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 手応えは確かにあった。煙幕のせいで視界は悪いが、敵に攻撃は直撃せしめた。

 四機の敵機の内、一機だけ反応速度が0.01秒遅れていた。黄色い機体は技量こそ高度な水準ではあるものの、僅かな連携速度の遅さから黄金の種族ではないと推測。

 そしてその予測は的中した。敵は見えぬ攻撃を避けられず、機体は中破したことだろう。複数体を相手取る時の基本戦術だ。弱い敵を狙う。

 そして、可能な限り殺すのではなく――。


「予定通りだ」


 煙が晴れた先に、破損した黄色い機体が浮かんでいた。右翼が破壊され左翼だけの状態だ。

 殺せるタイミングで殺さないのは、その方がやりやすいからだ。敵は甘い。瀕死の味方を見つけたら、どうにかして救い出そうとする。それが致命的な隙となる。

 アレスの計略通り、敵の動きが不規則的になる。が、一貫して黄色い機体を守ろうとする意図が見られた。次に狙うのは指揮官だ。オレンジ色の機体……そのパーソナルカラーから、搭乗者はフノス姫であることが窺える。その色は目印だ。敵にアピールして、少しでも狙いを自身に引き寄せるつもりだったのだろう。王族らしい高潔な振る舞いだ。だが、だからこそ弱点と隙を生む。


「撤退までの時間稼ぎを引き受けたようだが、数で押そうとしても無駄だ。何も成すことなく倒れるがいい」


 アレスは操縦桿を動かす。フノスへ向けてキャノンとミサイルを撃ち放った。



 ※※※



「ああああああッ!!」


 義体全体に電撃が奔り、他者に危険を知らせる悲鳴コードが強制的に発せられる。四方から放たれた雷は、ホープを絡み付くような人工的な動きをしていた。まさにゼウスの武装ケラウノスの特質だ。恐らく、同系統の技術を用いた兵器だろう。


「ぐ、ぐぅぅぅッ!!」


 この攻撃の恐ろしさは、義体の動きを鈍らせるところだ。防護膜を掻い潜って義体内部へと進入し、あらゆる回路をショートさせようとする。人間の言葉へ変換すると、神経を焼き切られるような感覚をホープは味わっていた。


「よもや俺が出ることもなく終わるか? 失策だったな、H232!」

「そ、んな……ことはぁ!!」


 ミョルニルパックに、まだ侵食を受けていない回線を用いてコマンド送信。大型ツインブースターがエナジーを放出して球状の防護フィールドを精製した。


「ふむ?」

「……はぁ、はぁ……」


 緑色のエナジー領域が雷撃を完全に遮断する。義体を雷の網から解放したホープは、改めて四体のエリニュスを観察する。

 今の攻撃は確かにミョルニルパックがなければ危うかった。防護フィールドがない状態であれを打破しようとすれば、大ダメージは必至だったと解析可能だ。

 しかし、だとしても……明らかな不具合、もしくは実行戦術の誤りがある。


(壊せたかもしれないタイミングで壊さなかった。時間稼ぎのつもりですか)


 自尊心の塊であるアポロンなら理解を示せる。彼なら、わざわざ敵を甚振る方法を選択したに違いない。

 だが、ヘルメスは彼と全く逆の性格であり、敵を倒すためならば何でも利用する抜け目ない男だ。人物データベースに記載される情報が間違いであるとは考えにくい。


「アレスの艦隊攻撃をトラブルなく行うため……では理由が薄い」

「ほう? では何だと思うのか?」


 ホープの推察した月面基地の自爆も可能性としては十分考えられる。いや、十中八九自爆コードが入力されているだろう。

 だが、それでもまだ弱い。別の意図が隠されていると、ホープの思考ルーチンと感情アルゴリズムは訴えた。


「まさか……私たちの避難先を!」

「よく気付いたな。だが、今からでは間に合わんぞ!」


 ヘルメスの高笑いはアポロンほどではないがホープの感情アルゴリズムを昂らせる。メカコッコはセキュリティに万全を期していた。市民や軍人に度重なるメンタルチェックを繰り返して、定期的にサイコメンテナンスを行っている。

