エピローグ
『いつまで寝ている』
金属のこすれ合うような、神経を逆撫でする声が響く。
「うるせえ、たかが杖の分際……」
目覚めると同時にナルバを罵りかけた魔法使いだったが、自分が懐かしい日常へ戻ったのに改めて気付くと、飛び起きて辺りを見渡した。
馬が二頭に、銀色の妖精が一人。
見る間に霧が晴れていく。
引く、というべきかもしれない。拡散するのではなく、むらなく一斉に岸から撤退する様は、晴れた空間と白の領域との間に境界線さえ引けるほど明確で、そして不自然でもあった。
一艘の舟が霧と共に遠ざかる。舟の操り手は、彼を河に叩き落とした、あの渡し守だった。制止を叫ぼうとした魔法使いはすぐに思い直し口を閉ざした。声が届く距離ではない。
妖精が魔法使いの前に飛んできて、青と銀色の紋様がある頬へ抱きついた。ああ、と三つ目の青年は頷く。
「そうか、おまえもあのクソ杖と一緒に置き去り食ってたんだもんな」
指輪を失った手を見せて、
「済まん。おまえの家、失くした。向こうで身ぐるみ剥ぎ取られちまったんでな」
銀色の妖精は首を振ると馬へ向かって飛び、すぐに引き返してきた。両手に、柘榴石を填め込んだ真鍮の指輪を抱えている。魔法使いに渡しながら、少女は二言三言喋った。
「あの渡し守が返した?」
魔法使いが聞き返す。
「他の物は」
クロミスが再び首を横に振る。あのしみったれ、と魔法使いはやや的外れな悪態をついた。が、思い直して左手の中指に指輪を嵌める。
「まあいい」
馬が返ってきただけでも良しとしなければならない。
住処が所定の位置に戻ったのを確認すると、彼女は安心したように柘榴石の中へ戻った。と、久方ぶりの激しい頭痛に襲われ、魔法使いは頭を抱えてその場にうずくまった。
「……クソ杖が」
低く呻く。自分を拾いに来ない所有者に苛立つナルバが、悪意のこもった怒りを魔法使いにぶつけたのである。苦痛と共に、自分の居場所をしつこいほど所有者に繰り返し告げるのも忘れない。
『早く拾え』
「馬鹿野郎、テメエを何様だと思ってやがる」
生意気な杖の回収など後回しにして、魔法使いは倒れている剣士に視線を向けた。すっかり様子の変わった彼と対照的に、隻眼の連れは、渡し舟に乗ったときと寸分違わぬ身なりをしている。
衣服が大量の血に黒ずんでいる以外は。
返り血ならば、そこかしこに飛沫が飛ぶか、あるいはまだらに染まっていなければならない。それよりは、上着の破れた腹の辺りから出血したと考える方が妥当である。
魔法使いはすぐに理解した。剣士は、自分ほど待遇の良い檻に入れられなかったのだ。
「おい」
爪先で剣士をつつく。反応がない。当然かもしれない。上着だけでなく全身が黒ずんだ朱に染まり、その乾いた血で布地もこわばっている。これだけの血を失ってもなお生きていられる人間は、いない。
「死んだのか、雨」
死人が答える筈もないのだが、魔法使いは剣士に呼びかける。
「死んじまったんだな? よし」
返事がないと見るや、三つ目の青年は嬉々として倒れた男の腰から剣を抜いた。何も好きで、こんな無粋な男と旅を続けていた訳ではない。全てはこの瞬間のためである。
楽しげに二、三度振り回してみてから、彼は鞘も外しにかかる。
指輪から、先ほど入ったばかりの妖精が現れた。柘榴石と同じ真紅の瞳で魔法使いと剣士を見比べ、口を開く。
「ああ」
手を休めずに魔法使いが相槌を打った。
「やっと頂けるって訳さ。こいつも感謝してるだろうぜ。この俺様ともあろう者が、たかが口約束なんぞを律儀に守ってやったんだしよ……そうだ」
小物袋も取り上げ中身をぶち撒ける。高額の金貨から一枚ではほとんど価値のない鉄銭まで残らずさらえ、自分の財布にせっせと詰め込んだ。
