Category『S』-2
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――深い森の中、繰り返し重く響き渡る銃声。
ジンはビッグホーンを中心に、円を描くように移動しながら射撃を行っていた。
「ム……」
ビッグホーンは剛腕で身を守りながら、多角的に撃ち込まれる散弾から身を守っていた。放たれているのは緋色合金製の大粒散弾。並みの喰らう者相手なら十分な火力になりうる弾丸だが、ビッグホーンの剛腕に備えられている『角』には傷一つ与えられていなかった。
(中距離の散弾じゃダメージにはならないか……なら!)
ジンは木の幹に身を隠し、手慣れた手つきで銃弾を装填し直す。装填すべきは最大火力を発揮する単発弾。反動は強いがその分一撃の破壊力は散弾の比ではない。
――が、その隙を許してくれる相手ではなかった。
「――くっ!?」
ビッグホーンの剛腕がラリアットのように振るわれ、ジンが身を隠していた木を簡単にへし折る。ジンは即座に装填を中断し、転がるように窮地を脱する。
「どうした、驚いたような顔をして。足を止めれば追い付かれる……格上相手には当たり前の事だろう」
(……散弾を受けていたのはわざとか。単発弾への切り替えの隙を狙って……クソ、猟銃の性質をよく分かってるな)
ビッグホーンは自らを森の番人、言わば猟師として偽り村人の目を欺いていた。小屋には猟銃もあったし、恐らく散弾銃には精通しているのだろう。
散弾で仕留めるのが難しい大型の獲物……一般的には鹿や猪などがそれに該当する。それらを確実に仕留めるために使われるのが大粒散弾や単発弾だ。ビッグホーンは敢えて大粒散弾を受けて見せることで、単発弾への再装填の隙を狙っていたということだ。
(とはいえ身は隠したし、距離も十分にとっていた。それなのに一瞬で追いつかれた……まさか手を抜かれていたのか?)
ジンは散弾銃をホルダーに戻し、手持ちの武装を陽炎一本に絞る。
「銃なんか使ってないで、接近戦で来い……ってことか」
「フフ、伝わったようで何より。貴様ら人間との殺し合いは久方振りでな、悪いが少しは楽しませてもらいたいのだ……と言っても君はただの人間ではないようだが」
「……」
――正直な所、接近戦では分が悪いと言わざるを得ない。最初の鍔迫り合いで力負けをした時点で理解していた。単純な膂力では大きな差がある、と。
しかし接近戦を諦めたわけではない。単純な膂力で上回っているのにも関わらず、何度も敗北した男と手合わせをしてきた経験があるからだ。
(……大丈夫。今こそ教わったことを発揮する時だ。そうだろ、刀也!)
呼吸は整った。集中も良い。
ただ焔を込め、陽炎は赤き脈動を刀身に宿す。
「行くぞ……!!」
ジンの全速力の踏み込みは積雪を融解させ、白い煙となって同時にビッグホーンの眼前に迫る。
「――ほう」
真正面からの振り下ろす上段斬り。なんの捻りも無い、なんのフェイクも無い単純な攻撃だったが、それ故に速度、威力は高い。
ビッグホーンは右の剛腕で斬撃を受け止める。衝突の瞬間、森を震わせる凄まじい衝撃波が発生する。
「……っ、片手かよ……ッ!」
「気を落とすことはない。中々に鋭い、良い攻撃だ」
「舐めんなッ……!」
ジンはそのまま高速の連撃を繰り出す。一撃一撃が焔と陽炎の連動によって威力の高まった、必殺の斬撃だ。
しかしビッグホーンには通じない。その巨体に似合わぬ軽快な体術で、丁寧に斬撃をいなしていく。
「……悪くない。連撃の速度はかなりのものだし、一撃の重さもある」
「何を……!?」
斬撃の嵐の中、ビックホーンがジンに語りかけるように言った。言葉自体は称賛だったが、その斬撃を簡単に躱しながら、或いはガードしながらではまるで煽っているようにも聞こえる。
「何より、これだけの連撃を繰り出しているのにも関わらず、俺からのカウンターに無警戒という訳でもなさそうだ」
「くそっ……!」
――当たらない。
全力の連撃はビッグホーンの剛腕にことごとく防がれ、一向に有効打を与えられる気がしない。それどころか相手はこの連撃を楽しんでいるようにも見える。
ジンはそんなビッグホーンの態度に、苛立ちよりも恐怖に近い感情を抱いた。
ここまで差があるのか……!?
