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ギガントマキア

 砲撃と銃撃、怒号と悲鳴が入り混じる。その戦場はまさに共和国崩壊の日の再現のように見えた。あの時も人々の叫び声が聞こえて、建物が次々と崩壊し、爆発音を聴覚がしきりなしに捉えていた。

 しかし、あの時と明確に違うのは、希望の戦いである、ということだ。

 以前は絶望的な戦いだった。何のために戦っているのかすらわからなくなるぐらいに。

 しかしそれでもマスターは折れなかった。

 なら、希望の戦いでその遺志を継承するアンドロイドが折れるはずもない。


「シュノン!」

「わぁーってる! 当たってもどうということはないしね!」


 枯れ果てた大地に着弾するレーザーを巧みなハンドル捌きで躱しながら、シュノンはスペシャルを敵基地へ直進させていた。彼女の狙いはホープの意図と同じだ。先陣を切って敵砲台を潰し、友軍の進路を確保する。

 だが、やはり単独では厳しい。敵は狙いに気付いていて、こちらに集中砲火を浴びせてくる。いくら装甲車とは言え無敵ではないのだ。撃たれ続ければいずれ破壊されてしまう。


「くッ……目ざとい、ですね」

「援護してよ!」

「しています、が」


 今までとは違う。圧倒的に。敵の狙いも火力も優れている。

 だが、従来と異なっているのは敵だけではない。空を切る音が後方から響いた。


「遅いですね、ホープ」

「ヒルドさん……!?」

『私もいるって』


 そう無線を飛ばすのは赤色の宇宙戦闘機スペースファイターに登場するアルテミスだ。ティラミス! と歓声を上げるシュノンに手を振った後、アルテミスは機体の速度を上昇させて、高機動ブースターで飛翔するブリュンヒルドもそれに合わせる。


「撹乱しますので、あなたたちは砲台を潰してください」

「わかりました」

「合点承知!」

『事故ったりしないでよ?』

「するわきゃーないってえの!」


 シュノンの返答にアルテミスは気心知れた笑みを浮かべて、ブリュンヒルドと敵砲の注意を惹き始めた。挑発的な旋回や飛行を続けて、敵弾を華麗に回避する。

 アイカメラのズームによって、敵砲身の大部分がアルテミスとブリュンヒルドに向いたことを確認し、ホープはシュノンにゴーサインを出した。呼応して、シュノンがスペシャルのアクセルを強く踏む。

 元々先行気味だったスペシャルがさらなる加速によって部隊から突出したのを見て、テスタメントのコマンダーがこちらへ砲撃を指示した。そこへブリュンヒルドがサブマシンガンを撃ち放つ。的確に指揮官を撃ち抜いたおかげで、敵の指揮系統に乱れが生じた。

 おかげで、敵の第一防衛線であると思しき荒れ果てた要塞へと急接近。直後、体制を立て直したのか、複数のレーザー砲とミサイル砲台、ガトリングキャノンの狙いがこちらに収束する。


「スピン、できますか?」

「は? え……いや、無茶だよそれは!」


 シュノンの戸惑う声。しかし彼女はスピンができないという意味で無茶という単語を放ったわけではない。スピンを行った結果に付随してホープが行うであろう行動のことを無茶と諭したのだ。しかし、問題はない。だからこそホープはもう一度頼み込む。信頼と親愛を込めて。


「大丈夫です、シュノン!」

「ええい、なるようになれ!」


 その掛け声を皮切りに、スペシャルの車体が回転する。三百六十度の事故と表現しても差し支えない物理運動を、シュノンは意図的に発生させる。ホープはその瞬間、義体をスペシャルの後方へと向け、全武装のセーフティを解除した。車体が回る……刹那、ターゲットロックし、一斉射撃を行う。

 全ての武装が唸り、レーザー砲弾とガトリング弾、ミサイルが敵の砲台群へと飛来した。直後に観測されたデータでは、敵砲台のほとんどが沈黙。これこそがリディルパックの本髄だった。多少狙いが甘くとも、標的をきちんと射抜ける凄まじい射撃性能。


