蓮司側のストーリー 真実を見つめて
まず白石の件は、かなり前から目をつけていた。
美代が失ったものを全て取り戻したいという俺の願いと、美代の父の会社を陥れたものたちに地獄を見せるため、その背後の組織を探っていた。思ったよりもかなりの大きな詐欺集団だと判明し、それの壊滅、いや報復に力を注いできた。真田が銀座で口説いたあの女の男からも、うまく香港の繋がりが分かり、ターニングポイントだったなと振り返る。
そして、ようやくその日の目をみれた。
テレビにニュースが流れた。今、誰もいない例の秘密の会議室で一人、バーボンを飲みながらテレビを見つめた。
『国際的詐欺集団が、日本で摘発。日本警察の大金星』
『アメリカの優良企業が突然の倒産。CEOが行方不明。アメリカ経済混乱』
『香港でマフィア同士の闘争。ボスを含む多くが死傷。香港最大のマフィア世代交代へ』
『高知の山林で交通事故、男性3名が重傷』
四つの事件が他の国内ニュースと一緒に流れた。
それをある種の冷たい眼差しで蓮司は見つめた。
土屋工業は所謂、詐欺にあったのだ。海外への大量発注をさせときながら、実態のない会社は入金せず、その品物だけを転売するのだ。でも小さな部品会社がそのようなことになるのは珍しい。まず最初の詐欺で、一気に土屋工業の資金繰りを悪化させる。そして、会社を売却させることが本来のシナリオだったようだ。これは、香港のあるマフィア組織が絡んでいたものだった。だが、一本堅気の土屋社長は、思い入れのある会社を売ろうとはしなかった。ヤバイ闇金でも、一時的でも借り入れができれば、来月にはまた新しい製品を作り出し、取り戻せると考えたのだろう。しかし、その態度が相手を強行な手段に追いやったのだ。
携帯可能小型高水圧型シャワーヘッド。変わった名前だった。
これが美代の父が申請したものだった。ただ究極の水圧を起こさせるのに、その小型化と構造を工夫し、ちょっと発想が変わっている土屋社長は、携帯可能なものに変更した。水を入れるタンク付きだ。その中には銃などとは一言も書いていない。
だが、美代の父が説明したように水圧が殺人的なまでに強くなってしまった。これは言葉通りの事だった。
最初は、美代の父が開発したものではそこまで殺傷性が高くにはならなかったらしい。ただその代わりにある液体を代用すれば、かなりの威力を持つ小型ガンとしての転用が考えられてると誰かが目をつけた。それから、軍事産業関係者から注目を密かに浴びていた。
しかもそのサンプルとなる金型が土屋工業にあるっという噂が流れる。特殊技術を用いるので、作った本人かその場所を抑えてしまったほうが早いのだ。当時、その実用新案権がどこまでその新型小型ガンとして変換されるぐらい実用可能なのか不明だったが、詳しい製品情報とその技術があると土屋工業は狙われていたのだ。
金になると睨んだ香港マフィアが、土屋の技術と会社の乗っ取りを計画。それをアメリカのある軍事産業の会社に売ろうとしていた事が判明した。まあ、金が絡むと国境もなくなるから情け無いっと蓮司は感じた。そこに仲介業者的に国際的詐欺集団も加わった。二つの国の繋がりを消す為だ。そして、あの土屋工業の倒産乗っ取り計画が行われたのだ。
全く胸糞悪い。地獄を必ず見せてやると決意した蓮司は今までにないほどの労力と時間を捧げた。
まず報復手段は正攻法から行う。タレコミだ。
例の国際的詐欺集団について、日本の警察筋に情報をリークした。タレコミ書類に、全てが記載されていた。ほとんど100パーセントに近い犯罪手口、メンバー、アジト、金の流れ。調べれば、数々の詐欺行為、窃盗、強奪、密輸など、あらゆる国境を超えた金に絡む犯罪に絡んでいた。
これを渡せば、日本の警察だって黙っているわけにはいかない。闇の金の動きをネットから調べ上げた。こんな国際的詐欺集団でも、下っ端でヘマをする奴が必ずいると思った。それがあのホステス雪のパトロンだった。やつはこの犯罪組織のメンバーではなかった。ただ、小遣い稼ぎで雇われたチンピラだ。自宅現場から特許に関わる資料を持って来いと指示があったらしい。そして、差し押さえの家から、資料とそして自分用に宝飾類を盗んだのだ。あの証拠の宝石があったおかげで、疑惑が確証に変わった。時計も役に立ったが、宝石ほどユニークな物ではなかったので、助かった。あいつの資金源から芋づる式に上を辿る。奴が美代の母のネックレスをネコババしてなければ、ここまで早く確証が取れなかったかもしれない。また、あの宝石を選んで送った美代の父にも感謝した。
香港のマフィアに対しては、裏工法でいく。それは、対抗している同じマフィアグループの奴に警察がお前たちを狙っているとリークした。マフィア解散の危機か、世代交代の話を持ち出したら、そうしたら、あちらが勝手に抗争してくれた。手を汚さないで済むなら有難い。なぜか龍までもが連絡をくれ、さらに華僑系の大きなマフィア団体が力を貸すと言ってきた。
龍め、まだ手を切っていないのか?
