混乱する忘れ物係
電話越しから真田の冷静かつ軽やかな声が漏れる。
「あの申し遅れておりまして、大変すみませんでした。あの、いままで支払われていた月々の家賃ですが、これはまとめて年末に社宅と費用として返還されます。よかったですね。美代様」
思わず、『はい』っと言いそうだった。
いいのか?それで???
待ってくれ、バイトに社宅用意する会社って普通なのか?
社会的知識が乏しい美代は頭が混乱した。
「大丈夫ですか? 何か混乱しているようですけど、お身体のほうはお具合はいかがですか?」
「それはだいじょうぶです。」
「でしたら、お顔を見ながらちょっとお話ししたいこともありますし、体調がよければ当家まで来ていただけますか? 伊勢崎を参らせますので・・」
ーー正直、聞きたいことは山ほどある。もしかしてアパート入ってきましたとか、ブラがきちんと畳んでありましたが・・とか、あのかすかに覚えている夢も・・恐ろしい。そして、なんでドアごと変えられているんだ?
「あ、今日は仕事ですので、電車かバスで行きます。心配しないでください。」
あのテレビの報道を見てから、いかにこの大原家というものが自分の世界と違うことを身にしみさせられた。あまりこのような迎えなどに慣れてはいけないと自分の本能が訴えてくる。これから先、このような待遇を受けられる職場に行くとは思えないし、たぶんありえない。自分の心を引き締めたかった。
「美代様。申し訳ありません。もう伊勢崎は行きますのでそちらで待機していてください。」
「え、あの伊勢崎さん携帯もっていますよね。ハンドフリーの・・・それに電話してもらえますか?あ、いえ、わたしが自分で連絡しますから、大丈夫ですよ。」
「あああ、残念。いま伊勢崎、携帯電源オフにしているんですよー。すぐ着きますんで」
ブッとまた切られる。
ーーーおい、完全に今謀ったな!!
あっけにとられていると、その電源がオフであったはずの伊勢崎からテキストが入る。
『ただいま、下に着きました。お待ちしています。』
これも早すぎる。どこかで待機していたのだろうか・・・しかも、電源入っているし。
まったくをもって、この大原家の雇用者はみんなちょっと頭がおかしいのかもしれない。
でも、そんなところでおかしな係をしている自分もかなりいかれている。