「すご……さっすが私!」

「ええ、そうですね。二人の力です」


 シュノンのナルシスト気質は照れ隠しも混じっている、とホープはわかっているので、あえて異なった言葉を呟く。二人とも気持ちは同じなので、特に問題は起きない。

 シュノンは明後日の方向を向く車体を進行方向へと戻す。その間にホープとブリュンヒルド、アルテミスは残った敵に射撃を見舞い、反撃を行えないようにした。

 戦術データベースのリンクなどではない。もはや機械を頼らずとも可能な連携の賜物だ。


「んじゃ次へと」

「ええ、行きます……!」

『あまり無茶はしないでよ? 二人は要なんだから』

「オーライオーライ、ウィッチ。まぁそこで高みの見物してなって」


 警告をした先輩へと、ホープはフォーカスする。地上部隊の後方にはスレイプニールが低空飛行して浮かんでいる。グングニールを警戒しての低速飛行だ。

 とりあえず第一関門は突破した。次に破壊するべきはグングニールと、はるか上空で待機中の宇宙軍の障害となる高性能砲だ。


「次のターゲットは……」


 ホープは視線を凝らして、破壊対象を探す。ここまでは万事順調。

 問題はここからだ。朝日が昇ろうとしていた。



 ※※※



「かっ飛ばしてるな、あいつら」

「我々はここでのんびりしていてよいのか」

「流石にこの図体じゃいい的だ。いくら装甲が厚くてもな」


 ジェームズは双眼鏡から目を離して、隣に立つネコキングに言う。

 甲板を抜ける風は気持ちの良いものだ。しかし、自然の恵みに感謝する余裕はない。遥か先では戦闘が勃発し、ゴールデンホーク号は死地へと赴いている。風は荒地用に改良された帆船を目的地へと運ぶ担い手だが、それでも緊張感の方が上回っていた。

 これは自分の感情ではない。仲間のものだ。愉快な野郎たちがどこかで怖じている。オアシスを襲撃した敵の本体との戦闘なので、気持ちはわからなくもないが。


「だがな、気持ち悪いんだよ、おら」

「いてっ、何すんですか船長!」


 ジェームズは手近なクルー、ミノタウロスのケツを蹴っ飛ばした。こんな巨体がなよなよしているなど何の悪夢だ。前線では女子どもが戦っている。少なくとも、戦闘に志願した大の男がビビっていい局面ではない。


「お前らは肝が据わってる。そうだろ? くよくよしてる暇はないぞ!」

「そうだよー」

「子どもか?」


 同意の言葉に放たれる疑問。ジェームズは思わず頭を抱えそうになった。今度は非戦闘員が船内に紛れ込んでいる。あまりに多すぎた生体情報ノイズのせいで見逃してしまっていたらしい。

 はつらつとジェームズの意見に賛同したのは、アンだった。後ろにはメアリーまでついて来ている。確かに彼女は海賊として共にゴールデンホーク号の乗員だったが、それはあくまでオアシスを解放するまでの一時的なものだ。しかし彼女にとっては違ったらしい。

 アンは海賊衣装に身を包んで、情けなく委縮するミノタウロスのケツを小さい身体に蹴った。思いのほか強烈だったのだろう、ミノタウロスはジェームズに蹴られた時よりも大げさに痛がった。


「頑張ってよ、牛!」

「そーだそーだ、牛!」

「俺は牛だが、牛じゃねえよ……」

「問題はそこじゃない。何でついてきた」


 生真面目な大人のように説教しようとするが、既に答えは彼女たちの気持ちを読み取って知っている。わかるのにわからないふりをして問いかける。その姿を、事情を知るアンとメアリーはくすくすと笑った。だが、二人の少女は無知ならではの無邪気さではなく、既知であるからこその勇敢な目つきをしている。


