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新たなる冒険

 メトロポリスの空はびっくりするほど澄んでいる。門出をお祝いしてくれてるのでは、と錯覚してしまいそうなほどに。

 そんな快晴の元、少女はにこやかな笑顔で作業をしていた。


「よいしょっと」


 大きめな箱を手に持って、運び出す。デジタルアーカイブで見た、引っ越し屋さんのように。

 運んでいるのは白い外套に身を包んだ灰の髪の少女。髪の色とは少し合わないが、今はそれでいいと思っている。もはや、こそこそ隠れる必要はないからだ。

 ゆえに堂々としながら、その箱を同じように白い車の荷台へと載せた。


「ふぅ……ってか、どうして私が力仕事をしなくちゃいけないわけ」


 そして、唐突に我に返る。

 適材適所ではない。断じてない。なぜならこれは絶対にマスターの仕事ではないから。ゆえに相棒の名前を呼んだ。


「ホープ! ホープったら!」

「何してるのよ、シュノン」


 しかし、呼び声に応えたのは救世の英雄たるシュノン様のしもべであるアンドロイドではなく、アルテミスだった。彼女はなぜかおいしそうなパンが入ったかごを持っている。


「おいっす、ティラミス。ホープ知らない?」

「知らないわよ。……というかせめて私の顔を見なさいよ」


 巧妙に秘匿しながらパンへ視線を注いでいたことがバレてシュノンは驚愕する。いや、彼女は銀の種族の共感性を使ったのか。なんて卑怯な。


「いや、露骨すぎて誰でもわかるわよ」


 冷静に突っ込みながら、アルテミスはパンを一つシュノンに差し出した。


「くれるの!? ありがとう! さっすがアルテミス、気が利くねぇ!」

「べ、別にフノスに頼まれて……たまたま多く作りすぎちゃっただけよ」

「ふーんへぇー」

「……むかつく」


 そっぽを向きながらも、アルテミスは満更でもない笑顔を浮かべている。彼女は俗に言うツンデレなのだ。わかりやすさであれば、イーブンなのだ。むしろ劣っていて、こちらの方が上手、否、最高なのだ。


「あんまり変なこと考えてるとパンを没収するわよ」

「取られてたまるか――むぐっ」


 急いで喉に詰め仕込んだせいで詰まってしまう。ふぐふぐ、と息を求めて喘ぐシュノンにアルテミスは水筒を手渡した。こちらも一気飲み。はぁ、というアルテミスのため息が聞こえる。


「何してんのよ、もう。そんな調子で大丈夫なの?」

「大丈夫も大丈夫、私は救世の英雄シュノン様よ! ぐぇほ」


 胸を張ろうとして咽る。やれやれ、とアルテミスはシュノンの専売特許を使って呆れた。


「先が思いやられるわね。あなたがこれから向かうのは未知の土地よ」

「私は世界中を旅してきたし、平気だって」


 これまでの冒険談を踏まえても、ただ未知というだけではシュノンの脅威にはなり得ない。凡人なら何十何百と死んでしまうような道筋をシュノンは進んできたのだ。しかも、コンテニューなしで。


「現実にコンテニューなんてあるわけないでしょ、全く」

「とにかく大丈夫だってば」


 心配性のアルテミスの背中をばんばん叩いて、箱の中身を整理し始める。積載量は限られているので、所持できるものは限られる……が、宇宙に飛ばした通信衛星からの情報では、思いのほか集落は存在しているらしい。

 これではシュノンも、出し惜しみの精神を捨てざるを得ない。ヤバい時には使える物を全部使って、現地で調達する。相棒が言っていたサバイバルの基本のように。


「水さえなきゃ平気よ。問題は座標データに何があるかわからないってところだけ」

「結局わからずじまいだったわね、そういえば」


 ヘラクレスが残した座標データは、座標位置に何かがあることを教えてくれるが何があるかまでは記録されていない。親切すぎるデータはしかし、共和国の希望なのだ。中身がわからない箱。ブラックボックス。でも、だからと言って開けないという選択肢はない。そこには希望が詰まっているのだ。絶望? ぶっ飛ばせばいいだけだ。


