堕ちた英雄
『嫌だ! ホープ! 返せ! 私の!』
『殺してやる! 離せ! 離して! ホープ!!』
「――シュノン!!」
覚醒プロセスが終了して再起動する――はずが、義体の自由が利かず、ホープは周囲のスキャニングを開始する。が、それすらも不能。命令系統にエラーが生じしている。そのため、古典的な方法を取った。
主に視界を凝らすという探知方法を。そして、自身の状況を把握する。
(拘束されている……そうでした、私は……)
アレスに腹部を貫かれて、シャットダウンした。それはつまり、敵の手中に落ちたことを意味する。
そして同時に……アレスの正体が、何者であったのかも。
「目覚めたようだな、H232。いや……ホープ」
「アレス……マスターヘラクレス……」
拘束台に寝かされるホープをアレスが見下ろしている。装着し直したマスクの内側から。
義体は修復されて、拘束具で台座に固定されていた。囚われたアンドロイドを、マスターが見る。本来ならその構図は有り得ないことだ。
しかし、現実に起きている。――愚かで鈍い私は、その可能性に蓋をしていた。
「失望したぞ、ホープ。あの時俺を殺せたはずだ」
「不必要な殺傷は、治安維持法に反します」
「嘘を吐くな。一度俺を殺そうとしたな」
マスターは全て見抜いていた。当然の帰結ではある。一度、心が通じ合っていたのだから。心理光を同調させていたのだから。
「……確かに、殺意に近しいものを抱きました。ですが」
「シュノンという小娘に諭されて中断した。愚かなことだ」
「そうでしょうか、マスター。以前のあなたなら……」
「以前? ふん、愚鈍な時の俺か。奴なら死んだ」
「嘘です、マスター。あなたは今も……」
「生きているのは生まれ変わった俺だ。弱く、愚かだったヘラクレスではない」
アレスはホープを直視して、ホープもまたアレスを見上げていた。
距離は手を伸ばせば触れられるほどに近いのに、どうしようもなく遠かった。埋まらない溝ができている。なぜなのか。その理由が知りたかった。
人物データベース内に記載されているマスターの情報では、裏切りなど有り得ない。彼は誰よりも共和国のためを思い、共和国のために死んでいったのだ。
人を守るために。それがもはや人を殺す機械となっているなど。
「記憶を失っているのではないですか。もしくは、洗脳されている」
「愚かな」
マスターはホープの推論を一蹴する。が、一部には同意した。
「確かに俺は一度、記憶を失った」
「で、でしたら!」
「その後、あの方が俺の記憶を蘇らせたのだ。一切手を付けずにな」
「本当に記憶が操作されていないとお思いですか」
「そうとも。全てを覚えている」
直後、アレスはヘラクレスとしての思い出を羅列し始めた。栄光あるプロメテウスエージェントとして戦った日々を。その中にはホープと二人だけで過ごした……二人だけしか知らない時間も含まれていた。
優しい時間が。ホープをホープと定義づける心の依り代が。
「マスター……あなたは、本当に……」
「未だ、現実を直視しようとしないとは。愚鈍だぞ、ホープ」
愕然とするホープに、アレスはハッキングデバイスを使ってホログラムを呼び出し、映像を見せつけた。
共和国が、地球が滅びる終末の映像。ホープがカプセルに閉じ込められた後、スリープしていた間に起きていた崩壊のビデオだった。
天が割れて、地が割ける。おびただしい数の人々が無残にも死んでいく。
文明が築き上げたあらゆる建築物が次々と壊れて、砕けた地面が建物ごと文明を呑み込んでいく。津波が起きて、ドロイドや生命体の分別もせずに海の底へと攫っていく。噴火は、有機物無機物の取捨選択をすることなく全てを溶かした。重力に引かれて墜ちたコロニーは、そこにあるものを全部潰して塵芥とした。
「……」
「まだ学ばぬか。愚かで鈍いままか? ホープ。だが、俺は学んだぞ」
「学ん、だ……?」
「学び、認め、気付いたのだ。自らの過ちに」
「過ち……」