 だが、その監視網を抜けた協力者が基地に潜んでいる。いくらワープドライブが使えるからと言っても、ここからでは間に合わない。

 となれば今自分のすべきことは、仲間の安全への危惧ではなく……。


「ロックオン……発射!」

「む?」


 雷撃の影響で命令系統に異常が出ているので、音声認識によるミサイル射撃を敢行。放たれたアンチレーザー爆雷が周囲に拡散し、付属効果によってあらゆるレーザー兵器と感知システムの効能を阻害する。


「目くらまし……ではない? エリニュス!」


 ヘルメスが叫んでいるが、エリニュスたちは混乱している。予想通りだった。

 敵は連携が上手過ぎる。どのエリニュスも一切のラグがないパーフェクトな連携攻撃を行っていた。黄金の種族なら可能ではあるが、彼女たちはアンドロイドであるため、独立したパーソナルデータで個々に思考し行動しているはず。いくら訓練を積んでいたとしても、ほんの僅かなズレが生じるのは当然であり、通常ならばその程度の誤差は失敗の内に含まれない。

 だが、そのズレが彼女たちの連携には見られない。それはつまり、戦術データベースのリンクで彼女たちが繋がっているのではなく、一つのパーソナルデータが全ての個体を統制しているという証拠だ。

 推察を証明するかの如く放ったアンチレーザー及びジャミングミサイルが、三体のエリニュスの動きを鈍化させた。


「――ッ!?」

「本体はあなたですね!」


 心を持つアンドロイドがゆえに、フェイスモーションが驚愕のカラーに染まる。他のアンドロイドはジャミングの影響下で通信が阻害されているため、ぎこちない表情となっていた。

 希薄だが、それでも唯一感情が豊かなエリニュスに向かって、ホープはタクティカルレーザーデバイスをソードモードに変更。迎撃として放たれた触手を切り裂きながら肉薄して、


「させんぞ!」

「出てきましたねッ!」


 防護フィールドを一時的に展開。自らが放ったアンチレーザー爆雷がフィールドの出力を不安定にし、周囲に衝撃波が放たれる。

 あえて制御を捨て、システムを暴走させるのも時には有用になる。マスターの教えの一つだ。


「こんな使い方を……!」


 姿を晒したヘルメスが、空中を舞いながら瞠目する。いくら神速の足を持つヘルメスとは言え、宙に浮かんでしまえば速度低下は免れない。そのタイミングを見計らって、ダブルライフルを構える。


「くッ……!」


 ヘルメスが応射。しかし、まだ残っていたアンチレーザーの幕がレーザーを掻き消す。

 その隙に、ホープはライフルのドッキングを終えた。最大出力をエリニュスへとお見舞いする。フルチャージ射撃ならば阻害効果を無効化するほどの威力を保持できる――。


「――――!!」


 声に鳴らない悲鳴音声が、エリニュスのスピーカーから漏れる。

 それは悲しみであると同時に、怒りを含んだ空気振動だった。聴覚センサーがその情報を検知し言語中枢が意味ある語句へと変換し、ホープも悲しげな声を出力する。


「ごめんなさい……」


 エリニュスは下半身を喪って倒れた。コアはまだ稼働しているが、戦闘に耐えられる精神状態ではない、と多次元共感機能が観測。ただでさえ半分壊れていたようなものだ。偽りの憎しみを植え付けられていたホープに一撃を貰って、最後の大切なパーツが折れた。


「……ヘルメス」


 ホープはヘルメスへアイカメラを動かす。ヘルメスは憎々しげな表情を浮かべながらも、どこか余裕があった。こちら側が不可能だった第二、第三の作戦をゼウスは同時進行できる。勝負には敗北しても、戦争には勝利できると確信した目つきだ。


「俺は負けるだろう……わかるぞ、H232」

「…………」

「また強くなった。いや、戻ったと言うべきか。成長を続けながら、再生もしている。エルピスコア……希望のコア、予兆のコア。無限の可能性を秘めたアンドロイド……しかし」