そんな考えが頭の中をよぎった瞬間、陽炎が大きく弾かれジンは無防備を晒してしまう。
「! しまっ――」
「だが、所詮は悪くない止まりだ。年食った俺にも及ばない、可愛らしい攻撃にすぎんよ」
ジンの腹部に叩き込まれる剛腕。肘から生える角の側面を使った殴打が直撃した。
「ガッ……!!」
呼吸の止まる、凄まじい威力の殴打。ジンの身体は弾丸のように勢いよく吹き飛び、木々をなぎ倒してようやく地に着いた。
「ガハッ……く……そ……」
吐血が止まらない。内臓の損傷によるものだろうか、鈍い痛みと共に血が逆流してくる。
「――たった一撃か。否、むしろこの一撃を食らって息があることを称賛すべきか」
ゆっくりとビッグホーンが歩み寄ってくる。雪を踏み固めるようなその足音は、今のジンにとって死へのカウントダウンに等しい。
「グッ……うう……まだ……まだ……だ……」
ジンは身体を引きずりながらビッグホーンから逃げる。敵を目の前にして背を向けて逃げるその姿は何とも情けなく、生き意地の汚い弱者のように見えることだろう。
それでもいい。
汚くても、かっこ悪くても、なんでもいいんだ。
狙いは持ち前の治癒能力。この程度であれば、すぐに治せるとジンは確信していた。身体がもう少しでも動きさえすれば、まだ俺は戦える……!
「ガハッ! ハァ……ハァ……」
これでもかというほど血を吐きながら、身体を引きずる。右手の陽炎は手放さず、左手をガンホルダーへ伸ばした。
そんなジンの姿を見下ろしながら、ビックホーンは剛腕を掲げて呟いた。
「その不屈、本当に見事だ。せめてこれ以上苦しまぬよう、一撃で殺してやろう」
「――誰が死ぬかよ……食らえッッ!!」
ジンは立ち上がれないまでも、必死に力を振り絞って身体を素早く反転させた。左手に持った散弾銃を至近距離で放つ。
悪あがきとも言える決死の一撃。この隙に立ち上がって距離をとって……そう思っていたジンだったが、ビッグホーンはまるで怯んでいなかった。左腕の角で瞬時に反応し、銃撃を防いでみせたのだ。
「くっ……!!」
「惜しかったな。だがここまでだ」
単純な膂力にこの反応速度。聞いた通りの……いや、聞いた以上の強さだった。先代剣聖に正面から戦って深手を負わせた、紛れもないパワーファイター。どこまでも純粋な強さに、今のジンではまるで対抗できなかった。
――そう、一人だけでは。
「――空閃」
ビッグホーンの剛腕がジンの命を断ち切ろうとしたその瞬間。
斬撃そのものがビッグホーン目がけて飛来してきた。
「――!?」
青白い光を放ちながら高速で飛来する、斬撃波とでもいうべきものは、咄嗟に攻撃を中断して防御の姿勢をとったビッグホーンの巨体を大きく弾く。あの角は切断出来なかったものの、飛び道具にしては破格の攻撃力を持っているようだ。
ジンの前に現れたのは、鏡のように輝く刀を持った長髪の青年。青年は倒れているジンに手を差し伸べながら言った。
「――まさかこんな所で10年前の怪物に会えるとはな。しかし良く持ちこたえたな、ジン。立てるか?」
「はは……ホント間一髪だった。助かったよ、刀也」
ジンは刀也の手を借りて立ち上がった。図ったようなタイミングの良さに少し笑いながらも、ビッグホーンからは目を離さない。
「あれだけ派手な気配や音を立てれば流石に気付く。
……とはいえこれは独断専行が過ぎるな。今は問い質している暇は無いが」
刀也は神薙を構えながら、声を張り上げビッグホーンに尋ねた。
「ジョン・ライノという名は偽名だった訳か。カテゴリーS・大角。10年前の雪辱、亡き師に代わりこの俺が晴らさせてもらうぞ」
まるで名乗りを上げるが如くの宣誓。今まで何度も感じてきた刀也の切れるような殺気に、更なる磨きがかかっているように感じる。
(そうか、剣聖は10年前に深手を負って引退したって話だったな)
ビックホーンは言わば刀也の師を引退に追いやった元凶であり、その時の傷が原因で剣聖は5年前のワームビーストと相討った。厳密に言えば仇とは違うだろうが、それに近い存在であるのは間違い無い。
刀也にとって今までとは違う、特別な想いが乗っても不思議ではない戦いだった。現にジンはそれを感じている。
そんな刀也の想いを他所に、ビッグホーンは嬉しそうに言った。
「この飛んでくる斬撃、それにその刀もよく覚えている。あの剣聖の後継といったところか……面白い、そこの半喰らう者の小僧共々楽しませてくれそうだな」
ビッグホーンから放たれている殺気が更に強まる。獲物を目の前に食欲を抑えきれない獣のような目だ。
「……いけるか、ジン?」
「ああ、身体はもう動く。2対1なら……!」
鏡のような刀身に蒼き光を放つ神薙と、漆黒の刀身に真紅の血脈を走らせる陽炎。対照的な一対の業物が、伝説の怪物を前に煌めく。