0-2 何がしたくて
すっげえお待たせした結果待つ人がちょっと増えてから減りました。
なのにまだ異世界行ってくれません。どういうことだ。
なのでジャンルとタグを変えました。戻したいからお前ら早く異世界トリップしてくれ。
紅葉がまた可愛らしい声を上げる。
その瞳を見ると、少し疲れが滲み出ている…というのは当然憶測が混じったものになる。この薄暗い空間ではそこまではっきりと互いの顔が見えるわけではない。
僕達交際中の男女がふたりっきりで来ているのは、年頃の人が薄暗い密室で太くて硬い黒光りするモノを使ったりしてあんなことやこんなことをしてスッキリする空間…。
そう、カラオケである。
…いやちょっと待って、なんだその目は。一体何を想像したのさ。
そもそも。今の特徴って、カラオケ以外で全部一致するものあるの?あるね。分かった上で言ってました。ごめんなさい。
「あれ、えっと…茜、せっかく来たのに歌わないの?」
「あ、いや僕は、紅葉の声聴けてればいいからさ」
「エンジェルボイスってルビ振るのやめて。なんか腹立つ」
エンジェルボイスはエンジェルボイスだよ。
えー、駄目なのエンジェルボイス?
「えー…じゃあ…紅葉の声?」
「完全な横文字に直せってことじゃなくて」
「あー、じゃあ、紅葉の声か」
「和訳すると天使の様な声ね。文法を咎めた訳じゃないの」
「わかったわかった、天使の声か」
「ルビ振る前の文字が変わっちゃってるよ!?ただ下の文字直訳しただけになっちゃってるからね!?」
見事なツッコミマシーンと化す紅葉。はっきり顔を見るまでもなくめっちゃ疲れてる。
まぁ冗談はこれくらいにして。
「まぁ結局、僕は紅葉の声聴けてれば満足だからいいよ」
「…私喉枯れちゃう」
「のど飴で良ければ2袋くらいあるよ?」
「どんだけ私に歌わせる気だったの!?…ちなみに。私がトイレ行ったりとかしたらどうすんの?」
「ソシャゲ」
「歌えよ」
命令形になった。目が怖い。
そのメデューサばりの目付きに対抗するため、僕は使い魔を召喚する。
「だってさ!学校帰りにカラオケとか非リアの僕にはハードルが高すぎるんだよ!」
「…ねぇ私は?」
…彼女持ってる=リア充ではないと思うんです。
普通リア充の鞄からはラノベが出てきません。
そもそも持ってるっていう感覚でもないし。
何方かと言えば僕が紅葉の所有物だ。
「わんわん」
「いきなりどしたの茜。そういうことやるなら先に言ってよ録音できないじゃん」
「録音する前提で話を進めないでもらえるととても助かる」
言いつつモニターの方に目を向ける。いつからか広告みたいなものが垂れ流されていた。
「私この映像こんなじっくり見るの初めてなんだけど」
僕としてはカラオケに来る機会が少ないから共感はできないかなぁ…。
異性とカラオケをハードル高いとか言うくせ1人カラオケは悲しいっていうめんどくさい質だからさぁ…。
強いていうんなら長い休みに1回くらい圭真と摩熊と3人で来たくらいだし…。
考えてる間に今度はどこかのアイドルグループが『新曲が配信されましたっ!とっても頑張ったからさっさと歌えや萌え豚共っ!』みたいな事を言い出す。静かな密室に流れる嬌声がどこか虚しい。
「これは私が知ってるカラオケじゃない」と頭を抱える紅葉。じゃあここはどこなんだ何処に連れてこられたんだ僕は。
「じゃあこうしよう」
持っていたマイクを僕の方に突きつける彼女。
「茜が歌わないなら、私ももう歌わない」
…。
……っ。
……………!!
