忘れ物は可愛い婚約者さん
最近、忘れ物のお届けがかなりの羞恥プレイです。
本当に嫌です。
学校で電話に出る。ちょうど今日の一限の授業が終わった時だった。
きたなっと身構えた。
今日はこれだけしか授業がなかった。
「……何でしょうか? 真田さん」
「ああ、ご機嫌斜めだと思いまして」
「はい、でも何故だかわかりますか?」
「さあ、でもお仕事のお時間でよろしいでしょうか?」
「仕事と呼べるものならキチンといたします」
「では、お伝えいたします。そのままお読みいたします」
やっぱりそうきたか?
「ではいきます。蓮司会長からです。『俺の、可愛い、可愛い、可愛い婚約者さんを忘れたから、届けてくれ』だ、そうです」
「…………」
「いかがでしょう?」
「すみません、可愛いを三回も言う必要あるんでしょうか?」
「……一応、必須事項と言われました」
「会長にお伝え出来ないですか? そんな方いませんって。超地味で偽造婚約詐欺にあって大変困惑している人なら、約1名ここにおりますって……」
「美代様、私の仕事は蓮司様の伝言をお届けするだけです。逆は申し訳ありませんができません」
な、なんて不都合なシステムなんだろうか?
しかも昨日は、「俺の愛している人にキスが足りなかったから、その人を届けてくれないか?」
その前は、
「土屋美代っていうまじ可愛すぎるやつを家に忘れた。そいつを連れてきてくれ。本当に可愛かったか確認したい」
ああ、数かぞえきれないほどの羞恥プレイ。しかも、それらの文言を眉ひとつ動かさずに言ってくる真田さんに超ムカつくが、なにも対抗できない。
恥ずかしくて、伊勢崎さんの車に乗れない!っと拒否していたら、その時は大原家にいたため、何と真田さんに後ろから押された!! いや、ど突かれた等しい! しかも、チャイルドロック! 中から開かない!
「さ、真田さん! う、裏切りもの!」
窓を開けて叫んだ!
「え? 美代様、そんな感謝しないでください。どうぞ行ってらっしゃいませ」
とニコニコ顔で言い渡された。
しかも、今度はまだメディア発表はしていないのだが、大原財閥総裁のフィアンセという恐ろしいタイトルがついたため、護衛の方たちが何気に増えている感じがする。
今日は秘策を持ってきた。校門にはやはり黒塗りの車が待機しており、後方には長谷川さん達が待機している車が見える。ちょっと時間をもらってトイレに逃げ込み、抵抗したいがために、あのオレンジのツナギを着た。最近はジーンズ姿だったり、かなりラフであったがまだまともな格好だったからだ。この作業員のようなツナギなら、奴も婚約者として恥ずかしくて呼べなくなるだろうと見込んでいた。なかなか渋い奴もこれで反省するに違いない。会社に到着後、ぞろぞろと黒服さんたちに囲まれ、会社内を歩く。正直、前も説明したが、人間壁がでかすぎて誰も見えない。蓮司の会長室に入った。中には外人さんっぽい白人の男の人が親しく蓮司会長と話しあっていた。
が、蓮司の姿を見て唖然とする。
え! なんで? どうしてわかったの? しかもなぜに同じ?
もう帰りたいが、もう戻れない。外人さんが直視してきた。
「おーーー!! これがミヨさん、ですか?」
ちょっとアクセントのある流暢な日本語で相手は話した。
「な、ナイス トゥー ミーチュウ!」
美代は頑張って英語で話してみた。だが、相手の日本語の方が上手であった。
「レンジはハッピーね。しかもペアルック! ラブラブじゃないか!」
そうだ。私が逃げたかった理由がこれだ。外人さんではない。何故だかこのツナギとそっくりのものを蓮司会長が着ていた。
まさかの偶然ペアルック!