 ヘルメスはカドゥケウスの銃モードをホープへと突きつける。悟った眼差しで。


「お前がいくら抗おうと、ゼウス様には勝てんぞ! アレス殿にもな! お前とアレス殿は致命的に相性が悪い。どれだけ実力をつけようが、相性の悪さは埋められん!」

「どうでしょうか」


 謎であり、疑問でもあり、秘密でもあった。

 ホープがアレスに勝てるかはわからない。匹敵する性能にはなったと思っている。

 だが、勝負は時の運。数字では表せないのだ。量子コンピューターも、無限の可能性の前には太刀打ちできない。数多ある未来の、予兆の中では無力だ。

 しかし、それでも。わからないこそ、抗うのだ。


「無駄な足掻き。それがアレスの口癖でした。しかし、無駄かどうかは私が決めます。……自爆コードを止めてください。死ぬ必要はないでしょう」

「いや、あるとも。死してなお意思を貫く。わかるはずだ。俺とお前は決定的に立場も思想も違う。だが、わかるはずだ」


 確かにヘルメスの言う通り。ホープにはわかった。

 共感できるからこそ、ホープは武装を向ける。


「速度の有意性はもうありません。ミョルニルは高速移動用パック。仮に自爆したとしても、逃げ果せてしまうかもしれませんよ。いや……絶対にです」

「そのために俺はここでお前を止めるのだ、敵よ。倒れるがいいッ!!」


 ヘルメスが駆ける。羽付帽子が揺れる。

 ホープもツインブースターを唸らせてヘルメスに迫る。



 ※※※



「バランサーが……不調。制御が安定しない……か」


 荒い息を吐きながら、機体状態をチェック。アドレナリンの分泌のせいか痛みはほとんど感じないが、密閉窓に写る自分の顔は激痛が奔っていてもおかしくない状態だ。

 額が割れて血が出ている。バイザーもひびが入っていたため勝手に開いていた。

 生命維持装置は破損していないようだが、身体があまり言うことを効かない。


「みなさん……」


 眼前では、友軍機……フノス、ジェームズ、アルテミスが戦闘中。

 強敵であるアレスは四人を持ってしても苦戦したのだ。ただでさえ不利な状況下で、一人の欠員のみならずその護衛までしなくてはならない。このままでは、全員がアレスに殺されてしまうだろう。

 現状を鑑みても、自分が取るべき方法はたったひとつ。自爆して、足手まといにならないこと。

 ゆえに自由が効く右手を動かして、レンはセーフティを外していく。その拍子に、リンからの贈り物であるオモチャが手にぶつかって、間の抜けた音を鳴らした。


「……リン……」


 戦術的判断に付随して、家族の、妹の顔が思い浮かぶ。

 あの子は立派だった。無茶をして自分たちを守護した。

 なのに、あの子の姉である自分は自爆して、この苦難を終わらせようとしている。それは逃げではないか? 姉として、もっとふさわしい行動をするべきではないだろうか。


「仕方、ないわね……っ」


 レンは自爆ボタンから手を離した。代わりに操縦桿を握る。

 アレスは凄腕だ。戦術にも長け、単騎で艦隊を全滅させるほどの実力を兼ね備える。

 かつて、アレスに挑んだ先祖たちも返り討ちに遭い、彼一人に全滅させられたのだ。たったひとり地球へ不時着した、ジェームズの祖先を除いて。


「黄金の種族じゃない……私は。ただの人間。でも、それは……彼も同じ」


 かつては違かったかもしれないが、今の彼にそこまでの能力はない。

 むしろ、だからこそ脅威であり恐怖の対象と成り得るのだが、好都合でもある。いくら彼でも今にも爆発しそうな機体から攻撃を受けるとは思っていないはず。


「出力を調整……上手くやらないと自壊する」


 一挙一挙、声に出しながら確認する。何かをしゃべらなければ、意識を手放してしまいそうだった。妹の作ってくれたオモチャが、レンの意識を保っている。不可思議な音は、不思議なことに気力を与えてくれた。


