異世界転生の真実 ~神視点~
「はい、じゃあキミのチート特典はソレでいいね? ではでは、いってらっしゃ~い」
そんな私の言葉に、目の前の人間は実に満足げな顔で異世界へと転生していった。
最近、人間界では異世界に転生するのが流行っているらしい。
もっと具体的に言うのなら、特別な能力や才能を僕たちのような神から貰い、その力を使って異世界で好き勝手に生きるという創作物が流行なのだそうだ。
そのことを知ったのは数年前になる。その日、僕がちょっと運命操作をミスして、死ぬはずじゃない少年を死なせてしまったのだ。
正直、人間一人を死なせた程度のミスで、神である僕が誰に怒られるわけでもないのだけれど、ちょっとした罪悪感で一言謝っとこうかなと思い、僕は少年と面会した。
『間違って死なせた。ごめんね』
僕がそう言うと、少年は。
『ふざけんな。どうしてくれる。責任とれ』
と、捲し立てた。
数百年前なら在り得ない出来事だった。神が謝罪なんてしたら、人間は恐れ多いと平伏したものだったのに。
神が謝ったのに『許さない』なんて選択肢があること自体が予想外で、正直かなり驚いた。
驚いて、イラッとして、だから少年を魂ごと消し飛ばそうかと思ったのだが……。
『生き返らせるのが無理なら、せめて異世界に転生させろ。もちろんチート付きで』
という突飛な発想を語られた。
それが、異世界転生を知った切っ掛けだった。
僕が『異世界に転生とは? チートとは?』と問えば、少年はペラペラと『テンプレ』とやらを語ってくれた。話を聞いた直後は、何を馬鹿なと呆れ果てたものだ。
しかし、これは何かに使えないか。そんな風に思い、結果……
僕は『人間観察教材~異世界転生版~』というビジネスを始めたのだった。
人間にも分かりやすく説明するなら、人間にとってのアリの飼育キットみたいな物だ。
昨今の人間は傲岸不遜だ。分を弁えてない。神に対する思考が劣化している。
そのことを、人の運命を統治している僕ですら今の今まで知らなかったし、僕以外の神も知らないだろう。
これでは仕事に差し障る。改めて人間を観察する必要がある。そう考えた僕は、少年を望み通りに異世界へと転生させ、それを観察した。
その観察日記を天界の上層部に渡したところ、変わってしまった人間の性質を改めて広める必要があるとして、いくつかのサンプルを僕に発注してきたのだ。
これが『人間観察教材~異世界転生版~』の始まり。今やこれは若い神への教材としても使用されていて、僕にとってはチョットした儲けである。
……改めて、僕は手元の小さな箱を見る。
箱の各面にある小さな穴を除けば、そこには人間の語る異世界が広がっている。
さっき創った異世界だ。さっきの人間を転生させた異世界だ。
その世界で、一人の転生者が産声を上げた。
これから、彼の異世界物語が始まるだろう。
いつか少年が語った『テンプレ』が繰り広げられるだろう。
チートやらハーレムやら、現代人の薄汚い本性を現してくれるに違いない。
存分に楽しむといい。心底、僕はそう思う。
教育が終わり、教材が破棄される、その日まで。