「…わかった」
「どんだけ悩むんだよ。カラオケって歌うとこだよね?」
「知らないよそんなの。あの曲入れるやつ取って」
「ん。…ん?いやちょっと待って」
曲を入れようとしていたところを引き止められる。
「どうしたの?ちゃんと歌おうとしてるよ?」
「そうだね。こんなのも変な話だけど、ちゃんと歌おうとしてて偉いと思う。でもさ。でもさ…」
「なんでナチュラルに『翼をください』入れようとしてんの?」
「いやこれしか紅葉の知ってそうな曲歌えな…嫌だ離せえっ!!『翼をください』歌わせろおっ!!」
「何なのその『翼をください』にかける熱量!!」
「これしか紅葉知らなそうなんだもん!!」
「にしても何でこれなの!選曲がアレすぎるでしょ!」
「中学時代男子で唯一ソプラノパートに入れられたことから思い出深いんだよ!!」
「知らねぇよ!!いいから!もう私が知らないアニソンとかでも一向に構わないから!!」
とかいう理由で東○Projectアレンジ曲(色は匂えど散りぬるを)を原キーで歌い上げる僕。
いったい声変わりを何処に置いてきたんだろう。
「ふぁーぉ…」
97.284点。高音を正確無比に出せるとなると、高校生男子としては最早悲しいものがある。
「…」
「いや、正直に言っていいんだよ?『なんでこいつこんな高音出んだよキモチワルッ』って!!」
「思ってないよ」
「いや僕でさえ思うよ?女子か!って」
「それは正直年中思ってるよ」
思うなよ。
そんなこと思いながらこういう関係続けてたのかよ。
「そういうわけで、こんな空気になるから歌わなくて…」
「えー!なんでー!歌ってよー!」
駄々をこねる紅葉。子供か。
「なんでさ。需要がないでしょ」
「あるよ…私茜の声好きだし」
…。
無言で室内暖房の設定温度を下げる僕。
「…急にぶっこんでくるのやめよう。暑い」
「会話が?」
「顔が」
「それあんま否定できてないよね」
んな事言ったら暑い会話ってなんだよ。
熱い会話ならまだしもそれじゃあただの松○修造だよ。いや熱い会話もそうか。
「いやいやいや、そうじゃなくて。こういうことやってたらコメント欄が『リア充死ね』で埋め尽くされかねないから」
「今のブックマーク数でそれ言うのかよ」
「将来の話をしてるんだよ」
「将来設計がとらたぬ過ぎるでしょ。せめて感想がひとつでも書き込まれてからにしなさい」
「永遠に言うなってことじゃねえかよ」
さておき。
なんだか、違う気がする。
「どうしたの、紅葉。今日なんか変じゃない?」
「いや別に、いつもこんな感じじゃない?」
…。
「いやいつもはこんな感じではない」
「今ちょっと悩んだでしょ」
自分に自信を持ちなよ、自分を信じなよ…と、紅葉。
オレンジジュースに口を付けつつ僕の問題点を挙げる彼女の横顔を見て、僕はうっかり言ってしまいそうになる。
僕は生来出来が悪いんだよ。何でもそつなくこなせる紅葉と一緒にしないで。
自分を信じろって言われたって、何の理由もなく信じられる程僕の信用は高くない。寧ろ地に埋まっている。
自分を祝福出来たことなんて一度もないのに。
自分に報われたことなど一度もないのに。
その言葉があっさり彼女に突き刺さるということなんて分かりきっているのに、僕のこの感情は捨て場を探す。
僕は、君がいなければ、きっと、✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕。
その感情は、言葉は、僕の腸をかき混ぜて、掻き乱して、突き刺すから、代わりに、言葉を紡いだ。
「それ僕のオレンジジュースなんすけど」
紅葉は手に持っているグラスを見る。
中身は店員さんが紅葉に渡した色とはまるっきり違っていた。
「あっほんとだ気づいたら」
「いや何をどうやったらオレンジジュースとクリームソーダを間違えられるの!?」
ドジっ娘か可愛い!