「死人にゃ用無しだよな。俺が代わりに使ってやる。後は……ふん、つくづく貧乏くさい奴だな」
金目になりそうなものを見付けられず、魔法使いは失望して舌打ちをする。死んだ妻子がいるのなら、装飾品など、値打ちのある形見を一つぐらい持っていそうなものである。
妖精がまた一言、何かを問いかけた。ああ? と魔法使いが聞き返す。
「埋葬だあ? そんなもん、この辺の風習にでも従っとけ。鳥葬っつったか、あるだろ。素っ裸にひん剥いて放っときゃ、鴉でも何でも腹空かせた畜生どもが片付けてくれるって」
とても旅の道連れに対する言葉とは思えない。
「ただ死体を放置すれば良いというものではないのだぞ」
「何が」
魔法使いは上の空で金を数え直している。
「鳥葬というのは、あれでなかなかに手間のかかる弔いでな。服を脱がせてから遺体を洗い清めて、聖地まで運んで行く。さらに鳥が肉を啄みやすいように遺体を切り開いてやらねばならん」
「……」
三つ目の男は遅まきながら声の正体に気付いた。
「狼かっ」
剣士が起き上がってこちらを見ている。が、剣士本人ではないのは明らかだった。翠の隻眼を狼と同じ金色に変化させ、剣士ならば浮かべることのない、人の悪い笑みを魔法使いに向けている。口調もいささか古めかしい。
「魂が鳥に運ばれて行ったら、遺体を晒す期間が終わったならという意味だが、腐った皮や肉を洗い落として、きれいになった骨を家に保存しておく」
魔法使いが獣のような唸りを発する。
「死体で遊んでんじゃねえよ」
「我は、杖族の長とは違う」
剣士にとり憑いた狼は涼しい顔で、
「死人を操ることなど、できぬぞ」
「くそったれ」
魔法使いは文字通り大の字に引っくり返った。
「生きてやがったのか」
「残念だったな」
狼から身体を取り戻した剣士が応じ、片手を差し出した。その手を魔法使いが両手で握り、やけくそに振り回す。
「いやあ、生きてて良かったな!」
剣士はにこりともしない。
「誰がお主と握手したいなどと言った」
翠の隻眼で連れを冷たく見据えて、
「返してもらおう」
「……おらよ」
渋々と、三つ目の青年が鞘に収めた長剣を持ち主に投げ渡す。
「てっきり死んだと思ったんだが……何だよ」
再び差し出された手を、彼は煩わしげに見下ろした。
「返してやっただろ?」
「まだあるだろう」
金、と剣士が促す。魔法使いはさも嫌そうに、硬貨をじゃらじゃらと剣士の掌に落とした。
「確かに、私が死んだら剣を譲るとは言ったが」
剣士はため息をついて剣を腰に刷く。認識が甘くなっていたのだと、彼は自分に言い聞かせた。魔法使いに人並みの道徳など期待してはいけない。充分理解していた筈なのだが、しばらく旅を続けるうちに、自分だけは例外だと無意識に思い込んでしまっていたのだ。本来なら、この三つ目の男が律儀に約束を守り続けているだけでも奇跡だと言わねばならない。間違っても、自分の遺体を丁寧に弔ってくれるなどと期待してはいけないのだ。
くすねられていた金を数え終わってからようやく、剣士は魔法使いをしげしげと眺めた。
「一体、何年が……経ってないのか?」
尋ねる語尾が頼りなくなる。無理もない。杖を罵りながら拾い上げる三つ目の青年は、剣士の記憶にある姿からすっかり様変わりしていた。長旅で色濃く日焼けた肌は数日で冷めるものではなく、髪も腰まで伸ばすには何年も要する。それにも関わらず、年月を重ねているようには見えない。経っていたとしても一年がいいところである。
魔法使いは生い茂る葦をかき分け、半ば湿地に埋まっているナルバを見付けた。拾い上げながら、
「こいつは半日も経ってねえっつってんぞ。俺は半年ぐらい檻に閉じ込められていたような気がするがな」
