Awake-4
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港湾区画に到着したサラと刀也は、1人の青年に視線が釘付けになる。原型を留めない程に斬り刻まれた喰らう者。
青年は動くことの無い肉の塊に剣を突き立て、返り血に塗れながら立ち尽くしている。
「刀也さん……もしかして、彼は……」
「ああ。生存者……恐らくは喰らう者と交戦し、生き残った者だろう」
サラの問いに、刀也は青年から目を離さずに答える。近くに正規軍兵が2人いることに気付き、声を掛ける。
「おい、呆けているな。一体何があった?」
刀也が兵士の肩を叩くと、兵士はびくりと体を震わせる。刀也達が到着したことに全く気付かなかったようだ。
「ら、数字持ち殿! よくぞ御無事で……。彼は現地の生存者だと思いますが……先程、通信を頂いた直後に喰らう者の襲撃を受けまして……。1人やられましたが、彼が私たちを助けてくれたんです」
刀也は再び青年に視線を向ける。
……あの喰らう者は、完全に死んでいる。ただの青年が、1人で倒せる相手ではないのだが……。
青年はこちらに気付いたのか、こちらに振り向いた。
青年の真紅の右目の瞳に、刀也は見覚えがあった。
あれは紛れもない、成長した奴らの瞳だ。
「全員そいつから離れろ!! 『カテゴリーB』の喰らう者だ!!」
「カテゴリー……B?」
ジンは聞き覚えの無いその言葉に、困惑する。
あの長髪の男がそう叫んだ途端、隣にいる女性やさっき助けた兵士もこちらを警戒し、身構える。
すぐに状況を察した。『カテゴリーB』の意味は判らないが、喰らう者に見られているようだ。
「……待ってくれ、俺は――」
「怪物の言葉など聞きはしない……ここで討つ」
長髪の男はジンの言葉を遮り、腰に下げた剣を抜き放つ。
(――あの武器は)
ジンは思わず目を奪われた。
これまで様々な対喰らう者用のブレードを見てきたが、あのタイプの剣に見覚えは無い。
鏡のように美しく、緩やかに弧を描く刀身。形状を見るに片側にしか刃を持たないようだ。
まるで芸術品のように美しい剣……自分の持てる技術を全てを注ぎ込んだブレードが、酷く汚いガラクタに見えるほどだった。
しかしジンは、長髪の男から発せられる殺気を感じ、身構えた。
(恐らく、凄まじい使い手だろう……。何とかして、誤解を解かないと)
そう考えた矢先、長髪の男があの美しい剣を頭の上まで持ち上げ、見たことの無い構えをとる。
強まる殺気。その構えは明らかに攻撃的なものであると、頭ではなくジンの直感が判断する。
――その刹那、男が弾丸の如き速度でジンに迫る。
あまりに速い踏み込みに、ジンは殆ど反応できない。
幸い剣の構えから、垂直の振り下ろしだと判断は出来た為、ブレードを横に構えて防御を試みる。
しかしその男の一閃は、軽々と防御を超えてジンの体を斬りつけた。
(なっ……!?)
ジンは大きく後方に飛び退き、男との距離を開ける。
追撃の警戒をしたが男は追撃はせず、おもむろに話しかけて来た。
「……ほう。今の上段で仕留められぬか。中々やるものだ」
真っ赤な血がボタボタと地面に落ちる。
ブレードの刀身は折れ、右肩から左の脇腹まで一気に斬りつけられた。
かなりの重傷だが、ブレードの防御が間に合わなければ刀身ではなく胴体を一刀両断され、ジンは即死していたであろう。
「くっ……。俺は……俺は喰らう者じゃない……。話を聞いてくれ……」
傷の燃え上がるような痛みに耐え、振り絞るように声を出すが、あの男にはまるで届かない。
男は何も言わずに再び剣を構える。さっきとは違う形の構えだ。
まずい、本当にまずい。次の攻撃はもう防げない。
姉さんに、皆に誓って旅立ったばかりなのに、ここで終わるのか?
