フードプロセッサーで
評価など入れてくださると助かります。(>_<)では、変な作品ですがご覧くださいませ。
母は死んだ。
僕はサンドイッチを片手に空に浮かぶ、消えそうな雲のかけらを目で追った。もう片手には、白い粉がスーパーの袋の中にパンパンになって入っている。正体は、僕がフードプロセッサーで粉々にした、母の骨だ。
『私が死んだら、山に骨を粉にしてまいてくれ』
それが母の遺言だ。僕は、その遺言に従って粉々にしたという訳で。
(さて、どこに捨て……いや、まいてくれようか)
僕が考え込み始めた頃、ふと思い出す。
(そういや、母さんは富士山が好きだったけ? )
僕は急いで中古で買った安い、軽自動車に乗り込んだ。エンジンをかけようとするが、中々かからない。十回目のチャレンジで、ようやくかかった。勢いよく車庫から出そうとするが……
「ふぅ、やっと出れた」
僕は車庫からやっとの思いで、脱皮した。しかし、車は傷だらけだ。おまけに、小一時間もかかってしまった。僕は隣に置いた、ビニール袋を見て思い出す。
(そうだ! 富士山に行こう)
勿論、僕は静岡に着くなり迷った。静岡と、書かれた看板が見えたから、静岡なのは間違いない。顔を上げると、大きな富士山が見えた。かなり、近いようだ。目の前には樹海のような湿った景色がある。
(富士山の上じゃなくても、大丈夫だろう。近いし)
僕は自分に言い聞かせ、車を道路の端にとめて、車を降りる。片手にパンパンのビニール袋をぶら下げて、僕は樹海に入る。
暫く歩くと、木々の隙間から光が溢れる、綺麗な場所があった。
「この辺にするか」
僕はビニール袋から粉を取りだし、風に飛ばした。粉はキラキラと消える。
「さよなら……母さん」
次々に粉を勢いよく飛ばし続ける。
☆げほっげほっ
咳き込む声が聞こえた。
声の主は僕の風上で、ねっころがりながら咳き込んでいた。声の主は樹海には似合わないような、スーツ姿のOL風の女性だ。声の主は僕と目があうと、しまった、とでも言うように目線を勢いよく外される。
「ごめんなさい。そんな所に人が寝てるとは……全く、想像もつきませんでした。」
僕は一応、彼女に謝る。……何しろ女ってのは、後が怖いから。
「これからは、ちゃんと気を付けるのよ」
彼女はそう言って横になったまま、目をとじる。僕は、白い粉を再びキラキラと舞い上げる。今度は、ちょっと遠い所で。
☆に戻る(二回)
「いい加減にしなさいよ。あんたっ! ここは、あたしの死に場所なのよっ! あんたには譲らないわよっ」
彼女は何度も粉を振り撒き続ける僕に対して、怒りの声をあげる。
「すみません。死に場所だとは……でも、母さんの遺言なんです。自分を粉にして振りまいてくれって」
僕は怒り狂って顔の原形の無い彼女に対し、必死の弁解をする。彼女は、それを聞いた途端、真っ赤な顔が真っ青になっていった。
「その粉って……人骨?」
「はい。母の骨をフードプロセッサーで粉にした物です」
彼女はそれを聞いた途端に、悪魔に体を乗っ取られたかのような、奇声をあげる。
「やっ、吸いこんぢゃった……あんた! どうしてくれんのよっ」
「体には害はないと思いますよ」
血の気がのぼりきった彼女に対して、僕は冷静に返すのだが……襟元を掴みかかられる。
「気分の問題だっつーーの」
僕はなんとか彼女に頼みこんで(なんで、僕が頭下げなきゃいけないんだ?)粉をまく事を許してもらえた。
「変わった親だねぇ。樹海に骨をまいて欲しいなんて」
「母さんは昔から富士山が好きですから」
「……じゃあ、何で樹海?」
「登ったり何だかんだで大変じゃないですか。だから、近場のここに決めたんです」
「はぁ……あんたは樹海がどういう場所か知ってるの?」
「知ってます。木がたくさんある所です」
僕が笑って言うと、深い溜め息が聞こえる。
パンパンだった袋の中の粉は、綺麗になくなった。
「ありがとうございました。では、これで」
僕は来た道を戻ろうと、後ろに向くと……木、木、木ばかりで、何処から来たのか分からなくなっていた。
「どうしたの? 帰らないの」
僕が暫く硬直していると、彼女がいつのまにか、顔を覗きこんできた。
「え……えぇと……どうやって道路に出ればいいんだろう……」
「あら? ロープとかテープとか、目印をつけて来なかったの?」
「うん」
彼女は溜め息女王なのか、またしても深い溜め息をつく。
「あなた、もう出られないわよ」
僕は目を見開く。
「樹海はね……一度入ったら迷いこんでしまう、死の森なのっ!」
僕は震えが止まらなくなった。だって、ここから出られないと言う事は、この女から離れられないと言う事だろ?
