捨てる神あれば拾う神有り
深夜の清掃がやっと終わりまた一回家に帰る。また仮眠を取ってから朝起きる。何度も繰り返してきた労働パターンだが、眠いことは確かだ。 大学の通学の途中、会社へと連絡する。
ああ、眠い。
電話を持ちながら歩いているがいま耳に入った言葉が信じられなくて、聞き返す。
「え、解雇ですか?」
「一時的なんだけど、ちょっと休んでほしい」
「そんな……他のところないんですか?」
「いやー、一件、大型のところを契約切られちゃったね……うちも苦しいんだよ、悪いね、美代ちゃん」
肩を落としてオフになっている携帯を見る。昨日まで人員が足りないと言っていたのにいきなり切られるとは……
社長さんの長崎さんも私の事情を知っているので、できるだけスポットが空いたらすぐ連絡をくれるという話になっていた。ああ、また鬼の店長のところに平謝りして、早朝か深夜のバイト入れてもらうべきかと真剣に悩んでいた。
大学も終わりぼろアパートにたどり着くと、なぜか見覚えがある立派すぎる黒塗りの車が停車している。はっと思っていると、その高級車からあのインテリっぽい真田が出てきた。いつもの黒縁メガネに黒スーツだ。
「あー、美代様、お待ちしていました。あのちょっとお話があるんで、お時間いただけますか?」
今日はバイトもないから、
「はい」
と、答えたのが運のつきだったかもしれない。
現在、東京の高級住宅街、某所の大邸宅の客間で絶対こりゃ高いだろう! と思われるソファに腰をかけ、そして、落としたらいくら弁償しなくちゃいけないんだと思うぐらいの茶器にお茶を注がれている。恐ろしすぎてお茶さえ飲めない。
「あのどうぞお茶を召し上がってください。あのダージリンのファーストフラッシュの方がよかったですか? 一応、こちらはセカンド・フラッシュです。日本人の方はファーストの方がよろしい方も居ますからね」
「え、そんなわたしは、どちらでも美味しくいただけます」
そんな答えをする美代にちょっとまた真田が眉をあげる。
「先週と先日の件でも、どうやら、美代様は当家となにか相当なご縁があるみたいですね」
「いえいえ、本当に偶然ですね。そういえば、どうですか? ご当主の会長様は……」
「あ、無事に回復して出社しております。美代様にはくれぐれもよろしくと言っておられました」
「よかったーー。ちょっと具合悪そうだったので心配していたんです」
ちょっと緊張しながらそのマイセンの茶器を持ち、ようやくお茶を飲み始めた。
「あの失礼ですが、美代様は大学生でいらっしゃいますか?」
「あ、はいそうです。まだ1年生なんですけどね」
「でも、深夜あの様なところでバイトされているとは」
「そのー、うちはもう両親がいないもので、ちょっと学費と生活費を稼ぎながら、やっています」
「お偉いですね。でも、今日はお仕事はないんですか?」
「……言いにくいんですが、ちょっと首になってしまって……」
真田が静かに自分の茶器を手元に戻す。
「美代様。あの突然で申し訳ありませんが当家で働いてみませんか?」