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機械少女の継承 アンドロイドとスカベンジャーと  作者: 白銀悠一
第九章 再会

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離別

「特性に気付かなければ危うかった……」


 ヘスティアの義体をスキャンしながらブリュンヒルドは事実を述べる。特攻と、いやそれよりも性質の悪い戦術だ。

 ヘスティアは破壊されることを前提とした戦略を執っている。あえて敵に倒されて、油断したところを別の姉妹機が始末するのだ。もし同系統の特徴を持つエリニュスについてのデータがなければ、ブリュンヒルドも大ダメージを受けていたはずだ。ホープの情報が役に立った。……心外ではあるが。


(エリニュスはヘスティアの派生型。こちらがプロトタイプ、ですか。しかし何のために)


 何のために、わざわざこのような兵器を製造したのか。ヘスティアはお世辞にも神らしい戦闘力を備えているとは言えない。

 そもそも、今までの神々とてどこかしらに明確な弱点があった。アレスを除き、そもそも敵であるウィッチを再利用したアテナ、研究者として優れていたが戦士としては完璧ではなかったポセイドン、アンドロイドコンプレックスを発症していたアポロン、計略とは言え敵に寝返ったアルテミス、身体能力しか優れた特徴はなかったヘルメス、鉄の種族の延長線上でしかないアプロディア、そして、今斃れているヘスティア。


(まるで、失敗作のよう……まさか)


 もしやこれらは全てただの実験体だったのではないか? そんな疑問が出力される。

 メカコッコ……ドヴェルグ博士はオリュンポス十二神に不自然な特徴があると考えていた。どの神も特質が被っていない。どれも個性的である、と。

 単にバリエーションを増やすために様々なタイプの神を創成していたと誰もが考えていた。

 しかし、もし、これらが全て実験であり、本命を創作するための布石だとしたら?


「ウィッチ、聞こえますか? アルテミス、応答を!」


 しかしジャミングの嵐が吹き荒れて外部との連絡が取れない。珍しく焦った表情をみせたブリュンヒルドに、同じ顔をした神々が、それぞれの武器を片手に襲い掛かってくる。



 ※※※



「通信が繋がらない……。ま、今までが不自然だったと考えるべきか」

「どうするのよ」


 杖でタロスを操縦するウィッチに、アルテミスが不安そうな顔を覗かせる。ジャミング発生装置の特定をしたところで、どうせ秘匿されているのは最深部だ。見つけ出す前に決着がつくことは明らかだった。

 なので、原因の根本解決は行わない。代理案を使用するのみに留める。


「ちょいちょい、こっち来て」

「え? ……わかった」


 しぶしぶといった様子でアルテミスが機体をウィッチの横へつける。コックピットを開け、というウィッチのジェスチャーに彼女は従って開閉ボタンを押し、ウィッチは操縦席のふちに腰掛けた。


「ちょっと、機体が揺れる!」

「大丈夫だって。周辺にも大した敵はいないし。……通信は無理だけど、共感はできるかもしれない」

「……私を媒介にするっていうの? 無理よ、ジャミングは私にも影響を与えるわ」

「かもしれないけど、今のあたしにはこれがある」


 ウィッチはハットに触れた。キルケーが愛用していたのとそっくりなデザインにしたのは何も心情的な理由だけではない。


「その帽子が何?」

「簡単に言うと、通信可能領域が広がる。電波強度が上がるんだ」

「それってつまり……」

「そう、あんたがあたしを媒介にして、ブリュンヒルドと通信するんだ。内部の様子を知りたい。勝っているのか負けているのか。罠なのかそうでないか」

「……やってみる」


 少し前なら駄々をこねたかもしれないアルテミスも、今や従順だ。

 治安維持軍の仲間という自覚、ブリュンヒルドのマスターとしての責任感を果たすつもりでいるのだ。その姿は非常に頼もしい。アルテミスはウィッチの肩へと手を伸ばして、忌むべき能力と嫌っていた力を行使し始める。

