Bad bad bad news-2
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「――では、続いての議題はエリア1防衛における、戦略兵器拡充について――」
バーテクス正規軍・元帥であるアーロンが席に着き、ようやく会議が始まった。
といっても最初の議題は正規軍内の事案ばかりであり、ハウンドの面々はただ黙ってその場にいるだけであった。
拳二は退屈そうに、欠伸をしながら周りを見渡す。
すると隣に座っているマイルズが小声で話しかけてきた。
「おいおい小僧……気持ちは分かるが、少しは抑えろよ」
「あー……だってよ、こんなどうでもいい議題じゃ、俺らのいる意味無くないか?」
「まぁなァ……だが、ただの会議って訳でもなさそうだ。元帥はともかく、あの『騎神』まで来てるじゃねェか」
そう言ってマイルズが視線を投げたのは、アーロン元帥の隣に座っている男だった。
同じタイミングで元帥と共に入室してきた、褐色の肌と独特な民族衣装を纏った男。その男の名と『騎神』の渾名は喰らう者と戦う者なら、誰もに轟くほどのものだった。
――男の名は『ディバイド・ピッペン』。エリア5に元来住み付き、長きに渡って喰らう者と戦ってきた戦闘民族の末裔であり、現バーテクス正規軍のエリア5駐屯部隊を率いる将校だ。
「騎神……その名前は俺も良く聞くぜ。正規軍最強の戦士にして、元帥の右腕にあたる奴だろ?」
「ああ。まだ年は30そこらだが、階級は大将……偉そうにふんぞり返ってるここの老人共より、もう一段上になるな」
「ハハッ、なるほどな。それで連中、大人しくなったのか」
「そうだなァ。騎神もそうだが、元帥自身も最前線に立つタイプの武人だからなァ。皆、あの2人の前ではあまりデカい態度はとれんのさ」
「ふーん……だったらなんで、他の連中は頑なに前線に出ないんだ? 逆らえないのにおかしくないか?」
「それにはまぁ、至極簡単な理由がある。――っと、ちょうどその話だな。よく聞いてな小僧」
「――続いては私から。エリア5駐屯軍司令、ディバイド・ピッペン大将です。エリア1防衛軍を統括する中将の方々に関しましては、久方振りでございます」
「……ゴホン! 遠い地での健闘、ご苦労だ、大将。だが勘違いをするなよ、貴殿の階級も最前線であればこそだ! エリア1の防衛に比べれば、優先度の低い現場だということを理解したら、話を続けたまえ」
「……無論、承知しております。中将閣下」
「ぐっ……この若造が!」
ディバイドが席を立ち、敢えて階級を強調しながら発言する。このやり取り1つとっても、防衛側と前線側には深刻な溝があると想起することができる。
――ディバイドの要求は、簡単に言うと前線における兵員・装備の増強だった。
エリア5の制圧が進むにつれて敵も強さを増していき、現在の戦局はほとんど硬直状態だという。
では、その敵の『強さ』はどこから来たものか? 当然そんな疑問の声が上がる。そこでマクスが立ち上がった。
「――我々ハウンドが確認したことが1つ。『スティール』という組織名を自称する、喰らう者の組織の存在です」
マクスは今までに受けたスティール関連の情報を集約し、この場で説明を行った。なぜもっと早く正規軍に報告しなかった、と糾弾されるも、マクスはまるで意に介さず話を続けて行く。
(流石の強心臓だな、マクス。曲者揃いの数字持ちを束ねているだけはある)
そんなマクスの堂々とした姿に、アーロンは微笑んだ。
マクスによる敵組織・スティールの説明も終わり、話は収束を迎える。
ディバイドがマクスに礼を言った後、改めて要求を伝えた。
「――以上が、我々駐屯軍が兵員・装備の増強を求む理由です。どうか、こちらの要求を承認して頂きたく――」
しかし、ここでディバイドは猛反発を受ける。まるで噴火のような勢いで、並び座る中将らが騒ぎ出した。
「――無理だな。今以上の戦力を駐屯軍に費やす訳にはいかん」
