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劣勢

 敵の射撃を回避。反撃。敵機撃破。

 敵の機銃へ発射。敵機行動不能。


「敵の動きは軽やかですが、それでもまだ……嫌な予感が計測されています」

『まだ何かあるってえの?』


 後続のヴィンテージに乗るシュノンが訊ねる。ホープは敵に対応しながら返事コードを送信。


「アレスが出てこないのは不審です。敵にとっても重要な局面のはずですが」


 オリュンポスデータベースは、言わばテスタメントに搭載されるパーソナルデータの保管庫。テスタメントは戦闘力こそ低いがゼウス陣営にとっての重要な兵力であり、このデータベースを破壊されれば敵の戦力は半減する。

 通常、ここは総力戦になるはずの戦場だ。量こそ総力戦と謳っても差し支えはない。しかし、ホープの危機管理システムはアラートを鳴らしている。


「なぜ質が伴っていないのです。量だけの戦争に大した意味がないことを知っているはず」


 千年も……崩壊世界から逆算して二千年も昔ほどの戦争ならば、質よりも量の方が重要だった。素晴らしい戦術を考案し、情報分析を行って、最適な局面で有用な兵器を装備した軍隊を送り込めば決着がついた。

 しかし今は、共和国時代及び数度にも渡る世界大戦が行われた時代は違う。

 優れた戦術も、適した装備も、量のある兵隊も必要ではあった。だが、戦局を決定したのは優秀な兵士であって英雄だ。兵器の進化は人類の進化の歴史であり、人間が進化するごとに戦場の在り方は変わっていった。

 極端な話、質さえあれば量を制することができる。それほどの力を質を持つ兵は秘めている――。


「……オリュンポスデータベースはもしや、放棄される予定では」

『は!?』


 シュノンの返答には疑問のカラーが付着している。同じような音声情報を入力したかったが、感情アルゴリズムとは逆の予測結果を思考ルーチンは示している。


「ポセイドンの施設もそうでした。ポセイドンの海底施設は、サーヴァントを研究していたはずの重要施設。しかし、配備されていたのは実験体や失敗作ばかり。セイレーンは私への復讐を成すための手駒だったようですし」


 ポセイドンは最初から爆発にこだわっていた。ホープが以前対峙したメドゥーサが自爆したから。

 敵は悉く先手を打ち、結果が勝利と敗北どちらであれ、自分たちに都合よく転ぶように作戦を立てている。下手な勝利も敵にとって誤差の範囲であることは幾度もあった。


『……もしその仮説が本当だとしてさ、どうすんの? 撤退?』

「オリュンポスデータベースの破壊は必須ですから、どちらにしろ攻めなければなりません。まずは砲台を破壊して敵の意図を見極めなければ」

『ガチで爆発だったら艦隊も逃げなきゃ危なそうだけど』

「そうですね……」


 同調しながらも、疑問が完全には拭えない。敵はこちらが計画に見抜く可能性も考慮しているはずだ。とすれば……。


「……背後に注意しなければ」

『え? 後ろ?』

「シュノン、先輩に連絡を頼めますか」

『いいけど……なんて?』


 邪魔立てする敵機を撃ちながらホープはシュノンに要請する。

 もし敵の狙いがオリュンポスデータベースの防衛ではなく、治安維持軍の殲滅だとすれば。

 こちらが作戦を見抜き、撤退する算段を立てたところで本命をぶつけてくるはずだ。


「敵の狙いは私たちです。背後から、アレスが襲ってくると」


 そう呟いた矢先だった。突然放たれた閃光がレーザー砲台から難を逃れた友軍艦を溶かしたのは。



 ※※※



「不意を衝けましたな」

「いくら黄金の種族とは言え、思念ノイズが渦巻く戦場では、全容を把握することはできん」


 艦長に応じながら、アレスは両腕を組んで敵軍の同行を見守る。自軍優位と踏んでいた治安維持軍は、巣を突かれたハチのように混乱している。本来のハチが群れで襲いかかってくるのは脅威だが、それはあくまで常人の話だ。質の伴わない量など、所詮は消耗品に過ぎない。


