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全力疾走

「くそっ! どこもかしこもヘスティアばかりだ!」


 治安維持軍が基地に接近した瞬間、巣をつつかれたハチのように溢れてきたのはメイト姿のアンドロイドだった。

 もう敵に不意打ち戦術はばれていると悟っているのだろう。複数体存在していることを隠すつもりもなさそうだ。たくさんいらっしゃる神様たちは、クレイドルのように凶悪な装備品の数々を使って攻撃準備を始めている。


「でもクレイドルには遠く及ばないよ」


 あの養育ドロイド兼ウォーマシンの強さに比べたら、こいつらの相手なんてどうってことはない。ただ、問題はどうやってあの群れを突っ切るか、だった。

 プレミアムにも装甲板は搭載されているが、装甲車であったスペシャルには遠く及ばない。

 ロケットランチャーの数発も受け取ったら爆散してしまうだろう。そこへ声を脳裏に直接響かせたのはお姫さんだった。


『シュノン、そのまま走ってくださいまし。ナビゲートしますわ』

「どうやっ……て!?」


 その疑問はフノスの言葉に対する問いかけではない。

 突然猛スピードで突っ込んできた強襲用ビークルに向かって放たれた疑問だった。


「な、何ッ!?」

「ごきげんよう、シュノン」

「お姫さん!?」


 ひょっこりと上部ハッチから顔を覗かせたのは、純白のドレスを着込んだオレンジ色の髪を持つお姫様。

 結局戦闘衣装など整えずにフノスは戦場に現れていた。これがわたくしの正装です、と胸を張って。

 ったく、どいつもこいつもTPOって奴を忘却している。私のこの灰の外套が完璧でパーフェクトだってのに、片やメイド服、片やお姫様ドレスだ。

 しかし間違いなく乗り物のチョイスはお姫様の方が正しかった。タイヤが八本もあるそれは大口径の砲身が目玉の戦車だ。機動力と防御力、攻撃力とオールマイティなチャリオットとでも呼ぶべきか。


「これであなたを守りますわ。今度はわたくしたちが恩返しする番です」

「わたくしたち?」

「私もいるわよ」


 と今度は窓からアルテミスが姿を現した。赤い狩猟服を着込み、弓を装備している。爆発矢を装填するこれまた前衛的な代物だ。


「ホープには借りがあるわ。……あなたにもね」

「で、でもそしたらお空は……」

『私が支援します。前回は活躍できなかったので』


 そう通信を送ってくるのは上空で飛行中の黄色い戦闘機だ。レンが搭乗している宇宙戦闘機は大気圏飛行モードで、未だ残っていた敵航空戦力と交戦準備に入った。

 その視線を遮るようにブリュンヒルドが視界に入る。フル装備だった。


「私もあなたを助けます。不本意ですがね」

「ブリュンヒルドまで……。ってか、そうか、みんな来てるのか」


 みんなの希望が掛かっているのだ。全力を出すに決まっている。

 スレイプニールにはウィッチとメカコッコ、リンが乗船し戦況を見守っている。

 グルファクシにはクォレンが自軍の指揮を執っている。

 背後では頼もしい馬のひづめの音と共にヌァザが手を掲げていた。

 チュートンはジェットパックで飛行中。ネコキングもミャッハーたちと共にバイクに跨っている。

 そのすぐ後を追いかけるように、ゴールデンホーク号が前進していた。ジェームズが戦いの時を今かと待ち構えている。

 もちろん、治安維持軍の仲間たちも奮い立つ勢いだ。これなら勝てる。

 いや、勝つ。


「んじゃ、行こうか。みんな」


 シュノンはアクセルを強く踏む。盾となるようにチャリオットがその先を走った。



 ※※※



「来たな、共和国の残党よ」

「如何しますか」


 アレスはマスターの指示を仰いだ。単純な戦力計算では、実力は五分五分と言ったところである。否、先程の戦いでこちらはかなり消耗している。状況を鑑みれば、先方の方が有利であろう。