「共和国の再興のために、ってねぇ」

「みんな頑張ってるわ。リンやレン、もちろんフノスも」

「……ところでさ」

「何?」


 とパンを片手にくつろぎ始めたアルテミスを見てシュノンが一言。


「お姫さんのとこ行くんじゃなかったの?」

「ああそうだった! あ、あなたが悪いのよ!」

「えぇー……」


 アルテミスはぷんすか怒りながら颯爽とメトロポリスに新設された王宮へと向かっていく。黄金色で彩られた最先端の建築技術で建造された王宮は、しかしバルチャーが街を仕切っていた時とは違い美しい。

 あの建物はフノスたちが権力を笠に着るための象徴ではない。ここに街が、国があるぞという目印だった。

 略奪に現れた暴徒も、きっとこの国の住みやすさに改心する。たまにいるそれでも俺は略奪するぜヒャッハーさんは、たっぷりの銃弾とレーザーによってご丁重におもてなしさせて頂く。

 もはや共和国の再興は歴然だった。神々の妨害もない。後はリソースの確保だけ。


「ふふん、私に任せとけい。私はスカベンジャーで、トレジャーハンターよ」


 作業に戻る。売り物と修理品、嗜好品、食料品の仕分けをシュノンは続けた。



 ※※※



「ご、ごめんなさい! ちょっとトラブルに巻き込まれて……」

「そのトラブルとは、あなたの食欲のことなのですね。アルテミス」


 脇に立つブリュンヒルドが入室したアルテミスを冷酷な眼差しで見咎めて、アルテミスは怒られた小動物のように元気をなくした。

 その姿を上品な笑いで楽しんだ後、フノスはブリュンヒルドに目配せする。


「では、紅茶をお持ちします、王女殿下」

「お願いしますわ、ブリュンヒルド。では、アルテミス、休憩にしましょう」

「ち、違うのよ。私は別にパンをつまみ食いしてたわけじゃなくて……」

「わかっていますわ。シュノンにあげたのでしょう?」

「……見てたの?」

「いえ、これは勘ですわ」


 アルテミスの顔が真っ赤となり、その様子を眺めてくすくすと小さく笑う。

 本当に仲がいい。シュノンとアルテミスは。少し羨ましくなるぐらいに。

 だが、フノスにはやることがあるので、執務机からソファーに場所を移し、ブリュンヒルドが紅茶を淹れる間、ホロモニターを浮かび上がらせた。

 そして、文字の羅列に目を通す。アルテミスが気になって覗き込んでくる。


「何? 休憩って言いながら仕事してるの?」

「違いますわ。これは個人的に頼まれた……ごほうびのようなものです」

「ごほうびに書類……あれ? これって……小説?」

「ええ」


 フノスはモニターに移るページを一番最初へと移した。タイトル欄にはタイトル未定と大きな文字で書かれている。内容はするすると書けるのだが、肝心のタイトルがなかなか思いつかないのだ。

 未定なの? タイトル。そう訊ねるアルテミスを見て、フノスは良いアイデアを思いつく。


「そうですわ。あなたに決めてもらいましょう」

「ええ? 私? 無理よ、私にそんな大役」

「それほど大したことでは。この物語は精神的問題を抱える機械少女と、調子に乗りまくりの廃品回収業者が織り成す冒険譚ですので」

「……ん、それって」


 ようやく気付いたらしきアルテミスが、フノスと目を合わせて言う。


「どこかで聞いたことあるような話ね」

「……もしや、わざと?」


 他人事のようなニュアンスで放たれた言葉に、フノスは耳を疑った。だが、どうやらアルテミスにはピンと来ていないらしいので、フノスは咳払いをしてもっとわかりやすくワードを整える。


「アンドロイドとスカベンジャーの冒険談ですわよ」

「あ、それいいわね」

「まだ気づきませんか……。いい、とは?」

「タイトルに。アンドロイドとスカベンジャーの冒険なら、アンドロイドとスカベンジャーとっていう単純な名前にしたらいいんじゃないかしら」

「シンプルイズベスト、ですか。……順番を逆にしろと騒ぎ立てそうなものですが」


 喜々として本を開いた彼女のブーイング姿が脳裏に浮かぶ。だが、それはそれで面白そうな気がしてきた。

 フノスがタイトルを打ち込むと、ブリュンヒルドが食器と共に紅茶を運んできた。アルテミスと協力して支度を整える横で、フノスは改めてタイトルを一瞥する。


(ちょっと物足りませんわ。……付け足しましょう)


