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出航

 万全な準備を終えたホープたちは、早々にスレイプニールに乗艦した。ブリーフィングルームへと集まり、改めて作戦概要を確認する。周囲には、たくさんの仲間たちが座席についていた。


「まぁ、そう難しい作戦じゃないよ。目標は月にぴったりとくっついてるオリュンポスデータベースの破壊。ただそれだけ。こういうのは複雑な作戦よりも、簡単な作戦の方がいいからね」


 ウィッチの解説の通り、此度の作戦に複雑なプロセスは不要だった。オリュンポスデータベースへ接近し、艦砲射撃もしくは内部へと進入しての爆発でデータベースを使用不可能とする。ハッキングして内部データを消去する方法もなくはなかったが、恐らくセキュリティはウィッチの技量を用いても数日かかるほどには硬いはずだ。あまり現実的な計画ではなかったので、却下された。加えて、今作戦の主導権は宇宙に展開する治安維持軍の残党にある。あくまでも、スレイプニールの役割は主力艦隊の支援だった。


「ま、そんなもんでいいよ。戦術的にどーたらこーたらされても困っちゃうし」

「あなたは気楽すぎるでしょ。……念には念を入れた方が」


 シュノンに突っ込みを入れながらアルテミスが手を挙げた。椅子に座る仲間たちも何人かは同意するように頷いている。が、ウィッチは首を横に振った。


「ぶっちゃけると、無理なんだよね。昔みたいに装備が潤沢だったらもっと確実性の高い作戦や、複数の作戦を同時進行させることができたけど、今の状態だとこれが精一杯。少数精鋭でどうにかこうにかするしかないの。臨機応変にね」

「ウィッチの言う通りですわ。わたくしたちは主力艦隊の逆側から、オリュンポスデータベース……月面基地ムーンベースを挟撃し、友軍と連携を取りながらデータベースを叩く。……目下の問題は」

「これだね。これが私たちが最も危険視するファクターだ」


 フノスの説明を捕捉するように、メカコッコがモニターにとある運送用装置を映し出す。それは本来兵器ではなく、支援物資を宇宙に届けるための救済装置だった。


「グングニール……ですよね。オーディンって人が作った……」

「それをゼウスが兵器として利用してるの。お父様……いや、くそ親父は黄金の種族だから、射程範囲外にいても、精確に当ててくるわよ」


 顎に手を当てるリンにアルテミスが言う。メカコッコがその通りだと同調し、


「君たちは常にグングニールから狙撃されるリスクに曝されながら、敵艦隊とも戦闘しなければならない。作戦自体はシンプルだが、難易度の高いミッションだ。今回の作戦には乗組員の意思を尊重する。降りたいのなら降りてくれて構わない」


 メカコッコの一言で、場が少し騒がしくなった。隊員たちはそれぞれ会話を少々交わしたが、降りる意思のある者は誰もいなかったらしい。静寂が場を支配した後、メカコッコは嬉しそうにくちばしを歪ませた。


「協力に感謝する」

「……では、本格的な説明に移りたいと思いますわ」


 フノスが仕切り直し、部隊を分け始める。王女殿下である彼女も、今回の作戦に同行する予定だった。普段なら諫める立場にホープはいたが、状況が状況のためそんなことは口が裂けても言えない。眠れるブリュンヒルドに詫びを入れつつも、彼女の協力を受けるほかなかった。