「まぁまぁ落ち着いて。私のクリームソーダあげるから」
「紅葉が1度口付けたもの貰えるって時点で発狂ものなんだけど誠に遺憾ながらボク炭酸飲めない」
「ええ…」
困られましても。それ僕のセリフじゃないかな…。
「いや違う、こうじゃない。不味いな良くないな、これは駄目な傾向だ。ツッコミ側とボケ側がはっきりしてない」
「いや別に、いつもこんな感じじゃない?」
…。
「…まぁいつもこんな感じなんだけど」
「じゃあいいじゃん」
「いつもが駄目なんだよ」
「ふーん…」
…そんなあからさまに興味無さそうにしなくても良くないっすかね…。
「ああ違うこうじゃなかった、なんで紅葉今日こんな感じなの?」
「急に戻ったね。脱線し過ぎて車体が二回転くらいして別の線路に乗って全く違うところにトリップ仕掛けてたのに」
「パスポート持ってないんだよ。さておき、何かしら理由があるんじゃないのかなって」
考え込む紅葉。
「…別に、理由なんてないよ」
「なの?」
「なのなの。唐突に茜くん尊い周期が来ただけだから」
「よし、その周期今回で終わりにしよう奇習とオサラバしようぜ」
「尊い祭りは伝統行事なんだよ」
「名称変わってるけど」
「そうだっけ。まぁなんでもいいとして」
設定がガタガタだった。そんな雑な感じならやめてもいいと思うんだけど。
「よくないよ」
「地文を読まないで頂けると助かるかな割と見せられないようなこと書いてたりするから」
「逆に気になるんだけど。まぁなんでもいいとして!茜には付き合ってもらうぞ!」
「今既に付き合ってるぞってボケたくなった」
「ボケになってないけどね!付き合ってもらうぞ!朝まで!」
「財布が死ぬわ!」
「死ね!」
「ひっでぇ!!」
…結局、青少年なんとか法とかいうのにより店からつまみ出されるまで歌ったり、歌わされたり。…これ歌ってしかいないな。ちゃんと紅葉も歌ってたんだけど。
疲れからか、心なしか足取りが重い。対して財布は軽い。
「ねぇ、茜」
先を歩いていた紅葉が振り返る。
疲れているのは同じなようで、足元が覚束無い。
「朝の質問ってさ…覚えてる?」
…覚えてるよ。
そうだ、紅葉が変だったのはその時からだ。
訊いてきた紅葉の顔は僕を褒めちぎるようなものじゃなくて、例えるとするなら。
…直接の愛情を欲しがる、仔犬みたいな。
「もういっかい訊くよ、茜」
目の前の紅葉は、そのときと同じ表情をしている。
「私が死ぬか、茜が死ぬか、どっちを選ぶ?」
眠くて、疲れてるのか、或いは。
どちらにせよ、僕は答えを。
「僕は死にたいよ、紅葉が助かろうが、助かるまいが」
これが。
「僕は、なんにせよ、1人で立てるほど強くないから」
僕の。
「でも、それなら君にも助かって欲しくない」
『愛情』なんて綺麗なものなんかじゃなくて。
「紅葉が僕の代わりを見つけて、僕の代わりに笑いかけるなんて、絶対に嫌だ」
我ながら酷く傲慢で。
「紅葉の隣に僕じゃない誰かがいるなんて許せない」
笑ってしまうくらいに矮小で。
「だから二人で助かりたい。野村葵を見捨ててでも、阿部圭真を犠牲にしても、夕山摩熊を殺してだって」
目を塞いでしまいたいような。
「君の隣に居たくて、僕は生きていられてるんだ」
社会不適合者の、見るに堪えない本音だ。
そうだ、紅葉しか要らない。紅葉としか居られない。
「…良かった」
紅葉の言葉に、僕は漸く報われた気がした。
僕の感情を受け入れてくれたから。
「私の、愛情を、狂愛を、背負える茜が、強いんだって勝手に思って、ならなんで私の感情背負ってくれてるんだろうって、怖かったんだ」
紅葉の瞳が潤んで見えたのは、紅葉がそれを滲ませているからか、僕の瞼に液体が溜まっているからか、判別出来なかった。
「違ったのか、そっか」
同じ分、僕が背負わせていただけなんだ。
自分が持て余すだけで、誰にも向けられない愛情はただ重たいだけでも、貰い物の愛情は、どこか心地良いから、気づかなくて、それでも嬉しいもので。
教室で誰かが言ったように、僕らはお似合いだったのかもしれない。
同じ文だけ、同じ重さで、ずっと支えあえるなんて、なんて冗談だろう。なんて夢のようなんだろう。
僕は幸せで、他人を幸せにできていて、
「それ、もっと早く聞きたかったかなぁ…」
そんな夢が、
紅葉が、覚束無い足取りなんかじゃなくて、はっきり、自分の意思で、車の飛び交う交差点に身を投げた瞬間に、悪夢に変わった。
醒めることもなく。
よう見たら今回ルビ乱用したなぁ…