言って何度も杖を水面に叩きつける。これで洗ってやっているつもりらしい。引き攣らんばかりに顔を顰めているのは、手荒い扱いに怒るナルバが、所有者にさらなる苦痛を味あわせているためである。
「……このクソ杖」
歯を剥き出して魔法使いが唸る。
「いっそ、河の底に沈めてやろうか」
洗ったばかりの杖を再び泥地に投げ込み、踏みにじった。
連れを眺める剣士の視線が、戸惑いから呆れたものに変わった。多少外見が変わっても、中身は相変わらずである。
「何も、戻って早々やり合う必要もないと思うが」
『お互い、よく飽きぬものだ』
狼はしみじみと剣士に同意してから、
『確かに我らがこの岸に置き去りにされてから、一刻も経っておらぬ』
「私は……」
よく分からないと言いかけ、剣士は絶句した。意識を失った瞬間が、まざまざと脳裏に蘇ったのである。
狼が気遣わしげに剣士を見上げた。
『何があったか、見ても差し支えぬか?』
「それは構わんが」
憑依と記憶を覗くのとは別らしい。礼儀正しく了解を得てから、再び狼は剣士の中へ入り込む。
剣士は血塗れの身体を見下ろし、内臓がはみ出している筈の腹を探った。ない。狩人に負わされた傷は跡形もなく塞がっている。現実に致命傷を負ったのは間違いない。衣服がその証拠である。
「……もう駄目だと思ったのだが」
「だから言っただろうが」
魔法使いが、膝まで水浸しになってようやく河から上がってきた。
「死んだかと思ったってよ」
「一体、何だったのだ?」
狐につままれたような面持ちで、誰にともなく剣士が尋ねる。魔法使いを見て、
「先程お主、檻と言ったが」
「そうさ」
憎悪と嫌悪とおかしさが混ざり合った、なんとも奇妙な表情で魔法使いが頷く。
「男前の俺は鑑賞用の人形で、不細工で剣以外能無しのおまえは闘犬にでもされるところだったんだろ。ところが両方共、飼い慣らすにはちょいと不向きだったって訳だ。俺は奴の大事な人形をぶっ壊したし、おまえは多分、闘いを拒んだ」
「わざわざ生き返らせて元の場所へ戻したというのか」
剣士は首を捻った。狼も不思議そうに、
『汝らを運んで行った渡し守が、また馬と一緒に霧の中から送りに来たぞ』
「何故だ。人間を動物か玩具のように扱う者がいて、私たちがその罠か何かに入り込んでしまったことぐらいは分かる。平気で人を狂わせたり殺し合いをさせたりするのだ、役に立たないと分かれば殺して場所を問わず捨てるのが早いのではないか?」
「知るか」
短く吐き捨て、魔法使いは馬に跨る。
「何、突っ立ってんだ。とっとと河越えてブルドワーンとかいう町に着いたら、真っ先にこの野暮な服を燃やしてやるからな」
「今の方がまともに見えるぞ」
同じく馬上の人になった剣士が、見たままの感想を素直に述べた。黒ずくめに装飾品だらけの姿など、彼にとっては道化師か詐欺師、あるいはいんちき占い師以外の何者でもない。着替えが欲しいのは、むしろ血塗れになった彼の方である。
「何抜かす」
魔法使いは取り合わない。上衣を裂いた布をぐるぐると額に巻き付けて第三の目を隠しながら、
「おまえにゃ、センスってものがないんだ」
ないが、少なくとも悪趣味ではない。そう言おうとした剣士の口から出たのは、しかし別の言葉だった。
「死のない世界だったのやもしれぬ」
狼である。実体のないこの獣は、単独では魔法使いと会話を交わせない。必要に応じて剣士の身体を拝借することになっている。
魔法使いは金の隻眼を見た。
「死がない?」
「さよう」
ゆったりとした動作で浅黒い貌が頷く。若者である剣士本人では不似合な仕種だが、狼が憑依していると何ら違和感がない。
