大晦日3
しかたなく自分の部屋に戻った蓮司は、その美代の残り香を部屋に感じた。
ーーなにが気に食わなかったんだ。おれはあいつのために全部用意させたのに・・・
この別館のリビングは蓮司専用のプライベート空間だ。真田さえあまり入室を許されていない。もちろん、女など招き入れたことなどないのだ。
き、気持ち悪い、なんて言われた。気分は最悪だ。たった一言だが、彼女に言われたことは体を殴打されるよりももっと激しくおれを痛めつけた。真田の言う通りかもしれない。
彼女を待つべきなのだ。おれの元に堕ちるまで・・・
本当なら、ここで二人一緒に美代が見たがっていた紅白歌合戦でもソファーに座りながら見たかった。自分の頭の中で、どうやって美代をこの部屋でくつろがせようか今日一日中、いや、美代がここに泊まると聞いてからずっと考えていた。もちろん、美代の気持ちを考えて、襲うつもりもなかった。下心はもちろんある。底なしにあると言って過言ではない。だが、それよりも、問題は二人で過ごす時間がほとんどないと言うことだ。近くにいれさえすればいい。今日はそれが楽しみで仕方がなかった。
まっすぐと見つめることを許してくれるだろうか?
あの嫋やかな黒髪を撫でることぐらいは許してくれるだろうか?
手ぐらいは握らせてもらえるだろうか?自分の美代に対する感情が抑えきれない。
いや、もうあのメガネの奥に潜んでいる怯えているような目を想像するだけで、自分の体の中から熱い疼きが走る。
あのクリスマスのパーティーでの庭師の福嶋拓にはイラっとさせられた。美代を見つめる目が許せない。真田にあいつをどこかに飛ばせと指示をした。真田は苦笑しながら、『まあ福嶋のじい様も元気でいるので、ちょっとしばらく京都あたりの別宅の庭を任せましょうか?』と言ってみたので、『それでは甘い!』となじった。
真田はあまり詳細を話したがらないが、どうやら、あの拓がおれの子リスをクリスマスのデートに誘ったらしい。正確に言えば未遂らしい。急遽真田が、機転を聞かせて大原家前代未聞のクリスマスパーティーを提案したおかげでその実現はなくなった。
えらい。真田。おまえはやっぱり出来るやつだ。
『おまえには特別ボーナスでも出してやる』と真田に言ったら、あいつは『そんなことより蓮司会長が今の事態をよく考えて正しい男女交際の道を探してください。』と懇願された。
あ、思い出した。あいつは堅物だ。とくに男女関係には、いや、たぶん、美代相手だから真面目さが倍増している。
でも、真田は正しい。今の状況ではおれは子リスをデートにさえ誘えないだろう。あの彼女がおれを真剣に受け止めてくれるとは到底思えない。おれが女に襲われる場面に数々遭遇しながら、(たぶん、あちらはそう思っていないのかもしれないが、、、)いつも冷たい目線をおれに送りつけてくる。
軽蔑の眼差し。
違う! そうじゃない。 おれは・・・
上にかぶさる女を振りほどき、彼女を追ってドアを開けるが・・・あの子リス、足が早い・・・いつも消え失せる。
ある日を境に、女性と二人では密室で合わないと秘書たちに宣言した。つまり、女一人だけをいかなるおれの空間に入れるなということだ。来客もしかりだ。かれらはそれを驚きを隠さずに驚嘆した。
そして、子リスの身元を調べてから、彼女が無くしたものを探し始めた。
あの時計をみつけたのは本当に幸運だった。あの時計を腕にした彼女の嬉しそうな顔が忘れられない。
まるで中学生だなっと蓮司は顔を赤らめて自分をなじった。
そして、この大晦日・・・帰宅時になって、会社の一部でシステム障害が起こる。なんてこった。残る社長を含め、皆の顔が青ざめる。顧客に多大な迷惑をかける恐れがあるため、その指示に明け暮れていた。一応、一部の社員は知っているが、おれはITのコード解析は得意だ。ガタガタと遅れてやってくるレポートを聞くより、先に現場でコードを見せてもらったほうが早い。