 しかしゼウスは全てが予定調和とでも言わんばかりの様子だった。身を隠す外套から覗く顔は凍てつく笑みを浮かべている。


「本命は直にこちらへ来る。覚醒させてからでも遅くはない」

「では、支度を」

「行け、アレス。我が娘を目覚めさせよ」

「はい、マスター」


 アレスは何もない部屋を後にして、かつての従者であるアンドロイドが寝かされている台座へと向かう。ホープの義体にはコントロールデバイスが装着されていた。拘束着とでも言うべき身体と心を封じる牢獄が。


「目覚めよ、ホープ」


 起動プロセスを実行。ホープが虚ろな双眸を光らせた。



 ※※※



「一気に押し通ります。アルテミス!」

「わかった。ブリュンヒルド!」


 目の前でフノスとアルテミス、ブリュンヒルドが連携を取り始める。

 フノスはハッチから危険にも関わらず身を乗り出して、砲身の制御を開始した。

 ブリュンヒルドはサブマシンガンを構えて左部へ。アルテミスは弓を構えて右側の窓から射的体勢を取った。


「どうするつもり?」


 後ろでプレミアムを運転するシュノンが呟いた瞬間、返答代わりの猛攻撃が敵軍に穴を開ける。フノスが前方、アルテミスが右方、ブリュンヒルドが左方に狙いをつけて、それぞれの武装を撃ちまくったのだ。

 がむしゃらに、ではない。精確な狙い、意図した射撃で、ヘスティアの群れを次々と爆散させている。これぞ黄金の種族と銀の種族、パートナーと心を通わせたアンドロイドが織り成す三位一体攻撃だった。


「これなら!」


 とシュノンが歓喜したのも束の間、アルテミスが苦言を呈す。


「そう簡単には行かせてくれそうにないわね」


 瞬間、強烈な光がチャリオットに狙いをつけて、フノスがドライバーに回避指示を出した。

 あらぬ方向へ車体が向いて、プレミアムと別れる。


「今の何!?」

「携行式レーザーランチャー。アプロディアね」

「あのくそ女!」


 前衛であるチャリオットが退いたため、シュノンも左へ方向転換する他ない。あの閃光射出機は治安維持軍が特別改造を施した装甲車でさえ回避せざるを得ないとんでもだ。プレミアムの装甲ではとてもじゃないが耐えきれない。


「ヘスティア! 邪魔!」

「邪魔なのはあなたなのですよ、暴徒」

「私は暴徒じゃない!」


 周囲を取り囲もうとするヘスティアへ、シュノンはリボルバーを使って迎撃する。だが、支援をしようと四苦八苦するフノスたちは、アプロディアに動きを縫われていた。まっずい、そう焦ったシュノンの元へ散弾が迸る。