「汝が言うた通り、雨がいたのは狂戦士を作り上げるための檻のようだ。いささか変わった石の通路にしか見えぬが、歩き回るうちに精神を蝕まれる。が、雨は死体を見ておらぬ……足下に穴が開くとチュラロークは言っていた」
最後の言葉は剣士のものである。暗い声で彼は付け加えた。
「しばらく共に通路を彷徨った、グロリウスの狩人だ。最初は彼も正気だったのだが、やはり狂わされてやむなく」
「そいつが何てったって」
「何もない、穴だと。放り込まれたら生きていられぬし、といって死ぬとも限らん。私は、闘わない者や死んだ者がそこに落ち込むのだと解釈したが」
「そりゃどうだか」
と魔法使い。
「もしそうだったら、おまえが生きてる説明がつかんだろうが。俺だって下手すりゃ選者とかいう奴に殺されてもおかしくないことをやらかしたが、この通りぴんぴんしてら」
言ってから、不快極まる顔で虚空を睨みつける。三つ目の子どもを殺し損ねたどす黒い怒りが、彼の中で煮えたぎっていた。
『そうだ』
杖が彼の頭の中で、耳障りな笑い声をあげる。魔法使いに起きたことを、ナルバは既に知っていた。所有者の頭の中を覗くのに、杖族はわざわざ本人の承諾など得ない。
『どちらにせよ殺せなかった。あの世界で、もう一人の貴方は成長を続けているに違いない』
凄まじい視線が、虚空から馬に括り付けられた杖に移される。
「あれは俺じゃない」
ただ姿が同じだけの、人形である。
『ならば、何故殺そうとした』
魔法使いは杖を蹴りつけた。
「俺じゃねえんだよ」
繰り返してから、
「だが、俺の身体だ。畜生、どいつだか知らねえが勝手に複製しやがって」
複製ができるのは構わない。問題は、その複製が別の人格に支配されることである。己が身体に、他者に従順な人格が宿ると考えただけでも虫唾が走る。といって、精神までもがそっくり写し取られまさしく二人目の魔法使いができたとしても、それはそれで許し難い。複製とはいえ自分の身体なのだ、彼の支配下に置かれなければならない。
つまり、オリジナルを含め六個の目、二つの頭と胴、四本ずつの手足を彼自身が使用する以外での複製は、一切認められない。
一人で怒り狂っていた魔法使いだったが、翠の隻眼が怪訝そうに自分を眺めているのに気付くと、意識を彼らの方へねじ曲げた。
「俺がいた方でも、永遠の命だとか訳の分からんことをほざいてやがった奴がいたからな。やっぱり死なねえんだろ。おまえがいた石の通路の奴らも大方、死んでから生き返ったか――瀕死の重傷から回復したのかは分からんが、とにかく闘ってはぶっ倒れ、それから復活してまた闘うってのを繰り返してたに違いねえ。それでも使えねえ奴……殺し合いに加わらない奴が、穴に落ちて廃棄処分になる」
あそこに入る位なら大抵の者は死を選ぶという、女の言葉を彼は思い出した。魔法使いが火を生じさせ開けた紛いものの虚無も、狩人が言った穴と同じ類のものに違いない。
「この隻眼が幸いしたのやもしれぬな」
狼が再び剣士の口を借りた。
「グロリウスの狩人は、通路を見ているだけで頭がおかしくなりそうだと、しきりに言っておった。ものの例えではなく、おそらく実際にそうだったのだろう」
「二つ目専用の檻か」
魔法使いはすぐに納得した。本来の彼の視力なら、おそらく簡単に檻の構造を見て取れたに違いない。それ故彼の視力もほとんど二つ目のそれと同じ程度にまで落とされていたのだろう。あれだけの箱庭世界を造る存在である。彼の視覚をある程度ごまかすぐらい、造作もなかったと考えられる。それでも完全に封じることはできず、結果、飼い慣らすこともできず、三つ目の男を破棄せざるを得なくなった。