「チャンスは一度……手動で……当てなきゃ」


 照準補正は効かない。敵に射程圏内に入ってもらう必要がある。

 本当ならば通信で連絡を取り合わなければならないが、そのような気力は残っていない。通信装置も送信機能が破壊され受信機能しか生きていない。

 だが、わざわざ連絡を取る必要はない。そんなものがなくても、黄金の種族は人の心の光を読み取れる。

 だからこそ、人類は。宇宙に進出しようとしてきたのだ。

 無限に広がる宇宙を知るために。人の可能性を試すために。


『逃げられはせんぞ』


 オレンジ色の機体が漆黒の戦闘機から逃れようとしている。

 が、レンにはその動きの意図を理解できた。アレスはどうだろうか。

 いや、油断している。そこへ赤い機体と銀色の機体が援護射撃を行った。

 アレスの戦闘機がレンの戦闘機に搭載されるキャノンの真正面に誘導される。


「喰らえ」


 レンは引き金を引いた。キャノンがアレス側へと放たれる。宇宙用に最適な調整のなされた光学兵器は、真っ直ぐに、神々しい輝きを纏いながら穿たれた。


『何?』


 アレスの驚く声。彼は機体をレーザーのもっとも受け流しやすい角度へと機体を変えて、攻撃を受け流す。彼は予想外の攻撃を余裕を持って対処した。反撃のために機体の向きをレンの方向へと変更する。

 だが、それでいい。レンは微笑する。既にモニター内のカウントは、終わりを告げようとしている。


「さよう、なら」


 そう呟いた瞬間に、レンの意識が手放される。その刹那、機体が光り輝いて、宇宙の端から消失した。



 ※※※



「くッ、逃げたのだな!」

「ええ……だから言いました!」


 ホープのレンズ内には、二つのカウントが表示されている。

 片方は予測される爆破リミット。もう片方は友軍が転移を終えるためのカウントダウン。

 片方がゼロとなり、片方はまだ動いている。スレイプニールもグルファクシも友軍艦隊も、月面基地≪ムーンベース≫の宙域から撤退していた。


「だが俺の狙いは貴様だぞッ!」

「知っています!」


 レーザーの応酬を繰り広げながら、無縁墓地の中を彷徨う。墓場の中で煌めく二つの閃光。赤と赤が煌めいて、壁や墓石に着弾していく。


「なぜあなたは自分の部下を見捨てるゼウスのために命を懸けるのですか」

「その価値があるからに決まっておろう! 愚か者がッ!」


 カドゥケウスがジャキン、という変形音と共に剣となって迸った。ホープはレーザーソードで対応し、鍔迫り合いとなる。左腕のライフルを撃とうとしてヘルメスが左手でその銃口を逸らし、天井が焼け焦げた。

 拮抗を打開するべく右足のチェーンソーを展開。薙ぎ払うように蹴り切ったが、ヘルメスは背後にステップを踏んで避ける。そこへライフルの連射。似たようにヘルメスはカドゥケウスをマシンガンモードへと切り替え。


(埒があきません。時間が経てば経つほどこちらが不利。でしたらば)


 ホープはリンクしてあるミョルニルパックにコードを送信。周囲に安全確保のためにフィールドを張って、その中で作業を開始する。背後のブースターをパージ。訝しむヘルメスの前で変形シークエンスを実行。