 馬のいななきと共に。


「待たせたか?」

「ヌァザ! 遅いよ!」

「ミャーたちもいるにゃ!」

「我輩もな」

「ミャッハー、ネコキング!」


 装甲車より身軽なバイクに乗るネコキングとミャッハーたち。

 そしてホースドロイドを駆るヌァザが助太刀に参じていた。

 彼らはいくら高性能の射撃性能を持つランチャーとてまともに狙いを付けられない軽快な動きをする乗り物に搭乗しているため、アプロディアの攻撃は命中する気配がない。

 ゆえに彼らは狙撃の心配をすることなく、ヘスティアたちをめいめいの武器で撃破していく。ヌァザは水平二連、ミャッハーは散弾銃、ネコキングは剣だ。


「こいつらには辛酸を舐めさせられた。危うく身体の半分をサイボーグ化するはめになったんでな」

「そっちの方が強そうで良かったじゃん、ヌァザ」

「勘弁してくれ。俺は自分の身体が気に入ってる」


 ヌァザは片手で水平二連をリロードするという特殊技巧を見せながら、ヘスティアたちを血祭り成らぬ循環液祭りに仕上げていく。

 と、ミャッハーたちが声を掛けてきた。いつものにゃはにゃはした感覚で。


「前回と今回で、お助け料は二倍にゃ!」

「エナジー缶の量も二倍! ミャーたちの笑顔も二倍にゃ!」

「人助けは最高にゃ! エナジーゲットはもっとグレイトにゃ!」

「払わないよ、ふざけんなって。全く」


 にやり、と笑って、シュノンは彼女たちの突撃を見守る。何だかんだ彼女たちには借りがある。カエル焼きぐらいは奢ってやってもいい。


「君たちのおかげで我輩はこの世の宝と巡り合うことができた」

「宝? ……もしかしてミャッハーのこと?」

「作用。あの娘たちは至宝だ」

「……ど、どういたしまして」


 やれやれ。これだから男って奴は。シュノンは呆れた。

 威厳のあるようなないような、複雑な外見を持つ猫の王は、すっかり年若いネコのコスプレをした少女たちにデレデレとなっている。

 よいのか悪いのか。いや全くどうぞご勝手にって感じだが、そんな彼も自分を援護してくれているので、しっかりと感謝の念は抱いている。


「我輩たちが同胞へ道を切り開こう。行くぞ、我が配下たちよ!」


 ネコの雄たけびらしき何かを上げて、ネコミュータントの軍勢がヘスティアたちに突撃し出した。中世の戦争のようにきんこんかんこん鋼と鋼のぶつかる音が鳴り響いて、戦場は乱戦状態となりつつある。

 今なら行ける。そう踏んだシュノンは気持ちと動作を一体化させてアクセルを踏み込むが、


「嘘っ!? またくそったれ!」


 ヘスティアとネコミュータントを薙ぎ払いながら巨大なイノシシが駆けていていた。まさに猪突猛進の勢いである。その周辺には様々な動物と掛け合わせたであろうサーヴァントたちが現れていた。


「身も心もゼウスに捧げてるの!? 冗談でしょ!!」


 しかし彼らは冗談みたいな忠誠心で、自爆すら厭わない。大中小様々なスケールの変異体ミュータントの大集結は、さながらパニック映画のようだ。

 しかも厄介なことに彼らは一人一人が個性の塊で、特性を生かした独自の攻撃方法を駆使している。何度も突撃を繰り返したり、研ぎ澄まされた爪で喉元を掻き切ったり、クモの糸で対象を絡め取ったり。

 しかし最悪だったのは、突撃が得意そうなイノシシがプレミアムに狙いを付けたことだ。どうにも突撃だのそういうのに好かれる傾向にあるらしい。


「うはー、もてる女は辛い……バカヤロー!!」


 しかし罵詈雑言を加えても、ありがたいことにイノシシは止まらない。素晴らしいサービス精神。気丈な精神力とおバカさんみたいな速度で彼はシュノンとプレミアムをもてなしてくれる。嬉しすぎて涙が出そうだ。

 気が利くことに、奴の図体ではリボルバーは効果がない。通常のイノシシの五倍はデカいのだ。今すぐにでも捕まえて動物園にでも入れることができれば、きっと入園者数は爆増することだろう。動物園なんて今の世界には存在しないが。


「ちっ、追いつかれる! でもまだ切り札は使えない……!」


 切り札は最後まで取っておくもの。ここで無闇に使ったら、脱出する時にピンチに陥るかもしれない。

 シュノンの平常志向だった。これで今まで生き残ってきた。相棒が何と言おうとも、私の方がこの世界じゃ先輩なのだ。だから、頑固としても使わない。

 でもこのままじゃ潰される。だから、全力で叫んだ。


「誰か! 手を貸して!」

「撃てーっ!」


 号令と共にイノシシに砲弾が着弾。コミカルにイノシシが地面をバウンドし、ヘスティアとサーヴァントたちを巻き込んで横転した。

 サイドミラーで確認すると、まずドクロマークの帆が見えた。ジェームズの海賊船。ゴールデンホーク号。砂漠の海から荒れ果てた大地も航行できるようにカスタムが加えられた帆船が、加速に加速を重ねて直進していた。


『避けろ、シュノン! 総員衝撃に備えろ!』

「何する……ヤバッ!」


 シュノンはひたすらにトラックを走らせて、船の航路から脱する。

 刹那、凄まじい轟音が鳴り響いた。敵を磨り潰しながら進行したゴールデンホーク号は基地である山へと激突し、ぽっかりと穴を開けた。同時に船員が下船して、ヘスティアとサーヴァントと戦闘を始める。