 フノスはアルテミスの案を副題として、メインタイトルを記入した。

 ――機械少女の継承、と。


「準備ができました」


 ブリュンヒルドの一礼に合わせて、アルテミスがリラックスする。


「早く食べましょ。おなかすいちゃった」

「はしたないですね、アルテミス。王女殿下の手前ですが」

「わ、わかってるわよ」


 アンドロイドに窘められるマスターの姿に笑みをこぼしながらも、フノスは生まれ故郷の紅茶の味を楽しむ。

 非常においしかった。きっとそれは、紅茶が好物であるマーズティーだからという理由だけではないはずだ。



 ※※※



「では、クォレン大佐、宇宙の探索は任せます」

『任された。元より一度、火星に帰還せねばならなかったからな』


 モニターに映るクォレンと会話を交わしながら、ウィッチは端末の操作を続ける。必要データは既に転送済み。後は優先度が低い事項の要請だ。


「それと、大佐。王女殿下が火星への訪問を望んでおられました。もし可能なら、訪問可能な状況か確認して頂けると助かります」

『そうだな。ワープステーションの整備も可能か確かめよう。何せ、ずっと敵と戦うことに念頭をおいていたのだ。いざ平和になると、何をしてよいかわからなくなってしまうな』


 クォレンが苦笑すると、軍人としてではなく年頃の少女のような無邪気さで、レンが割り込んできた。そこには、エースパイロットとしての風格は消え失せているが、それをクォレンが窘めることも、ブリッジクルーが注意することもない。


『宇宙探査、ですよ、お父さん。ねぇ、リン』

『そうです! 宇宙の冒険ですよ! 夢にまで見た!』


 リンがはしゃぐ。クォレンは呆れながらも、怒りはしない。


『娘たちが騒いでるな。軍人として失格だ』

「でも、それでいいとあなたは思っている。そうでしょう?」

『もちろんだ。軍人など、暇なぐらいがちょうどよいのだからな』

「その意見にはあたしも賛成です。ドヴェルグ博士、あなたからリクエストは?」


 ニワトリ姿の博士は、右翼を顎の下においた。顎に手を当てているつもりなのだろう。


「そうだな、テラフォーミング施設の内部状況確認を頼む。もしレストア可能なパーツがあるのなら、ユグドラシルの再生にも使えるかもしれない」


 風貌こそふざけているが、メカコッコが出力したのは至極まっとうな意見だった。ユグドラシルは防衛施設であると同時に環境保全施設もである。テラフォーミングも可能なのだ。砂漠の緑化させるのも、ユグドラシルが完成すれば夢ではなくなる。

 砂漠の海賊が海への憧憬を捨てるのも、時間の問題かもしれない。ジェームズたちは文句を言いそうだが。


「全てのはじまりの場所が直れば、きっと世界も元通りになるでしょう……」


 センチメンタルなワードを選択して、感傷プロセスを実行する。思えば、キルケーには甘く優しい物語をたくさん聞かせていた。

 彼女は希望の物語が好きだった。もしかしたら今も、あの世で喜んでくれているのだろうか。ホープとシュノンの物語を読み解いて。


『魔女さん? どうしたんです?』

「そういやリンちゃんの悪癖の報告がまだだったなぁ、って」

『リンがどうかしたのか? まさか、また何か問題を……』

『有り得ますね、リンなら。また昔のように……』

『待って、お父さん、お姉ちゃん! 誤解! 誤解なの!』

「少々落ち着きがないが、いいものだな。だろう?」

「ええ、そうですね」


 画面の先で家族会議らしきものが勃発する様をからかい好きなお姉さんアンドロイドとして見守りながら、ウィッチはメカコッコへ目を落とした。きっとキルケーはメカコッコの滑稽な姿も、今、モニターの向こうで行われているやり取りも、外に広がる街も、ホープとシュノンが織り成した冒険も、気に入るだろう。


(あんたが喜ぶような世界を作るよ。あたしにかかれば楽勝だ。そうだろー? キルケー)


 魔女の格好をした小柄な少女が、笑みをこぼした――気がした。



 ※※※



「ねぇ、ねぇ」


 自身を呼ぶ声が断続的に続いているが、チュートンは無視を貫いていた。しかし、呼び声は止まらない。面倒だ。その面倒なやり取りを、小さな少女が眺めている。頭にはすっぽりと覆うヘルム――チュートンのアーマーを模したもの――が被さっているが、威圧感は微塵も滲み出ていない。その身長と、首を傾げるという動作のせい