その過ちが過去のヘラクレスそのものだ。ヘラクレスは自分を悪だと断罪し、戦争の神アレスへと成り代わった。
かつての力は恐らく失われているのだろう。黄金の種族だった頃と比べても、マスターの反応速度は低下している。それを経験と実力で補っているのだ。
そして、身に着けるガスマスクと装甲服は、ただの装備品ではない。身体中にできた無数の傷を覆い隠すためのものだ。もしかすると生命維持装置も含まれているのかもしれない。
それほどまでに変わってしまったのだ。あの後に。きっと、マスターはゼウスに敗北してしまった。
そして、アレスとなってしまった。使命も決意も、情熱も理想も捨てて。
「人を守るのがお前の使命だろう、ホープ」
「……っ」
アレスの口から使命が放たれる。その事実はホープの背中を冷却する。
正気を保てているのが不思議なくらいだった。感情アルゴリズムはなぜか驚くほど正常に動作中。普段なら、泣き出してもおかしくなさそうな状況なのに。
「しかし以前の俺のやり方は、間違っていた。この方法が最善だ」
「嘘です。あなたのそれは、人を殺すやり方……」
「人が増えすぎれば、文明は滅ぶ。惑星は汚染され、窒息するのだ」
「間引いている、とでも言うのですか、マスター! それはあなたがもっとも忌み嫌った方法です! オーディンは地球圏が汚れていると知ったからこそ、宇宙探査計画を――」
「そして、テラフォーミング可能な惑星を探索し、そこに移住する。運よく移住先が見つかればな」
「っ」
それは危惧されていた問題の一つだった。だからこそ計画は入念に練られていた。そしてその隙にゼウスが台頭し……共和国は滅んだ。それが正しいと、マスターは肯定しているのだ。
「理想では人は救えぬぞ、ホープ。お前のそれは見せかけの希望だ。曖昧な希望は、絶望の裏返しでしかない」
「そんな、ことは」
「お前ももう気付いているはずだ。パンドラのレプリカを見ただろう。……お前もマスターに創成された傀儡に過ぎぬのだ」
その言葉は感情アルゴリズムに著しいエラーを発生されるコードだった。優先されて出力される感情がホープの義体を蝕む。意に反した反応が義体中から発生する。冷却液放出、フェイスモーション変化、義体振動、処理液放出。
「違う……違います……」
「パンドラは無自覚だったようだが、インストールされていたあの方の意思を継承して行ったことだ。お前を感情優先型にしたのも、俺のアンドロイドとしたのも、全てゼウス様の采配だ」
「違う! 私は!」
私は、違う。そう外部言語では出力しているが、入力される内部言語では理解していた。
私は利用されていたのだ。共和国のリソースを確保するための箱として。
希望とは、共和国にとっての希望ではない。
ゼウスが世界を構築するための希望であり、オーディンにとっては絶望だった。
そして、治安維持軍最強とまで謳われたヘラクレスを配下に加えるための道具としても使役されていた。無意識のうちに。
「違う……私は、違う……」
「そうだ、お前は泣き虫だったな」
耐えきれず涙を流すホープに向かって、マスターは語り掛ける。
だがそこに、かつての優しさはない。漆黒の仮面があるだけだ。
昔なら、慰めるように頭を撫でてくれた。
しかし今は、左腕のハッキングデバイスを頭部パーツに掲げている。
「眠るがいい。そうして、学び、認めて、気付くのだ。俺のアンドロイドとなれ」
「違う……私は……ぁ」
ホープの意識は強制的に断裂した。
※※※
「眠ったか?」
「はい、マスター」
アレスの傍にやってきたゼウスは、彼と同じように眠るホープを眺めた。
それは好奇心のようなものが含まれた眼差しだ。マスターは時折このような一面を覗かせる。
「いささかパンドラはやり過ぎたようだ。H232の感情優先機構のプロテクトは我の想像を遥かに超えている。不明なプログラムもインストールされているようだ」
「彼女なりにあなた様のことを考えたのでしょう」