 その中にはジェームズが混ざっていた。赤い海賊姿の金髪男は剣を掲げて叫んでいる。


「行くぞお前ら! 目につく敵は倒せ! 仲間を助けろ!」


 海賊たちの叫び声。共和国のミュータントがゼウス陣営のサーヴァントを討つ。

 部下の士気を高めたジェームズはシュノンに剣の先端を指して、船が開けた穴を指示した。


「行け、シュノン! 俺たちのオアシスを助けたように、ホープを救ってやれ!」

「あいさー、船長!」

「頑張ってねー、お姉ちゃん!」「行け行けお姉ちゃん!」


 アンとメアリーの二人組が船上から爆弾を投げながら勇気をくれた。いいねぇ、少女たち。俄然頑張る気になっちゃうぜ。シュノンのテンションは最高潮。

 そしてそれに水を差そうとする輩を、友軍たちが妨害してくれる。


『邪魔はさせません。妹に頼まれましたから。航空戦力はお任せを』

「レン……リンめ。お節介なんだから」


 レンがプレミアムを爆撃しようとした戦闘機をエースらしい凄腕で撃墜した。


「彼女を守れと依頼を受けた。やらせはしない」

「チュートン」


 チュートンはプレミアムに狙いを付けようとしたアプロディアを銃撃で制した。おかげで隙が生まれる。基地内部へ侵入できる絶好の機会が。それを逃す理由はない。

 アクセルを踏んで、敵を跳ね飛ばしながらゴールデンホーク号が開けた穴へと突貫する。


「行けぇ!! プレミアム!!」


 今まで培ったトライビングテクニックを生かして、シュノンは基地内部へと侵入を果たした。



 右腰のホルスターにリボルバー。背中にライフル。両腕にはサブマシンガン。ポーチの中には例のピストル型デバイスが突っ込んである。

 現在のシュノンができる最大限の武装を装備して、シュノンはプレミアムから降り立った。

 強引に開けられた穴なので、警備兵の展開が遅い。それに加えて、援護するべく治安維持軍の兵士が駆けつけてくれた。

 そこへ現れる敵兵。ヘスティアではなくテスタメント。機械の兵士たちは完全には全滅していなかったらしい。


「まだゼウスに従うの? バッカみたい!」


 あの男は絶対に彼らのことなど気にかけていない。ただ駒として利用するだけだ。使い捨ての戦力。数合わせの死んでもどうでもいい兵隊たち。だが、彼らは抵抗を続ける。神と、いや悪魔と契約してしまった代償を払い続ける。


「テスタメントが来たぞ!」「応戦しろ!」

「治安維持軍だ!」「一人も生かすな!」


 兵士たちがレーザーで戦争を始める。シュノンもしばらく一緒になって射撃していたが、後からやってきたアバロに怒鳴られた。


「何してる! こっちは放っておけ! 俺たちの仕事を奪うな!」

「何それ、人が親切に……。でも、ありがとう」


 礼を言って交戦地帯から離れていく。少佐であるアバロは満足げに頷くと部隊の指揮を執った。

 内部の仕組みはウィッチがアップロードしてくれたマップデータのおかげで大方把握できている。それにシュノンは何となくホープの居場所について検討がついていた。

 前回彼女と別れた場所。離れ離れになった場所。そこにホープがいると確信していた。


(初めて会った時みたい。あの時も捕まったホープを助けてあげたっけ)


 これじゃあどっちがマスターでどっちがアンドロイドなのかわからない。

 ホープとシュノンはそういう関係だった。持ちつ持たれつ。上か下かではなく、右か左かでしかなかった。

 でもその関係が私たちにとっての最善。もっとも適した形。

 だから、欠けたピースを取り返しに行く。


「おっと、敵さんのお出まし」


 シュノンは手ごろな物陰に隠れて、走ってくるテスタメントの一団をやり過ごす。指揮系統はずっと混乱しっぱなしだ。ゼウスもアレスも指揮を執っていないようだ。ヘスティアも独自に動き、アプロディアも味方そっちのけでチュートンと遊んでいるようにも見えた。


(また、誘い込まれているわけ? 何? 今度は私を闇落ちさせる気?)