「既に有用なパーソナルデータは転送してある。残っているのは囮のみだ」


 無能者に生きる資格などない。生存は主が必要であるから許可したからであり、不必要と断定されれば望んで死を迎えるのが、神に尽くす市民の役目だ。


「出撃なされますか」

「無論だ。H232は月面基地に到着したな」


 アレスの質問に艦長は頷く。いずれにしろ対艦殲滅砲を停止させなければ、連中に退路はない。ワープドライブを起動し転移しようとした瞬間に、業火の炎が連中を焼き尽くすであろう。

 まさに連中は袋の鼠だった。逃げ場はなく、ただ狩られるのみ。

 しかし――。


「窮鼠猫を噛むとも言う。油断するな」

「了解しました」


 アレスはブリッジを後にして、格納庫へと歩む。


「H232……」


 敵の名を感慨深く呟きながら。



 ※※※



 艦主砲を無効化する大型シールドフィールドを突き切って、ホープは月面基地ムーンベースへと着陸した。二つの大型ブースターの火を吹かしながら、迎撃に走るパワードテスタメントを掃討、ヴィンテージの着陸地点を確保する。


『やっと着いたね』


 自動着陸モードへと移行したヴィンテージからシュノンが言う。しかし安堵する余裕はない。基地が自爆する可能性のみならず、アレスが後方から艦隊を攻撃している。急いで援護に戻らなければ友軍に甚大な被害が出てしまう、と予測シミュレート結果は出ていた。


「もうちっと味方を信頼しなって。よっ……と」


 シュノンがレーザーライフルを担ぎながら降りる。ヴィンテージを自動固定砲台として利用しつつ、彼女も機体の護衛へと回る算段だ。戦術的には利に適っているが、やはり一抹の不安は残る。

 神妙なフェイスモーションとなったホープへ、地球よりも1/6である月の重力に四苦八苦するシュノンが背中を押した。


「くよってないでちゃっちゃとやっちゃう! こいつは私が守るから、ホープもみんなを守ってよ」

「はい……!」


 二つのブースターの出力を上げて、第一優先目標である砲台へと切迫する。砲台を守護するように様々な装備を装着したテスタメントの部隊が展開していたが、高速移動を可能にするミョルニルパックを捉えることはできない。

 避けて撃ち、斬って逃れる。空間を自由自在に動き回れるホープにとって、月の重力に縛られるテスタメントなど敵ではない。そこへ、宇宙戦闘用に改造されたであろうテスタメントが、飛行しながら襲ってきた。ホープと同じように背部ブースターを装備している。


「飛行タイプ、ですか」


 地表部隊の攻撃を避けながら、接近する十機の飛行型と射撃の応酬。敵は宇宙戦に不慣れなようで、千年前から宇宙戦を経験していたホープに軍配が上がった。


(……砲台へ降下)


 飛行部隊を撃破したホープは下方で迎撃するテスタメントを始末しながら下降。アイカメラで砲台の内部構造をスキャニングした瞬間に、急速に上昇する熱量を感知。


「させません!」


 ホープはダブルライフルをドッキングさせて一本のランチャーへと可変させ、チャージ開始。解析によって露わとなった狙撃ポイントへと最大出力を見舞う。

 高密度のレーザーが放射され、砲身に穴が空く。充填最中だったエナジーが固定化できずに乱雑に放出されて、砲台が大爆発を起こした。


「次は……」


 パーソナルシールドを展開し爆風を防ぎながら飛び立つ。第二優先目標であり、本来の作戦目的であるオリュンポスデータベースを破壊するため、ホープは基地内部へと侵攻を続ける。


「急がなければ」


 観測した周辺状況に合わせて自動精製される戦闘音が、ホープの感情アルゴリズムを焦らせた。



 ※※※



「まずいね……」


 ウィッチはホロデバイスに浮かぶ戦況を分析しながら独りごちる。

 月面基地ムーンベースに観測された爆発によって、敵の巨大砲台の破壊は確認済み。兵器的な意味での脅威はなくなったが、下手な破壊兵器よりも厄介な相手が後ろに回り込んでいる。


