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機械少女の継承 アンドロイドとスカベンジャーと  作者: 白銀悠一
第十章 継承

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希望の箱

「くそっ。絶体絶命か」


 部下を失い、基地内を敗走するアバロは諦観の念を漏らした。フノスたちによる通信システムを介さない特殊な感応波は確かに敵を打開するための情報をくれた。しかし、その情報が伝達される前に、アバロは敵を倒すための戦力を失っていたのだ。

 いくら攻略法が確立されても、それを実行するすべがなければ意味がない。アバロはひたすら敵から逃げ回っていた。

 昔から、そうだった。ジャンク屋を生業として、バルチャーファミリーの管轄下、シティで生きてきたあの時から。

 厄介ごとがあると、いつも逃げてきた。それが処世術だと考えてきた。それがあの口喧しいスカベンジャーが希望を拾ってきたことで一変した。文字通り状況が様変わりしたのだ。

 シティはメトロポリスとなり、同じようなチキンだと思っていたメカコッコが頭角を露わとした。街は徐々に大きくなり、軍ができた。上から目線で街を牛耳っていたバルチャーファミリーは壊滅。デジタルアーカイブの中でしか考えられなかった、安全な普通の生活を送れるようになった。

 その時、アバロは決意した。この平和を守ってみせると。使命感なんていうものじゃなかった。ただ人間はきっとこういう生き方をした方がいいんだろう、という想いからだ。

 人間は思考する生き物だ。いつまでも暴徒のままでは、知恵のない獣のままではいられない。文明的な生活が必要な時期に差し掛かっていたのだ。だから彼女は救世主のように現れて、世界を安定させ始めた。

 きっとこのまま上手くいくのだろう。そう漠然と考えていたが、見込みが甘かった。やはり、人生はそう上手くいかなくできているようだ。


「チッ。ガラにでもないことを……」


 文句を呟くアバロの前へとヘスティアが迫ってくる。レーザーピストルを撃ったが、いとも簡単に避けられた。所詮はジャンク屋である。壊れた部品を使えるように修理して、自らより強大な敵が来たら逃げる。それの繰り返しだった。

 そんな生活に嫌気が差して、もっと胸の張れるような人間になりたくて軍人になったが、いざという時にはあの情けない頃の自分に憧れている。ああ、俺はなんて情けない人間なのか。

 もはや抵抗する気も失せ、銃口を下げたアバロの耳に発砲音が轟いた。


「大丈夫か?」

「ヌァザ……か?」

「内部が押されていると報告を聞いた」


 水平二連でヘスティアをズタズタに引き裂いたヌァザは、すぐに周辺警戒を始めた。一度不覚を取ったので、念には念を入れているようだ。どっと疲れが出て、自責の念すら沸き起こった。俺は一体何をしているのか、と。


「俺は生きるのを諦めていた……」

「諦めは共和国、いや、治安維持軍らしくないな。俺の知る共和国側の人間は、誰一人諦めという言葉を知らない。奴らの辞書にはきっと、載っていないんだろう」

「なら、俺は軍人失格だな」

「そうでもない」


 周囲の安全を確保したヌァザは手招きした。一度外に出て侵攻部隊を再編するつもりなのだ。


「俺も昔は暴徒だった。きっとお前よりも酷い手合いだったろう。だが、友人のおかげで、寄り道はしたが……こうして戦っている。――仮に道を踏み外したとしても、誰かが手を差し伸べる。それが共和国の理念だと、彼は言っていた」

