Zero
希望の無い世界、常に死と隣り合わせの世界。
そんな世界になっても、人間は確かに生き残っていた。
昨日は同僚が喰われ、今日は隣人が喰われた。
喰われた。
喰われた。
奴らに次に出会ったら、もう終わりだ。
何もかも投げ出して、狂ってしまえばどんなに楽だろうか。
しかし、もちろんそんな訳にはいかない。俺は優秀ではないが、それでも『バーテクス正規軍』の兵士だ。
背中には戦う術を持たぬ人々と、何よりも大事な存在が、2つ。それにエリア3の工業地帯まであと少し。そこまで行ければ、もう安全だ。
赤子の泣き声がぎゃあぎゃあと響く。
長距離の徒歩移動が続いているせいか、中には不快そうな表情を浮かべたり、露骨に舌打ちをする者もいたが……俺は全く気にしない。
その赤子は何よりも大事な、俺の宝物そのものだからだ。
「――よしよし、大丈夫よ『尽』。パパが守ってくれるから」
「おう、任せとけ! ……ところでその子の名前、どんな意味なんだ?」
「もう、生まれる前に何度も話したじゃない」
「ハハハ、すまんな。だが聞きたいんだ、何度でも。お前の口から」
「……この子が生きて行く世界は、とても厳しい。本当なら、もっといい時代に産んであげたかった。
それでも、何かやりたいことを見つけたのなら。或いは守りたいものができたのなら。
どうかそれに向かって全力を尽くせる、真っ直ぐな子に育ってほしい。
だから、『尽』」
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
「――だってよ、ジン! ママの期待に応えられる男になれよ~!」
俺は赤子の泣き顔を覗き込み、全力の笑顔を見せながら言った。渾身の100%スマイルだったのだが、どうにも泣き止む様子は無い。
「なれよ、だなんて。エリア3に着いたら軍は退役するんでしょう? 必ず辿り着いて、この子の成長を一緒に見届けましょう? 父親なんだから」
「……そう、だな。悪い、変なことを言っちまった」
「さ、行きましょう。最後のお勤めヨロシクね、兵隊さん」
「おう!」
この一団は、とある集落の生き残り達。
集落の規模はこのご時世にしてはそこそこ大きく、バーテクス正規軍の小隊も駐在するほどのものだった。
――が、そこにも魔の手は押し寄せた。
人を喰い物にする奴らの襲撃より、集落は簡単に血の海と化した。
命からがら逃げ延びた彼らは、安住の地を求めて『エリア3』へ向かう。
しかし、彼らがエリア3に辿り着くことは無かった。
紅き焔が現れ、文字通り全てを焼き尽くした。
たった一つの、小さな命を除いて――