「覚悟があるからだよ。私たちは海賊。だから、みんなと同じところに行く」

「そうそう、アンちゃんの言う通り」

「そうか、じゃあ、安全なところにいろ。……持ち場につけ」

「オッケージェームズ!」

「物分かりがいいジェームズ!」


 やり取りをあっさりと終えて、海賊少女たちが船内に入っていく。良いのか? とネコキングが不思議そうにするが、もはやそうするしかないのだ。

 引き返せないという事情もあるが、あの二人は何を言っても聞かないだろう。力づくで言うことを聞かせようとしても、悪知恵を働かして脱するのだ。ならば、最初から譲歩してコントロールした方がマシだ。


「子どもってのは恐ろしいからな。ガキだと思いきや、大人の片鱗をのぞかせる」

「経験談のようだな」

「俺が昔そうだったからな。自分のことを棚に上げて説教なんざできるか」


 単に大人としての役目を果たせばそれだけで済むことだ。つまりそれは、誰も死なせない完璧な船長として振る舞うこと。

 そしてそれを可能にするための力と仲間をジェームズは持っている。何ら不安はなかった。黄金の種族は不可能を可能にする。ジェームズは再び双眼鏡を覗き込んだ。


「敵部隊が来るな。そろそろ仕事にかかるとするか。臼砲、準備!」

「では、我輩も備えるとしよう。我が戦士たちよ、麗しき娘たちよ、我輩と共に続け!」


 ネコキングが格納庫へと降りていく。そこにいるミャッハーたちや部下たちと共に、バイクやスカイモービルで出撃するのだ。

 ジェームズはまだ出撃しない。今はまだ。もう少し耐えて、祖先が受けた雪辱を晴らす。共和国の再興の為に。



 ※※※



『敵反応多数。うじゃうじゃ来たねー』

「やっこさんたちちっと多すぎ! スピード落とすよ!」


 運転席のシュノンが叫んで、スペシャルのスピードが落ちる。レーザーの弾幕を避けるためハンドルを右に切り、側面へ向けてホープがキャノンとガトリングのトリガーを引く。

 前方に現れた敵は、ビークルと歩兵、戦闘機と飛行パックを装備したテスタメント、さらに現地の環境に合わせて調整されたサーヴァント――だけではなかった。


「……ッ!? 狙撃!!」


 スペシャルの回避方向へ放たれる精確な狙撃が、危うくホープのキャノンを破損させかけた。義体をずらして躱したホープは狙撃手へとズーム倍率を上昇する。レンズ内に移ったのは金髪の半裸の女性。戦場にあるまじきビキニ姿での参戦を果たしていたアプロディアだった。


『待ってたらどうせ会えないからねぇ。積極的にいかないと。私は肉食系女子なんだよね』

『アプロディア、来たわね』

『うふふ、アルテミスちゃん、おひさー』


 アプロディアとアルテミスの無線が通信ネットワークに乗せられる。彼女は敵に語り掛けていた。元より自己主張の激しいオリュンポス十二神の中でも彼女は際立っている。


「何あれ、舐めてんの!?」

『舐めたいのは私の方だよ、シュノンちゃんでいーい?』

「くそったれ!」


 シュノンが嫌悪感を丸出しにして叫んだ。そうする合間にも狙撃と、大量の敵による猛撃が続く。一時的にバックして、スペシャルは友軍の間へと収まった。スレイプニールとゴールデンホーク号による支援砲撃は続いているが、砲撃だけでは突破に時間がかかる。


「私たちに任せてもらいましょう」


 ブリュンヒルドが先行して、絨毯のように広がる敵軍へ掃射する。が、やはり効果的とは言い難い。テスタメントの軍勢は全身を続け、とうとう治安維持軍と睨み合える距離まで近づいた。ビークルから降車した兵士たちが中距離での射撃戦に興じる。


「一度降ります、シュノン!」

「了解!」


 シュノンに断りを入れて、ホープは背部のジェットパックを噴射させた。鈍重な動きで空へと舞って、敵集団をロックオンする。マルチロックオンシステムによって多数の敵へと照準が固定され、薙ぎ倒そうとファイアコマンドを送信しようとする。