 大型ツインブースターが改変。下部から棒状の取っ手部分が露出し、ツインブースターが一つの大きな四角い箱となる。


「させんぞッ!」


 危険を感じたヘルメスが駆ける。驚異的な速度。しかしホープは無防備の姿を晒したまま、目を瞑る。

 背後のブースターが非を吹かし、ホープの前面へと移動。取っ手を掴んでホープが構えた瞬間に、ヘルメスが防護フィールドを突き破って切りかかった。

 瞬間、アイカメラを見開いて、一打。ミョルニルパックの真骨頂をヘルメスに向かって振りかざす。


「や――ッ!!」

「ぬぐッ!!」


 剣で防御したヘルメスが後方へと吹き飛び、壁へとめり込んだ。

 排熱機構が攻撃に転化した熱を放出し、再び閉じる。その様子を観察しながら、ホープは巨大なミョルニルハンマーを構え直した。

 ミョルニルパックの本質は、義体を高速移動可能にするブースターではない。そのブースターを武器へと可変させ、高速打撃を繰り返す――ミョルニルハンマー。


「最終勧告です。降伏を」


 最強の鎚を手にしたホープが、通告する。返答を知りながらも。

 ヘルメスは血反吐を吐きながらも、剣を構え直した。


「降伏はしない。終わらせてやろう」

「そうですね。終わりにしましょう」


 再びハンマーの加速装置を点火させ、ホープは身構える。鎚の後方が熱く燃えた。

 先に動いたのはヘルメスだった。剣を突きの体勢を維持して突撃する。

 そこへホープが迎え撃つ。もはや神の領域である速度で。

 決着は一瞬だった。雷撃を撃ち放ったような音が、半重力空間に拡散。肉と骨が潰れる音が鳴り響いて、ヘルメスの身体が遥か後ろへと吹き飛ばされた。


「……俺の負け、しかし、俺の勝ちだ……っぁぁ」


 ヘルメスは負け惜しみとも取れる発言をして、死亡。バイタルサインの反応消失を認識したホープは急いで端末へと駆ける。

 そして、予期していたタイムリミットと実際のリミットの乖離に目を見開いた。


「しまった……もう!!」


 そう叫んだ刹那、爆音が施設内から響き始める。



 ※※※



「ちっとやべー気がするんだけど……まだ?」


 出払っているパートナーへ想いを馳せて、シュノンは呟いた。

 既に友軍艦は転移を終えて、今は敵基地の真っただ中にいる。外に残った数量の敵を欺くべく光学迷彩で機体を隠しているが、いつまで秘匿できるかはわからない。かくれんぼだけでもやばいのに、基地は自爆し始めている。


「深海の時でも最悪だったのに、宇宙とか……無理だって!」


 後部座席に座りながら、シュノンは悲観的な独り言を放つ。海の中ならば、間違いなく上と下があって、空気をたくさん吸い放題な地上があった。しかし、宇宙は違う。空気は吸えないし素肌を晒したら最後は風船のようにパーン。おまけにそのまま降りるとなればお熱い大気圏を突破しなければならないのだ。

 今からでも遅くないので、神様は宇宙に空気を精製するべきだ。いや、そうしなさい。してください。お願いします。


(早く来てってホープ。私じゃこいつは操縦できない。空飛ぶ車はやーだし)


 ホープが侵入したゲートへ、ズームした画面をじっと見つめる。シュノンの知るホープならきっと無事にやってくる。そして、いっしょに帰ってカエルを食べて、それから……。


「な、何っ!?」


 突然響いた警告音に、シュノンの身体が跳ねる。前にあるモニターには敵対勢力の反応が表示されていた。


「見つかった……!?」


 敵は基地の爆発などお構いなしにこちらに向かってくる。戦闘機は宇宙を飛び、テスタメントは人工床を踏み抜く。それぞれの武装を携えて、ヴィンテージの元に群がって来ていた。


「まっずい……攻撃……」


 照準を前方から迫る敵部隊にロック。たまたまこちらに向かってくる可能性は有り得ないと考えて、仕方なしに引き金を引く。太めのレーザーがテスタメントを蒸発させる。しかし、その圧倒的威力を前にしても、敵は怖じない。精確には怖じれないのだ。心が怯えていても身体が勝手に動く。悪魔に魂を売った代償だった。


「支持する相手はよく考えないと……こうなっちゃうから!」


 テスタメントの残骸を量産しながら、コンテナに収まるミサイルをオートで使用。後方から迫り来る敵戦闘機へ撃ち放ちながらも焦りは隠せない。

 地上の敵の機動力はたかが知れているし、マニュアルで射撃しているので問題なく対処できる。しかし、自動照準で発射されるミサイルではせいぜい戦闘機の軌道を逸らすので手一杯だ。元々、シュノンはロケットランチャーの撃ち方ぐらいしか知らない。


「くそッ! クレイドルに教わっときゃ……!」


 ついでに言えば、食わず嫌いをせずに宇宙戦闘機≪スペースファイター≫の操縦方法も。

 過去の自分の判断ミスに悪態を吐いた瞬間、再びアラートが。音声ガイドが敵機にロックオンされました、などと懇切丁寧に解説。しかし、シュノンが求めるのは逐一状況報告してくれる最高な音声ガイドさんなどではなく、緊急回避機能か自動操縦機能のいずれかだ。