 銀の種族の共感能力を使って、ウィッチの中にリンクを構築。さらにそこから、ウィッチがあらかじめ作成しておいたネットワークにアクセスする。

 電波障害が発生する基地内部へ、強引に接続する。そのために無人機も導入した。基地のぎりぎりまで八機のドローンたちが接近して、暗黒に光を差し込ませる。

 届かない手を握りしめる。燃え盛る炎の中で、キルケーの手を取れなかったあの時とは違う。


「繋がった!」


 歓喜の声と同時に、ノイズ交じりのブリュンヒルドの声が聞こえてきた。脳内再生されるその通信は自動的にスレイプニールへと送信される。


『……マスター、聞こえ……すか』

「聞こえる、ブリュンヒルド。そっちはどう? 簡潔に」

『ヘスティア……認。彼女……エリニュス……時存在』

『喪失情報の補完は並行して行っている。気兼ねなく続けたまえ』


 メカコッコの頼もしい声が割り込む。ブリュンヒルドは早口で必要事項の情報羅列を出力し続けた。


『問題……ティア……も、ロディアでも、……りません。ゼウス……真の目的は……』

「何? よく聞こえない……」

『大丈夫だ。こちらにはよく視えている。ゼウスの真の目的はオリュンポス十二神を実験台にして、自身を完全な状態に仕上げることだと彼女は言っている』

『シグルズが以前提唱していた仮設ですわね』


 フノスがブリュンヒルドのマスターの名前を口に出す。聡明な老剣士のビジョンが浮かんで消えた。


『その通りだ。今、彼女が送ってくれたデータをこちらで解析してみる。戦況を確認してくれ』


 メカコッコの解説を聞いて、アルテミスは強く念じる。言葉を混ぜ込んで。


「そっちはどう? 無事なの? みんなは平気?」

『無事……ヌァ……優勢……。問題は、ホー……シュノン……。連絡が……ない』

「アレスとたぶん接触したんだ。……大丈夫だとは思うけど」


 ウィッチの呟きにブリュンヒルドは反応を示す。珍しく焦っている。その気持ちは痛いほどわかった。もしアレスの位置が特定できるのなら、タロスによって鉄槌を下したい。だが、それが困難であることもよくわかっている。

 身に染みていた。共和国の時代から。彼とはまともに戦いたくないと、シグルズを除く全ての同僚が思っていたはずだ。彼は完璧だったのだから。


『急いで……希望……っ……喪失は……。彼女だけでは……』

「信じるんだよ、ブリュンヒルド。何もなければ大丈夫だ」

「シュノンたちなら大丈夫よ。今まで通りなら……」


 不安定だった通信が切断されて、ウィッチとアルテミスは束の間の安息を得る。だがそれはすぐに新たなる不安に塗り潰された。

 確率上、アクシデントが起こる可能性は限りなく低い。だが、治安維持軍は低確率をものともせず作戦を実行し、勝利を掴んできた。

 その運の良さは、悪い方向へ影響を与えてしまうかもしれない。

 有り得ないと思いながら、ウィッチは降下してくるクォレンたちの艦隊を見上げた。

 これで全戦力がゼウスを取り囲んだ。敵は四面楚歌と言っても過言ではない。

 なのになぜか、自分たちが囲まれているような気がしている。感情アルゴリズムの意図しない動作に辟易とした。



 ※※※



「――やぁッ!」


 右腕を横に薙ぐ。レーザーソードがサーベルと激突する。火花が散って、それは一種の美すら感じさせた。武器に魅力を感じる者は少なくない。戦場に魅入られる者も。人は人が作った全てのものに芸術を見出すことができる。

