Category『S』-3
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正に今、数的有利を以って怪物を仕留めにかかるその直前。
ジンは自らの身体の状態を確かめるように、密かに深呼吸を試みる。
(痛ぅっ……)
腹部に残る鈍い痛みと口の中にある鉄の味。だが動けるまでには回復しているし、何より刀也の合流したこのタイミングを逃す訳にはいかない。
(大丈夫……俺は戦える。戦わなくちゃいけないんだ……!)
――しかしここで引かなかったのは、ジンの……否、刀也にとっても失敗だった。自分の身体がどれほどのダメージを受けてしまっているのか、そしてビッグホーンのカテゴリー『S』たる由縁を、2人は見誤っていたのだ。
対峙している者は正に伝説の怪物。かつて人類最高の戦士と謳われた『剣聖』を引退にまで追い込み、強さだけなら剣聖をも上回る、当時のとあるバーテクス正規軍兵士に撃退されるも生き延び、今もなお生き続ける。
名を、『大角』。
「――まずは俺が斬り込む。上手く合わせろよ、ジン」
「分かってる。刀也こそ、俺ごと斬らないでくれよ」
「フ……留意はしておく。では……参るッ!!」
鋭い踏み込みから繰り出される、刀也の曇り無き一閃がビッグホーンを捉えた。居合に近い形で繰り出された横薙ぎは、ビッグホーンの剛腕と衝突して重い金属音を響かせる。
そのまま両者は鍔迫り合いになるが、当然刀也の膂力ではビッグホーンに対抗できない。
「ムン!!」
ビッグホーンは力任せに剛腕を突き出し、刀也の刀を押し退けた。
――が、刀也はまるでそのタイミングを読んでいたかのように対応する。ビッグホーンの角の側面を刀で滑らせるようにして剛腕の軌道を逸らし、そのままその場で身をコマのように回転させる。
「力任せとは……舐めるな……!」
低い位置からの豪快な斬り上げが決まる。ビッグホーンの腕が伸びきったタイミングで即座に繰り出された、完全なカウンターだった。青白く輝く刀身が、人間体の名残を残す胴体を深々と斬り裂く。
「ぐ……!」
鮮血を迸らせながら、ビッグホーンは苦悶の表情を浮かべている。たまらずその場から後退するが、それを許す刀也ではない。
「ハアッッ!!」
息もつかせぬ連撃。角の表面に次々に斬傷を残す、全ての斬撃が洗練された一閃だった。
(すごい……! 俺とはまるで、斬撃の質が違う……!)
ビッグホーンの隙を窺いつつも、ジンは刀也の刀捌きに驚嘆していた。合流前に同じような連撃を試みたが、手痛い反撃を貰ってしまった。
それは何故か? 得物である陽炎と神薙、その二振りに大きな性能差は無い。至極単純な話、ジンと刀也の刀捌きには大きく差があった。力の込め方、接触時の刃の角度、敵の防御に対してどのような形の斬撃を選択するか……挙げ始めればキリがない。
要するに、決定的に違うのは『刀』という武器で戦うという事への『経験』。集約すれば、この一言に尽きる。身体能力の面においてはジンの方が上だったが、この経験値の差はあまりに大きい。身体能力の差など、いとも簡単に超越する、技の極みがそこにあった。
(なんて攻防の応酬だ、入り込む隙間が無い……でも……これはかえってチャンスかもしれないな)
ジンはどうしようもない悔しさを感じつつも、冷静に戦況を俯瞰し、とある行動に出る。木々の間に紛れつつ、散弾銃に手を伸ばした。
「予想以上だ、剣聖の後継……!!」
「俺の方は予想以下だ。いつまで手を抜いている?」
ビッグホーンの一撃必殺とも言える反撃を躱し、躱し、躱し。紙一重ですり抜けるように躱してカウンターを繰り返す。