 が、黙って見過ごすアプロディアではない。ふざけた格好ではあるが、彼女なりの狙撃戦仕様なのだ。狙撃に邪魔をされてホープは撃てない。その一瞬を衝いて、飛行型テスタメントが接近してくる。


「くッ……シュノン!」

「わかってる……このッ!」


 シュノンがスペシャルに搭載される機銃を撃ちまくる。が、アプロディアの狙いはホープだけではなく、シュノンは銃撃を避けるためまともに援護ができなかった。危機に気付いたアルテミスとブリュンヒルドが支援に戻ろうとするが、テスタメントたちが的確な妨害射撃を放つ。明らかに訓練された動きだった。今までのテスタメントとは違う。ヘルメスの言葉は真実だったのだ。

 だが、治安維持軍も負けてはいない。すぐに友軍のレーザーが飛行部隊に一閃した。


「無事か、アンドロイド」

「チュートン!」


 ホープと同じジェットパックを背負う傭兵が、援護に現れた。中世の騎士の格好をする彼は銃剣付きレーザーライフルを巧みに操って、飛行部隊を撃ち落していく。そして、空中機動する彼はアプロディアにも銃を放った。レーザーによるコミュニケーションを始める。


「俺があの女の相手をする。今のうちに雑兵を薙ぎ払え」

「はい……ッ!」


 チュートンに言われるが、地上部隊の猛攻が激しく発射タイミングが見極めきれない。苦心するホープへ響いたのは、またもやなじみ深い救済の奇声だった。


「ミャッハー! 元気かにゃ!?」

「ミャッハーたち! 援護お願い!」

「エナジー缶……」

「ざっけんな!」


 苛立つシュノンを見てミャッハーたちは気まぐれなネコのように笑って、バイクに跨ったままテスタメントたちを攻撃し始めた。敵の狙いが一時的にそれたので、ホープは一斉射撃を敢行。敵部隊の一部が機能不全に陥った。


「……もう一射」


 ホープは再度マルチロックオンをし、テスタメントと戦車に照準を合わせる。が、みゃはっ!? という呆けた声が聞こえて注意が逸れる。


「ミャッハー!? 危ない!!」


 シュノンの悲鳴。ミャッハーグループの一人が豚型のサーヴァントによる突撃を食らいそうになっていた。慌てて救出を試みるが、またもや仲間の声に制される。


「愛しき娘を血祭りにしようとする非道な行い、我輩の目が黒いうちは許さん!」


 そう雄弁に語ったネコキングが豚を一刀両断し、ミャッハーを救った。彼の部下であるネコミュータントも続々加勢し、彼女たちの安全は保障される。

 憂いなく発射コマンドを送信できた。ロックされた標的たちが次々と爆発していく。


「これで……活路が!」

「開け……た……?」


 スペシャルに着地し、モーゼの海割りのように開けた空間へと目を移したホープとシュノンは、さらなる開腹にコンバータを冷やす羽目となった。

 遥か先にある巨大な山の中腹が開き、何かが上昇している。それは初めてではないが、初見だった。かつて宇宙に退避した市民へと物資を送り届けるための運搬機は、悪意によって兵器として改造されたその姿を露わとする。

 グングニールが出現していた。天使のはずのシステムを悪魔によって不正改造されて。漆黒に染まった砲身はとても長い。その内部を通って、いかなる装甲も撃ち抜く電磁の弾は放たれるのだ。


「ッ、転回してください!」

「どこにさッ!」

「とりあえず右方に……なッ」


 しかし、恐怖と絶望はそれで終わりではなかった。センサーが、レーダーが、あらゆる計器が突然の反応に警告音を高鳴らせる。同時に、感情アルゴリズムも連動して、気体循環器が早鐘のように鳴り響いた。シュノンが息を呑む音が聞こえる。それは周囲に広がる味方部隊も同様だった。