「ヌァザ……」

「間違いを犯したと思うのなら、それを生かせ。……あまり指揮は得意じゃないんだ。元々一匹狼の性質でね。誰かが部隊の指揮を執ってくれるとありがたいんだが」


 頼まれて、アバロは笑った。どうやら俺にもまだ使い道が残されているらしい。

 そいつはとても、嬉しいことじゃないか。下ろしたレーザーピストルを構え直す。


「よし、俺に任せろ」

「その意気だ、ジャンク屋」

「いや、違う。今の俺はアバロ少佐だ」


 アバロはにやりと笑って、人員不足のために異様に高い階級を誇る。

 構うものか。それこそが俺であり、治安維持軍であり、共和国なのだから。



 ※※※



 雷鳴が轟いて、全てを焼き尽くす――。

 この世の発生音とは思えない、言葉では表すことのできない爆音が、周囲を満たしていた。その中心に立つ男は、笑っている。感心したように、感嘆したように。


「はっはっは、よもや、この局面で――」


 黒の男が、漆黒の男を間近で見つめていた。片方は凍てつく笑み。もう片方はマスクのせいで表情が窺えない。


「このタイミングで、裏切るのか友よ……いや、ヘラクレスよ」

「マスター……?」


 雷は黒色のレーザーサーベルが全て受けきっていた。それがアレス、否、ヘラクレスが持つ剣が名剣足る所以だ。全てを防ぎ、全てを切り裂く。その剣と巧みに操り、数多の敵と七つの試練を切り抜けたヘラクレスは、治安維持軍最強の戦士とまで謳われた。


「そなたが、いや、そなたこそがもっとも愚かで鈍くあったな。真実を知りながら、反抗するとは」

「マスター!!」

「仲間割れ……なの?」


 鍔迫り合いとなるアレスとゼウスに割って入るべく、ホープは義体をフル稼働させて走る。自己修復は恐ろしいほどの速さで終了していた。破損やショートしていた回線が復旧し、人工筋肉も正常機能へと戻る。


「仲間割れではありません、これは!」


 奇跡……いや、必然だった。マスターは思い出したのだ。最初に抱いてた理想と使命を。学び、認め、気付いた。共和国の理念こそが、かつての自分こそが、正しかったということを。


「マスター!」


 ホープがゼウスに向かって飛び掛かった瞬間、かつてできていた連携の通りにヘラクレスが飛びのく。ホープに攻撃の機会を与え、ゼウスの槍と斬り合ったのを見て取ったヘラクレスは即座に援護へと入った。白と黒の身体が入り混じり、剣戟を繰り広げる。その鮮やかな太刀捌きは、あらゆるものを巻き込み猛進する台風を彷彿とさせた。


「二対一、か。なるほど、勝率は上がったな。単独よりも」


 ゼウスは防御一辺倒……かと思いきや、笑みを維持する余裕があった。その底なしの自信と予知にホープが慄いた瞬間、再度衝撃が義体を貫く。マスターと共に後方へと強制的に下がらせられた。


「しかし、我には勝てんぞ。全盛期のそなたなら、一縷の望み程度はあったかもしれぬが」


 と語るゼウスの言葉が止まる。銃弾が彼に命中する直前で雷に穿たれたからだ。


「二対一? 三対一の間違いでしょ?」

「シュノン」


 シュノンは闘争心をむき出しにして、不敵な笑みを浮かべながらライフルを構えている。だが、実弾の銃では効果がない。それはシュノンも、他ならぬ全知全能の神でさえもわかっているはずだった。


「不遜な娘だ。我に刃向かうだと? 黄金の種族でもアンドロイドでもない、鉄の種族であるそなたがか?」

「だったら普通の人間を代表して、あなたをスクラップにしてあげるわ。幸い私はスカベンジャーだから、壊れたゴミはきちんと回収したげる。あなたがみんなの善意を悪用してきたようにね!」


 シュノンは強気だ。その精神力はホープにも伝わって、底のない強さを与えてくれる。そして、それは隣のマスター……ヘラクレスも同じだった。変わり果てた彼は変わる前の想いを取り戻して、サーベルを構えている。


「お前には明確な弱点があるぞ、マスター。いや、ゼウス」


 次に口を開いたのはヘラクレスだった。漆黒のマスクの内側から指摘する。アレスの口調だが、言葉の本質はヘラクレスと同一のものだ。


「我の弱点、とは?」

「その尊大な態度だ。お前は自らの絶対的自信に駆逐されるのだ」

「その通りです。あなたは敵をコントロールできると考えていた。事実、そのほとんどが功を奏してきたのでしょう。ですが、それもここまでです。私は自由になり、マスターも戻ってきた。あなたの負けです」


