0-1 紅い赤色
「っ」
跳ね起きる。
最初に目に入るいつもの僕の部屋に、けれどどこか違和感を覚えた。
そんな変な夢だったのか…。
「ってやべ」
とか頭の中で喋ってる間に携帯が震える。
見ると、全部紅葉からだ。
「これが全部会社からだったりした時に社会人は絶望するんだろうな…」
とかいう間に通知。そんな待たせてるのかなと思ったけれど。
『もみじ:40秒で支度しな!!』
天空の城行けってことらしい。
「もー、遅いないつまで寝てたの」
「ラピ○タチャレンジ開始まで」
「凄いタイミング」
笑う紅葉。
家の前にまで迎えに来てくれていた彼女こそが、さっきまで僕の端末に通知を貯めていた張本人である。
そう。
僕、野村茜の。
家まで。
迎えに。
もう「自慢じゃないけど」なんて言うつもりすらないよね。うちの彼女マジ天使。
「あれっ、ってことは朝ごはん食べてないの?」
「ここにカロリーの友達がいます」
「こら。ちゃんと食べなきゃ駄目なんだよ?」
「なにこの彼女超可愛い」
「茶化さないの」
「…へいへい、前向きに検討していく方針で」
「…言いつつやらない政治家の台詞」
「よくわかったね」
「ニュースくらい見てますから。茜と違って」
「撮り溜めたアニメの消化で忙しいんだよ…あと名前で呼ばないで欲しい」
「忙しくなるくらいなら録画しなきゃいいのに…と、なんで名前で呼ばれたくないの?」
「録画しないって言うのはまた違…まいいや、なんで名前で呼ばれたくないのかだっけ、…えとまぁ、なんか女子の名前みたいだなって思うからさ」
「あれっ、思ったより普通の理由」
「僕みたいな不純物が紛れ込んでるクセしてまるで百合という名の桃源郷が出来上がってるみたいじゃないか」
「そっか、何言ってんの?」
「んまぁそういう理由かな」
「そっか、わかんない」
「えぇ」
「なんか名前で呼んでも全然大丈夫そうってことだけはわかった」
「それは大丈夫じゃないと思う」
「はいはいわかってます」
考えるのが面倒らしい。
「ところでだけどさ」
そう切り出す紅葉。
「お母さんは?」
「あー、いつも通りまだ寝てるよ」
「いや、朝ごはん作ってきてないみたいだけど大丈夫なの?」
「あの人1ヶ月くらい何も食べなくてももう大丈夫な気がする」
「茜の中でお母さんって一体なんなのさ」
「人間だけど?」
「人間ってなんだろう」
哲学方面に走っていく紅葉。年頃だししょうがない。
「茜は、お母さんに必要とされてるんだよね?」
「?まぁ、使われてるってことは事実だけども」
「そっか、……いいな」
「…?言っとくけども、僕には紅葉が必要だからね?1日3紅葉は摂取しないと多分死ぬ」
「…なんかよくわかんないけど、摂取って言い方凄いやだ」
事実だししょうがない。
「…じゃあ、自分が死なないと私が死ぬみたいな状況になったら、茜はどうする?」
「どういう状況なんだろう」
「いいから」
秘技・茶化して誤魔化す作戦早くも撃沈。
「…んーと」
生き残って誰かの役に立つとしたらそれは紅葉のほうだろう。
僕なんかを必要とする人がいるとは思えない。
「生き残る価値とか、そういうのは考えないで」
「ハードル上げすぎじゃないっすかね」
けど、それでも。
「僕は紅葉のために死にたい」
紅葉は僕なしでも生きられるだろうけれど、僕は彼女なしではきっと生きられないから。
その真意を知ってか知らずか、彼女は曖昧に微笑んだ。
「んでさんでさ、それでうちの母親はこう言ったんだよ、『もうアンタを養わない』って!笑えるよな」
「ごめんね、笑いどころが見つからなすぎてもう一周まわって面白い」
「一周まわったら戻ってきてるから。よかった見つかったなそこだよ面白さ…まぁ僕には笑えないけどw」
「草生えてるぞ」
とか友人と他愛もない茶番を繰り広げる昼休み。
…おいこら誰だいまぼそっと画面の向こうで「ぼっちなのかと思った」って言ったの。怒らないから手上げろ。怒らないけど叩き潰す。
違うんだよ、ちょっとストレス溜まって病みがちなだけで友達も居る普通の高校生だよ「普通すぎてツマンネ」とか言うな泣くぞコノヤロウ。
空っぽだから空しいんじゃない、虚ろだから虚しいんだ。
なんて格好付けて言ってみるけど友達は虚像なんかじゃないし、漢字からわかることいわば『馬から落馬』的なことを繰り返しただけで自分でも何を言っているのかわからなくてうっかり泣きそう。
やっぱりこういうこと言ってると僕の語学力の無さが浮き彫りになってくるな。
考えること減らそう。
「あーかねっ」
「わっびっくりし…」
胸恣意。
そんな下らないことを考えざるを得ないような豊満なクッションが首筋に押し当てられる。
「いやもうほんと急にどうしたのありがとうございます」
「咎められてるのか例を言われてんのかわからない」
「世界に感謝してるかな」
「ん、うん…?」
心の底からちゃんと感謝する。
感謝っ…!圧倒的感謝っ…!