情報管理室で、この会社のトップコーダーのリーダーの筒井がおれを待っていた。こいつはアメリカの情報機関にもお誘いが年中きている天才プログラマーだ。
「会長!!こんな大晦日申し訳ありません・・・・」
「いや、いい。おまえたちもご苦労だな。状況はどうだ?」
「・・・こちらをみてください。サイバーアタックです。このように顧客情報を元に金を要求しています。まあいつもなら簡単にこんなのは防げるんですが、なにせ今回はコードが曲者で、現時点ではウォール1ブレイクです。しかも今日はデブオップメンバーもセキュリーティーメンバーも人出不足なため解析に時間がかかっているため・・・会長自らのお手を煩わせ申し訳ありません。」
「ふっ。わかった。こちらのサーバーの情報を映し出せ」
「え?全部ですか? 」
「ああ、ここにまあ5台しかないが、やれ・・・」
パソコンの画面に一気にプログラミングが表される。
「ああ、あれはフロントエンドだな。こっちにはバックエンドを出せ。それに外部からのアクセス状態もだせ。サーバーの情報はこっちだ。」
「す、っごい・・・・」そばにいる別のプログラマーがつぶやく。
「おい、おまえ手空いてるな。おれはあいにく手が2つしかない。おまえら、これをどんどんスクロールダウンさせろ。時間がない!」
「「「はい、わかりました!」」」
「もっと早くだ!」
檄を飛ばす。無言の時間が過ぎていく。頭の中にすべての情報が回転し、集約し、また分類する。
そして、しばらく立って声をあげた。
「わかった・・・」
「ええ?もうですか??」
今度は無心でコンピューターの前に座る。そして、これこそまた無心でタイプし続ける。真後ろで見ている筒井が声を漏らす・・・
「す、すげーーーっ。この高速技とこの超高難度のコード。おい、おまえら!!滅多にみれないぞ。こんなすげーの。よく見て勉強しろ!!!」
「「「「「はい!!」」」」」
どんどんと新しいコードを生み出していく指と画面を直視している筒井が小さく唸る。
「え、待ってください! 蓮司会長!!これって!!!もしかして・・・・」
「ああ、気がついたか? さすがだな。おまえぐらいだろうよ。この中でこの意味がわかる奴は・・・・やられたらやりかえす。徹底的に・・・それがおれの流儀だ・・・」
「これだと・・・相手はどうなるんですか?」
「知りたいか? 国家機密に値するぞ。その質問・・」
「!!!!!」
「筒井、漏れた情報は囮だな。今回はウォール1までの侵入だ。まあハッカーとしてはなかなかだな。だが個人の仕業ではないな。これは・・・・」
この大原はセキュリティーの壁を10段階で表示している。ほとんどの者は1さえもクリアすることができない。
その段階ごとにフェイクの情報をつかませ、餌として泳がせる。それをこっちが叩き潰すのだ。
だいたいの主要なコードを書き終え、最後のところは誰でもできるので筒井に任せる。その間、このサイバーアタックによって関連がありそうな国家機関に連絡する。
『・・・・Oh, Renji! you are such an evil man. The guy who did this....probably has no idea how insane you are!! I almost feel sorry for this poor bastard. But it's OK. I will take care of this matter. Happy new year ! 』
『Happy new year !』
その言葉を聞いた習慣、時計の針が12時を過ぎていたことを知る。自分のリビングで一人テレビを見てるだろう子リスを思う。心が苦しくなる。
??ああ、こんな日に。なんて日頃の行いが悪いんだ。おれって。
ようやく帰ってみたら、あの子リスがいなかったのだ。
蓮司は熱いシャワーを浴びた。体の火照りは収まりそうにない。あの子リスが同じ館内にいるのだ。壁のフックに掛けてあった洗い立ての白いローブを着込む。