 ヘラクレスに追従してゼウスの敗北を示唆したホープに、ゼウスは含み笑いを漏らした。


「勝利宣言か。我を倒す前から」

「笑ってる場合じゃないよ、お爺ちゃん」

「その戯言を吐けぬようにしてくれよう」


 ゼウスは雷の雨を降らす。ホープとヘラクレスは剣と盾で防御しながら、ゼウスの攻撃が止むまで耐える。その間に、シュノンが手を伸ばしてきた。何かを欲するように。

 そのしぐさだけで、彼女が何を求めているかわかった。あれほど使用を渋っていたレーザー兵器をシュノンに向かって投げる。

 シュノンは大型レーザーピストルテンペストをキャッチして、にやりと笑みを作った。


「一度ぶっ放してみたかったんだよね、これ!」

「ほう? それは良い判断だが……失策でもあるぞ」


 ゼウスは雷を穿つ。今度の狙いはシュノンだった。ホープの支援は間に合わないが、ヘラクレスが代わりに立ち塞がって雷を切り落とした。黄金の種族の力は失われているはずなのに、的確に状況判断をしている。雷を見て切断しているのではない。予測して、剣を振るっているのだ。それがマスターの強さであり、洞察力だった。

 そして、その背後でシュノンはテンペストの狙いを定めている。


「喰らえッ!」


 気合の叫びと共に放たれたレーザーを、ゼウスは槍で突き消した。そこへホープは右足のチェーンソーを展開して蹴りに行く。同時にヘラクレスも駆けていた。ホープの鋸斬を防いでも、アレスのサーベルが一閃する。仮に二人同時に対処できたとしても、三人目がフルチャージ射撃を発射する。

 数的有利を生かした、オーソドックスだが効果的な戦術だった。しかし、その三段構えの一段目が命中する刹那にも、ゼウスの余裕は崩れない。


「忘れてはいないか……質に量は勝てない」

「なッ!?」


 そうゼウスが独りごちた瞬間、彼が消失する。光学迷彩やテレポートかと誤解しそうになるが、戦術データベースに答えは記されていた。


「ヘルメスの神速移動か」


 瞬時に敵の特性を把握したヘラクレスは既にゼウスに斬りかかっていた。それをゼウスは左手を掲げて制する。


「ヘラのマインドハック!!」


 ヘラは優れたハッカーであり、アンドロイドやドロイドだけでなく、ナノマシンを摂取した人間や機械化手術を受けた患者すらハッキング……クラッキングすることが可能だった。恐らくヘラクレスの左腕に装着されたハッキングデバイスもヘラが作成したものだろう。ヘラクレスは呻きながらも、左手を翳して抵抗を試みた。


「そなたの力は我が与えたのだ。そして、H232もな。我の力を使って我を倒せるなどと思うな」


 マスターは強靭な意志でマインドコントロールを防いだが、身体の鈍化は免れなかった。本来持っていた彼の反応速度が著しく低下し、対処できる攻撃に対応できない。

 ゼウスの槍がヘラクレスの剣速を上回る。槍がヘラクレスの心臓を貫こうと迸った。


「マスター!」

「させないッ!」


 シュノンが卓越した射撃技術でゼウスの行動を変化させる。後退したゼウスは拡散する雷を二人に向けて撃ち放った。雷鳴と悲鳴が交差する。ヘラクレスはシュノンを庇ったが、完全にはその勢いを受け止めきれなかった。


「きゃあ!」「ぐぅ!」

「マスター!!」


 過去と現在、二人のマスターが床を転がり、ダウンする。シュノンは先程のダメージも響いているのか呻き声を上げて立ち上がれず、どうにか起立しようとするヘラクレスも動きが明らかに遅くなっている。

 その姿を見て、ゼウスは嗤った。注意を引くべくレーザーソードを十字に斬るホープの斬撃を見ずに防ぎながら。


「所詮は寄せ集め。量が束になってかかったところで神には勝てぬのだ」

「こっちを、見なさい!!」


 あらゆる武装を駆使して、ゼウスの注目を浴びようとする。だが、彼は頑なに無視を続けた。続けられた。彼の能力はもはやホープを注視することなく対策できるほどに強まっている。ホープは囮にすらなれなかった。前座にさえも。

 だが、諦めコマンドはデリートした。ここで止まれない。


「ETCS!」

「む?」


 切り札を発動したホープに、ようやくゼウスが視線を合わせた。しかし、その眼差しは脅威を見て取った警戒の色を含む瞳ではなく、眼前を飛び回るハエを疎ましく思う眼差しのそれだった。