「そうだ! エリア1の防衛よりも優先するべきことではない!」
「そもそも、現状でも駐屯軍に戦力を割き過ぎているくらいだ! むしろ防衛軍に戦力を返す事を検討すべきでは?」
エリア5の戦場を知っていれば、日常的に喰らう者と戦っていれば、そんな台詞は出てこない。
拳二は怒りを通り越し、呆れ顔で呟いた。
「腐ってるって知ってはいたが……ここまでとはなぁ……ありえねぇだろ」
「まァ、こいつらは10年前からこんな感じだ」
防衛軍側の中将たちは、もはや聞き取れないほどの騒ぎようだ。ディバイドが若干気の毒になってきたところで、誰かが言った一言で場が静まり返った。
「――10年前の大角も、5年前のワームビーストも! もう忘れたのか!!」
その名に、誰もが沈黙する。
誰が禁じた訳ではないが、その件に関しては口にしないのが暗黙の了解になっていた。
拳二はその瞬間、正規軍腐敗の理由を察した。
(そうか……あのカテゴリーSの件がトラウマになってやがんのか……)
考えてみれば、すぐに分かることだった。きっと彼らはその当時も防衛軍を率いていたのだろう。カテゴリーSの絶対的な力に、二度も直面すれば臆病になってしまうのも分かる……気がした。
実際の所、拳二はそのどちらとも対面したことは無かった。10年前はハウンドに所属していなかったし、5年前はエリア1にいなかったからだ。
だが、それでもカテゴリーSの脅威は感じていた。当事者からの話を聞いたり、エリア1に戻った際に破壊の痕跡を目にしたり、誰が犠牲になったかを知ったり……。
拳二はそれを知ってなお戦うことを選んだ。だが同様に、逃げ出したくなる気持ちも分からないでもない。軟弱だとは思うが……難しいところだ。何故なら、自分は直接カテゴリーSを目にしたことは無いのだから。
そんな答えの出ない思案を続ける拳二に、再びマイルズが話しかける。
「……分かっただろ? その臆病な気持ちも、カテゴリーSを見た奴なら本能的に分かってる。何だかんだと、俺たちは連中を責められないのさ。だからこそ、戦う意思は停滞し、組織はゆっくりと腐っていく」
「でも、どうしろってんだ。駐屯軍と俺たちハウンドだけじゃ、いずれ――」
――突如、マクスのノートPCが音を鳴らした。
通常の着信ではない、緊急通信の音だ。
ノイズ交じりの音声が会議室中に響き渡る。
『こちら代理人のサラ・アールミラー! マクスさん、聞こえますか!?』
マクスはサラの焦燥しきった声に何か嫌なものを感じ、会議中を気にせず即座に通信に応じる。
「マクスだ。サラ君、どうした?」
『現在ランク11と23の両名が、喰らう者と交戦中! ランク11は既に倒れ、ランク23も重傷!! 至急応援を求む!』
サラの報告に場が騒めく。
それは正規軍だけでなく、ハウンドの面々も同じ事だった。
(な……刀也が倒れただと? それにジンまで……!?)
拳二は慌ててマクスの下に駆け寄ろうとしたが、マイルズがそれを制する。
「落ち着け小僧! 通信の邪魔になるぞ」
「っ……ああ、そうだな……」
半分パニックのような状態になっている防衛軍側はともかく、この知らせにはアーロン、ディバイドも驚きを隠しきれていないようだった。
「ふむ……ディバイド、たしかランク11というのは……」
「はい。2代目剣聖と呼ばれている、神薙刀也の事です。しかし、彼がやられるとは……相手は一体……」
ディバイドの疑問に答えるかの如く、サラの通信は続く。
通信状態が悪く、ノイズが酷い……が、声自体はしっかりと届いている。それほどまでにサラは声を荒げていた。
『位置情報と映像を送ります! とにかく、どうか救援をお願いします……!! 相手は……相手は……!
――カテゴリーS・大角なんです!!』
その名と共に映像が届く。
撮影者はその場に倒れ、おびただしい出血を。
その奥に映った、未だ立っている男は既に片腕を失くし。
そして、その男の前に立ち塞がっている怪物。
10年前、人類を滅ぼさんとした、怪物の姿そのものだった。