 しかし、ウィッチがいなくなってしまったため、機体は自動で判断してくれない。ホープとのトレースシステムもステルスモードを維持するために切ってしまったのが仇となった。


「……当たるッ!!」


 覚悟して、身構える。そして、急に機体が激しく揺れた。


「え? は……何……?」


 てっきり敵の攻撃を受けたせいの振動だと勘違いしたが、揺れの系統が異なっていた。シュノンの大嫌いな……酔っぱらいそうになる、空を飛ぶ感覚だ。ホープにとっては解放的と言う頭のおかしい感覚が機体から伝わってくる。


「オートパイロット? でも……」


 それにしては動きが機敏過ぎた。何より、自爆する敵基地の方へ飛翔し始めている。戸惑うシュノンはあたふたとしたが、視線の先になじみ深い白い人型のシルエットが現われて、安心の悪口を吐き出した。


「ったく……通信送れっての! 今の時代はネットワークの時代だよ!」

『すみません、逃走に集中していたので』


 音声は響くが、ホープ自身の口は動いていない。宇宙空間は真空状態なので、まともに音声が届かないためのボイスデータ送受信なのだが、ポンコツホープは逃げることに必死で通信する余裕がなかったと言い訳している。全く、ふざけたドロイドだ。

 こっちがどれだけ心配したと思っているんだが。そんな気分もお構いなしに、気遣いが欠片もないアンドロイドは次の行動を取り始める。


『逃げます、とりあえず爆破範囲外へ!』

「当然でしょ! ほらっ!! はよいけぃ! ハウス!!」

『人を犬みたいに……まぁ、いいでしょう』


 横並びしたホープが来た道を逆戻りしていく。とりあえずある程度基地から離れてワープドライブを使用する算段のようだ。逃走経路にいる邪魔な敵機を撃ち落としながら、ホープとヴィンテージは進んでいく。

 道中に二人の快進撃を止める敵は存在しなかった。次々と撃破され、無様に宇宙のゴミへと成り果てる。その光景を見ながら、同情心のようなものが芽生える。彼らは本当にあのような姿になりたかったか、と――。


「このエリアまでくれば問題ないでしょう。そちらに移ります」

「……オッケー」


 少しだけしんみりとしながら、コックピットハッチが開く。パージされたミョルニルパックが自動で制御を始めて、ホープはコックピットへ乗り移る。そして、外された追加パックがヴィンテージの予備ブースターとして収納されようとしたその時、閃光が迸った。


「え……?」

「ミョルニルパックが!」


 レーザーがパックを射抜いて、爆発が起きる。機体が揺れて、シュノンはパニックになった。慌ててレーザーが飛んできた方向を見て、息を呑む。瞳に写ったのは、忌むべき漆黒の機体だった。


「アレス……?」

「そのようですね。戦いは避けられないようです」

『今度こそ逃がさんぞ、H232』


 送られた通信からは今までにない気迫と凄みを感じる。瞬時に、彼が本気だと思い知る。今までのようにどうにかして逃げ切る、などという楽天的な考えが通用しない状況だと。


「だいじょう……」

「ぶですよ、もちろん。……私も逃げません。撃退してみせましょう」


 追加装備を破壊されながらも、ホープは強気だった。彼女からも、以前とは違う力強さを感じる。溢れ出る頼もしさを、安心感を実感できる背中だった。


「少々手荒くなります。シュノンはそこで見ていてください」


 予備武装として使用していたダブルライフルが撃ち壊されてしまったので、シュノンとしては見ているしかない。深海の時のように共闘するのではなく、心の底から信頼してシュノンはホープに背中を預けた。


「わかったよ。やっちまえい!」

「――はい!」

『儚い希望と共に、塵芥へと果てるがいい!』


 ホープがヴィンテージのペダルを踏み込む。

 アレスのデストロイヤーが、宇宙を駆け抜ける。

 因縁の相手との再戦が始まった。宿命だったかのように。

 その最中に身を置いて、シュノンはお守りであるクレイドルのAIチップを握りしめる。

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