「いささか目障りだ」


 二倍に増大したホープのスピードに、ゼウスは難なく合わせてきた。能力の元であるヘルメス自身ミョルニルパックでようやく同等というべき難敵だったが、それでもゼウスの速度は速すぎる。神の領域、とはまた違う次元に彼は立っているのだ。

 まさに、最高神の領域に。


「しまッ――ぐッ!!」

「そこで見ているがよい。そなたの相手は最後だ。まずは……」


 ゼウスはホープを槍で軽く吹き払って、ホープを壁にめり込ませた。エナジーが口から溢れ出す。衝撃ダメージが内部機関をいくつか破壊したが、自己修復は後回しにした。長期的に見れば問題だが、短期的、つまり戦闘には必要のない機能ばかりだ。

 自己分析結果よりも、最高神の強さが目下の難題だった。三人で挑んでも勝てない。感情で思考を封殺してもその予想が電脳をよぎってしまうほど、彼の強さは圧倒的だ。

 無類の強さを誇る神は、裏切りの神へと歩み寄っている。それを、ホープは見ていることしかできなかった。一部のシステムを斬り捨てても、義体のダメージはとっくに限界を超えている。人間的に言い換えれば、気力で動いている状態だった。

 破損した機械が本来なら稼働不能の状態でも動作し続けることは珍しいことではない。なので、この動作は奇跡などではないが、ホープは奇跡を欲していた。

 心から。感情アルゴリズムと、心理光が、奇跡を望んでいる。


「マスター……ヘラクレス……」

「恩を仇で返すとはこのことか、友よ。我はそなたを救ったのだぞ? 死の淵から」

「お前は……俺を、利用した」


 ヘラのハッキングとゼウスの雷撃による度重なるダメージは、ヘラクレスのサイボーグ義体を深刻な状況へと追い込んでいた。生命維持装置もまともに動いていないかもしれない。それでも、ヘラクレスは剣をゼウスに振ろうとしている。

 サーベルの色は黒から灰色に変わっていた。しかし、本来の輝きを取り戻してはいない。


「そなたの力はそなたがプロメテウスエージェントとして活躍している時から買っていた。ゆえにそなたの元へパンドラを送ったのだ」

「お前は……パンドラを殺し……俺から全ての希望を奪おうとした」

「希望に縋った結果、世界は滅んだのだ。なのになぜ、絆された?」


 ゼウスはヘラクレスの思想を理解できぬかのように訊ねた。いや、実際に理解できてはいないのだろう。だから、彼は共和国を滅ぼしたのだ。ある意味、究極的な現実主義者。しかし、理想しか見ない夢見がちな人間が愚か者であるように、現実しか見つめない人間もまた愚者だ。理想と現実をバランスよく抱くことで、最良の選択を人は決断することができる。

 ヘラクレスにはその決断が可能だった。だから、学び、認め、気付いた。


「世界を滅ぼしたのは希望ではない。お前だ。お前が世界を滅ぼしたのだ」

「愚鈍な。我の行いは滅びを加速させただけに過ぎん」

「それは、詭弁だ。お前の破滅思想は拡大解釈に過ぎんのだ。宇宙には無限の可能性が埋没している。それをお前は見て見ぬふりをして、今ある現実にしか目を向けなかった。お前こそが、一番の愚鈍者だ」

「もはや……溝は深く、宇宙の果てまで広がる深淵のようだな。残念だ、友よ。いや、ヘラクレス。そなたから灰塵としてくれよう」


 死刑宣告をして、ゼウスが槍を跪くような体勢のヘラクレスに向ける。それは忠誠を誓う騎士の姿のようにも見えたが、ホープにはマスターの意図が流れ込んでいた。そしてそれはゼウスも同じのはず。ホープは声高に叫ぶ。スピーカー音量は最高値に設定されていた。


「ダメです……マスター! 死んではいけません!」


 しかしヘラクレスは答えずにマスクを向けるだけ。なのに、彼の思考はまるで自分のものであるかのようにわかった。自己同一化が進んで、ホープはシュノンであり、またヘラクレスでもあった。そして、パンドラでもある。クレイドルでもあった。それが継承であり、ホープは様々な人間の意思を受け継いでいる。それは継承元の死が自死であることと同義だった。