 不謹慎だろうと共感を得られぬだろうと、美しい物は美しいのだ。

 透明なキャンパスに赤と黒の閃光で作品を描く。戦争という名のアートを。

 ホープは優勢だった。アレスの剣戟を問題なく対処する。縦に斬られれば横に防ぎ、横に振られれば盾で防ぐ。

 しかしアレスも焦る様子は見られない。淡々とした命のやり取りが繰り広げられている。

 だが、義体は性能を最大限発揮していても、感情は振るっていなかった。


「見えるぞ、H232。お前は怒りを感じている」

「怒りなど――」

「憎しみを滾らせてもいるな。それがお前に強固な力を与えている」

「怒りも憎しみも、私の中にはありません! 私はあなたたちを必要だから排除するのです。そこに個人的な感情は一切――」

「怯えてもいるな。その恐怖を隠すためにお前は別の感情を動かしている」


 レーザーが煌く。アレスはホープの懐へ入り込むべく肉薄した。弧を描く漆黒の刀身。踏み込まれた一撃をホープは華麗に、完璧すぎる動作で避ける。

 その事実がホープをさらに追い詰めた。当たっていないのに確実に食らっている。見えない刃はホープに多大なダメージを与えた。表情がひきつる。


「違う、違います!」

「何が違うと言うのだ」

「ホープ、下がって!」


 シュノンの援護射撃。それをアレスは難なく切り落とした。円形状のフィールドは、まさに決闘場として相応しいバトルフィールドだった。何の遮蔽物のない場所でシュノンは躊躇いなく引き金を引き、アレスが左手でピストルを抜き取って応射する。

 それを割って入ったホープがパーソナルシールドで難なく防ぐ。なのに、息が荒れている。


「違う……違う!」


 ホープは誰でもない自分自身にずっと語り掛けていた。違うのだ。私は違う。

 しかし先程のデータは紛れもない証拠だった。治安維持軍が疑っていた疑惑の。

 有罪か無罪か、ではない。敵が関与していたという証拠。

 そしてそれはホープを崩すための決定的な物証となる。それを見て見ぬふりをしているが、心は正直だ。

 感情がホープから力を奪おうとする。それを避けるため、別の感情を湧き起こさせる。

 それは確かに怒りのようでいて、憎しみでもあり、恨みでもある。

 暗い感情だった。八つ当たりとでも言うべきか。

 しかし、それの何が問題なのだろう。彼は敵なのだ。

 善良な市民に危害を加える敵だ。平和を脅かす犯罪者だ。

 治安維持法ではやむなき場合であれば敵を殺してもよいと記されている。

 そして、このケースはやむなき場合だ。別に、殺してしまってもいいのだ。

 殺しても、構わないのだ。感情に身を委ねても。


「ホープ!!」

「……ッ」


 シュノンの言葉が暗い海へと落ちそうになった意識を引き上げる。ホープは左フックを打ち、アレスの拳銃を叩き落した。レーザーを一閃。アレスと鍔迫り合いとなる。


「今の状態では俺を倒すことなどできん。感情を利用しろ。お前は感情優先型だ」

「うるさいッ!!」


 右腕の出力を一瞬増加させて、アレスを後方によろめかせる。左手で腰に差してあるテンペストを抜き取り、がむしゃらにトリガーを引いた。アレスはステップを踏んで紙一重で避けると、跳躍して斬りを見舞ってくる。

 それをグラップリングフックを使って、天井に張り付くことで躱す。再び大口径レーザーピストルを乱射した。

 アレスはあえてそれを避けない。レーザーが漆黒の装甲を焦がす。


「意味はないぞ」

「くッ……あああッ!!」


 ――攻撃コマンド入力……レーザー発射。

 ――攻撃コマンド入力……レーザー発射。

 単純なプロセスを繰り返す。機械的に、動物的に。

 もはやそこまで浮き出てきている真実から目を逸らすために。



 ※※※



「どうしちゃったのホープ……」


 そのあまりに直情的な動きは、シュノンに援護する隙を与えなかった。というより、アレスはシュノンのことなど一ミリも気に留めていない。それは装甲服が生半可な攻撃では傷つかないという性能的理由ではなく、単に彼の強さがシュノンの知力を上回っているからだ。