「……このままじゃ壊滅する」


 ウィッチはホロキーボードを叩く。どうにかして艦砲による弾幕を張り接近を防ごうと試みるが、薄い弾のカーテンではアレスを推し留めることなどできない。

 敵は優秀な戦闘員であると同時に戦略家だ。アレスの登場が、戦場を左右するといっても過言ではない。むしろ過小評価だ。

 まず、自分では勝てない。元々戦闘用ではない自分が機転を利かしたところで、アレスはその戦略すらも見抜くだろう。一度ホープの義体を借りて撃退したこともあったが、あれは別の目標を達成したための戦略的な撤退であると自負している。

 現在のデータ蓄積量ならば、ホープにも抗う術は残されている。が、ホープとアレスは反対方向にそれぞれ存在。ホープが無事にオリュンポスデータベースを破壊したとしても、回収している暇はない。

 さらに最悪なことに、月面基地が自爆する可能性も残されている。悠長なことをしていたら、艦隊が全滅する恐れもあった。

 決断が迫られていた。またあの感覚だ。死地に味方を送り出しておきながら、都合よく見捨てる忌々しい思考プロトコル――。


『ホープを信頼したまえ』

「ドヴェルグ博士」


 そこへ助言を述べたのは同じ後方支援であるドヴェルグ。さらにそこへ、シュノンも通信を送ってくる。


『ちょっといい? 聞こえてる?』

「聞こえてるよ、シュノンちゃん」


 口調こそいつもと同じパターンだが、フェイスモーションは戦闘時のそれだった。


『おけおけ。……今、ホープは基地内に侵入したんだけど、その前に伝言を残してって。やれやれ、私は留守番電話サービスじゃないのよ』

「……なんて言い残したの?」


 質疑応答プログラムを奔らせながらも、既に結果は予測演算済み。それでも発したウィッチの問いかけに、シュノンは普段の調子で答えた。


『私を信じてください、だって。ま、私って言うより私たち?』

「……そう、そうか……。全く、ませた後輩。普段はどうしようもなくおっちょこちょいのくせに、何でこういう局面ばかり頑張るんだ」


 呆れるように言いながらも、内面では感情アルゴリズムが荒ぶっている。悔しさと正しさ、情けなさの狭間でぐらぐら揺れている。

 そして、思考ルーチンと量子演算でホープの正しさが証明されたため、ウィッチはしょうがないか、と諦観の声を漏らした。


「わかったよ。そうだ。あたしにはみんなを守る責任がある。ブリューちゃんとシグルズ様の代わりを果たさなきゃいけないからね。……クォレン大佐」

『どうした? 戦神への具体的な対策を導き出せたか?』


 モニターに写るクォレンはだいぶ焦っていた。彼もアレスの戦闘力について既知なのだろう。

 ウィッチはその問いに頷く。胸を張っては答えられないが、確実に危機を回避する方法を持ち合わせていた。


「はい。……この宙域より撤退します」

『撤退だと? しかし』

「本命であるオリュンポスデータベースは、プロメテウスエージェントが現地に到着したことでいずれ破壊されるでしょう。となれば、この宙域に滞在する理由はありません」

『だが、そのエージェントの回収はどうする?』

「信じてますから大丈夫です。逃げることに集中しましょう。ワープドライブは使用可能ですか?」


 情報支援型アンドロイドとしてあるまじき曖昧な論理を振りかざして、ウィッチはクォレンを言い包める。ホープの戦闘力を目の当たりにしたことと、背後から迫り来るアレスの脅威が、慎重なクォレンを乗り気にさせた。


『ワープは問題ない……だが、知っての通りワープ時にはシールドが一時的に解除される。その隙を狙われたらひとたまりもない』

『ワープまでの時間をわたくしたちが確保しますわ』

「姫様」


 名乗りを上げたのはフノス様だった。そこへ追従するように響く通信。


『俺もだ。あのくそ野郎に一泡吹かせてやる』

『アレスに勝てる気はしないけど……時間稼ぎくらいならやってやるわ』


 ジェームズとアルテミス。黄金の種族と銀の種族が、それぞれ戦闘意欲を示した。

 彼女たちの戦闘力とアレスのこれまでの戦闘データを鑑みて、ウィッチは指示を出す。


「大丈夫そうですね。任せます」

『私も手伝いましょう。腕前については既に承知のはずです』

「おねえちゃ……レン大尉」


 リンが呼称を言い直す。リンとは真逆の、落ち着いた性格をしたレンの顔がモニターに映る。彼女はリンへと優しく語りかけた。


『よくやってくれたわね、リン。あなたのおかげで私は生きている』

「そんな……あれは私の独断で、みんなに迷惑かけちゃって……」


 姉妹の会話。それが最後の会話になるような気がして、ウィッチはその思考を振り払う。過去の記録。多くの死んだ仲間のビジョン。キルケーと自分の最期。様々な瞬間がフラッシュバックしてくるが、過去は所詮過去で、確率はただのそうなりやすい数字でしかない。