 ヘラクレスはゼウスと相討ちになるつもりでいる。槍が身体を貫く瞬間、剣で神の首を刎ねるのだ。しかし、成功確率は低い。何より、死ぬことを前提とした戦術が受け入れ難かった。


「マスター! 止めて! マスター!」

「では、死ぬがいい」


 ホープの叫びが届くことなく、事態は進行していく。強引に立ち上がったホープは走ろうとしたが、距離が離れすぎていた。ETCSも解除されている。槍が振り下ろされると同時に、ヘラクレスの剣が動く。

 ――全てが手遅れになった瞬間、ホープの視界が真っ白となった。




「――マスター!!」


 敬愛するマスターの呼び名を、絶叫する。しかし、決闘場を反響するかと思われた音声を聴覚センサーが聞き届けることはなかった。無限に広がる白が、目の前に広がっている。現在地の座標も不明。いや、レーダーがそもそも機能していなかった。


「私は? 一体? フリーズ、でしょうか」


 また全てを投げ出して、意識を失ったのですか、私は。自虐的に感情アルゴリズムが働いた直後、別の声がその考えを否定した。


「違うわ、ホープ。これは正規動作よ。私の我儘とも言うわね」

「……え?」


 その声の主に、アイカメラを見開く。

 人物データベースは該当項目をレンズ内に表記し、メモリーデータもそれが既知の初対面であることを示唆している。

 だが、それでも理解するのに時間がかかった。処理は感情によってパンクしかけていた。


「パンドラ……? どうして」

「そう難しいことじゃない。最初から、私はあなたの中にいた」

「私の、中に?」

「そう。あなたの義体とコアの作成には、私の身体をサンプルとして利用している。だから、簡単に言えば私のコピーはあらかじめあなたにプリインストールされていたの」


 本当は、いつでも出れたのだけど。パンドラはホープとそっくりの容姿で語る。


「でも、下手な表出はあなたのパーソナルデータに深刻な不具合を起こす可能性があったから、避けていたの。通常の命令優先型だったら問題はないだろうけど、あなたは感情優先型。感情の変化がダイレクトにハードとソフトに反映される。言い訳になってしまうけど、そういうことなの」

「あ、う……」


 実際にパンドラが指摘した問題は既にホープの中に発生していた。自分の母とも言うべき存在が目の前に立っている。私の中に存在している。その事実がホープの感情を複雑に動かしている。いや、翻弄されている、と言うべきか。


「でも、この私は本来の私と比較すると少し差異があるわ。一番顕著なのはこの性格ね。あなたを反面教師として私も学習したから、少々……大人びているでしょう? これはあなたが無意識下で抱いていた母親わたしに対する憧れでもあるのかもね」


 パンドラは嬉しそうに微笑む。ホープは動揺を隠せないまま、口ずさんだ。


「確かに、冷静、ですね。私のイメージ通り……」

「そうでしょう? 本来の私はおっちょこちょいの面があったから、こうして大人のように見られるのはとても嬉しいわ。……でも、そんな冷静になった私でも、静観できない事態があるの。だから、私は表出して、あなたと対面した」

「……マスター、ですか」

「その通り」


 パンドラの表情が陰った。


「私にとって彼は……ヘラクレスは、心の大部分を占める大切な人。あなたにとってもそうでしょう? ニュアンスは違うかもしれないけど、あなたは彼を大事に想っている」

「そうですね。認識は合っています」


 ホープにとってヘラクレスはマスターであり父親だが、パンドラにとっては恋心を寄せた男だったはずだ。黄金の種族であったマスターはパンドラの心を読み取っていたはずだが、彼自身が何を思っていたかは定かではない。