一方の剣士は片目を失っている分、通常の人間より受け取る視覚情報量は少ない。
「一つ目じゃ、二つ目用に造られた檻の微妙な仕組みか何かを感じ取れないんで気が狂いはしなかった。いくら生き返っても戦闘人形にならん奴あ、いらんって訳だ」
『汝が正気の人間と出会ったのも、運の一つか』
狼が補足する。
『相手が正常であれば、闘う必要に迫られることもない』
「では、チュラロークは生きているのか」
はっとして剣士が呟く。
「俺たちの考えが正しけりゃな」
応え、魔法使いは冷酷に駄目押しをした。
「気狂いになって永遠に闘い続けるんだろ。いや、永遠とは言わんか。あそこじゃ時間がまともに流れてるかどうかも分からん」
剣士の明るい翠眼が、暗澹とした色に沈む。生き返り正気を取り戻したとしても、狂気を退ける術――片目を塞ぐという、ごく簡単な方法――を知らなければ、グロリウスの狩人は自力で帰れないのだ。
「ナルバは、我々がいた世界を探し出せるだろうか」
「おいおい」
魔法使いが呆れて空を仰ぐ。
「助けに行こうってのかよ。そりゃ無理ってもんだぜ」
確かに、この杖族の長は異次元への通路開閉という、稀に見る特異な能力を持っている。
「異世界やら異次元なんてのは無限にあるんだ。探す間におまえ、ジジイになって死んじまうってのが落ちだろうが。それからな」
何か言いかけた剣士を魔法使いが牽制する。
「また村に戻って罠に嵌まろうなんて、アホなこと抜かすんじゃねえぞ。俺たちゃ檻から脱出したんじゃなくて、追い出されたんだ。そう易々と入れるもんか。それにそのチュラロークって野郎、気狂いになっちまったんだろ。何の得にもならねえのに、助けてどうするんだよ。それで正気になる保証でもあるのか? 無駄だね、無駄。とっとと忘れちまえ」
『やむを得まい』
狼も、慰めとも取れる口調で剣士を宥める。
『もし狩人を助けようとするなら、選者との戦いも覚悟せねばならん。が、相手が悪い故な。いくら汝の剣技が優れていようと、いつぞやの残虐公のように斬りつけることのできる存在でなければ、どうしようもない』
「そうだな」
剣士は頷いた。肉の削げた貌に、珍しく重苦しい表情が濃い。ふと、彼はもう一つの疑問を口にした。
「……何故、渡し守はわざわざ我々を元の場所へ戻したのだろうか」
『あの若者、河の向こうからこちら側に人を運ぶのは初めてだと言っておった。楽しげだったぞ』
「ふむ」
剣士が曖昧に頷く。
「珍しかったということか」
『あの若者も帰りたいのであろうな』
友人から抜け出した狼は、すっかり晴れ渡った大河を見渡した。剣士も水平線を眺めたが、無論、あの渡し守の姿はない。穏やかな水面の上を、鳥が飛んでいるのが遠く見えるだけだった。
魔法使いは杖に命じていた。
探せ。
『また矛盾している』
杖は不快感も露わに指摘する。
『雨には無理と言いながら、私には探せと言うのか』
何百年かかってもいい、と魔法使いは声に出さずに答える。何が何でも探し出して、あのくだらない複製を始末しなければならない。彼は紋様の描かれた頬を微かに歪めた。
ひょっとしたら、俺は何千年も生きるかもしれねえんだろうが。
一瞬、ナルバから繰り出される苦痛の波が消える。
『学会に戻るのか』
「いいからやれっつうの」
魔法使いは癇癪を起こし、再三杖を蹴る。
抗議と報復の波動を所有者にぶつけながら、杖族の長は異世界の探索を始めた。
太陽が西の空に傾きかけた頃、小さな船着き場が現れた。
河面に浅い桟橋が伸び、雨避けの下では、腰を降ろした男がのんびりと釣り糸を垂れている。
渡し守は二人の異邦人に気付くと、じろじろと珍しそうに眺め、それから現地語で尋ねた。
「乗るかい?」
了.