Bad bad bad news
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「……っぐ……う……」
全身の感覚が無い。
刀也はまるで自分のものではなくなってしまったような手足を蠢かせ、何とか近くの木を背もたれにして上半身を起こした。
積雪の冷たさや傷の痛み、呼吸の感覚すら無い。身体を移動させるだけの体力も今ので使い切った。残っているのは薄れつつある意識と、焦点の合わない視界だけだった。
(……ハハ、情けないな。あれだけの啖呵をきっておきながら、一撃でこの様とは)
刀也は自分が自分で分からない、と内心で自笑していた。
――俺は、何故ジンを助けた?
確かにあの攻撃は凄まじく速く、力強い無双の一撃だったが、それでも躱すだけならできた。というよりも、あの攻撃は明らかにジンを狙ったものだった。
それなのに俺は迷わずにジンの身体を押して身代わりになることを選んだ。選んでしまった。
師であり、父親代わりでもあり、命の恩人でもある人の引導を渡した張本人が、目の前にいるのだ。弟子として、息子として……絶対に譲れない戦いだったはずなのに……。
ふと、ジンとの鮮烈な出会いを思い出す。
ある日ハウンドに、正規軍から依頼があった。エリア3のとあるスラム街が喰らう者の襲撃を受け、たった1日の内に焼け野原になった。調査隊を派遣するから、その護衛を頼みたい、と。
その日、俺はたまたま本部に待機していて、他の数字持ちは出払っていたので渋々引き受けた。『正規軍の護衛』とは、あまりにも馬鹿らしい依頼に心底失望していたのだ。何のための軍なのか、まるで分からない、と。
……おまけについ最近ハウンドに入った、代理人見習いと同行だと。なんだか頼りなさそうな女性だったが、何でも軍学校から直接マクスが引き抜いてきた逸材らしい。
そんな感じで何とも気乗りのしない依頼だった。しかし俺にはランク11の数字と『神薙』の名がある。師の顔に泥を塗らないためにも、受けた依頼は確実にこなす。
そして現地に到着した。そこはエリア3らしい、鉄と油と労働者しかいないスラム街だ。否、正確にはだった、が正しい。
そこはもう街ではなくなっていた。全てが焼け落ち、雨によって炭と化したゴーストタウン。現に歩き回っても生存者を発見することはできなかった。……あいつを除いては。
そいつは、俺の嫌いな真紅の瞳でこちらを見ていた。
『待ってくれ、俺は――』
誰が待つものか。お前らは敵だ。人を喰らうだけの化物だ。
その瞳の色は、奴らが本性を現し人を喰らう時の色だ。真紅の瞳を持つ獣が、人を貪り喰う所を何度も見てきた。何度も、何度もだ。
『こんな力はいらない……! 俺は……俺は人間だ。人間のままでいたい……!!』
悲痛な慟哭を聞いた。
自らの腕にナイフを突き刺し、涙するその姿を。
迷いもあったが、結局俺はそいつを人間と認めて仲間に引き入れた。気まぐれだったかもしれないし、人間であるという証拠など無い。ただ哀れみに似た感情で動いた。
――そして今、お前の言葉が確かに届いた。
動かぬ体に歪む視界、音は遠く聞こえても、確かに聞こえたんだ。
喰らう者のいない、誰もが怯えることなく笑い合える世界。『その先』へ辿り着く。
(見つけたんだな……ジン。進むべき……いや、進みたい道を。復讐以外の感情を)
共に戦い、剣術を教えて……。
とっくに認めていたのだ。ジンは刀也にとって、失いたくない『友』であることを。
(……まさか、走馬燈がお前とはな……。
お前はきっと……諦めないよな。俺も、最期まで……出来ること……を……)
刀也は自分のネクサスに手を伸ばし、震える指先で操作を行う。指先の感覚などありはしないし、画面に映る文字も曖昧に見える。
(せめて……ビッグホーンの存在だけでも……知らせ……)
正しい操作をできたかどうか分からないまま、刀也の意識は暗闇に落ちた。
大森林手前の村、そこにある寂れた宿屋の一室にて。
サラは通信機材を広げ、ジンと刀也の位置情報を追っていた。ノートPCの画面に大まかな地形図と、その上に光の点が映っている。
(ジン君と刀也さん、合流してから随分と移動していないけど……何かあったのかな……)
サラは2人の動きを不安に思いながら、手元のネクサスを確認する。
PC上に映っている光の点は正確には2人の位置ではなく、2人の所持しているネクサスの位置だ。さっきまで森の奥に進んで順調に調査をしていると思っていたが……。
(ジン君から連絡があって……一度番人の小屋まで戻るから、誘導して欲しいと言われて……でもその後ジン君は小屋の周辺から大きく移動をしていない。それどころか刀也さんまで小屋に合流して……うーん)