 それに、それを言い出すなら、単独での出撃許可を貰いたいところだ。以前のトラウマが……自分が救えなかった者たちの顔が記憶回路から溢れ出てくる。

 しかし、その再生は途中で中断させられた。軽微の振動を検知。シュノンが頭部パーツへデコピンをしていた。


「いたっ! 痛いじゃないですか、シュノン!」

「だぁーってホープ、お眠りしてんじゃん。なんちゃらエージェントとしてあるまじき所業だよ」

「プロメテウスエージェントです! 眠ってなんかいませんよ……」


 しかし思考ルーチンを別方向へ回転させていたことは事実なので、それ以上の反論コマンドは実行しない。

 一度振り切ったはずの苦悩にまた苛まれるところだった。先輩へと視線を戻して、昔に聞いた助言を再生、調子を取り戻す。


「ホープとシュノンちゃんは、遊撃だな。あんたたちは特別扱いだ」


 ウィッチがこちらを見ながら告げる。隣のシュノンは特別扱い? と嬉しそうに声を弾ませたが、冷静なアルテミスがバカじゃないの? と冷たく言う。


「その分、色々危ないってことよ。能天気だと死んじゃうわよ? ま……私が守ってあげなくもない……きゃ! この、また!」


 シュノンがじゃらついて、アルテミスが怒る。そこへウィッチがフォーカスを投げ、ハッとした二人が縮こまった。

 そのやり取りを好ましく思いながらも、ホープはモニターの情報を電脳内にインプット。

 ネコキングとミャッハー、チュートン、アバロ、ヌァザは宇宙へ出撃しない。基地の防衛任務に当たる。

 ジェームズはフノスやアルテミスと同じく航空部隊の隊長を務める。

 ウィッチはスレイプニールから指示をする代理指揮官だ。実質的な艦長であり、ブリュンヒルドの代わりを全うする算段だった。


「ま、あたしはオペレーターとしても優秀だから、どうにかするよ。情報の扱いであたしの右に出る人はいないしねー」

「でもウィッチはあまりこういうの得意じゃなさそうだけど……」


 シュノンの正直な見解に、ウィッチは納得するように頷く。ホープの人物データベースにもウィッチの役割は作戦支援が最適と記されている。だが、指揮も不得意というわけではない。


「アンドロイドは何でもできるんだぞー? シュノンちゃん」

「……そうなの?」

「なぜそこで私を見るのですか。私だってやろうと思えば作戦指揮を執れますよ」


 それが最善の結果を生むかはさておき。

 シュノンはまだ首を傾けているが、ホープとしてはその人事に何ら不満はない。メカコッコがオブザーバーとしてリアルタイムで通信を行う予定ではあるし、ウィッチの戦術支援は常に的確だ。後方支援という役職において彼女ほど頼もしいアンドロイドをホープは知らなかった。

 一つだけ無念な点があるとすれば、ブリュンヒルドが今回の作戦に不参加である、ということ。現状の宇宙軍の戦力を知り、シグルズの意志を継ぐ彼女が同行してくれれば頼もしいことこの上なかったのだが……。


「ふーん……ほーん?」

「本当ですよ。とにかく、先輩なら安心です。前回、アレスを撃退した時のこと、忘れたわけではないでしょう?」

「ま、そうなんだけどさ」


 シュノンは納得したように言い下がる。彼女の発言を最後に、大まかな内容についての話し合いが終わり、質疑応答の時間が始まった。

 数名の仲間たちが質問をして、ウィッチやフノス、メカコッコが的確に答える。特に難しい要素のないシンプルな作戦なので、大した質問もなくブリーフィングは終わりを告げた。