そして、残されたもう一枚のバスローブを意味深に見つめた。
蓮司はおもむろにキッチンへ行きワインのボトルをさっと開け、それをおもむろにグラスに注ぐと一気に飲み干した。
そして、その白いローブを着たまま、ふらりとまた本館の美代の部屋の前にたどり着いた。手にはマスターキーを持っていた。
蓮司の後ろから声がする。
「蓮司様・・・・やっぱりいらっしゃいましたね。お待ちしておりましたよ。」
「ふっ。さすがだな。真田。」
「はい、長年あなたの補佐をしていますので、あれだけであなたが引き下がるとは思えなくてですね・・・」
「顔を見るだけ許してくれないか? 真田?」
「そんなバスローブ姿で! やる気マンマンじゃないですか!?」
「偶然だ。心配するな。」
「は、そうですね。失礼いたしましたっなどと言えません!」
「お願いだ!! 真田!! 一目だけ見させてくれ。今日は疲れたんだ」
「嫌だと言う未婚の女性の部屋に許可なく入れられません!!疲れたなら、そのまま寝てください」
「はーーっ、お前はいい姑になれそうだな・・・」
「な!!!なにを」
直立不動の男二人が睨み合う。
「蓮司様・・・久々にわたしの部屋でチェスでもしませんか?」
「・・・そうくるか・・・・まあそれもありだな・・・」
二人の男は明け方までチェスをやりあった。二人の手元にはかなり度数の高いアルコールも置かれていた。二人は、なぜか「美代」または、「子リス」と言うたびに酒を飲むっという遊び?をしながらチェスなどという、到底酔っ払いには不向きなゲームをしていた。
その真田の部屋からは、到底美代などには絶対に聞かせられない男の欲望の雄叫びが聞こえていた。
「ああああ!! 美代!!気持ち悪いだなんて、言わないでくれ。おれはお前を*****して、お前の****を存分に味わって*****してやる!!」
「はあーーー、蓮司様。この部屋は残念ながら防音ではございません。よろしくお願いいたします。さあ、すいません。飲んでください」
言われなくてもわかっているのか、その透明な液体をグッと一気に飲み干す蓮司。
「ちっ、畜生!!! お前のせいだ!!おまえがおれと美代の仲を邪魔している・・・」
そして、注がれたグラスをまた飲み干す。
「わたしが勝ちましたら、美代様が2日までの滞在期間、手をお出しにならないようにお願いします!」
真田も負けじとグラスを開けた。
「おい!おれが勝ったら、出してもいいのか?」
「だめです。その代わりこれを差し上げます。」
真田はなぜか椅子から立ち上がり、徐に部屋の隅の引き出しからオレンジ色のものを持ってきた。
「こちら、限定一枚。美代様と同じ配達用のつなぎのペアルックです・・・背が高い男性用の特注品です。」
「!!!!!!!ペアルック!!!!」
ちょっとやっぱり恋愛でおばかになっている御曹司は、まんまと真田の手に引っかかり、そのオレンジ色のつなぎをゲットするまで明け方まで酒とチェスに明け暮れていた。
<真似はしないようにしましょう。たぶん、死ぬ。by 作者>
年末の世界ニュース
アメリカ東部の一部で大規模なサイバーアタックが発生。とある多国籍企業が運営するメジャーなWebサイトのサーバーが次々にダウンし、結局3日間も完全に機能停止するという事態に陥った。被害総額は甚大で、アメリカ当局はこの事態を深刻に受け止め事態の情報の収集に向かっているという話だった。
年明けの大原家ニュース
業務連絡
大原家専属庭師 福嶋 拓
配属先
フランスのエコール・デ・ペイサージュへの留学決定。
(これは昔の国立ヴェルサイユ園芸学校であり、園芸家を目指す者の名門校。)
拓さんの感想:
「え、まじ?? おれ、こてんこてんの日本園芸しか知らないのに、ていうかおれ英語もフランス語もしゃべれんぞ。なに考えてんだ!! 大原家! まあフランス女性は綺麗どころが多いっていうからな、まあ、ちょっと武者修行にいってくるよ・・・でも、本当? これまじですか? ドッキリではないですよね!!!!!」