と、怒号が響いたが、返ってきた言葉に呆れた。
「切れてますよ。ご心配なく。ただ、お話ししただけです。だって、コウさんは、兄貴のファンなんですよ。しょうがないじゃないですか? あっちのリーダーが勝手に、兄貴に惚れているだけですから! 教えないと五月蝿いんですから! もちろん、美代さんのことはきっちり話してありますから、あちら方面は安泰っす! 確実に関わった奴らは地獄行きっすよ」
いきなりの助っ人に驚くが、コウはあっちの世界では、泣く子もだまる大組織の華僑マフィアのリーダーだ。アジアを仕切っているといってもいいほど、顔がきく。何故か昔、お忍びで来ているあいつを路上でぶちのめしてから、まあ、これは龍を守るためだったが、コウに好かれてしまった。ただ、お互いの立場上、交流はない。
あと、アメリカの問題の企業には両方から攻めた。
全ての証拠を掴み、あちらの取引銀行とその計画に参加したCEO自身にそれらを送りつけた。送り主の名前はない。一応、政府関係者にもタレコミ情報を送ってみた。まあ知り合いなんで、相手も「これ以上、うちらの組織を虐めないでくれ」と言われたが、「これは俺が全てをかけてもぶっ潰す」と真面目に答えたら、あちらもかなり焦っていたようだ。俺がこのようなビジネス上、汚い言葉をあまり使わないのを相手は知っていたからだ。
あとは雪だるま式に崩れていった。
奴、つまりCEOは政府関係に取り押さえられるのも時間の問題だ。なにせ二つもの悪しき国際的犯罪団体と繋がっていたのだから。もちろん、政府関係者も何人か、降格、または解雇された。その軍事関連会社と親しい者達だ。
そして、高知の交通事故。これは山川の部隊が、美代の両親を追いつめた実行犯を追っていた。捕まえて証拠として自供させるはずだった。それが、まさか彼らがした同じような状況で、ガードレールに突っ込んだのだ。自業自得。警察に奴らの情報を流すべきなのかもしれない。あー、でも、資料が有罪に持ち込めるか微妙なラインだ。直接、こいつらに見舞いにいく手もあるなっと考える。ニヤッとしてしまう。生き地獄。それも美代の報復の為、鬼と化した蓮司が考えた次のシナリオだった。
目の前に呼ばれて緊張している男を見る。そのハンサムな顔立ちにイラつく。あの白石は、現在働いている会社のクライアントが、米国籍の軍事に携わる大企業なのだ。きな臭いどころではない。
そして、このニュースが流れる前、とうとう問題の白石をある場所に呼び出した。あまり人の出入り激しくない秘密の会合に使われるビルだった。まだ事件の全容が全てが動き出す直前だった。ここは会議室なのに、地下であり、打ちっ放しのコンクリートで窓がなかった。空調の音がやけにうるさく聞こえる。
最初は平然としていた白石が、その矢崎と蓮司が出す資料の正確さに眼を見張る。
「お前、美代に、何をさせたいんだ? お前とあいつらの目的はなんだ?」
殺気が溢れる蓮司が問い詰める。
「……ここまで調べられていたら、仕方がない。お話します」
と言って、白石は肩の力を落としながら話を始めた。
「彼らの目的は、その美代さんが訴えないという証拠と言質を取りたかったんだと思います」
「その為に、元後見人で弁護士のお前に目をつけたんだな。あっちは」
ただ、白石は頷く。