 我ながらバカみたいな考えだ――。そう思いながら、ウィッチは信じることにする。


「あなたの実力は拝見しましたが、それでも相手は強敵です。味方との連携を重視して、単独行動は控えてください」

『無論です。連携戦術も習得していますから』

「それともう一つ」

『まだ何か?』

「リンちゃんのトラブルエピソードがいくつかあるからさぁ、後で聞きに来てねー」

「魔女さん!?」

『ふふっ。そうですね。必ず』


 微笑をこぼして、レンの表示が消える。リンはあわあわとし、ウィッチはいつものからかい好きなお姉さんの顔を少しだけ見せると、再び真剣なフェイスへと切り替えた。


(ヴィンテージへのマシントレース可能時間のリミットも近い……。戦術的支援もやるべきことが限られる。でも)


 できることを全力で行う。それがサポート役の務めだ。

 ウィッチは音量を最大限に上げて、全部隊に通告する。


「これより撤退するよ! 準備して!!」



 ※※※



 四機の宇宙戦闘機スペースファイターが臨時で小隊を組み、艦隊を脅かす敵へと進行している。艦隊周囲に展開している敵は掃討済みなので、移動はスムーズに行えた。


「時間を稼ぎますわ。いいですね? 敵の撃墜ではありませんわ」

『でもやっちまってもいいんだろ?』

『無茶言わないでよジェームズ!』


 ヒステリックなアルテミスの通信がイヤーモニターから聞こえる。が、ジェームズの本心は言葉とは真逆なので、彼はからかうように言った。


『冗談だ。俺も奴を倒せるなんて思ってないさ。だが、心構えとしてはそれくらいでいいだろ』

『心構えとか……そんなもんが通用する相手じゃないわよ……』

『しかし、戦士にとって大事なことです。心が折れてしまえば、そこで戦死ですよ』

『……ダジャレ……じゃないわよね。偶然よね?』

『もちろんです』


 クールな性格のレンに、アルテミスは苦手そうな声を漏らす。レンはどことなくブリュンヒルドに似通った性格のようだ。しかし、アルテミスは心の底でブリュンヒルドと仲良くなりたいと考えているのですぐに打ち解けるだろう。


『ちょっと、こっちに思考はだってだだ漏れなのよ? お姫様』

「あら、ごめんあそばせ。うふふふ」


 気楽に応じながらも、瞳は前方に浮かぶ漆黒の戦艦を注視している。そこから一機の戦闘機、デストロイヤーが出撃した。こちらも宇宙の色と混ざってしまいそうな黒色。迷彩効果を期待した塗装ではなく、敵に恐怖を与えるための威圧的なカラーリングだ。

 冷や汗が出て、フノスは額を拭う。彼は自分を知っている。その全てを。

 身がこわばるのは、恐怖からだろうか? それとも……。


『あなたは一番能力が強いんだからやめて。びんびん頭に来るんだから』

『確かにな。戦うお姫様なんだ、もっとどっしり構えてもらいたいね』

「その通りですわね」


 会話を交わさずとも心は通じ合っている。人の心の光、心理光が、暗闇の世界でも、人に道しるべを示してくれるのだ。

 彼はその力のほとんどを喪っている。喪失した能力を、元来持っていた戦闘力と洞察力でカバーしているのだ。

 だが、彼にもまだ、残っているはずだ。シグルズが信じたように。

 宇宙では奇跡が起こる。だからフノスも奇跡を信じる。


「来ます。フォーメーションクロス!」

『質をぶつけてきたようだが、お前たちでは俺を止められん』


 アレスはこちらに通信を飛ばしながら、猛スピードで接近してくる。こちらの戦意を削ぐつもりのようだが、その程度で折れるほどヤワな心理光をこの場にいるメンバーは持っていない。