でもあるのだろう。


「パパ、呼んでるよ」

「聴覚センサーに不具合が出ているわけではない」

「聞いてって。私を負かした人、ねぇ」

「黙れ」

「やーだ」


 背後からずっと付きまとう金髪の女――アプロディアに、チュートンは再三黙れと命じるが、彼女は全く聞く耳を持たない。最後の戦いのとき、白兵戦にもつれ込んだチュートンとアプロディアはしばらくマチェットとメイスで格闘していたが、ゼウスの死亡が確認されたのと、ヘルムが故障したため外したことが原因で、彼女はあっさりと投降した。

 敵対しない人間を殺すというのは自身の信条に反するため、保護した。それがいけなかった。


「もう敵じゃないんだから、いいじゃん。地味に私、治安維持軍の人間は殺してないしー」

「暴徒は殺したんだろう?」

「でも、悪いのは向こうだから、ねーいいでしょ? イイコトしましょうって、ねぇ」

「断固拒否する」

「あなたも男なんだから、興味あるよね? ねぇ」

「俺を奮い立たせるのは戦いだけだ」


 性行為に大した興味はない。それは照れ隠しでも格好つけでもなく、本音だった。少なからず人には戦いしか興味のないタイプがいる。戦いが好きだから傭兵をやっているという一面もあるのだ。

 生活が困窮したから傭兵をやるという人間は、ただの死にたがりに過ぎない。


「せっかくイケメンなのに、もったいない」

「俺の顔は平均的だ」

「嘘嘘。私、一目ぼれしたの初めて。いっつも妥協した男と寝てたけど……あなたは違う。そう、本当にカッコいい。女をメスにしちゃう美貌の持ち主」

「ふざけたことを」


 あしらうチュートンと詰め寄るアプロディアの一連のやり取りを眺めたレインが、再度疑問を呈した。それはある意味子供らしい無邪気さを孕んだ問いだが、現状を複雑化させる愚問でもあった。


「この人が、ママになるの?」

「そーよそーよ。えっと……」

「レインに触るな」


 しかしアプロディアはチュートンを無視してレインを抱きかかえた。


「レインちゃん! 可愛いわ、あなた。……ヘルムで顔は見えないけど、きっと可愛いんだってわかるわぁ。人工的に整えられた顔だちを隠すために、ヘルムをさせてるんでしょ?」

「妙なところで目ざとい女だ」


 レインはオリュンポス十二神の施設にいた何らかの実験体だ。彼女の言う通り、レインは美形であり悪目立ちする。ヘルムは暴徒に狙わせないための予防措置でもあった。

 アプロディアはチュートンの意思を尊重してかヘルムを外したりせず、ヘルムの上からレインの頭を撫でる。その様子は不思議と子どもをあやす母親のようでもあった。


「私、セックス大好きなのよ」

「それは承知している。だが」

「でも、それだけじゃないの。子どもも好き。別に、性交渉が無理ならそれでもいいわ。当面はね。けど、あなた、困っているんでしょ? 女手がないと子育ては大変。調整が加えられた実験体ならなおさら。育児係として私を傍に置いとくのは、理に適った判断だと思うんだけどなぁ?」

「…………」


 チュートンは押し黙る。彼女の意見は正しかった。

 それにメカコッコからも極秘裏に依頼を受けている。アプロディアが危険か否か、しばらく監視してほしいという旨の内容だった。言わば、彼女が共和国の一員として相応しいかどうかの入国テストだ。

 そして、依頼を必ず果たすのがチュートンの信条でもある。


「止むを得んか……」

「やった。よろしくねぇ、レインちゃん」

「よろしくー」


 レインが嬉しそうに声を弾ませた。



 ※※※



 ネコは高貴な生き物である。

 しかしだからと言って他の生命体が下というわけではない。


「仕方にゃいにゃあ。ほら」


 ミャッハーの一人がエサをねだる犬にドッグフードをあげた。その犬……エイトは嬉しそうにしっぽを振り、エサ皿に適量入ったフードを一心不乱に食べ始める。


「ミャーたちにワンの世話をさせるにゃっての」

「エナジー缶の追加請求にゃ」

「不満なのか? 娘たちよ」


 様子を眺めていたネコキングが問いかける。周囲には同志たちが物資運搬を手伝っている。まだメトロポリスの修復は完全ではない。それに人員が溢れてきたので新しい街を作る必要もあった。

