忘れ物お届け係 契約する
「美代様。あの突然で申し訳ありませんが、当家で働いてみませんか?」
と、目の前のインテリ男に言われて、驚きのあまり一瞬声が出ない。
寝不足から、きっと幻聴なのではないかと思ってしまう。
「え? どういうことですか? いまお仕事の話しています?」
「そうです。お仕事の話です。わたしも伊勢崎もあなたを大変気に入っております。しかも、最近、美代様自身が当主を助けていただきました。最近、ある問題点がございまして、それに対して解決策を考えていたのですが、あなたがそれを解決してくださる様な気がいたします」
「はぁーーー、お話はありがたいですが、わたしの様なものが、このようなお屋敷に役にたつのでしょうか? あ、でも掃除全般はお任せください。得意ですよ」
「ふふふっ。美代様の特技ですね。いいですね。でも、そういうことではありません。うちの当主の魅力に呑まれ込まれない自分を持った人員を探していたのです」
「はあ?」
どうやら、補佐の真田さんに言わせると、当主の身の回りの世話役に頼むのだが、みな蓮司の財力やら外見の魅力に取り付かれ、ストーカーになったり、脅迫者になったり、とにかく影響力の反動がすごいらしい。しかも、その当人が仕事は優秀だが、プライベートではかなり抜けているらしく、真田でさえ全部サポートできずに困っていたというのだ。
「だから、そう、あなたの様に女子力が少なく、権力やお金にも無欲な人を探していました」
ちょっとけなされているか? 私? と思うが、まあ確かに女子力はないな。
「あの真田さん、勘違いされていますけど、私、お金には興味ありますよ。稼がないと生きていけませんし……」
「ははははっ。そうですよね。当たり前ですね。では、一応お給料を決めましょうか?」
「いや、すみません。やっぱりお断りします。どう考えても、ちょっとですね……」
「え、なにがご不満な点がありますでしょうか?」
「いや、なんというか……私、そんなお役に立つことが考えてみても……」
ーーどう考えても、おかしいではないか? あの大原の財閥の総裁である大原会長の為のサポート役だなんて……ただの大学生だ、自分は……
「私、ただの大学生ですし、正直、そのサポートできるような大層なものではないので」
「いや、美代様のような方がいいです。あ、そうですね。忘れ物お届け係ということです」
「はぁ? 忘れ物お届け係?」
「あの蓮司様は、意外と抜けているところがありまして、忘れ物が多いんです。それを届けてもらう専門の係です」
「すいません。そんなくだらない係……いるんでしょうか?」
このふざけたこと言っているインテリ男をジッと睨む。
「あります。この会長補佐の私が申しております。必要なんです。美代様」
眼力にもの言わせて、この男が睨んでくる。その殺気?が、ちょっと怖い。なにか周りを固められているような気迫さえ感じる。
「あああ、わかりました。正直、ちょうど仕事がクビになって困っていたところです。少しでも収入があると助かります。でも、まあ一応、すこし様子見て本当に私が必要かどうか検討してください」
真田は美代の言葉を聞いて、苦笑する。なぜなら、これじゃー、雇用主と雇用者の言葉が反対ではないか……。
ますます気に入った。
眠たさが、ちょっと美代を傍若無人にさせた。本来なら、もっと真剣にその本意を探っていただろう。だが、もう眠気がどうにでもなれーーと思わせた。
ーー必要っていうんだから、やってやろうじゃないの!
とまで思ってしまった。
真田さんとの話し合いにより、学業を優先しながら、サポートすることでオッケーとなる。まあ、本当にこんなのでいいのかと疑問を持ちながら、雇用契約を結ぶ。話が美味しすぎて、ちょっと怪しいと思うだけだ。まあ、雑用係っぽいから、いざとなればやめればいいなと気楽に考えていた。そんな事を思っていた自分を今は叱りたい。
そして、先ほどの携帯口パク任務となる。