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貴方は何が欲しいの?

 蓮司が慌てている。

 美代が言葉を失いながら、身体を震わせているのだ。


「違う、美代。誤解だ。ストーカーじゃないぞ。みんな無事だ。お前が俺の部下になる際の、つまり身辺調査だ……」

「……財閥とはいえ、身辺調査で、普通ここまで調べるんですか?」

「あー、まあ特別処置だ。でも、いいじゃないか、みんながんばって自力でやっているぞ」

「で、その特別処置で、みんなの再就職を助けたと?」


 美代が俯いているためにその表情が見えない。

 蓮司も本当のことが言えればよかった。全元従業員を調べたのは偶然でもなんでもない。中に内通者がいるかもしれないと徹底的に調べ上げたのだ。各家庭の事情や借金、全てだ。結局、どの従業員も白だった。全くのこの詐欺乗っ取り事件の二次被害者だった。皆真面目に日々の生活を送ってきた者だった。でも、蓮司は美代のように真っ白な心の持ち主ではない。この従業員達は皆いい人そうだが、金に困れば、1パーセントの可能性でも美代に恨みを持つかもしれないと思った。だから、全ての従業員の再就職に手を貸したのだ。ほとんどが自分達の力で仕事を見つけていたが、契約内容が良くなかったり、待遇が悪かったりと、中には問題のあるケースもあった。それらを一つずつ解決していったのだ。


「わけ、わかんない!」

「ごめんな。勝手なことして……」


 蓮司は美代が完全に激怒していると思った。そりゃそうだ。こんな細かく周りを調べ上げられて良く思う者などいるわけがない。


「もう本当に、ついていけない……」

「悪かった」

「蓮司、何考えてんの……」

「すまん、いや、俺としては、お前が心配でな……」

「な、なんで、心配って、こんなことまで……」


 美代の言葉がもう途切れ途切れだ。


「わかった。美代。本当に出しゃばり過ぎた。あああ、もう仕方がない、バレたついでだ、ちょっと待て!」


 また内線で秘書の矢崎を呼び出す。


「おい、アレを全部もってこい」


 ただそれだけで優秀な矢崎は会長の意図する物を理解した。先ほどの従業員身辺ファイルの次なら、これしか次はない。

 入ってきた矢崎が丁寧に分厚いファイルをテーブルに置いて、何一つ言葉を出さずに部屋を出た。お辞儀だけはとても深い丁寧なものだった。

 美代はただ俯きながら、先ほどの身辺調査のファイルを抱きしめていた。


「美代、俺は()()に狂った男だ。これもそれのついでだ。お前が無くしたもん、全てお前に返したい。でも、残念だが、ご両親だけは無理だ。ごめんな。ただ、ご両親が持っていたものをお前に返すことは出来る」


 先ほど矢崎が置いていったファイルから一枚の紙を美代に差し出す。


 美代は俯きながら、その書類を見る。


 権利証? 東京都**区**町****番


 その見覚えがある住所に唖然とする。声が出ない。


「美代、残念だが抵当に入った時点で工場は閉鎖されて壊された。中の機械も全て売却されてな。まあ買い直すことも考えたが、いきなり空っぽの工場の主になってもな……。お前がまた土屋をやり直すなら考えてもいい。それかさっき言っていた従業員達のために売り払って等分して皆に支払うことも可能だ」

「え? ちょっと待ってください。これは私の物ではないです」

 さっきまで出ていた涙引っ込みそうだった。

「……美代。正式にお前の物だ。先日、お前はそれに合意のサインをしてるよ……」

「な、どうして! 私、そんなお金持っていないし……」

「はーー、そういうと思ったよ。でも、もう遅い。お前の名義だ。美代、俺のわがままなんだ。お願いだ。受け取ってほしい。俺はお前が持っていたものを全て戻してやりたい……」

「か、会長……」

「ふっ、こんな時に、会長呼ばわりか……。まあいい」


 話をし始めた美代に気を良くした蓮司が他の資料をファイルを出してきた。


「まー、すまん。ここまできたら、聞いてくれないか。これらはあの跡地でのアイデアだ。あくまでも、アイデアだからな。全く聞き流すつもりで聞いてくれ。あの跡地はな、手っ取り早く売ってお前がしたかったように元従業員に分けるのもいいかもしれん。だがな、この跡地で、ほらお前、漬物好きだろ? あの漬物はマジメに美味いからな、アレを自家製キットみたいにして売り出してもいいと思ったんだ。これが一応、もし始めるとしての概算だ。あ、こっちは工場の見取り図と設計図だろ。よくないか? 一応、目ぼしい漬物会社の元従業員やら転職希望者はリストがあるから、お前はただ美味しい漬物作りに力を入れられるぞ」


 いきなり、細かい事業提案書が出てきた。工場の細かい見取り図やすでに年間を通しての業績見通し、卸先、契約見込みがあの農家まで全て記載されていた。

 美代はただ無言でその資料をじっと見つめるだけだった。


「………」

 「ご、ごめんな。やりたい事と違うのかな? そっか、まあやりたくないもの押し付けてもな……。そうだ、こっちはどうだ。手芸屋だ。お前は手芸屋が得意だから、大型手芸デパートだ。アイデアはまだ調整中というか、お前が好きにやっていいぞ。全館手芸オタクの聖地になるぐらいの品目数とそれを使った講座とか、託児所も完備して、ママさん達がこぞって集まるぞ……。一応、設計図もある。でも、好きな建築家選んでくれて構わない」


 こちらもまたすごい資料だ。デパートというかクラフト好きにはたまらないような施設だ。規模からいって一日中遊べそうな感じであった。


 

「………」


「そっかこれも、まあ気に入らないか……。いいんだ。売って構わない。ただオプションを見つけてあげたかったんだ。すまん。やり過ぎたな。あ、あと、土地だけ貸して業者に任せる手もあるぞ。これはやり甲斐は全くないが、そうだなーー、副業にはオススメだ」


 美代がまだ俯きながら震え始めた。もう聞いているのがままならないといった感じであった。


「もう、やめて!! 蓮司! 耐え切れない!」

「え、美代。ごめん、やり過ぎだな。真田にも矢崎にも言われたんだ。美代が絶対引くって。でも、俺、やめられないんだ。お前の事となると、やり過ぎたって感覚がなくなる……」


 唇を小刻みに震えさせながら、美代が話す。


「……れ、蓮司は何が欲しいの?」


 小声で美代が話した。


「え? 何? 美代、ごめん。よく聞こえなかった……」

「……ないの。私、蓮司にあげられるもの、すっごい考えたんだけど、ないの!!」


 震えながらも美代の膝に雫が落ちていく。


「美代、そんなことない……」

「だって……だって、蓮司は、なんでもあるんだもん! なんでも持ってる! お返し……出来ない……」


 美代は蓮司の顔が見えなかった。溢れ出てくる涙が止まらない。

 美代はいま自分の胸を押し潰しそうなくらいの感情が、一体なんであるのか全く見当もつかなかった。


「美代、欲しいものなんて、一つだけだ。しかも、お前しか持ってない」


 今までにないほど、真剣に、そして、その燃えるような情熱を目に含ませて、蓮司が美代を見つめ返した。

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