 しかし、何かを建てる、作るというものはいいものだ。ネコキングは意気揚々と働く部下たちを見ながら強く思う。

 我らはずっと、現状維持に努めていた。何かを発展させるということがなかった。それでいいと心のどこかで思い、妥協……諦めていた。

 しかし今やネコとしての力を使い、国の復興と発展に尽力している。それがどれだけ素晴らしいことか。

 そしてそれは愛しき娘たちも同じことだ。なので、ミャッハーたちはうんうん、と首を横に振る。ネコミミがふらりと揺れた。


「ミャーたちは元々報酬で生きているにゃ」

「共和国が再興することでミャーたちの生活は安定するにゃ!」

「おまけに悪い奴はどこにでも湧くから、臨時ボーナスももらえてうはうはにゃあ!」


 こにゃいかにゃー、こにゃいかにゃー。悪い奴らこにゃいかにゃー。

 ミャッハーたちは即興で思いついた歌をご機嫌に歌って、未知なる敵の来訪を待ち望んでいる。まこと強力な軍事力。略奪しか知らない暴徒たちは、彼女のエサになるのだ。今、エイトという名の犬がおいしそうに頬張るドッグフードのように。


「同情を禁じ得んな」


 これから噂を聞きつけて現れるであろう暴徒たちに。

 奴らは敵を侮りすぎる。それに後先のことを考えていない。

 略奪は物資が確保できる前提で行う生存行為だ。

 だが、連中は気付くだろう。略奪よりも共生の方が、効率がいいということに。


「略奪で生きる時代は終わった。これからは共和の時代だ」

「共和国」「最高!」「にゃ!」

「愛しき娘たちよ、その素晴らしい歌を皆に聞かせてくれ」

「ミャッハー!!」


 ミャッハーたちの楽しそうな奇声が、広場に響いた。



 ※※※



 ――あいつがこの光景を見たら、きっと感激するに違いない。

 ゴールデンホーク号の甲板を風が吹き抜ける。ヌァザは友を偲びながら、メトロポリスを眺めていた。まだ完全修復には至っていないが、街中が活気に満ちている。まさにデジタルアーカイブで閲覧した古代文明のようだ。

 完全再現には長い年月がかかるだろうが、レプリカならばもう十分できている。この街こそが共和国であり、友達がずっと守ろうとしてきた世界なのだ。


「狭い世界で生きてきた。それしかこの世に存在しないと。だが……世界は広いな」

「いいのか?」


 ヌァザが柵に身を乗り出しているところへ、ジェームズが話しかけてきた。黄金の種族の力は使っていない。常時力を行使するのではなく、使うべき時と使わぬべき時を弁えているのだろう。黄金の種族への印象は、想像と実物ではかけ離れていた。

 新人類と聞けば、どうしても傲慢なイメージが先行する。だが、王女も目の前に立つ海賊も、力を持つがゆえの責任を全うしている。

 感心しながら、ヌァザはジェームズの問いに答えた。心理光を読み取れなくとも、彼の質問の意図は把握できていた。


「いい。俺はどこかに定住する性質じゃない」

「でも、私たちは砂漠に帰るんだよ?」


 傍にいたアンという海賊少女が訊く。ヌァザは甲板を踏み鳴らし、彼女に向き直って応じた。


「ああ、それでいい。砂漠についた後、旅に出ようと思ってる」

「どこに?」


 今度はメアリーという少女が訊いてきた。ヌァザは砂漠の海の方角、さらにその先を見つめて回答する。


「もっと遠いところだ。俺は狭い世界しか知らなかった。外に出た後も、復讐のことしか考えていなかった。だから広い世界を旅する。無論、目的はある」

「目的? 何を考えてるんだ?」

「世界は広い。似たようなことを考えて、国を作ろうとしている奴もいるかもしれない。そういう連中に教えてやるつもりでいる。共和国が再興しつつあると」

「襲ってくるかもしれないぜ」

「そうしたら、返り討ちにするまでさ」


 にやりと笑う。ヌァザは腕前に自信がある。そんじょそこらの暴徒では、相手にならない。とは言え、敵もすんなりとは引き下がってくれないだろう。ヌァザはその現実も知っていた。理想に燃えてはいるが、きちんと地に足はついている。