「なんかあれだな、こんなこと考えると周りから『ざわ…』『ざわ…』って聞こえてくる気がするから不思議だ」
「…」
「僕を見る目が、キンっキンに冷えていやがるっ!?」
「…茜の言っていることが段々と分かるようになってきた自分が怖い」
「いやでもほんと、急にどしたの?」
「いや、その…」
少し困ったような紅葉の声と、頭に当たる湿った吐息。
「ちょっと、甘えたくなったとか…そういう理由じゃ、駄目、かな…?」
僕の身体を抱く紅葉の腕に、少し力がこもる。
それが何だか、恐らく紅く染まった紅葉自身の頬を見せまいとしているみたいで。
「どうしよううちの彼女が超可愛い」
「このタイミングで俺に振る!?知らねえよおめでとう末永く爆発しやがれこの野郎!!」
叫ぶ友人A。
「友人A!?なんだそれドラ○エか!ドラク○で一気に何体も出てきた敵か!!」
対する友人Bは何かを描いて、Aに手渡す。
「もはや『友人』とすら付かなくなったよ…」
「警部、一回押す事に教室で抱きついてるようなカップルが爆発するボタンだそうです」
「ピンポイントすぎない?」
「現物確認といくか。ポチッとな」
押しちゃうんだ。当然の如く何も起こらないけど。
「どっかーん」
「口で言うのな」
「いい眺めだな」
「わーい」
はしゃぐ友人AB。と思いきや、唐突に無表情になって拍手し始めた。無表情のままなのが余計腹立つ。
「僕が何したよ…」
「生きようとすることが罪なのだァ!!」
「どこのクイ○ケマニア?」
「:reアニメ楽しみだねー」
「瓜くんに地雷臭を感じる」
「気のせいだよ」
「気の精?」
「そこはせめて木の精までいこうよ」
「ところでお前彼女放ったらかしで話してるけどいいの?」
「あっ」
…。
「被告茜、弁護を」
「2018年の放送を待つ身としては重要な」
「有罪」
「すいませんでした弁解の余地もございません」
あっさり頭を下げる僕。
「…だそうです、どうします?」
「茜が私にわからない話をするのはいつものことだよ」
「…余罪は吐けよ」
「訊かれてない」
「「「…。」」」
「ごめんなさい」
流れるように土下座を敢行する僕。慣れたものだ。
「お前さぁ…こんな超絶美少女捕まえといて、そういう気遣い…」
「実際僕が捕まったようなものなんだよなぁ」
「「「…。」」」
無言で土下座の姿勢から手足を伸ばす。俗にいう土下寝の姿勢である。
「いやでも実際僕も気になってるんだけどさ。そこんとこどうなの?」
「?」
「いや、僕と紅葉ってどう考えても釣り合わないじゃん」
「「「…。」」」
…あれ、なんか周りからぼそっと「釣り合ってはいるって…」って聞こえた気がする。
えっ、なに?みんなそんな紅葉のこと過小評価してんの?
僕と紅葉合わせたら数値的にプラマイゼロってことなら何も間違ってないんだけど…。
「まぁだから、紅葉はなんで、その…僕と、付き合ってくれてるのかなっ、…て…」
土下寝状態から起き上がり、俯いていた頭を上げた。
紅葉は小首を傾げている。可愛い。
「んーと、」
口を開く紅葉。
「交際って、好きな人とするものじゃないの?」
顔が熱を帯びるのを感じる。燃え上がりそうだ。よく使う表現だけれども、僕の場合顔の発火点が100°cくらいならば余裕で燃え盛っていると思う。何それどんな世紀のマジックショー?
「あんまり自分を卑下しないでよ、それ茜の数少ない悪いところだと思う」
顔をこちらに向けて歩み寄る紅葉。近い。この顔の熱も吐息も全て感じられているのかと思うと余計に気恥しい。
「茜の気持ちはわかんないけどさ」
僕の側から離れて、紅葉が後ろに手を組む。その一挙一動に、髪に、瞳に、見とれていた自分に気付いていつもの事なのに今更目を逸らしてしまう。
「私はこれでも、幸せなんだよ?」
そう言って笑う紅葉は、いつも通り可愛くて。
今のこの、紅葉の髪と、瞳と、涙と、赤色と、手のひらと、声と、赤色と、唇と、赤色と赤色と赤色と、比べてしまうから。
最後に見るには余りに残酷で綺麗な風景と一緒に、目に焼き付いてしまうから。
こんなことなら、目を、逸らしたままなら、よかった、と、そんな、こと、ばか、り、かんが、え、て、し、ま、っ、て。
赤色
茜くんは顔面偏差値高いです。
しかし格好良くはないです。
言うならば美少女です。
茜くんのお陰で女子をやめた元女の子もいるそうです。性別茜くん。なんか某高音系歌い手みたいだな。