 アレスはホープのめちゃくちゃな精度の射撃を防御も回避もせずに食らって、笑っている。そのように感じるのだ。あの黒いマスクの内側で、彼はホープをあざ笑っている。……いや、喜んでいる? 古いホームドラマで、親が初めて立ち上がった赤ん坊を愛でるように。


「ホープ、しっかりして!」

「あああああッ!!」


 ホープはグラップリングフックを解除して、アレスに飛び掛かった。それをアレスはホープの両腕を、それぞれの手で押さえることで防ぐ。ホープの表情は今までに見せたことのない……怒り狂ったそれだった。

 初めて見る、顔だ。他人を窘めるために、説教するために怒る顔ではなく。

 思いついたジョークを言って、苦笑交じりに注意する顔でもない。

 相手を本気で壊そうと……殺そうとする顔。ある意味、なじみ深い顔だ。

 崩壊世界、ホープと出会う前の話で。

 昔、自分も似たような顔をしたことがある。

 クレイドルが壊された時だ。でも、あの時は踏み留まった。

 だけど、ホープは壊れた歯車のように歯止めが効かなくなっている。


「ホープ!!」

「黙ってください、私は違う!」

「恐ろしいのだろう、無自覚な悪意が」


 レーザーが空を切る。アレスはそれをサーベルで防御。


「良かれと思って行った事象が全て裏目に出る現実が」

「黙れ!!」


 ホープはETCSを発動させた。切り札であるはずのシステムを。

 それはまさに考えなしの、冷静なホープならば有り得ない行動であった。

 ダメだよ、ホープ。落ち着かないと。

 その言葉は発されない。恐ろしい獣が神を喰らおうと暴走している。


「ああ、あああ!!」

「言語中枢にバグが発生したか? 感情優先機構も考えものだ」

「うああああああッ!!」

「っ、ホープ」


 震えた声を捻り出して、自分の身体ががくがくと震えていることに気付く。

 どうしようもなく怖かった。再現されるのはクレイドルを失った時だ。

 あの時の恐怖が、真っ白な感覚が、シュノンを襲い掛かる。

 白の後には黒が来るのだ。そして、それに塗り潰されたが最後、戻ってはこれなくなる。

 ホープはそこへ落ちようとしている。アレスを殺せば、残りはゼウスだ。きっと戦いには勝てるだろう。

 だが、ホープは死ぬ。精神的に。かつての相棒は、感情優先型アンドロイドは、どこかが抜けているけど、あったかい相棒はどこかへと行ってしまう。

 それは嫌だった。だから叫んだ。


「ホープ! 言うことを聞きなさい!!」

「しゅ、シュノン……」


 情けない声がホープから漏れる。酷い顔だ。泣きそうではないか。

 そうだった。彼女は泣き虫だった。世界が崩壊していたと知った時、彼女はめそめそと泣いていたのだ。

 ったく、やれやれ。仕方ないドロイドだ。シュノン様が命令してやらないと、まともに戦えもしないとは。


「そーよ、私はシュノン! 最高のスカベンジャーで、宇宙一のスナイパー! ドライバーでもあるのよ!」

「ふざけたことを」


 アレスは落としたピストルを拾って、シュノンに銃撃を加えてきた。シュノンはリボルバーを握りしめて、カバーする場所のない開けた空間を走って避ける。応戦しながら、戸惑ってどうすればいいかわからなくなっている、哀れな子猫ちゃんに言葉を掛ける。


「そして、あなたのパートナーであると同時にマスター! マスターとして命令する! あなたはここでこのくそ野郎とゼウスをぶっ飛ばして――ッ!」


 銃弾の狙いは非常に精確だ。シュノンが避けるのを見越して放たれている。銃弾が頬を掠めた。血がこぼれる。でも全然痛くない。それはアドレナリンが分泌されたからじゃない。