しかも喰らう者にではなく、人間に殺されて。
(くそっ……このままじゃ本当に死ぬ……!! 何か……何か手は……)
そんな時、後方にいた女性が叫んだ。
「ま、待って下さい!! その人は……その人は兵士を救ったんです! 話だけでも……」
長髪の男は構えを解く。視線はジンを捉えたままだが、怒号にも似た声であの女性に応える。
「何故止める!? あの紅い瞳は『人化』した喰らう者に現れる現象そのものだ! それすら判らないあなたでは無い筈だ!!」
人化……?
さっきのカテゴリーなんとかといい、よく分からない単語が放たれる。
しかしどちらもジンの現状を指しているように使われていた。
(それに『紅い瞳』……?)
ジンは、後ろ腰に備えたナイフを取り出し、刃を鏡のようにして自分の顔を確かめる。
そこに映ったのは切ったばかりの短い髪の毛と、右頬に残る火傷の痕。
そして、真紅に染まった右目の瞳だった。
「なんだ……? 目が、紅く……」
そんなジンの様子を見ていた長髪の男は、苛立った声を上げる。
「チッ、何を抜け抜けと……。とにかく、あなたは黙っていろ。こいつは此処で仕留める」
威圧的な言葉。それと同時に再び強い殺気が放たれ、女性は押し黙る。
(くそっ……ここまでなのか?)
その時だった。
女性のすぐ後方から、さっき倒したばかりの喰らう者と同種の個体が猛スピードで飛びかかって来たのは。
(なっ……!? まさかもう1体隠れていたのか!? いかん、この距離では……!!)
刀也は思わず青年から目を離し、振り向きながら瞬時に武器を構える。
――が、間に合わない。
優秀な戦士であるが故に、刀也は瞬時にそれが判断できてしまった。
しかしその刹那、後方から爆発音のような音が聞こえた。
紅い瞳の青年が、凄まじい速度で突進していた。
(――!! まさかこいつ、このタイミングを狙っていたのか……!?)
「どけええええええええッッ!!!」
青年が折れたブレードを力任せに振るう。
刀也はそれを受け止めようと不格好な形で防御する。
しかし青年の膂力は刀也の想定を遥かに上回っており、余りの衝撃で武器を手放してしまった。
態勢は大きく崩れ、武器は手元から弾かれた。
そして今、敵は目の前にいる。
(――不意を突かれたとはいえ、これは完全にやられたな。ミハイル氏の報告から、喰らう者が複数体いる事は判っていたはずなのだが……)
青年と目が合う。
右目の瞳は美しい真紅の色彩で、こちらを覗いている。火傷の痕が残るその顔立ちは若者そのもので、自分と同年代かそれ以下に見えた。
ああ、『11』の数字まで登ってきたというのに、ここまでとはな。
刀也は死の覚悟を決め、意味が無いと分かっていながら自分を殺す者の顔をしっかりと覚えるべく、目は閉じなかった。
しかし青年は刀也から目を逸らし、凄まじい速度のまま通り過ぎていく。
異様なまでに紅い焔が青年に、ほんの僅かに纏わり付いているように見えた。
――あの人を、助けなければ。
その思いがジンを突き動かし、支配していた。
目の前の長髪の男を強引に突破し、女性に襲い来る怪物に突進する。
まるで時がゆっくり流れているような……そんな錯覚に陥りながら懸命に走る。
姉さんも、先輩も、シンシアさんも、親方も……みんな死んでしまった。さっきも兵士の1人が目の前で吹き飛ばされた。
もうこれ以上、俺の目の前で誰も死んで欲しくない……!!
例えそれが、自分の知らない人だったとしても。
その強迫観念にも似た願いは、今のジンにとっては存在理由の全てだった。
(間に合えっ……!!)
先の衝突によって、刀身がほぼ残っていないブレードを投げ捨てる。
ただ必死になって右腕を伸ばした。