直属の上司が財閥御曹司
「はい、土屋です。 え、電源が入ってない? それ、私の仕事ですか?」
真田さんは他の急用があって他の場所にいる為、直に蓮司様とは話せなく困っているらしい。
「そんなの会社の秘書に言って、携帯の電源を入れろって言えばいい話ではないですか?」
「いやー、それがですね。美代様……この大きな組織の中、誰がどう言ったということでさえ、ニュースになったり、噂になったりするんです。あなたの存在感の無さなら問題なく、あの会場に入り込み、伝言をすぐに通達できるはずです」
もうけなされているんだか、褒められているんだか、なんだかよくわからない。でも、段々、この真田っていうやつの本性がわかってきた。完全に仮面男だ。やさしそうな顔つきと物腰だが、結構悪魔に近い。時々とんでもない命令を下してくる。
でも、一応、待機の時間をも含んで、日給2万円という値段に惹かれた。お金に興味はあるっと大声で言いたい。だいたい、このような呼び出しをしてもらっても、電車などの乗り継ぎを考えると30分はかかりそうだ。そんなことを言っていると、また電話にテキストが入る。
『下でお待ちしております。伊勢崎』
と書かれていた。
そうくるか。
速攻で、リクルートスーツに身を包み、化粧も何もなしで、車に乗り込む。
「あー伊勢崎さん。お待たせいたしました。行きましょう。さっさと電源入れさせに行きましょう」
「はいはい、そうしましょう、美代様」
それが、先ほどのあのホテルでの『携帯入れろ』口パク任務となった。
はあー。本当、お金の無駄と言いようがない、この任務。でも、真田さんが、
「絶対に、今すぐ言ってください。緊急事態なんです!」
と、力説する。
いやいや、ほんとう、その辺の会社のものに言付けろよっと思うが、これはもう何度も真田と私でやりとりをしている。そして、だいたいこんな感じの会話で終わる。
「美代様。あのーー、一応、私はあなたの仕事での先輩にあたりますよね」
「あ、はい。そうです。そうなりますね」
「その先輩のアドバイス、お聞きになりませんか?」
「いえ、聞きます。お聞きします」
この真田という男……意外と押しが強い。
「あ、あと、真田さん、なんか美代様っていうの変ではないですか? 一応、私は貴方の部下なんですから……」
「……ああ、美代様は雇用契約書をキチンとお読みになりましたか? 美代様は、一応、肩書き的には私と同じです。ですから、私は正確的には上司ではありません」
「ほへっ? どういう事ですか?」
「美代様の上司は、雇用主の蓮司様だけです」
「……なんかとても、不安を感じる響きなんですが、それはいい事なんでしょうか?」
「まあ、上司がいっぱいいると、大変ですから、一人だけだから、面倒が少なくてよくないですか?」
「あ、まあ、そういう考え方もありますね」
「ですから、美代様は美代様でいいんですよ」
「え、まったく意味がわかりませんが、私も真田様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか?」
「いえ、美代様には真田さんとよばれたいです。今までの敬称で構いません」
ーーなんとなく、違う意味が込められているような気もするが、それは無視する。
「わかりました。そうおっしゃるのなら、そうさせていただきます。」
そんな会話のあと、ふうっとため息をつく。だって、自分の直属の上司が、大原財閥の総裁っていうのは、ちょっとなんか世の中、間違っている。