まるでこの青年を捉えられない。
捕まえようとすると掌をすり抜けていく、美しき蝶の如く。それでいて確実にこちらの身を削る、的確かつ鋭利な反撃。気付けば満身創痍、血で周りの雪が赤く染まりつつあった。
(――本当に衰えたな、俺も。この小僧……確か刀也という名だったな。剣聖の後継というだけあって手強い。若くして高い戦闘技術を持っている。
……が、剣聖にはまだ及ばない。10年前に戦ったあの男の事は、今でもはっきり覚えている)
刺突が脇腹を掠める。傷は浅いが派手に血を撒き散らす。
(……にも関わらず、この俺が、大角と恐れられたこの俺が押されている。かつて倒した男の、下位互換のような小僧に)
激しい攻防の中、ビッグホーンは目の前の青年の顔を見る。
一見して冷静沈着、その低温な眼差しで的確な行動を選択しているように見える。しかしビッグホーンはすぐに見破った。この青年が奥底に秘めた激情を。
(いずれにせよ、ここは一度仕切り直しが必要だ。ひとまず距離を――)
膂力にモノを言わせた、凄まじい距離を一歩で稼ぐバックステップ。流石に追いつけないのか、刀也はその場に留まった。
――否、敢えて追わなかったのか!?
「――――空閃」
初撃で見舞われた飛来する斬撃。完全に失念していた。
ビッグホーンはすぐに両腕を交差させて防御態勢をとる。結果として防御は間に合い、間一髪のところで空閃を防ぎ切った。
「今のは危なかったぞ。良い攻撃の選択だ」
「フン……だから言っているだろう、いつまで手を抜いている」
「何を……
――むっ!?」
空閃を防ぎ、一瞬だけ気を抜いたその瞬間。
背後に赤黒い焔が迫っていた。
ジンも多くの死線を超えてきたとはいえ、刀也をはじめとする上位の数字持ちと比べれば、まだまだ経験不足は否めない。そんなジンからしても、この瞬間明らかに分かったことがあった。
ビッグホーンが空閃を防いだ直後、気を緩めたことが分かったのだ。
僅かな呼吸の変化か、または構えの変化からか、或いはビッグホーンから絶えず放たれる、強大な殺気の僅かな緩みを感じ取ったのか。直感的に『今ならいけるな』と確信した。
そしてその確信はジンの身体を反射的に飛び出させる。紅く脈動する陽炎を右手に、真っ直ぐにビッグホーンの下へ。
「――貰ったッ!!」
「――むっ!?」
死角からの急襲。背後から首の一刀両断を狙う。
――が、狙いは失敗する。
その場でビッグホーンは跳躍し、宙返りをするようにして斬撃を躱したのだ。
「馬鹿な、まだそんな動きが……!?」
刀也が思わず驚愕の声を漏らす。
致命傷とまではいかずとも、それなりにダメージは与えていた。満身創痍の重量級にあんなに華麗な跳躍ができるとは、完全に予想外だった。
しかし、この場面で微笑んだ者がいた。
その者とは散弾銃を空中のビッグホーンに向け、狙いを澄ますジンだった。
「――そこだ」
「……!? そうか、弾丸を――」
――重く響き渡る銃声。
放たれた銃弾は散弾ではなく、強大な反動と引き換えに破壊力に優れた単発弾。空中にいるビッグホーンは当然ながら回避は出来ず、ガードを強要させられる。
――条件が揃っていた。陽炎や神薙の斬撃をも受け止める、超高硬度の『角』。受け止めるといっても二振りの業物からの斬撃を、無傷で防ぎ切っていた訳ではない。刀也の神薙からはもちろんのこと、ジンの陽炎からですら微小なダメージを蓄積させていたのだ。
加えてビッグホーンに気取られる事無く、単発弾を装填出来たのも大きい。知っていれば迂闊な跳躍などしてはくれなかっただろう。
結果、銃弾はその破壊力を以って角を粉砕。跳弾しつつも勢いは死なず、幸運にもビッグホーン頭部に向かった。