無意識下とは言え、確実にパンドラはゼウスの意識に呑まれていたはずだ。
ゆえに彼女の感情システムは堅牢となった。そうアレスは結論付けている。
ヘラクレスの頃であれば、別の理由だと考えたかもしれないが。
「ふむ、だとしてもそれは兵器としては足かせとなろう。そなたが忘却してしまっていた座標データの回収には成功したが、これほど有用な兵器を破壊するのは惜しい」
「如何いたしますか、マスター」
時を待てば、ホープも学ぶはずだ。それはマスターもわかっておられる。
しかしもっと単純で、速やかに片がつく方法がある。そうマスターは笑って告げた。
「少々反応と動作速度が低下するが、コントロールデバイスを用いるとしよう。そして、あのシュノンという娘を殺させるのだ。そうすれば、すぐに従順となるであろう」
「よろしいのですか、マスター。あの娘には才能が」
「そなたこそ、どうなのだ」
「私ですか」
意外な問いかけに、アレスは逡巡する。が、それも一瞬の間だった。
「もし命令を下されば今ここで、この娘を破壊することも可能です」
サーベルの柄へ手を置く。よろしい、とゼウスは満足げに呟いた。
「では、異論はないであろう。実験のようなものだ。全ては」
「了承しました、マスター」
ゼウスは部屋から出て行った。アレスは再び眠り姫へと目を落とす。
お世辞にも良い寝顔とは言えなかった。悪夢を見ているのだろう。顔は苦しげで、呻き声すら漏らしていた。
――やめて、その子は希望。お願いだから――。
「今更俺に何の言葉も届かんぞ、パンドラ」
アレスは背を向けて、ホープから離れる。立ち去り際に彼女の寝言が響いてきた。
「マスター、ダメです。あなたは……あなたは、偉大な人。あなたは、ヘラクレスです……」
「俺はアレスだ。ホープ」
アレスは準備を整えるべく、作業場へと足を運んだ。
※※※
「ああ、大変大変。興奮が収まらないわ。あははははっ!」
アプロディアはベッドの上で跳ねていた。乱れた服装のままで。
寝室には弾痕が残っている。レーザーで焼け焦げた、新鮮な跡が。
あの男と楽しんでできた傷だ。女と男が交わってできた傷。
「いい! いいよ、チュートン! 私の獲物はあなた! あなたにきーめたっ!」
羽毛でできた毛布は穴だらけで、中から大量の羽がこぼれて室内を舞っている。アプロディアは幻想的とも異常的とも取れる部屋の中で子どものようにはしゃいでいる。
友達ができたかのように、しかし、それよりももっと濃密でアダルトな関係だ。
チュートンはアプロディアと交戦し、途中で切り上げて撤退した。
戦術的判断による撤退。彼は見事にシュノンを救出し、基地内から脱出せしめた。
流石だ、と思う。すごいと感想を漏らす。
もし、シュノンをこの場に残していたらきっとお父様はH232に彼女を殺させていた。きっと、ぞくぞくしちゃうような残虐的な方法で。じっくりねっとり嬲って、たっぷりとした時間を掛けてシュノンとH232の精神を殺す。
だが、チュートンは希望のたすきを繋いだのだ。彼のおかげで治安維持軍は勝機を残せた。
それはつまり、彼が強く、賢く、アプロディアの相手として最適であることを示唆している。最高であり、素晴らしくあり、興奮が止まらない。
「はは、ははは! 早く来ないかな! きっともう来てるよね! あはははは!」
笑声が響く。漏れて溢れて止まらない。
※※※
「二十三、二十四、二十五、二十六」
カウントが続く。その声は、無数の群体の間を歩く少女から放たれている。
ヘスティアは同型体の中を歩き回りながら、個体の数を数えていた。
生存した個体ではなく、整列の中に生じた隙間を。
「意外と無事ですね。たった百二十六体しか撃破されていないなんて」
被害はテスタメントや砲台、ビークルに集中し、ヘスティアドロイドはそこまで損失を被らなかったようである。その結果は善くもあり悪くもある。そして人は、善くあらなければならない。
「困りましたね。どうしましょう」