 もっと怖いもの、それを防ぐためならこんなもん屁でもない。

 リボルバーを連射する。アレスは剣で鉛弾を溶かした。


「私といっしょに帰って、祝勝会をしながらカエルを食べるのよ! さっさとやる!」

「世迷言を」


 アレスのピストルがシュノンの眉間を捉える。避けられない。戦士としての勘がそう告げる。

 だから、睨んでやった。思いっきり。このくそったれ。お前なんかにホープを渡すもんか。

 一瞬の後、弾丸が着弾する。

 カキン、という金属音と共に。


「カエルは遠慮しますよ、シュノン」

「ホープ……!」


 表情はげっそりとしているが、瞳には確固たる意志が宿っている。

 ホープはETCSを解いて、再びアレスと対峙した。

 壊れそうで、でも壊れない。屈強な心に従って。



 ※※※



(危なかった……ですが)


 背後で喜びの表情を浮かべるマスターを後ろ目で確認する。

 彼女のおかげで、感情に振る舞わされずに済んだ。いや、最初の気持ちが勝ったというべきか。出自などどうでもいい。未確定の情報に踊らされている猶予はない。

 ――私は、箱なのだ。希望の詰まった箱。もしかすると箱の中には絶望が詰まっていて、それが開いた時に放出してしまったのかもしれない。

 だが、だとしても。だからこそマスターの遺志を最後まで貫き通す。


「持ち直したのか」

「そうですね……」


 感心するアレスに応えながらホープはタクティカルレーザーデバイスをソードモードへと変更。それを見て、アレスは見知ったような口ぶりをする。


「お前はそのデバイスを主武装としている。様々な武装を用いても、起点となるのは右腕だ。それは……」


 ――敵に動きを読まれやすいことにもなる。だから、注意するんだ。自らの癖を利用するのも一つの手だ。自分にとって最善な戦闘方法は君自身が編み出すことになる。


「……ッ」


 現れた幻影を首を振って振り払う。その瞬間、アレスは幻を切り裂くようにして切迫。レーザーソードの斬撃を、ホープは巧みな足さばきで避ける。避けることが、できる。


 ――まずは僕の攻撃を避けられるようにするんだ。無理? 無理などないさ。限界は君自身が決めることだ。だから、君が無理だと思えばそこが限界となる。だけどね――。


「限界を超えろ、H232。負の情念こそがお前のリミッターを跳ねのける。今のままでは限界が見えているぞ。それでは俺はおろか、マスターを倒すことなどできん」

「何を……ッ」


 数度斬り合って、一歩下がる。踏み入ってきたアレスに、右足のチェーンソーを放つ。それをアレスは後退することによって避け、今度は逆にホープが距離を詰める。

 同じことの繰り返しだった。その度に何かが訴えかける。


 ――君は君が思っているよりも完璧だ。だが、完璧すぎると自身の欠点に気付けなくなるんだ。人間とは不完全の状態が完全な生き物だ。だから、時には自身を未完成と同等に振る舞う必要がある。学習のためにね。新たな知見を得るために、あえて弱くなることも必要だ。


「弱さを知ったはずだ、お前は。自らの無力さを噛みしめたはずだ。わかっただろう。かつての俺たちは過ちを犯した。その結果、世界が滅んだ。認めて、受け入れる時だ。あの方に仕えるのだ、H232」

「私は……」


 アレスの言葉には一定の理屈が存在している。真実を射抜いている。

 だがそれでも、この道を行くと決めたのだ。遥か千年前から。もしかすると、自分が起動する前から定められていたことかもしれない。

 パンドラの願いをその身に受けて、ヘラクレスの遺志を継承した。だから、もう迷いはない。

 それに……約束したのだ。どこか適当でトラブルメーカーで……友達であってマスターでもあるシュノンと。


「拒否、します!」

「愚か者め。どこまで愚鈍なのだ!!」


 アレスが初めてホープの前で感情を露わとした。剣筋がより暴力的なものとなる。我を忘れての暴虐ではなく、きちんと統制された剣技。それは初めて目にする太刀筋だった。流石に完全な回避はできない。ソードを使って受け流し、シールドを展開して防御する。