 アレスのレーザーを避けながら、フノスたちは固まるように戦闘機を動かす。

 フォーメーションクロスは互いをカバーし合い、殺させない。そして、四機による集中攻撃が可能な万能編隊だ。


『練度は素晴らしい。個人個人の技量もな。だが』

『やっぱりやる……!』


 アルテミスが苦い声を出す。四機による一斉攻撃をアレスは高速機動で難なく躱すと反撃に転じてきた。ミサイルとレーザーによる合わせ技がフォーメーションを崩すようための最適な球数でばら撒かれ、フノスたちはそれぞれ別方向へ飛翔するはめになった。


『数の有利を生かすぞ。囲んじまえ!』


 ジェームズの提案に全員が乗る。デストロイヤーを囲うようにオレンジ、シルバー、レッド、イエローのカラーに染まった戦闘機が集い、タイミングを合わせた射撃を行う。

 アレスの逃げ道を塞ぐように穿たれた大量のレーザーを、しかしアレスは機体をバレルロールすることで跳ね返して見せた。レーザーがシールドに接触した瞬間に機体の接地面を変更してレーザーを受け流す技能の高い技だ。

 さらに驚くべきは、受け流したレーザーを攻撃としても利用したことだ。危うく仲間の銃撃を食らいそうになった皆のペースが一気に乱れる。

 その隙を待っていたかのように、アレスは煙幕を張った。


『煙幕……?』


 アルテミスの声が脳裏に直接響く。視界妨害だけではなく、通信妨害の機能も有しているらしいが、この近距離ならば黄金の種族には大した効果がない。

 その悟った瞬間、フノスはアレスの狙いに気付いた。急いでレンの心理光へと呼びかける。


「回避を!」

『――え?』

「アレスの狙いはあなたです!!」


 そう叫んだ刹那、爆発が煙幕の中で発生した。



 ※※※



(無事撤退ができていればいいのですが)


 そう心から願いながら、ホープは基地内部を捜索していた。テスタメントの数は基地外部よりも内部の方が圧倒的に少なくなっている。無人警備ドロイドなどがいてもおかしくないはずの施設内はもぬけの殻と断定してもいいほどの静寂さだ。


「やはり自爆……ここですか」


 ソナー探査とハッキングによってアップデートしたマップデータを参照に、対称の地点へと辿りつく。オリュンポスデータベースを保全するメインサーバーだ。

 月を強引に改造したサイボーグ、という印象が強い月面基地の中でも、ここはさらに異端だ。剥き出しになった情報記憶端末はまるで人の墓標のようにも見える。

 文字通り、ここはAIの墓場なのだ。共和国を忌避し、甘言に騙されて機械化された人々の末路。存在を剥奪され、名前すら記されない無縁墓地。


『……やはり、壊さずに済むのなら……』


 非推奨行動ではあるが、艦隊が撤退を始めたのである程度の余裕がある。システムチェックする時間は残されていた。

 プレート状のAIバンク群の間を通り抜けて、ホープは奥にある端末へと近づく。が、急に何かが煌めいた。否、迸ったが正しい。


「雷……ゼウス!?」

「そんなわけはないぞ、H232。しかしそう勘違いしてしまうのも無理はない。雷はあの方の象徴であるからな」

「ヘルメス……!?」


 ヘルメスの声が静かな墓場の中で反響する。だが、姿は見えない。奇妙な反応をレーダーが捕捉する。

 周囲に何もない空間が点在している。空間には基本的に何かしらの物質が浮遊しているはずだが、それがない。つまりそれは何もないのではなく何かが意図的に隠れていることを示している。地上ならば様々な生体反応が邪魔をして検知できないが、地球よりもノイズが少ない月面ならば探知できた。


「光学迷彩!」


 ダブルライフルを穿とうとして、一瞬躊躇する。抵抗してきたテスタメントを壊すのに何の躊躇いもない。しかし、無抵抗でサーバーの中に押し込められているパーソナルデータを破壊するのには迷いが生じた。