 ブラッドユニコーンのボスのように、凄腕も暴徒の中には混じっている。何が正しく何が悪なのかを知りながらも、あえて悪行に身を染める輩が。

 抵抗してくる敵の中でもしそういうタイプが現れたのなら、望み通りだ。

 復讐ではない。贖罪のために、そういう輩は排除する。


「なら問題なさそうだ」

「ああ、問題はない」


 ――そうだろう? 友よ。

 ヌァザは亡き友人に思いを馳せた。



 ※※※



「ええ、そうですね。これと、これ……。このチップの容量はどれくらいですか?」


 慣れた手つきで陳列された商品を選択し、購入する。未だクレジット制は採用されていないが、ホープはこの壊れた世界の買い物に慣れ始めていた。何より、これからは共和国の管轄エリア外へと向かうのである。世界中を冒険したと豪語する相棒が、行ったこともない場所へ。

 当初こそシュノンの冒険範囲に驚いていたが、彼女はクレイドルの助言をきちんと聞き受けて比較的安全なエリアにしか行ったことがなかった。なので、広いように見えてその範囲はスカスカなのだ。

 それを、今度は補完しに行く。二人でいっしょに。


「大容量だぞ。俺でも計り知れないぐらいにな」

「それは店主として如何なものでしょうか……」


 アバロの商品説明に苦笑する。思えば、彼とシュノンが口論しているところを諫めたことがある。そして、世間知らずだった自分にバルチャーファミリーがスタンショットを喰らわせて、牢獄に連行されてしまったのだ。だが、今はこの世界について学んでいる。あのような不覚を取ることもない。戦術データベースは崩壊世界用に調律済みだ。


「とにかく、たくさん記録できる。うちで一番の記憶容量があるのは間違いない。詳細はメカコッコかウィッチにでも聞け」

「自分でも計測できますし、わからない方が素敵かもしれません」

「素敵? どういう意味だ?」

「それは……」

「ちょっとホープ! 何ショッピングを楽しんじゃってんの!」


 アバロに説明しようとした矢先、怒り心頭といった様子のシュノンが大股でこちらに接近してきた。ホープは質疑応答プログラムを奔らせる。


「なぜ怒っているのです?」

「おっせーからよ! 何で私が肉体労働しなくちゃいけないわけ? しかも、マスターがせこせこ荷物を積み込んでる間、アンドロイド様は悠長にお買い物ですかそーですか! ふざけやがって」

「別に、これは必要な物を買いそろえるために……」

「はぁ? こんなポンコツジャンクの中で使えるもんがあるわけないでしょーが!」

「なんだと?」


 アバロがシュノンの暴言に食いついた。瞬間、既視感がメモリーを再生する。ホープは大きくエアーを吐くと両者の仲裁に乗り出した。


「お待ちを。喧嘩は避けるべきです」

「商品をバカにされたら店主として黙ってるわけにはいかねえな」

「事実でしょうが! 私はあの不良マシンガンのこと忘れてないよ!」

「あれは決着がついたろ。ねちっこい女め」

「二人とも、おやめくださ……」

「っていうか悪いのはあなたよ!」

「そうだな、お前が悪い」

「え、ええ……?」


 トライアルカウンセリングを実行するべきか否か思考ルーチンが結論を導き出そうとした時、両者の矛先はなぜかホープに向いた。困惑の検知。


「あなたが遅いから悪いんだよ! 人がせっせとお荷物運んでんのにさぁ!」

「お前はこいつのアンドロイドだろう。しっかりと手綱を握らないからこうなるんだ」

「いや、しばしお待ちを。なぜ私が……」

「うるさい! いいからお説教よ!」


 困りフェイスモーションを出力するホープに構うことなく、二人は勝手に悪者認定して会話を打ち切ってしまった。困惑するホープをよそにシュノンは代金をジャンクで支払い、ホープの手を取ってプレミアムの元に戻ってしまう。