「ま、ちゃっちゃとやって、お家に帰ります……? いや、お家はもうないんだっけか」


 皆が離席する中シュノンが何気なく言い放ち、隣のアルテミスが目を伏せた。


「……私の」

「あーごめんごめん、今のなし。とにかくカエルを喰わないと。あ、おやついくらまでオッケーか聞くの忘れちったよ」

「遠足じゃないんですよ? シュノン」


 と注意しながらも、それで彼女の考えが変わるとはホープも思っていない。案の定、えーでもさー、と流れるように反論が紡がれる。


「戦いに行くって考えるとさー、お心の中が曇りのち雨な感じでしょ? だったら遠足だって思った方がいいじゃん。私的には観光みたいなもんだしさ」

「バカじゃないの。ま、気は楽になるけど……」


 アルテミスが笑みを浮かべる。軍人の心理状態としては不適格かもしれないが、崩壊世界を生き抜いてきたシュノンのサバイバル術の一つなので、ホープは注意勧告をしない。

 いくら戦地に赴くからとはいえ、暗い感情を秘めていてはポテンシャルを最大限に発揮できないのだ。こと、治安維持軍に関しては。


「さてっと、そろそろ発進でしょ? 忘れ物がないかチェックしてこよーっと」

「手伝いますよ、シュノン。あなた一人だと何か漏れがありそうですし」

「んなことないって。ホープじゃあるまいし」

「どういう意味ですか?」


 疑心の眼差しを注ぎながら、シュノンの背中を追従していく。

 後は合図を待つだけ。艦内アナウンスが鳴り響いた瞬間、スレイプニールはワープドライブを起動し、宇宙空間へ直接ダイブする。



 ※※※



「挨拶を忘れるところだった」


 忘れ物を確認しよう、というシュノンの言葉が呼び水となって、アルテミスはし忘れていた項目を思い出していた。

 色々な手伝いをしている内に、うっかり忘れていた。忘れてはならないことだというのに。

 発信時間が迫っているので、急ぎ足でアルテミスは格納庫内を駆ける。目当ての場所には思いのほかすぐに辿りついた。


「ブリュンヒルド……」


 アルテミスの前にはメンテナンスポッドがそびえ立っている。内容液の中に浮かぶのは、義体が大破したブリュンヒルド。両腕と片目が破損し、スリープ状態を維持したまま死んだように眠っている。


「私のせい。だから……」


 その行為に意味がないと知りながら、アルテミスはポッドと抱擁を交わす。こうすれば、多少なりとも声が届くのではないかと期待して。

 銀の種族としての能力は使用しなかった。今のアルテミスはアルテミスであり、人造人間ヒューマノイドではない。私として、ブリュンヒルドに謝罪の念を伝えたかった。


「私が何かできるかはわからない。あなたの代わりが務まるとも思えない。それでも私は、私のできることをする。ホープに救ってもらったヒューマノイドとしてじゃなくて、治安維持軍に味方するアルテミスとして」


 もしブリーフィングに彼女がいれば、唯一アルテミスの参加を反対していたかもしれない。また同じことが繰り返されたらどうするんだと。

 その危惧は手に取るように共感できる。他ならぬ自分自身が、その可能性に何度も苛まれた。運命のくびきから、今度こそ本当に脱却できたという自負はある。だが、もし。可能性は頭の中から溢れ出て、無数のコードとして自分の周囲を漂っている。

 何があってもおかしくない。それは希望となって絶望にもなり得る。そのことを、アルテミスはよく理解していた。だからこそ。


「私は戦う。戦うから。あなたも戦って。私はゼウスに与えられた創り物の力じゃなくて、私の言葉であなたの伝えたいの」


 意思を紡いでぶつける。無駄かどうかも可能性。

 情報粒子は確かに自分の口から発せられた。それをキャッチできるかはブリュンヒルド次第。受信に失敗して、無意味な断片となっている可能性は十分にある。だとしても、何度も想いを吐き出そう。アルテミスは決意していた。


「いけない」


 発進を知らせるサイレンが喧しく響く。急がないと箱船に乗り遅れてしまう。


「じゃあ、また。帰ってから。責任はしっかり果たすから」


 アルテミスはスレイプニールへと駆けていく。ブリュンヒルドが囚われるポッドを背にして。


「…………」


 急ぐあまり、ブリュンヒルドの左眼が開眼したことには気付けずに。



 ※※※



『これより本艦は宇宙空間へとワープを敢行。月面基地周辺で作戦を展開する友軍の支援へ向かいます!』


 オペレーターのアナウンスが艦内に響いている。シュノンはその音声を話半分に聞きながら、ハンガー内で機体の横に待機していた。真っ青な宇宙服パイロットスーツは着用済みである。