すると、深く考え込んでいるサラを驚かせるようにネクサスが音を鳴らす。
「わっ! ……ビックリした。これは刀也さんから……映像通信?」
サラはネクサスを操作して映像を開く。
すると、そこに映っていたものは――
「――では、これより我がバーテクス正規軍と、ハウンドの代表並びに上位数字持ち合同の会議を始める」
エリア1・第1層の正規軍本部。
重装備の警備兵に囲まれながら、拳二は不機嫌そうに姿勢を崩して会議室の席に着いていた。
座席は大きな長机に、それぞれ正規軍、ハウンドの面々が対面して座っている。
拳二の態度を快く思わなかったのか、向かいに並んで座る正規軍将軍らは、ひそひそと拳二を見ながら何かを互いに言い合っている。十中八九、嫌味の類だろう。本人に聞こえないように文句を言う陰湿さに、拳二の短気が発動する。
「けっ……やれやれ、こんなガチガチに装備を固めた警備を敷きやがって。会議室内に何の危険があるってんだか。そんなに装備を持て余してんだったら、前線に行くか、せめて街の外側を警戒して欲しいモンだがな」
正規軍の過剰な警備体制に呆れたように言う。将軍たちの神経を逆撫でするよう、意図的に声を張っていた。すると隣に座っていたマイルズが、拳二をなだめるように言った。
「気持ちは分からんでもないが……まァ、あまり突っ込んでやるな。目の前の老人共も、喰らう者の恐ろしさを良く知っているからこそさ」
「ハハハ! なんだよ、将軍の癖にビビってんのか!?」
「……ハァ……お前なァ……」
マイルズは焼け石に水……というよりは火に油を注いでしまったようだ。拳二は更に将軍たちを馬鹿にするように笑ったのだった。
「くっ……若造が、黙って聞いていればいい気になりおって!! ここにいる我らは、私も含め中将以上の地位を持つ者だぞ! 無礼であろう!」
遂に将軍の1人が立ち上がり、拳二を怒りに任せて怒鳴りつけた。どうやら沸点が限界に達したらしい。
しかしそんな言葉に黙り込む拳二ではなかった。先程とは一転、鋭い表情で言い放った。
「――だから言ってんだよ。アンタらみんな安全なとこに引きこもって戦いもしねえのに、中将だの無礼だの……舐めてんのか。ちったあエリア5のデザート大将や、元帥さんを見習えよ。……あぁ、もちろん俺たちだっていいんだぜ、少なくともアンタらよりは人類の役に立ってる」
「きっ貴様ッ……!!」
席を立った将軍は顔を真っ赤にして憤るが、自分以上の地位を持つ者の名を挙げられて反論の言葉が出ないようだった。
(おーおー、怒ってる怒ってる。面白れぇからもう少しだけ煽って――)
「――おっと拳二、ここまでだ。噂をすればなんとやら、彼らが来たみたいだ」
拳二の心を読んだかのようなタイミングでマクスから制止がかかる。
「……へいへい。了解だぜ、マクスさん」
流石の拳二も代表であるマクスには逆らわない……のではなく、正確には言いたいことを言ってスッキリしていたので、怒りの矛先を収めるのが容易なだけだった。
ようやく終わった口論にランク2・ファングも「やれやれ」と肩を竦めていた。
重い扉が開き、2人の男が姿を現す。
すると拳二らハウンド側に座っていた将軍達が一斉に立ち上がり、素早く敬礼をする。
「――うむ、ご苦労。席に着いて良い」
「ハッ!!」
ひと際立派な軍服に身を包み、髭を蓄えた筋骨隆々の大男が敬礼を返しながら言った。そしてその後拳二に笑いかけた。
「――フフ、しかし手厳しいな、拳二君。済まないが、そこらで勘弁してくれるかな」
「……スイマセン、元帥さん。とんだ失言でした(畜生、聞こえてたのかよ!)」
拳二はまるで気持ちの籠っていない謝罪をしておく。
しかし大男はそんな拳二を咎めることはせず、そのまま続けた。
「構わん、君の言う事にも一理あるからな」
「……そりゃドーモ」
「それより済まないな、マクス。少し遅れたか」
「いや、大丈夫さ。久々に会えて嬉しいよ、アーロン」
大男の名は『アーロン・ジョンソン』。
バーテクス正規軍元帥……もはや知らぬ者の方が少ない、正規軍の頂点に立つ男だった。
ファング「そういえば、あなたは壁際に立ったままでいいのですか? その鎧を脱げば着席できそうなものですが……」
アームズ「……」
ファング「……また無視ですか、先の一悶着で嫌われてしまいましたかね」
アームズ「……嫌いだ。私に二度と話しかけるな」
ファング「! 返答があるとは驚きましたね。やっぱりあなたは機械ではなく――」
アームズ「――二度は言わない」
ファング「……フフ、分かりました。気を付けますよ」