した戦いであったが、それも長くは続かない。戦局が傾いていく。
「ぐッ……ここまで、とはッ……!!」
徐々に均衡が崩れ、ビッグホーンが押され始める。消耗しているのか、ジンのスピードに対応が出来なくなってきていたのだ。防御が間に合わず、次々に斬撃を受けていく。
そして、遂にその瞬間は訪れた。
「――!!」
ジンの放つ斬撃が、ビッグホーンの左腕の角を破砕する。
変異体になったことで陽炎に流れるべノムの量が飛躍的に上がり、更なる破壊力をもたらしていたのだ。
ビッグホーンは咄嗟に右腕でガードの構えを作るが……ジンはそこを狙っていた。
角の防御の無い上腕。そこに狙いを定め、陽炎で斬り上げる。
「右腕を……狙ったか……!!」
「お返しだ……!」
剛腕が派手に血を撒き散らしながら、宙を舞う。
既にジンの身体は満身創痍。変異体になったとはいえ、ビッグホーンの猛攻は無傷でやり過ごすことは出来るはずもなかった。
――だが、それでも。
左腕の大角を破砕し、右腕は断ち斬った。もうビッグホーンには、ジンの攻撃を防ぐ手段が無い。
今この瞬間の勝機を、決定的なこの隙を逃しはしない……!
「ハアアアアアアアアア!!!」
ジンは持てる全てを注ぎ込んだ、全力全開の刺突を繰り出す。何よりも速さを。何よりも一点集中の攻撃力を追求したその攻撃は、カテゴリーS・大角いえど、躱すことはできなかった。
陽炎の黒き刀身が、ビッグホーンの頭部を貫いた。
最近、筆者は転職をしたのですが……どうにもブラック気質な職場でして、思うように執筆が進みません。しかし私自身、Beyondを楽しんで描けているため、途中で打ち切ったりするつもりはありません。
更新頻度はかなり落ちてしまいましたが、見捨てずに読んで頂けたら嬉しいです。
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