「もっとこう、別な場所で待機しないの? ブリッジとかさ」

「戦闘員がブリッジに行っても邪魔なだけですよ。宇宙に出たらすぐに戦闘ですし」


 窮屈なヘルメットの内側から窺えるホープは、非常に快適そうに見える。新調した義体には、自分たちのようなパイロットスーツを身に着けていないからだ。いつものように白色のボディが光を反射している。

 未知のフロンティアに、不安に駆られたシュノンが訊ねる。


「破裂しちゃったりは……しないよね?」

「私ですか? そんなことはありませんよ。このままの状態でも宇宙空間には出撃が可能です。まぁ、スラスターを装備しないと流されてしまいますが、それも」


 ホープはヴィンテージへを目線を送る。ホープとシュノン用の専用機には、機体性能の向上だけではないスペシャルな贈り物も搭載されていた。臨機応変に行動するための追加パックミョルニル。ヴァルキュリアエージェントからプロメテウスエージェントに贈られた、高速機動戦闘用の追加スラスター兼ブースターだった。


「装備も充実しています。ようやくタクティカルレーザーデバイスが使用可能になりましたし、パーソナルシールドの防御性能も上がりました」


 笑顔で右腕に装着される装置を見せびらかす。アームソードが収まっていたそこには、四角いデバイスが装備されていた。以前は実体剣のみとしてしか扱えなかったが、今はレーザーのソードとしてもガンとしても可変運用が可能らしい。

 しかし、その高性能デバイスを目の当たりにしたシュノンが初めに抱いた感想は、


「燃費悪そう……節約」

「今節約のことを考えても仕方ないでしょう……」


 がっかりしたようにため息を吐くホープ。しかし、どう見たってエナジーの使用量が爆発的に向上しちゃうであろうそれを、素直にシュノンは喜ぶことはできない。

 ――全く、この戦いが終わったらまた旅に出ると言うのに。そんな大飯ぐらいを装備していたらエナジーがいくつあっても足りないっての。

 愚痴を声に出す前に、警告音声が遮った。リンが緊張の含んだ警句を放送に乗せる。


『ワープドライブを使用します! 転移開始!』

「っと、お!」


 スレイプニールが転移して、ワープゲートを通った衝撃で艦内が揺れる。上方向に振動が働き引っ張られるような感覚が身体を包んだシュノンは、へ? という疑問符を漏らす。

 ……どうにもお空を飛んでいるように思える。足が地につかず、足を動かしても海の中にいるようにばたつくだけだ。なんてこったい。


「って、え? ちょっと待って! なんじゃこりゃ!!」

「シュノン! スラスターを!」


 ホープがジャンプして上方向に上昇を続けるシュノンへ跳んでくる。推進剤を使ってもいないのに、驚異的なジャンプ力だった。……そういうことはどうでもよくて。


「こ、これが無重力って奴……!?」

「スラスターを使わないと流されますよ! ほら!」

「どうやって使うんだって……!」


 格納庫内を上昇し続けたシュノンは、結局天井に激突するはめになった。痛がっているところをホープが回収し、天井を地面のように着地する。上下あべこべの世界が広がって、シュノンの頭はこんがらがってしまいそうだった。


「なにこれ……めちゃくちゃじゃん!」

「これが宇宙ですよ、シュノン。上も下も、宇宙にはないのです」

「すげーね、超平等社会って奴じゃん! みんなも宇宙ナイズになりゃあ差別する奴もいなくなるね!」


 皮肉を漏らしながら、遥か頭上にあるヴィンテージを不安視する。やっこさんが落ちてきたりしないだろうか。そんな心配をよそに、ホープは向こうへ行きましょうと背中を押す。身体の制御を喪い宙へと放り出されたシュノンは、目まぐるしく回転する視界の中で目が回りかけた。