 さらに山が割れる。今度は右側の山だ。比較的小ぶりの山はぱっくりと山頂から割け、巨人がその体躯を晒す。

 視覚情報を拡大したホープは、それの名称を読み解くことができた。呆然と、その名前を紡ぐ。


「タロス……まさか」

「何それ!?」

『データ自体は確認していたが、よもや完成させてるとは』


 メカコッコの驚きを混ぜた通信。シュノンがヒステリックに叫ぶ。


「聞いてませんよ私!」

「言ってませんでしたからね」


 と応じながらホープは戦術データベースによって共有されるそのスペックを眺める。レンズ内に浮かぶカタログに記されるのは、ウィッチが囚われていた時に回収したデータに含まれていたものだ。

 その時にタロスの開発計画は中止とされていたので、さして重要なデータだとは考えていなかった。これほど巨大な二足歩行兵器を完成されるのには莫大な時間とコストがかかる。深海基地の大量破壊兵器が嘘だったとしても、こちらの情報は信頼度が高いとして問題視されていなかったが……。


「青銅の巨人……恐らく無人型……」


 あれほどの巨体を人に操縦させるメリットはない。AI制御で十分稼働させることができる。つまりそれは明確な弱点が搭載されていることであり、逆に言えば内部に衝撃ダメージを与えるという有人機への攻略方法が使用不能であるということだ。

 コアは衝撃で揺らぐほど柔らかくできていない。装甲を撃ち抜いて制御コアを確実に停止させなければならない。


『もしくは、あたしがハッキングするか、だね』

「先輩!」

「そううまくいきますか、ウィッチ」

「ってドロイドたち! そっちだけじゃなくてあっちも!」


 とシュノンが危険を訴えた瞬間に、かつて目の当たりにした閃光が光り輝く。狙いは地上軍であり、一角にいた部隊が消滅した。文字通り残骸も残らない完璧な無だ。人の尊厳すら守らない史上最悪の殺しの術が目の前にある。ヘパイトスの遺産に守られて。

 青銅の種族は主にテスタメントを指す造語だが、巨人の独特の色合いから同系統の機体であることは明らかだ。

 タロスはテスタメントの巨大化版。ゆえに行動は単調で、隙は大いにある。行動ルーチンに目立った問題点は見られない。攻撃の回避は容易だ。

 だが、どうやってタロスをハッキングするか。そこが今は問題である。

 その解決方法を提示したのは、やはりウィッチだった。


『しゃーないか。あたしが出張るしかないねー』

「しかし、ウィッチ」

『しかしもおかしもないでしょ。ああいう奴は電子防護されてるだろうから、直接近づいてお邪魔するしかないぞ。まぁ無策ってわけでもないから安心しててよ』


 ウィッチの通信が切れる。しかし、不安に駆られる時間はない。既に死はそこに迫り、仲間の尊厳が踏みにじられようとしている。

 黙ってはいられなかった。ホープはシュノンへ叫ぶ。


「シュノン! 行きます!」

「行ってらっしゃい!」


 シュノンと一時的な別れの挨拶を交わして、ホープはジェットパックを吹かす。リディルは鈍重な装備のため身軽とはいかないが、その火力がゆえに注意を引くことは造作もなかった。

 レーザーキャノンをタロスに撃ちまくると、巨人は邪魔なハエを見つけたかのように接近してくる。タロスは蚊を叩き落とすように薙ぎ払い。その動きもゆったりしたものではあるが、カバーする範囲が広く回避はぎりぎりだった。


「くッ、まずい――」


 瞠目するホープの前でタロスの左腕が来襲する。虫を潰すような感覚で、虫を叩くよりも入念な動きを取る。リディルパックの重さでは回避困難。パージするか悩んだその瞬間、軽装であるブリュンヒルドがホープの義体を掴んで引き上げた。

 ブースターがリディルのジェットパックをアシストし、タロスの暴挙から避けさせる。


「ヒルドさん!」

「戦術的判断ですよ、ホープ」

「いいねー、いいねー。仲良きことはいいことかなー」

「先輩」「ウィッチ」


 悠々と笑いながらウィッチが飛行してくる。電子戦装備と彼女が言っていた通り、ウィッチはウィザード装備を装着していた。フライトパックを背中に背負い、右手にはコントロールデバイスである杖を所持。周辺には、アテナとしてゼウスに運用させられていた時に使用していたドローンが八機ほど空を舞っている。