「ちょ、ちょっとシュノン! 弁明の機会をください!」

「嫌よ、じゃあねアバロ!」

「ああ、またな」


 ホープという共通の悪人を見出して、すっかり和解したシュノンとアバロ。

 そそくさと立ち去り、ホープは自身への悪評を撤回する暇も与えられなかった。


「シュノン! 待って!」


 強引に手を振り払う。何? と険悪な目つきのパートナー。再度大きいエアー放出を行って、感情アルゴリズムを平静状態へと戻した。シュノン用に作成したコミュニケーションマニュアルを参照……する必要もない。


「その私悪くないアピールうざいんですけど? 人を散々働かせておいて……」

「感謝してます。感謝していますから」

「じゃあ、何でサボ」

「サボっていた、という言葉は語弊があります。これを」


 ホープはシュノンの手を掴み直して、その手に加工した記録媒体を渡す。丁度、シュノンが以前から首に掛けていたものと同型のもの。大容量のメモリーデータを保存できるチップ――。


「こ、これって……」

「ないと寂しいのではないですか? クレイドルのチップは破損してしまいましたし」

「……そ、そんなことないって……」


 応じながらも、それが照れ隠しであることをホープは観測している。否、目視せずとも彼女の考えや心の動きは容易に想像できる。シュノンはしばしメモリーチップを見つめた後、自分の首にペンダントのように提げた。


「何かのデータが入ってるの?」

「さぁ。中身はブラックボックスです」

「なにそれ……意味ないじゃん」


 訝しむシュノンへ会話プロセスを続行。すぐにシュノンは納得してくれる。


「恐らく、何も入っていないでしょう。白紙の状態です。ですが、これからの冒険の記録には使えるでしょう。丈夫なものを選択しましたから」

「容量は? いろんなとこ行くんだよ?」

「検閲してみなければ何とも言えませんが、十分足りるかと。足りなければ新しいものを後で購入しましょう」

「先のこと考えないとか、ホントダメダメね」

「そうですね、最良です」


 正反対のことを言い合い、笑いながら街の中を歩いていく。プレミアムが停車する場所へと。そこは家であり、冒険するための移動手段でもある。移動方法にわざわざ四輪駆動車を選択したのは、下手に高機能な乗り物だと現地民に警戒を与える可能性があったのと、シュノンのこだわりのせいだ。

 防犯上の理由もある。プレミアムはポンコツトラック。わざわざ盗もうとする暴徒はそこまで多くない。


「プレミアムはポンコツじゃないって」

「私はまだ何も言ってませんよ」

「思ったでしょ? 私にはわかるんだから」

「そうですね、そうでした」


 二人並んで、プレミアムの元へ辿り着く。荷造りは大方済まされていた。文句を垂れながらもシュノンは一人で全てをやり遂げたのだ。確かにこの量の積み荷を単独で運び入れるのは大変だ。シュノンが憤る理由も、何となく理解できる。理不尽なことに変わりはないが。

 シュノンはプレミアムの傍へと歩み寄って、車体をとんとん、と軽く叩く。


「忘れ物ない?」

「昨日三重にチェックを重ねました」

「ヘラクレスの座標データは?」

「最初から私にインストールされています」

「オーケー、メカコッコがくれた餞別は?」

「そちらもインストール済みです。私からも確認です、デジタルアーカイブのアップデートは済ませましたか?」


 ホープはプレミアムを全体的に見まわしながら問う。シュノンは即答した。


「もちのもち。新作映画もたっぷりだし、発掘された音楽データもダウンロードしたよ」

「通信機器のネットワークリンクは」

「電波が届く範囲内なら問題なし。通信衛星もあるしね」

「実弾兵器は揃えてますか?」

「それも大丈夫。あなたの旧バージョン装備も携行してあるよ。レーザーが使えなくなってもそれでどうにかできる」


 シュノンの応答を聞いて、チェックリストがオールクリアとなる。忘れ物は何一つなく、やり残したことも微塵もない。


「では」

「じゃあ、行こうか、ホープ」


 ホープは荷台に、シュノンは運転席にそれぞれ乗り込んだ。野太いエンジンサウンドが鳴り響いて、荒野へと発進する。



 荒れ地を進んだプレミアムは、ホープの要望通りの進路を通っている。ホープは荷台に座りながら第一目標地点を見つめていた。巨大な建造物は、そこだけ時代に取り残されたようにそびえ立っている。