 アレスは初めて戦った時と同様に、ホープの右腕を切り落とそうとしてきた。それをホープは手を引くことで避ける。すぐさまの切り返しを、シールドで受け流そうとしたが完璧にはいかなかった。シールドが切断されて、無意味となったパーツをホープはパージする。

 左腕をスタンモードへ切り替えて、殴打。アレスは剣で斬り捨てようとして、ホープは右腕で受ける。ショックダメージがアレスの装甲を貫通。苦しそうな声音がマスクの内側から響いた。

 そこへ反撃となる蹴り。ホープはあえてそれをまともに受ける。ぐっ、という苦悶のボイスとフェイスモーション。だがそのダメージを耐えて、右腕をインプットされた通りに振るう。

 左腕の出力を抑えて、右腕に集中。ライトアームの速度と威力が大幅に増加して、アレスの剣より上回り始める。それを黙して見過ごす戦神ではない。


「無駄な足掻きだ!」


 アレスは左腕での突きを放つ。まともに力の籠っていない左腕でそれを受け、左肩に衝撃ダメージが収束。肩パーツが断裂した。


「無駄か、どうかは、私が決めます!」


 その繋がっているだけの左腕を無理やり振って、アレスの注意を削ぐ。アレスは反射的に左腕を叩き切った。そして、それを見越してホープは右足を蹴り上げる。

 ライトアームに備えようとしていたアレスの剣があらぬ向きを描く。その瞬間、ホープはエナジーチャージした右腕をアレスの顔に向かって突いた。


「やった……!?」


 アレスの黒色のマスクが破壊される。大気圏の突入すら耐えた特殊合金はレーザーの業火に晒されて焼き溶ける。砕け散った破片が床に散乱し、彼の本当の素顔が露わとなる。

 瞬間――時が止まった。或いは、始めからわかっていたことだった。

 しかし、やはり受け入れられない自分がいた。そのため、ホープに隙が生じる。

 その原因を、ホープは驚きの眼で呟いた。


「マス、ター……?」

「お前は、愚鈍だ」


 戦場では僅かな反応の遅延が致命的となる。

 反応が遅れた一瞬の隙をついて、アレスはレーザーサーベルをホープの腹部に突き刺した。

 大量のエラーがウインドウに表示される。連動して、シュノンの叫び声もホープのセンサーは捉えていた。

 しかし、義体は動かない。表情は驚愕に固定されて、変化することもままならない。

 傷だらけだった。マスターの顔は。火傷の痕跡も見られる。外見は大きく変わっていた。

 だが、真なる変化は見た目だけではない。その中身だ。有り得ない。

 でも、有り得た。その可能性に気付いた自分は、その事実を見て見ぬふりをした。

 今、その報いを受けている……のかもしれない。だが、そうだとしても、シュノンは、マスターは、関係ない。


「逃げてください、マスター」


 ホープは義体を貫かれながら、シュノンに向かって声を張り上げた。

 シュノンは叫んでいる。泣き喚いている。憤怒に駆られている。先程、自身を見失ってしまった自分のように。

 だが、それではいけない。怒りに、憎しみに呑み込まれてしまってはダメなのだ。何よりその感情は、シュノンにふさわしくない。あなたは本当に笑顔が素敵なのだから。


「逃げて……シュノン」


 ――自己診断結果申告。ダメージ蓄積量がセーフティレベルを超過。自己修復及び保全のためシステムをシャットダウンします。


「あなたは、逃げるべきです……愚鈍な、私と違って」


 ――強制終了開始。パーソナルデータの保護を実行します。一時的に主要機能を停止。予備システムの稼働を容認します。


 嫌だ! ホープ! 返せ! 私の!

 殺してやる! 離せ! 離して! ホープ!!

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