 特徴的なのは、通信可能領域を拡張するハットだ。それはかつてキルケーが装備していた処理演算帽子を彷彿とさせるデザインだった。二人でよく魔女のようなコスプレをしていたことを記憶回路が再生。


「ほうきは流石に間に合わなかったから、こんなもんだなー」

「で、どうするのですか、ウィッチ」


 ブリュンヒルドはウィッチの衣装に言及することなく作戦を求める。変わらないなーとウィッチは苦笑しながらも空間にホロデータを投影した。


「ま、そう難しくはなくて、そう、変わらないものを使うだけ」

「変わらないもの、ですか先輩」

「そう、変わらない、不変的なもの。それはつまり、仲がいいことだよ」

「要領を得ないのは相変わらずですね」


 そう言って、ブリュンヒルドは露払いを行う。ちょっかいを掛けようとした敵を撃墜しながら、グングニールとタロスの動向に注目。ホープは焦燥しながらウィッチを見つめた。今はのんびり話し合っている場合ではない。そして、それを一番理解しているのが先輩のはずだ。


「そう、相変わらず。アンドロイドによるトリニティアタック。そして、今のおしゃべりタイムの間にあたしの準備は完了したよん。戦術データベースに順序を送ったから手筈通りにお願いね」

「先輩!」

「そう、あたしは先輩。頼りがいのあるお姉さんだぞ」


 ウィッチはウインクして、タロスへと急接近した。下手に距離を取るよりも近場の方が安全という判断からだ。それにホープは追従しながらガトリング。ブリュンヒルドもサブマシンガンを乱射した。

 どの攻撃もタロスに大きなダメージを与えることはできないが、それでも単純な思考ルーチンで動いていると思しきタロスの排除優先度を変更することはできた。

 これで友軍の脅威は一つ減った。しかし、最大の脅威はまだ健在だ。


『そろそろ俺の出番だろう。俺たちが入り口をこじ開ける』

「ヌァザですか、しかし」


 タロスの鈍く、しかし重い蹴りを紙一重で交わしながら応じる。そこへ声を沸き立たせたのは彼だけではなかった。


『グングニールが先に起動してしまった以上、我々も降下する。レースの始まりだな。狙いを分散し、一人ひとりのリスクを軽減する』


 クォレンの理に適った、しかし心が喚くような提唱。ホープはタロスに叩き潰されないよう巧みに避けながら必死に諭す。


「それは危険で――」

『危険だと思うなら、手早くその巨大兵器を倒し、グングニールを発射不能にしてくれると助かる。以上だ』

「先輩、ヒルドさん!」

「いちいち名前を呼ばれなくてもわかっています。ウィッチ、どうですか?」


 ブリュンヒルドは冷静にウィッチに訊ねる。無意味に飛行運動を続けているかのように見えた電脳の魔女は既に敵の弱点位置を特定していた。


「コアは胸だね。心臓部分」

「でしたらば!」


 レーザーキャノンを至近距離で撃ち放つ。が、当然、その分厚い装甲を射抜くことは敵わない。破壊失敗を間近で見て取ったウィッチはそうだよねー、と余裕のスタンスを崩さずに笑って、


「ちょっと無茶しちゃうか」

「無茶、とは? ああ、確かに無茶ですね」

「その作戦はリスクが……」

「伴うけど、クォレン大佐がリスクを軽減してくれた。命を張ってね。なら、あたしらだって多少は無茶をしないと。地上部隊だってほら、どうにかして基地に侵入しようと頑張ってる」


 眼下では名乗りを上げたヌァザがネコキングやミャッハーたちと共にゲートと思われる個所へ侵攻中だった。シュノンも迂回しながらそちらの位置へとテスタメントを跳ね飛ばして走行していく。