 でも、パンドラのことを大切にしていたことは如実に表れている。先程の発言からも。


「私は、密かにあなたにもう一つの願いを込めていたの」

「願い……」


 使命の他にインストールされていた密命。ホープは不思議と思い当たっていた。思考ではなく感情で。心が回答を導き出した。


「マスターの守護、ですか」

「そう。私の代わりに、あの人を守り、導いて欲しかった。我儘だとは思うんだけど」

「そんなことは。それに、それはアンドロイドとしての基本方針です。アンドロイドはマスターを守る……」


 応じながら、反対意見が思考ルーチンに浮かび上がる。それは一般的なアンドロイドであり、特殊な個体である自身にはデフォルトでは適用されない。

 無意識下で自分がどれだけ自由を謳歌していたか、ホープは改めて思い知らされた。今までの選択は全て、何の拘束もなく自身で選び取った結末だったのだ。


「私は……私は、恵まれていたのですね」


 偉大なる父と母と、仲間や友達に囲まれて。

 あらゆる試練を乗り越えられた。完全とは程遠いが、だからこそ完璧だった。


「あなたはさっき、奇跡を願ったわね」

「聞いていたのですね」


 幸せを自覚したホープにパンドラは言語ログを参照することなく言う。文字通り彼女はずっと見守っていてくれたのだ。幽霊のような曖昧な精神物質ではなく、確実に存在する情報粒子、断片として。

 そんな彼女は、また表情を暗くする。悲しそうに頭を振った。


「私でも奇跡は起こせない。今のままでは抗いようがないわ。単純に、ゼウスに力が及んでいない。奇跡に縋る時点で、それは敗北を認めたのと同じこと」

「でも、諦めるという選択肢は」

「消去したわね。英断よ、ホープ。だからこそ、私はこのシステムを起動させることができる」

「システム? 私に有用な戦闘システムはもう……」

「ブラックボックスよ。一定の条件が整わない限り、発動しないの。システム走査では中身が閲覧できないように設定してある」

「それは開発者としてよろしいのでしょうか……」

「ゼウスに利用されないためよ。不快に感じるのはしょうがないことだけど」


 パンドラは説明しながら、ホロウインドウを投影させる。空間に現れたソースコードは見た限りホープのデータ容量を圧迫していた。このプログラム……システムのせいでパック換装システムを搭載したのではないかと勘ぐってしまうほどだ。


「これだけの不明なリソースを私の中に……」

「普段は別のコード内に混ざってるから、純正コードは少ないわ。大丈夫、あなたはちゃんと設計してある。一切の無駄はない」

「胸部パーツの大きさについて一度、論議を交わしたいと思っていたのですが」

「……これでよし、と」

「無視、ですか。はぁ……」


 とため息を吐きながらも、このような状況下で平然とした会話プロセスを行える自分に驚いていた。彼女はホープに多大な影響を与えている。不思議とどうにかなる気がしているのだ。パンドラは奇跡は起こせないと言っていた。

 でもそんなことはないと思っている。今この時間こそが奇跡だ。


「いつでもシステムを起動できる。準備はいい?」

「その前に質問をしてもよろしいでしょうか」

「構わないけど、内容の取捨選択はしてね」


 先程の問いが引っかかってるのか、余裕たっぷりの物言いでしっかりと予防線を張ってくる。自分のオリジナルのある意味自分とよく似た性格に苦笑しながらも、ホープは一番聞いておきたかった問いを投げた。

 自分自身のパーソナルカラーについて。なぜ、私は白いのか。


「私の色……ホワイトを選択した理由は」

「複雑な理由ではないの。善の象徴が白だから、という意味でもない」

「では、何なのでしょう?」

「純粋だから。あなたは何にでもなれる真っ白なノートブック。あまねく人の意思を継承できる器なの。だから、白色」

「……ありがとうございます、パンドラ」


 その言葉が聞けて良かった。ホープは右手を握りしめる。

 パンドラは微笑すると、システムの起動を開始した。


「頑張ってね、ホープ。……あの人を救ってあげて。私の代わりに」

「行ってきます、パンドラ」


 世界が閃光に包まれ、ホープの意識が元の居場所へと戻っていく。

 連動して、システム起動通知がレンズ内に届いた。

 

 ――コマンド入力を確認。通信モジュールオンライン。座標位置を特定、転移装置とのリンク構築。接続を確認。ギガスシステムを発動します。


 義体が、輝く。次々と転移する金の武装がホープの義体にアーマーのように装着されて、本来は義体の奥に仕舞われているコアが剥き出しとなる。頭部には金色の兜型デバイスが装着されて、シールド部分には球状の物質が、右腕のタクティカルレーザーデバイスには補助パーツが接続された。内部システムも拡張され、義体性能が爆発的に増加する。

 全ての追加モジュールと同調を終えたホープは、アイカメラを開く。


「行きますよ、パンドラ」


 ギガスの力を手にした拳を、力強く握りしめた。

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