しかし相談相手であるアプロディアは狂乱して、相手が現れる時を待っている。きっと彼女はもう善くない。悪くなってしまうのだろう。
オリュンポス十二神は皆善いが、必ず悪くなってしまうジレンマを抱えている。
「みなさん、死んでしまうのです。それはとても悪いこと」
死ぬということはお父様に奉仕できなくなることを意味する。それは悪いことだ。
だから、死んではいけない。存分に生き、最後の一滴まで役目を果たす。人間とは、神に奉仕するものだ。そして神は、最高神に仕える。
それが善い社会の形だ。個人に意思はなく、全て最高神の御心のままに。
「H232、あなたも仕えるべきです。神として。神の娘なのですから。……忙しくなりますね、家族が増えると。お世話が大変です。うふふふ」
ヘスティアは本来の任務である家事を行うために歩き出した。健やかに、不気味に、笑いながら。
※※※
『来ると予期していたぞ、ヘラクレス。――我の元に、必ず来ると』
『ああ、構わぬとも。全てを無に帰し、新たな世界を構築するのだ』
『どうやら天は我に味方をしたようだな。よもや、崩壊した建物の一部が……。二人がかりならばどうであったがわからぬが、そなたの負けだ』
『学び、認め、気付くのだ、ヘラクレス。いや、アレスよ。今日からそなたは戦神だ』
アレスは星空を眺めていた。否、見ているのは懐かしき記憶だ。
ホープをカプセルに閉じ込めた後、ヘラクレスは単独でゼウスを討伐しに向かった。
善戦したが、後一歩及ばなかった。例え偶発的な事象だったとしても、敗北は敗北だ。仮にあの落盤がなかったとしても、勝利できたかはわからない。
だから、認めた。そして、気付いた。
崩壊した世界を見て学び、自らの愚かさを自覚し、ゼウスの配下となることを決めたのだ。
その意味では記憶の喪失は有利に働いた。白紙の状態で、先入観を持たない身で正しさを見極めることができたのだ。
もし記憶を保持していたら、またくだらぬことを考えていたに違いない。人に個性も、信念も、理想も、愛もいらぬ。感情は捨て、歯車として生きるべきなのだ。
「…………」
風の音と鼓動の音、呼吸音だけが奏でられている。
あらゆる記憶がアレスの中を吹き抜けた。そのほとんどがヘラクレスとしてのものだ。過去の甘い自分。愚鈍な自分が、憎かった。
そしてそれを正しいと妄信するホープが。かつての過ちを再現しようとする箱が。
「お前は希望などではない。絶望なのだ」
しかし過去の自分とパンドラは、ホープに希望を見出していた。
「調子はどうだ? パンドラ」
パンドラにあてがわれた研究室にて。ヘラクレスは新型のアンドロイドを開発中の彼女に問いかけた。
「今のところ大きな問題はありません。ですけど、自我の芽生えが遅くて」
「初めてのケースだ。感情を優先するアンドロイド」
「ドクタードヴェルグには賛同してもらえたんですけど、やっぱり反対する声も多くて」
「しかしオーディン様は気に入っておられた」
まさに理想の機械人間であると。これからはアンドロイドも自分で思考し、自立する時代だと。
だが、オーディンはロマンチストの気があった。現実的に考えれば、そううまくいくとは限らない。多大なリスクもある。彼女がちゃんとした感情を……心を形成できればいい。良心を持ち、他者を慈しみ、人を愛す。そんな素晴らしいアンドロイドになれば、誰もが不可能だと思ったことを成し遂げるに違いない。
だが、もし悪に染まれば、史上最悪の兵器とも成り得る。その危険性が残されている。
「大丈夫よ、大丈夫です。彼女には私の心を貸しています」
「君のパーソナルデータのコピーを作ると?」
「ちょっと違います。サンプル……お手本です。彼女の心は彼女のもの。私は彼女の義体を考案し、コアの設計にも携わった。でも、道しるべがないと大変でしょう? 一般的なアンドロイドはお手本、規範があるんです。命令という。でも、彼女はそれがない。だから、こういうものがあるって、こういう心があるって教えてあげるんです。それをよいと思えば、彼女はその通りに学習し、認識し、自覚する。自我が芽生える。それがダメだと感じれば、また違った人格が形成されるでしょう。それを危険、とみんなは言います。でも……」