 チュートンはより困難な危機と対面しながらも、アプロディアとの狙撃戦を繰り広げていた。そして今、宇宙では友軍艦隊が降下シークエンスに入っている。狙い撃ちにされることも厭わずに。

 躊躇っている暇はない。ホープは即座に決断し、成功確率が低めの作戦に乗った。


「では、私は右で」

「私は左。いいでしょう」


 そういってホープとブリュンヒルドは左右に別れる。その間に、ウィッチは子機であるドローンを規則的な位置へと移動し始めた。

 敵に何らかの意図があると判断を下したタロスのAIが、まるでネコだましをするかのように胸部の中央に向かってドローンを整列展開するウィッチを潰そうとする。その前に、ホープはタロスの右腕にたどり着いて、両手で押し始めた。

 反対側ではブリュンヒルドが全く同じ行動を執っている。それがウィッチが提案した成功率が数パーセントのばくち作戦の第一段階。

 第二段階は着々と進んでいた。遥か後方ではスレイプニールがリンの制御のもと、指示された座標へと移動し始めている。


『本当にこの位置で合ってます?』

「合ってますわ、リン。わたくしと彼女たちを信じて」


 ウィッチたちが着々と準備を進める中、リディルのノズルが歪な音を発し始めた。重装備を運用するために搭載された補助ジェットは、加速こそ悪いが強大なパワーを秘めている。そんなジェットパックの推進力でさえ、タロスは上回っていた。このままではジェットパックが耐えきれずに暴発する。それはブリュンヒルドの高機動ブースターにも言えた。


「く、先輩……!」

「ウィッチ、もう持ちません……!」

「後ちょっとだけ……もうちょっとだけ、力を貸して」

「なら、ETCSを使います!」


 エナジーターボチャージャーシステムが、二体のアンドロイドを青い発光で包み込む。青く淡く輝くホープとブリュンヒルドは、二倍に膨れ上がった義体性能に物を言わせてタロスを押し返した。

 その瞬間、ウィッチが杖を振りかざす。全てのドローンが分解され、リング状に形成した。そのシステムの本質を、ホープは後ろ目で理解する。エナジーを一点へと凝縮するハイパーリングだ。さらに空間放出によって消失するエナジーも、そのリングは復活させる。


「王女殿下!」

『わかりました。主砲発射!』


 フノスのコールと共に苛烈なレーザーの流れ星が飛来する。真っ赤な極太レーザーはリングの間を通って無駄な口径を最適な状態へと組み替える。一本の線へと変化したエナジーレーザーは鋭さを増し、ダビデがゴリアテを射抜いたが如くタロスの心臓へと突き刺さる。

 巨人は銃で撃たれた人間のようにびくりと振動した。そして、急速にバランスを失い、後ろへと倒れようとする――のを、ウィッチが止める。


「さてはてー。敵の戦力を奪って使役するのがゼウスのやり方。なら、少しだけやり方をかじったあたしが、倍返ししてもなんも問題もないだろー?」


 ウィッチはにやりと笑って、杖で機能不全に陥ったはずのタロスをリモートコントロール。ラジコンを操作するように巨人を動かして、グングニールへと向き直らせる。


「さって、みんなお悩み中のグングニール攻略法だけどさ、あたし、天才だからもう簡単に思いついてんだよねー」


 グングニールの砲身はスレイプニールへと向いている。上空から迫るグルファクシ率いる宇宙艦隊と地上部隊のどちらを優先的に破壊するか迷っていたが、タロスを撃ち抜いたスレイプニールの方が脅威だと脅威度判定が更新されたのだろう。

 だが、そのプロセスにホープは疑問を感じる。今まではゼウスが操作してグングニールを発射していた。しかしこの反応パターンは、まるでタロスと同じAI制御のようではないか。


「んじゃ、撃たれる前に、打ってやるッ!」


 ウィッチが杖を振り下ろす。それに連動して、タロスは腕をグングニールに向けて振り下ろした。爆音が響き、勝利の槍が爆発する。

 治安維持軍の勝利を確信した歓声が、通信ネットワークを走り抜けた。

 ――不確定な予兆を残して。

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