僕の体に彼女が抱きついてくる。同時に背筋に寒気を感じた。
「あたし、大好きだった人にフラれてやけになって自殺しに来たんだ。」
「そ……そうなんだ」
僕は恐怖を抑え、やっとの事で相づちをうつ。
「……ねぇ、どうせ死ぬんだから、最後に慰めてくれる?」
彼女が急に可愛いらしくするので、何か企んでいるんじゃないかと、僕は気が気じゃなかった。
僕が真っ青になって立ち尽くしていると、彼女は僕の手を胸の谷間に持っていく。普通なら興奮するべき所なのだが、昔から女という生き物に虐げられてきた僕にとっては恐怖だった。
『彼女の一人や二人、いい加減に作ったらどうだ?』
母さんの言葉を思い出す。……もしかしたら、母さんの策略だったかもしれない。あらかじめ、彼女と打ち合わせておいて、僕を誘惑させる約束をしておいたんだ。だけど、計算外だったな……僕は女性恐怖症なんだぁ。
「あたし、魅力ないの?」
何もしないで考え込んでいる僕に、彼女は不安そうな目を向ける。
「いやっ、そんな事ないよ! それよりも生きて帰ろう! 日も暮れてきたし、出口を探そう」
「え」
「一緒に生きよう」
適当に考えたセリフを並べると、彼女は真っ赤な顔になる。先ほどのヒステリックさは、消えたようだ。
「ロマンチックねぇ」
「は……はぁ」
「あなた、意外になかなか素敵な人ね。こんな所で巡り会えるなんて……運命よっ」
目に星を浮かべながら彼女は僕を見つめる。当然、寒気が走る。
(だんだん、変な方向性に行ってる気がする)
今度は僕が溜め息大王だ。溜め息が休むことなく出続ける。そんな僕の手を両手で彼女が握りしめる。
「我慢しなくて、いいのよ」
「へ」
「そんなに息荒くして、いいのよ? 我慢しなくても」
違う。何か彼女は勘違いしてるようだった。
「それより……ほら、出口が見えてきた」
「えっ見えるの?」
「見えるって……」
僕が彼女に聞き返す。
「行かないでっ! 」
出口に行こうと足を進めると、彼女に抱き止められる。
「どうしたの?」
それは、物凄い力だった。
「ここに一緒にいて! 離れたくないのっ」
「だから、ここから一緒に出ればいいじゃないか」
「あたしには……出口が見えないわ」
「見えない?」
「生きる力がないから、見えないのよ……みんな、そうやって……あたしを置いてきぼりにしたのよ」
どうやら困った事に、僕と一緒にいた彼女はこの世の者では無いようだ。まぁ、初めての体験でも無いので。僕は彼女の手を握る。
「見えなくたっていいよ」
「え」
「一緒に出よう」
「……でもっ」
「僕が手をひくから」
僕がそう言うと、彼女は少しためらったような顔をしてから頷く。
道路に出ると、彼女の姿は無かった。成仏したのかな? 僕はぼんやりと考えながら車に戻る。何もなかった……そう言い聞かせる。
次の日の目覚めは爽やかで気持ちよかった。布団をはいで起き上がると、なぜか裸だ。隣には見覚えのある女がいた。
「責任とってよね」
「へぇえっ」
「だって、一緒に生きようって言ってくれたでしょ? 最高に嬉しかった」
「で?責任って……僕は何かしたのか」
「嬉しすぎて、気持ちが離れられなくなって……成仏できなくなっちゃった」
彼女が僕に飛び付いてきた。
「きゃぁあっ! 何やってるんでちか。あたちのご主人に抱きつかないでよっ」
そこに飛び出して来たのは昨日、傷だらけになった軽自動車の霊だ。可愛いらしいショートヘアの女の子だ。
「もう、せっかくアンタが居なくなったから出てきたのにぃい。最悪」
「ちょっと、おばさん。ご主人はあたちのよっ」
「何ですってぇ」
どうして、僕は霊に好かれるんだ。頭をかかえる。
『ちゃんと、霊じゃなくて、人間の女の子を連れてきて頂戴』
母の言葉をおもいだす。多分、当然のごとく無理そうです。
ふと、テーブルの上においてある白く粉まみれになったフードプロセッサーを見つめる。フードプロセッサーは関係ないよ、とも言いたげに黙ってそこに座っているだけであった。