「仮に道を踏み外したとしても、誰かが手を差し伸べてやればいい。それが僕たち共和国だ」
ヘラクレスは共和国の基本理念を口ずさんだ。すると、パンドラは嬉しそうに顔を綻ばせる。
「この子は希望なんです。共和国の希望! きっと宇宙に行っても、みんなを守り導いてくれるでしょう」
「見守るといい。彼女を」
「その時……その時は、あなたもいっしょですよ、ヘラクレス」
パンドラは顔を赤めながら言った。ヘラクレスは微笑して、再び中央にあるカプセルへ目を移す。
そこにはパンドラの身体をスキャニングし、カスタマイズを加えた義体が浮かんでいた。
形式番号H232。希望の名前を与えられたアンドロイドだ。
その数日後、パンドラには個人情報偽装の嫌疑が掛かった。
さらにその後、パンドラは事故に巻き込まれて死んだ、とされた。
――事故ではなく自殺だった。彼女は自分の正体に気付いて死を選んだのだ。
そのことに気付いたのは、世界が崩壊した後だった。
「マスターは俺に身寄りのないお前を救わせた。アレスが攫った女性。それがお前だった。なぜ死を選んだ。人を救うためか? 死ぬ必要はなかったはずだ。メンテナンス船の暴走はお前のせいではなかった。例えコロニーに激突する危険があったとしても、自爆する必要はなかったのだ。脱出すれば良かった」
回想を終えたアレスは、空間に向かって語り掛けていた。
いつにもまして饒舌なのは、ゼウスの野望が成就目前だからだろうか。
それとも、別の理由か。原因は不明だった。
「お前も気付くべきだったのだ。抗う意味はないと。なぜ抗って命を無駄にした」
答えはない。いや、あった。
既に胸の内にある。人を助けたいから。そういって彼女は自死した。
「愚鈍だ。愚鈍すぎるのだ、お前たちは。なぜ運命を受け入れない……」
その回答もない。いや、既に――。
※※※
「さってと……どうしよっかな」
双眼鏡で無縁高地を俯瞰しながら、シュノンは呟いた。
たった一度きりの縁だと思った山々に、再び舞い戻ることになった。絶縁するはずが友達を奪われてしまった。
とんでもなく、ふざけている。最悪の最悪だ。どうして偉人だったはずのヘラクレスが共和国を裏切っているのか。
今ならシグルズの気持ちが何となくわかる。躊躇うはずだ。
ヘラクレスはシグルズの友人でもあったのだ。偉大なプロメテウスエージェントのひとり。つまりゼウスはプロメテウスエージェントを二人もまんまと味方として使役したことになる。
そして、下手をすればそこに三人目が加算される。……ふざけている。
「理由はあったんだろうけど、でも……」
基地周辺の警備状況にズームしながら独りごちる。地上軍の攻撃とタロスの鉄拳、宇宙軍による波状攻撃によって砲台やビークルの残骸が未だ散らばっていた。
どうやらゼウスもシュノンと同じく掃除嫌いらしい。それは素晴らしく作用する。遮蔽物の多さはスニーキングに有利に働く。だが、問題は基地内部へ侵入するまでの移動手段だった。
「くそっ。プレミアムを置いて行けない……」
背後で停車する白色のテクニカルは脱出時に使う足だ。どう見繕っても最終的には基地から逃げ出すことになる。その時にプレミアムは必要不可欠だ。
敵のビークルを奪取する、という手もある。しかしそう上手くいくかは謎だった。なんかよくわからないロックを掛けられていたらそこで計画がおじゃんとなる。実際に逃走に使用するかはさておいて、確実性のある移動方法を確保しておきたい。
だが、そのためにはプレミアムを基地のぎりぎりまで接近させる必要があった。しかし、それではステルスはできない。あいにく様々な改造を加えたシュノン特性トラックは、エンジン音が喧しいのだ。