 敵の度量の深さ、或いは能天気さ、もしくは優れた戦術眼にはうんざりする。これならクソ雑魚暴徒たちを蹴散らしていた方がまだマシだ。映画でなら対等な戦いやドキドキする展開は大好きだが、現実では全然求めていない。


「さっさと帰ろうっと」


 隠れ場所にした柱の陰からひょっこり顔を覗かせて、安全確認。

 前よし、後よし、準備よし。大胆にも躍り出て、通路を進んでいく。

 目的地には、特にトラブルなくたどり着くことができた。


「来たな」

「来たわよ、ヘラクレス」


 サブマシンガンを構える。決闘場にはアレスが立っていた。

 いや、それだけではない。別の人間も立っている。しかし全身が黒い。

 もしやゼウスかと考えて、シュノンは訝しむ。


「え――」


 そして、言葉を失った。その顔が、その人物こそが、探し求めていたアンドロイドだったから。


「――目標確認。排除行動を開始します」

「ホープ……」


 変わり果てた相棒の名前を口ずさむ。

 真っ白な義体は黒く染まり、アイカメラには鈍い輝きしか灯っていない。

 身体全体を覆うように装着された黒いスーツは、ぎこちない動作でホープを動かしている。


「ホープに何をしたの!」


 意外と身体が言うことを効いた。その勢いのまま、シュノンは詰問する。

 アレスは平然とした様子で応えた。何も感じていないのだ。かつての相棒の服従に。


「オリュンポス十二神として適切な処置を施した」

「何が適切な処置よ! こんなのホープじゃない!」

「そうとも、今の段階では感情優先機構が邪魔をして性能を十分に発揮できない。ゆえに」


 背後で自動扉が勢いよく閉じる。アレスはシュノンに指をさした。


「感情を、心を完全に殺す。そのための生贄がお前だ」

「――ッ」


 ホープの義体がゆらり、と揺れる。糸で操られた人形のようにぎこちない動作で、目を虚ろに見開いたホープが跳躍する。



 ※※※



『儀式が始まったようだな、友よ』

「はい。彼女はこれより洗礼を受けます」


 ホープがシュノンに殴り掛かり、シュノンはそれを紙一重に避ける。

 反撃をしていない。甘さが招いた行動だ。いずれそれは致命的な失敗となって、彼女の命を刈り取るだろう。そして、ホープは晴れて神々の一員となる。


『治安維持軍が躍進しておる。このままでは基地を奪われるな』

「私が対応しますか?」

『いや、よい。二号機を出撃させよう』

「では、マスターもこちらに?」

『娘の誕生の瞬間に立ち会うのは、至上の喜びであるぞ。ヘスティアにもリミッターを解除させる。瞬く間に連中は滅びるだろう』

「わかりました」


 ゼウスとの通信が終わる。目の前では追うホープと逃げるシュノンの一方的な戦いが繰り広げられている。それは外の舞台にも言えるのだ。愚鈍な奴らは勝った気でいるかもしれないが、マスターはここまで計算しておられる。わざと誘き出されたことに気付いてすらいない愚かな治安維持軍は、今日を最後に滅びるのだ。


「哀れな連中だ」

 

 ――私はそう思いません、ヘラクレス。


「何を言おうと無駄だ。お前たちは滅ぶのだ」


 現にホープはシュノンを圧倒している。反撃すらできないではないか。

 そう悦に浸っている時だった。シュノンが用途不明のデバイスを取り出したのは。



 ※※※



「くそっ。このままじゃ……」


 せっかくの銃もただの飾りになり果てていた。なぜか反応が遅いホープの攻撃をぎりぎりで避けている。これで五度目。しかし、体力がエナジー残量がある限り続くアンドロイドと生身の人間ではスタミナに絶対的差がある。

 いつまでもは続かない。反撃の糸口を作らなければ。


「いらないッ!」


 シュノンはサブマシンガンを投げ捨てた。ライフルも捨てたかったが、そこまでのポイ捨てを環境保全の考えを持つホープは許してくれない。どこで何を捨てたって誰も咎めるものはいないのに、このドロイドはごみを捨てるだけで怒るのだ。