 その迷いが隙を生む。アラートが響いて、ホープは回避行動を取る。何もない空間の変位が、まさに格闘攻撃の形へと変化していた。


「くッ!」

「ふむ。視えぬ程度では当たらぬか。なら、姿を晒すがいい」


 ヘルメスの言葉を皮切りに、周囲に四つの義体が姿を現す。女性の形をしたアンドロイドだった。いや、アンドロイドにしては攻撃的な造形である。

 ホープのようなパック換装システムを搭載する義体は、基礎武装こそ搭載しているものの、基本的には人間の姿と変わりない。市民迷彩シビリアンコーディネイトさえ施してしまえば、常人には気付かれないほどのディティールだ。

 だが、前に立つ四体のアンドロイドは全身が明確な武器となっている。右腕が複数に枝分かれした触手状になっており、左腕が長身の銃。下半身はアラクネのような多脚型のパーツで構成されている。背部には飛行用の翼があった。


「お前を始末するために用意した戦闘用アンドロイド、エリニュスだ」

「エリニュス……」

「彼女らは心を持っているぞ、H232。お前に何回も殺されている」

「……何を」


 当惑は必然。ホープは今前に立つどのフェイスにも見覚えはない。記憶回路は正常に機能しているので、メモリー漏れは有り得ない。

 しかし、多次元共感機能が示す彼女たちの怒りと憎悪は本物だった。憎々しげなフォーカスが自身の義体を貫くように放たれている。まるで四つ子のように。


「そうとも、実際にはお前は殺していない。あくまで仮想データ内での話だ。だが、実物であろうと偽物であろうと、植え付けられた復讐心は本物だ。実力を存分に発揮し、俺を愉しませてくれ!」

「く……ッ!」


 エリニュスが触手を伸ばしてくる。肉感のある青紫の触手は、人工筋肉を使用した生体パーツであると解析。うねりを伴う独特の挙動を避けるべく後方へブーストすると、エリニュスたちが一斉に左腕の銃を乱射してきた。


「散弾!」


 敵を倒す名目ではなく、敵を止めるための散弾銃。咄嗟にシールドで軽微なダメージを防いだホープだが、空中制御に乱れが生じる。そこへ、四体のアンドロイドが囲むように移動した。完璧すぎるシンクロ二ティ。

 地上に二体、天井に二体。上と下で挟撃される。


「まずい――ッ!」


 そこへエリニュスが剣を翳した。剣の先端から雷撃が迸り、ホープの義体へ直撃する。



 ※※※



「嫌な予感がするな」


 そう唐突に呟いたのは、モニターで基地周辺を観察していたヌァザだった。

 スレイプニールが飛び立って既に五時間は過ぎているが、心配なのはそちらではない。ヌァザの危惧に、同じように画面を眺めていたネコキングも賛同した。


「我輩もそう思う。絶好の機会だ」

「しかし敵に居場所は割れていないはずだ」


 奥からセキュリティルームへと入室したチュートンの反論に、二人とも頷く。

 頷くのだが、やはり敵を侮ってはいけないと考えていた。


「奴らがアルテミスを発信機代わりに使っていたのなら、なぜ簡単に彼女を捨てた? あのタイミングで正体を露呈しなくても良かったはずだ。確かにシグルズたちは気付いていたが、ホープが俺の復讐に付き合っている間にメトロポリスを攻撃してしまえばより確実に制圧できたはずだ」

「結果的に功を奏してはいる。ウィッチたちの考えでは、敵の狙いはシグルズ当人だったはずだ。それ以外はただのついでに過ぎない、と聞く」


 ヌァザにネコキングが意見を述べる。が、それでも不安は残っている。

 その可能性を鑑みたであろうチュートンが、危険性を呈した。


「あえて時期を遅らせたことで俺たちの目を欺いたのか」

「どういうことだ?」


 腕を組むネコキング。チュートンはヌァザと同じ危惧を述べる。


「アルテミス……ゼウスはメトロポリス内部を自由に動き回っていた。無論、アクセス制限は掛かっていたが、それでも一般市民と接触する機会もあったはずだ。……奴は敵の洗脳に長けると聞く。もしアルテミスの身体を使い、市民の中に信者を作っていたとすれば……」


 そう説明した瞬間だった。警告音と共に、基地外部に設置された監視カメラが敵部隊を捉えたのは。

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