「しゃーないでしょ、それが私の趣味なんだから! ああもう、昔の私のバカ! くそったれぇ! つーかせめて他の車にすればよかったのに!」
しかし飛び出てきてしまったのだから仕方ない。何とかして、プレミアムで接近するほかない。
とても最高な気分だった。ああ、くそ、チクショウ。どうにかして光学迷彩でも装備できないか。他に優れた、賢い方法は存在していないか。
「映画だったら、こういう時は……」
――味方の総攻撃に合わせて、敵基地へ突貫する。
だが、連携のれの字も考えないでがむしゃらに向かって来てしまった。ウィッチは援護に向かう、と言ってくれたが到着予定時刻がわからない。
ホープの忠告が頭にぐさぐさと刺さる。先のことを考えるからこそ、使える物は全て使用して――。
「そうタイミングよく来るわけ……来る、わけ……?」
地響きの音で、双眼鏡を再度覗き込む。今度は反対側……後ろの方向だ。
そして、顔を輝かせる。地上部隊と戦艦が数隻。治安維持軍の全戦力が集結し、ゼウスの砦へと進行していた。
「嘘、みんな……! こんな偶然、マジ?」
『偶然ではありませんわ、シュノン。撤退していた時から、計画されていた作戦です』
フノスの声。そこにアルテミスの声も加わる。
『そもそもあの撤退は補給と態勢を立て直すためよ。いわば一時休戦って感じ? ぼけーっとしてたあなたはなんもわかってなかったみたいだけどね』
「ティラミス……!」
『今度はそのふざけたあだ名で呼んでくれるのね。ほんと、最悪』
「デレデレしちゃってからにー」
黄金と銀の種族と交信しながら、シュノンはプレミアムの運転席に乗り込むと、イヤーモニターを右耳に着けた。メカコッコとウィッチによる作戦概要が流れてくる。
『シュノン、君は我々が敵の注意を引き付けてる間に敵基地に侵入し、ホープを奪還するんだ。そのためのピストルデバイスをウィッチから受け取ったね』
「ええ、ちゃんとある。壊れてもないよ」
『それは君用に調整してある。試射せずとも既存の武器のように扱えるはずだ』
「手にはしっくり来てるから、大丈夫」
高台からゆっくりとプレミアムを下らせ、無縁高地へ走らせていく。いつも通りだった。横にホープもクレイドルもいない。それでも、シュノンの調子は最高潮だった。
『あたしたちは全力でシュノンちゃんを支援する。正直な話、この作戦の成否はシュノンちゃんの肩にかかってるんだ』
「任せなって。私は最強のスカベンジャーよ」
『その意気だ、シュノン。クレイドルは君に才能を見出していた』
「突然何の話?」
古い付き合いであるメカコッコのしんみりした口調に、シュノンは聞き返す。手はハンドル操作に集中し、視覚は障害物の探知に務め、耳は異常音の察知に研ぎ澄まされている。
残り物の頭と心で彼の言葉を聞いていた。かつての相棒の話を。
『君はゴミを拾って集めるスカベンジャーだ。……使い物にならないと思われるゴミを回収し、実用的な道具へと変換する仕事だ。だから君は、ゴミを宝にできると……いつか悪い世界も、善い世界へと変えることができると彼女は期待していた』
目を見開いて、ハッとする。そして、口元に笑みを浮かべた。
「とーぜん! そう、私はスカベンジャーであると同時にトレジャーハンターでもあるの! ホープってゴミも拾って、ぴっかぴかのお宝に変えてやるんだから!」
『そうだ、シュノンちゃん。あんたは、あたしたちは、ホープがあたしを救ってくれた時と同じように、ホープを救うんだ。誰が何と言おうと関係ない。あんたたちはいろんな人々の意思を継承している。ヘラクレスとパンドラの分もね』
「うん、わかってる。……超特急でレッツラゴー!」
左手でクレイドルのチップに触れる。そしてすぐにその手を放して、ギアへと手を置いた。
プレミアムが加速し、全速力でホープの救出へ向かっていく。
――待ってな相棒。今、私が助けに行くから。
ちょっと時間かかるかもしれないけど、待っていて。絶対に助けるから。