「一度、やり返してやりたかったんだよ。日頃のうっ憤もかねてさぁ!」


 ぎゃふんと言わせるための道具をポーチから取り出す。デカいピストルのおもちゃに見えるデバイスを。


「なんだ、それは」


 アレスが反応を示した。まずい、と思う。もし看破されて破壊されれば、ホープの奪還が不可能になる。親切に敵に説明することなく、シュノンはデバイスを発射可能状態にした。カートリッジチップを銃の後部から差し込んで、ホープに向ける。

 が、やはりアレスは鋭い。ハッキングデバイスをホープに掲げた。


「やらせはせん」

「くッ!!」


 突然ホープの速度が上がる。放たれた拳が、シュノンを宙に舞わせた。

 かはっ、と地面に叩きつけられて息を漏らす。背中とおなかがくっついてしまったような感覚。だが、痛みにかまけている時間はない。落としたデバイスの銃把を握り直す。

 そして、蹴り飛ばそうとしたホープへ狙いを定めた。

 引き金を絞る。カチリ、という銃爪が動いた音。

 ――それ以外は何も起こらない。


「何で、何がッ! ぐ」


 不発だと気付いたのは、ホープの足が迫った瞬間だった。

 地面を転がる。一切の手加減のない打撃。背中に提げたライフルが暴れて、シュノンの身体をぼこぼこにぶった。コンクリートの硬さは、落下の衝撃を和らげてなどくれない。


「う、あ……」


 頭から何かが流れる。手で触れて、それが血だと知った。全身が痛い。きっとあちこち打撲しているのだろう。

 たった二発。何度も殴られたり、蹴られたりしたわけではない。これが人と、鉄の種族とアンドロイドの戦力差だった。


「どうして、撃てない……あっ」


 カートリッジを取り出して、原因を察する。チップが割れていた。だからあれほどウィッチが壊さないようにと念を押していたのだ。急場で拵えたセキュリティソフトは繊細だった。


「そんな……予備を」


 とポーチに手を突っ込んだシュノンの足をホープは掴んで持ち上げる。


「く……ダメ!」


 逆さになったせいで、重力に引かれて予備カートリッジが落ちていく。そこへ、ホープは足を上げた。小人を踏み潰す巨人のように。


「ダメ、止めて! それには、あなたの!!」

「…………」


 シュノンが必死に訴えるがホープは耳を貸さない。そもそも、人格が表出しているのかも怪しい。記憶が消されているかもしれなかった。


「あなたを救うカギなの! 止めて! ホープ!!」


 しかしホープは止まらない。

 振り上げた勢いで足を下す。メカコッコとウィッチが繋いだ希望が火花を散らして潰れた。


「あ、ああ……」


 逆さまの状態で、ホープは壊れたチップを見下ろす。

 希望が失われてしまった。ホープを救う手立てが消えた。

 そう絶望しかかったシュノンの目に、しずくが触れた。何かがこぼれている。それは踏み潰したチップへ降り注ぎ、床を濡らしていた。

 視線を上へ、ホープの顔へと戻す。――ホープが涙を流している。


「……そうだ」


 シュノンは抵抗して、ホープの身体を蹴り飛ばした。思いのほか簡単に拘束を逃れる。いや、その理由をシュノンは思い当たっている。


「私が泣いてどうすんだ」


 体勢を立て直すと、再び挿入口を開けた。左手で首元へと手を伸ばす。

 アクセサリーを千切って握りしめる。それはいつも身に着けていたお守り、クレイドルのチップだった。


「私なんかより、ずっと」


 あえて、駆ける。距離は取らない。取ったところで追いつかれるし、命中精度の低下にも繋がる。シュノンを占めた選択は、至近距離での射撃一択だった。


「ホープの方が苦しいんだから!」


 密着して、抵抗しないホープの胸元に向けて接射する。想いを声と、閃光に乗せて。


「お願い、クレイドル! ホープを助けて!」

「バカな……」


 瞠目するアレスの前で。

 デバイスから放たれた光が、ホープの中へと吸い込まれた。

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