Category『S』
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――何故、こんなにも強大な殺気を放つ敵に、気が付かなかった?
背後からかけられたジョンの……否、喰らう者の声は異様なまでの殺気を孕んでいる。今まで戦って来たどんな相手よりも、恐怖を感じずにはいられない。
ジンは陽炎を握り締め、冷や汗が噴き出ているのを悟られぬように無表情を取り繕って振り向いた。
「……ただの直感です。少なくとも刀也はあなたの事信用していたと思います。俺自身も家探しをしている時は気が気でなかった。でも――」
「――でも、俺の家を漁らずにはいられない何かを感じたんだろう? いい直感だ。しかしその勘の良さ故に、お前はここで命を落とす」
「っ……」
いつの間にか敵の瞳は真紅に染まっていた。やはり森の番人ことジョン・ライノと名乗ったこの老人は、間違い無くカテゴリーAの喰らう者だった。
ジンもそれに呼応するように、べノムを解放する。
「ほう……同族の気配は感じなかったが。お前、ただの人間ではないのか」
(この狭い屋内では不利だ。多少強引でも外に出る必要がある……よし)
ジンは散弾銃を即座に構え、老人目がけて銃撃する。
装填されていた弾丸はトリプルオー・バックショットの大粒散弾。点ではなく面で標的を捉え、確実な着弾を狙う……が、それを狙うには接敵し過ぎている。老人はとの距離は5~8メートルであり、これでは散弾はある程度収束している。
その証拠に、老人はその場で大きく身を屈めて銃撃を回避してみせた。老人とは思えない俊敏な身のこなしだったが、驚きはしない。この老人は人間ではないからだ。
「おおっ!!」
老人の回避行動に合わせて瞬時に接近、陽炎を振るう。
接敵も十分、タイミングも斬撃も完璧と言って良い。しかし陽炎の刀身は防がれてしまう。
老人は腕を変異させ、肘の辺りから腕と並行するように、大きく長い杭のような骨を出現させたのだ。
「!? これは……牙?」
「違うな小僧……これは俺の『角』さ」
そのままジンは鍔迫り合いに力負けし、逆に吹き飛ばされてしまった。屋内の壁を突き破り、反対側に出て雪の上をゴロゴロと転がる。
何とか体勢を立て直しつつ、身体に焔を纏う。狙った形とは違うが屋外には出れた。それにあの膂力……力を出し惜しみできる相手では無さそうだ。
陽炎を握る右手が痛む。正面から力負けしたのはジンにとっても予想外だった。吹き飛ばされた際に額を切ったのか、頭から血が流れた。
「くぅ……っ、強いな。一体あいつは――」
「――なるほど、その『焔』がお前の力か。つくづく人間ではないらしい」
「!!」
建物の穴から姿を現した老人は、更に姿が変異していた。人間の姿のままではあったが、明らかに四肢が肥大化している。両腕は剛腕と共にあの『角』が生えており、脚部もまたそれに合わせて強靭なものになっていた。
(最初に戦ったレイザーの時のような、半変異体って所か……)
ジンは散弾銃をスピンコッキングさせつつ陽炎を向ける。そして叫ぶように言葉を放った。
「ジョンさ……いや、喰らう者! あそこに吊るされてたのは、俺たちが探してるランク6の男とその同行者である代理人に違いないな」
「……」
「どうなんだ、黙ってないで答えてみせろ!」
「……くっ、ハハハハハハ!!」
「!? くそっ、何がおかしい……!」
ジンの問いに敵は嘲笑う。そしてしきりに笑った後、答えた。
「いやぁ……そんな分かりきったことを今更聞いてくるとは思わなくてな。笑ってしまったんだよ。
――今ここにあるのは、生きるか死ぬかの戦いだ。随分とぬるいな、小僧」
瞬間、ジンの眼前に剛腕が迫る。
「――っ!!」
身を捻るようにして何とか躱すが、顔のすぐ横を通過した轟音がその威力を物語っていた。ジンはすぐに陽炎を振り返すが、敵の『角』に阻まれ再び鍔迫り合いになる。
さっきとは違い今回は焔を纏った状態にある。それに伴い身体能力も向上しているはずだったが……。
敵の膂力はジンの全力を簡単に上回る。散弾銃をしまって両手で対抗しているのに、敵の片腕に押されていく。
「ぐぅ……うううう! なんて力だ……!」
このまま押し切られれば、文字通り潰される。ジンは顔を歪めて決死の抵抗をしていたが、本気でない敵にとってそれは隙でしかなかった。
「ムンッ!!」
ジンは腹部を蹴り上げられる。助走もつけないただの蹴り上げだが、強靭な脚部が生み出す圧倒的な力は、その威力を蹴りの範疇に留めない。貫かれこそしなかったものの、受けた衝撃はロゼに喰らった一撃に近かった。
重い物が勢いよく地面に落ちたような音を響かせ、ジンの身体は吹き飛んだ。
「ガッ……う……ああ……」
息が止まる。たった一撃の下に、ジンは地に沈んだのだ。
うまく動かない身体を必死になって起こし、歩み寄る敵を視界に入れる。雪の冷たさのおかげか意識は鮮明であり、様々な考えが頭の中を駆け巡る。
(違い過ぎる……こいつは何だ……!?)
重い足音、人型でありながら明らかに人ではない、剛腕剛脚の怪物。そして真紅の瞳。
新調した業物も、刀也に鍛えて貰った剣術も。目の前の圧倒的かつ純粋な力そのものには意味を為さなかった。死の足音がただ迫る。
――だとしても、まだ折れない。
「こんなところで……死ぬものか。こんな修羅場は何度も潜ってきたじゃないか」
ジンは陽炎を杖代わりにして震えながら立ち上がる。
そうだ。俺は何度も立ち上がってきた。まだやれるはずだ。この身体が少しでも動く限り、まだやれる。
「ほう、まだ起き上がれるか。それはその我らに近い力を持つが故か、それともその気力に満ち溢れた眼がそうさせるのか。
もう一度、お前の名を聞いておこう」
「……ジン、だ」
「ジン。その不屈への称賛として俺も名を名乗ろう。今からお前を殺し、喰らう者の名だ、せめて冥土の土産に持っていけ。
――我が名は『大角』。かつてお前たちに敗北し、情けなく生き延びているただ老いただけの喰らう者だ」
――正直に言ってジンは驚愕したが、同時に納得もした。次元違いのこの強さ、かつて人類に単体で壊滅的被害を出したあの『カテゴリーS』の個体だったとは。
普通だったら怖気づくところだが……ジンは笑ってみせた。
散弾銃を再び取り出し、陽炎と共に構える。
「今から殺すのは……俺だ。お前に引導を渡してやる。この銃と刀に賭けて」
ジンは陽炎に焔を入れる。漆黒の刀身に滾る血脈にも見える模様が走る。
相手はあの剣聖をも圧倒するような正真正銘の怪物。しかしそれでもジンは臆さず挑む。
限界を超えたその先に、勝機があると信じて。