 だが、もうしばらくすればそこはただの遺跡ではなく、共和国の一施設として再生するだろう。

 感傷に浸っていると、運転席からシュノンが声を出す。


「で、どうしてあんな何もないとこに行くわけ? スカベンジャーがあらかた取り終えちゃったんだけど」

「収集作業に向かうわけではないです。……センチメンタルですよ」


 不満を漏らすかと思われたシュノンは、ふーん、と感心した様子で運転に戻った。プレミアムは荒れ果てた大地をいとも簡単に走破して、そこへたどり着く。

 ――ホープとシュノンが初めて出会った、はじまりの場所へ。


「ユグドラシル……再生作業に入っているのですね」


 人類救済用の複合施設にはメカコッコが派遣した作業員が出入りしている。瓦礫が除去されて、内部の清掃が進んでいるようだ。

 きっと、自分が収まっていたカプセルも片づけられているだろう。


「もしあなたが来なければ、私は今も眠り続けていたことでしょう」


 事実を諳んじる。運転席から降りたシュノンは意外そうな顔をしながらも会話を合わせてくれた。


「当然よ、私に感謝するべきね!」

「感謝してます。心の底から」


 本心からそう告げると、シュノンも少し顔を赤らめて返事をした。


「私だって……感謝してるし。あなたがいなければ、私はたぶん、もうとっくに死んでいた」

「でしたら、おあいこですね」

「そうね、おあいこ」


 それがホープとシュノンの関係性。持ちつ持たれつ。どちらがではなくどちらも。

 今までもそうだったし、これからも変わらない。不変的、恒久的な関係。切っても切り離せない、パートナーでありバディ。

 何気なく会話ログを遡って、一番最初に交わした会話に苦笑する。

 そうして、気まぐれに全く同じ問いを投げてみる。もはや意味のなさないと質問を。


「失礼。あなたは何者ですか?」


 微笑みながら放たれた問いに、シュノンもまたにやりと笑って答える。


「私はあなたのマスターよ!」


 それが二人が最初に交わした言葉の最新バージョンだった。

 おかしくなって笑い合う。純粋に無垢に。何の不純物の混ざらない弾けんばかりの笑顔で笑って。

 再び、プレミアムへと乗り込んだ。運転席と助手席に。


「さって、次はどこに行く?」

「そうですね……次は――」


 ホープとシュノンの冒険は続く。これまでも、これからも。

 これが生きるため世界を彷徨う少女と、記憶の欠落した機械少女アンドロイドの出会った意味だった。


「これからは、これからもずっといっしょですよ、シュノン」


 走り出したプレミアムの車内で、ホープはシュノンに語り掛けた。クレイドルが座っていた場所で。

 対して、シュノンも素直に応じる。新しいマスターとして。


「当然だってば。あ、そういやここら辺のカエル脂がのっててうまいんだよねー」

「か、カエルは勘弁してください……」


 青色のフェイスモーションが表出。シュノンは小さな笑みを作る。


「えー、なしてさ。っていうかまだ慣れないのー?」

「慣れません。慣れませんよ。慣れてはいけないものです」

「そんなこと言っちゃってからにー」

「本当ですよ、シュノン。先が思いやられますね……ふふ」

「そのうちバクバク食べるようになるって。あはは」


 白色のテクニカルが荒野を走る。

 アンドロイドとスカベンジャーを乗せて。

 希望を携えて、継承した意志をインストールして、走っていく。

 壊れた世界を再生するために。自身の使命を果たすために。

 約束を守るために――。


 

 ※※※

 

 

 ――メモリーの検索完了。該当データを再生します。


『だったら! だったら、約束して! いっしょに帰って、世界中を旅するって! 今までみたいに、今までよりももっとたくさん!』

 

 ――マスターとの約束を最優先事項に設定し、任務を遂行します。

 

 ――二人で、いっしょに――。

これにてアンドロイドとスカベンジャーの物語は完結です。彼女たちは作中でまだ冒険を続けますが。

綺麗に終わったようで、作者としてはまだ書き足りないという不思議な感覚です。如何だったでしょうか。

もし二人の冒険談とこのなかなかカオスな世界を楽しんで頂けたのなら作者として喜ばしい限りです。

今のところ後日談等の執筆予定はありませんが、もしかしたら後で何かしらちょこっと書くかもしれません。

読んで下さった方、ありがとうございました

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