「でも、頭のいいお前なら、次第にわかったはずだ、実用新案権だけの話だけではないと? 何故なら、あれは廃案になったはずだ。最新の情報はそうだったはずだった」
技術の転用不可。レポートの中にこの言葉を見た蓮司は安堵のあまり、しゃがみこんだのを覚えている。美代の父親が新しい兵器の立案者になって欲しくなかったからだ。
「………会長、私からはこれ以上は………」
蓮司が立ち上がると矢崎が止める間もなく、白石をぶん殴った。椅子から転げ落ちた白石に乗りかかり、何度も殴打した。慌てた矢崎が死にそうな顔で叫びながら蓮司を止めた。
「み、美代さんが悲しみますよ!」
ただ、その言葉が蓮司を止めた。白石はその腫れ上がった頬をただ抑えていた。口からは血が流れて酷い有様だった。
「はぁー、お、お前など、殺してやりたい! お、お前は美代の信用を裏切った。しかも、真実を知ったのに、それを! それを! お前は!」
「あちらは、まさか美代さんの両親が騙され、あのような事故が起きて、そうなっているとは知らなかったと言っていました」
「あいつらは、ただ何も調べもせずに、犯罪組織を信じる金の亡者だ。俺が一番この世でヘドが出るほどの嫌いなタイプだ」
ただ顔を青くさせている白石を蓮司は睨んだ。
「それで、なにも知らない娘に金をやって、終了か? ただ自己満足の為にか? 偽善というより、犯罪だ。これは」
「ち、違う! そうじゃない! 俺は、美代ちゃんを守りたかった。あの実用新案権の案の転用技術での利益をあの会社からは貰えるように交渉する予定だった。もし、転用不可でも、迷惑料として向こうは払う準備ができていたんだ。向こうも乗る気だったんだ。それで全てが収まるなら。それでなければ、美代ちゃんは……命を狙われてるくらい危険だったんだ。蓮司さん、わかるだろう? 普通の人間じゃないんだ。あいつら」
あいつらとは犯罪組織のことだった。アメリカ側からも美代の両親の死に疑問を持たれ、それを逆手にとってアメリカの企業を強請ったのだ。お前らも同罪だと。
「それが、結婚だと? ふざけるな。ただの犯罪の隠蔽ではないか?!」
「……僕は美代を愛している。だから、結婚するという案が、僕にはしっくりきたんだ。俺が美代を見守るから、あちらも協力し、犯罪集団を説得させ納得するという……そういう条件だった。もっと時間があるかもと思ったら、いきなりあの記事だよ。焦ったな、流石に」
「バカな、そんな茶番。お前は、やっぱり地獄へ送りたい。そして、美代に実用新案権の話を持ちかけ、お金をもらって万々歳ってわけか。 美代がその金の本当の意味を知らずにな。でもな、ああ、お前だけではないぞ、あの記事でな、焦った奴らは……」
実はあのくだらない恋愛報道は、蓮司の宣戦布告だった。しかも、あのタブロイドニュースが海外でも報道されたのだ。賢い裏の情報通なら、あれが例の女性、土屋工業の跡取り娘、土屋美代だとわかっただろう。
この女に近づいたら、大原財閥を敵にする。
そういう挑戦状だったのだ。
そして、真田が海外のタブロイド紙各社にこのスクープの交換条件を出した。もちろん、蓮司の指示だ。
「このゴシップ記事について問い合わせをしてきたもの、すべての連絡先を渡すこと」
これにより、全ての点と線が繋がったのだ。