驚いて呆然としている私の手をぐいっと引っ張って、しっかりとソファの隣に座らせる。密着度が高い。
「美代、逢いたかったよ。気があうな。本気で…。あ、でも、来てくれて助かった…。ジェフ、悪い。写真撮ってくれ」
いきなり、自分のスマホを出して、ジェフと呼ばれる人に渡した。
ぐいっと横抱きされながら写真を何枚も取らせられる。
ああ、ツナギ作戦大失敗。撃沈だ。
「では、もう失礼します……。お客様もいるみたいだし……」
気分を改めて、もう顔出したし、帰ろうかと思った。
「待て待て、おまえが本当に必要なんだ。彼はジェフだ。俺の知り合いだ。彼はエコエナジーというところの会社の社長さんだ。お前に話があるようだ」
「はい? 私にですか?」
そうだ。
こうやって呼ばれるだけど、いつも誰かしらがオフィスにいて強引に会わせられるのだ。
昨日も弁護士さんやら何人にも会い、書類にサインをさせられた。借用書と婚姻届だけは紛れていないかチェックして、確認しながら蓮司の横でサインを続ける。あの宝石の保険に入るものとかもあった。それから自分名義の貸金庫やらなんだかいろんな業務以外の事務的な書類が多い。あ、貸金庫に例のそら豆宝石はしまわれた。大原家の金庫から銀行への貸金庫へと引越しだ。ちょっと助かる。呪いの石が近くにあったら不安だからだ。いろんな書類にサインしながら、隣にニコニコしている人に話しかける。
「まさか、こうやって私にサインをさせてどっかに私を売ろうとしてませんか?」
「ぷ、バカな。大丈夫だ。たとえ売っても、また買い戻すのは俺だ。何も問題ない……」
「なっ!」
「レンジ、いいですか? これはミヨさんの了承を取りたいんです……」
ジェフと呼ばれる40歳前後と思われる人当たりが良さそうな人が話し出す。でも、彼の目つきは真剣だ。
「ミヨさん、あなたの持っている実用新案権をうちに譲ってくれませんか?」
「はい?」
「あなたのお父さまが作ったシャワーの技術を転用して、私達は超小型水力発電の開発をしたいのです」
「超小型水力発電?」
「今まで水量足りないと思われた地域や設備投資するにはちょっと不便すぎる地域にでもコストをかけずに小型機で発電可能になるという画期的な技術です」
「美代、このジェフの会社は信頼できる。金だけを目的にしないで、アジアやアフリカ、あまり発展していない地域でもその活動を拡げているんだ。もちろん、収益は大事だが、どのように使うかは上の判断だからな」
「話しが大き過ぎてよくわかりません」
「俺は、お前の持っているもの実用新案権とか特許には興味はない。だが、それを生かすツテは持っている。ジェフ曰く、こいつも他の事業で成功しているから、このエコエナジー社はある意味、社会貢献型中心の会社だ。ほとんど事業がボランティア的なものが多い。だからな、お前に使用料を残りの年数払うより、ここで譲渡であるが少ない金額で手を売ってもらえないかという話しだ。正直、他の会社に話を持っていったら、ここのジェフの会社より巨大な額のお金が動く。だが、値段が高騰してしまい、ジェフのような会社が使用できるまでにはお金も時間もかかってしまう。それが美代の望みなら俺も力を貸す。お前次第だ。美代」
「ミヨさん、貴方のお父様の技術で、今まで電力が不足している地域にそれが可能になるんです。電力が多少あれば、病院や学校など町や村に最小限の設備が整えられます。しかも水はクリーンエナジーです。協力していただけないでしょうか?」
英語で早口で話すジェフの言葉を蓮司会長が丁寧に訳してくれた。
「えええ? そんなもちろんです。皆んなが幸せになれるんだったら、あげますからどうぞ使ってください!」
自分の答えを確認するかのように、ジェフが今聞いた日本語の意味を蓮司会長に問う。
蓮司の答えを聞いて、ジェフは唖然としている。
何故ならもっとプレゼンして美代にいかにこの技術が人類を救えるか訴えたかったようだ。
そう蓮司が話している。
「ジェフ、あんまり美代を見つめるなよ。お前は妻帯者だけどさぁ…」
「あー、ミヨさん、大変ね。きっとレンジは君には嫉妬の塊みたいだね。でも、レンジは貴方を愛していると思います。こんな幸せそうなレンジ、今まで見たことがないですから!」
「え?」
意外なことを言われてちょっとドッキリする。
「ジェフ! ふざけたこと言うなよ。さっさと契約書見せやがれ」
頬を少し赤くさせた蓮司がボヤいていた。
その後、蓮司が、本当に今ここで決めていいのか? と何回も質問してきたけれど、早くその人達を助けたいと言うのと、ジェフさんの熱意というか人柄に押されてサインをすることを決めた。
蓮司がサインをする前に何度も書類を確認してくれたから助かった。全く良く分からない言葉だし、借金とか間違えて作りたくないのだ。父のように……。
「ミヨさん、ありがとう。君の決断は多くの人を救う。レディ ミヨ。貴方はエンジェルだ……」
「え、そんな、大したことじゃないです」
「ジェフ、近すぎる。後の書類は郵送してくれ。もう美代にそんな近づくんじゃない!」
後の書類や手続きは代行してくださる人がいるみたいで、そちらに任す事になった。
ジェフは何度も蓮司と美代にお礼を言って部屋から出て行った。
「会長、なんかよくわらないけど、ありがとうございます。自分では出来ませんでした。色々」
「お前はあれだな、舌切り雀の話でつづらの土産物を大小どっちか選べって言われたら、まあ間違いなく貰わないで帰ってきそうなタイプだな」
「え? なんですか? そのへんな選択。あー、でも訳わかんないものを貰って呪われちゃうより、何もない方がいいですよねー。こわいですよ。あ、だったら、浦島太郎なんて本当、気の毒ですよね。あんな土産物あげるのは酷ですよー」
内線が急に鳴る。蓮司は受話器を取り返事をしていた。顔付きが急に変わった。「ああ、ちょっと外で待たせろ」とだけ聞こえた。
「ふ、確かにあれはまあ、浦島太郎は酷な話だ。それよりも、美代。ここでいま一つ言っておく事がある。大事な話だ」
急に真面目なモードになった蓮司が美代を見つめた。
部屋を出たジェフは頭を掻きながら、まいったなという表情をしていた。
まさか即答とは信じがたい。
だから拍子抜けしてしまう。そして、その横に満足そうにして座っている蓮司を思い出す。
ーーなるほど、こういう事か。レンジが選ぶオンナとは……。
楽しみだ。
オオハラ・ミヨ……。