「うわっ、ちょ、たんま! 誰か! ホープ! ホープぅ!!」

「ふふふ」

「笑ってんじゃねーって! ……っとぉ!!」


 本格的に酔っぱらってしまう前に、ホープが再度シュノンの身体を抱いて止める。もはやこれは宣戦布告だ。自分を酔わせるための策略だと憤ったシュノンが声を上げる前に、ホープはシュノンを突き動かす。


「ちょっとホープ! ……え?」


 怒りが一瞬で吹き飛んだ。その光景を前にして。

 特別な加工が施される窓から、外の景色が一望できた。真っ暗な中に、煌々と光る青い星。デジタルアーカイブでしか見たことない地球が、目の前に浮かんでいる。

 その美しさに身体が震え、感嘆の息がヘルメット内を反射した。


「地球……これが……?」

「そうです。私たちの母星ですよ」

「すごい……」


 いつものボキャブラリーが吹き飛んでしまうほどの、幻想的なシーン。思わず手を伸ばして、それが手に届かない……収まり切れないものだと知る。とても遠すぎて、大きすぎて、それを手中に収めることは不可能だと、理性ではわかっている。

 だが、それを知りながらもどうにかして手に入れられないかと、足掻いてしまう気持ちが心の中に湧き出てきた。


(そうか……だから――)


 だから人間はずっと前から戦争して、地球を取り合ってきたのだ。幾度にも渡る世界大戦は、文字通り世界を賭けたものだった。ずっと謎だった。特にホープの、共和国のやり方を知ってからは。

 だが今は、その反対勢力の気持ちが理解できる。こんな綺麗なもの、何とかして独り占めしたくなるに決まっているではないか。


「シュノン……?」

「こんなに綺麗なのに……こんなに綺麗だから、みんな」

「そうですね。だから人々は自らの所業で地球を汚してしまい、保全するための方法を模索する必要性が出てきたのです」


 その方法がオーディンの提唱した宇宙探査計画プロジェクトノア。或いは、人間側を強化する人類強化計画プロジェクトレギオン

 そして……ゼウスが実行した世界滅亡計画プロジェクトラグナロクだった。


「ゼウスは……一体……」


 しかしそれを理解した上でなお、ゼウスについては理解を示せない。疑心に駆られて呟いた独り言に応えるようにして、その閃光は迸った。

 ホープといっしょに眺めた流れ星のようでいて、決定的に違う輝きを。


「今のって……!?」


 直線的な光源は地球から放たれて、月の方角へと向かっていく。

 そして、遥か先で爆発が起きた。――何が原因か一目でわかる。


「グングニールです……先輩!!」

『先輩に任せなって。使い捨てのドライブ使って、連続転移するよ!』


 ウィッチが再度通告し、艦内が不自然に揺れる。窓の景色が光に包まれる間際、シュノンはずっと地球を見続けていた。



 ※※※



「くそっ! これがシグルズ様が予期していた戦術兵器……!!」

「フギンに着弾……轟沈!!」


 オペレーターの悲痛な叫びと連動して、モニターが爆散した友軍艦を表示する。だが、地球からの攻撃に対処する余裕は艦隊にはなかった。敵の戦力が予想以上にも多いからだ。


(転移の気配はない……! 嵌められたか!?)


 苦渋に満ちた表情で、クォレンは友軍機が次々に撃墜される姿を目の当たりにする。予定時刻に合わせて攻撃を開始しようとした瞬間、まるで予期していたかのように敵の先制攻撃を受けなし崩し的に戦闘を開始する事態となってしまった。

 艦載機が次々と発進するも、数の暴力には抗えない。最悪なことに敵は無人機を使用しているようで、半ば特攻に近い突撃を繰り返してくるのだ。

 そこにきて、この遠距離狙撃。このままでは全滅も時間の問題だ。だが、撤退の二文字は有り得ない。この機を逃したら、永遠にゼウスに抗うことはできなくなる。


「やはり私が出るべきでしょうね」

「レン」


 戦況を鑑みたレンが身を翻す。艦長としては了承できるが、父親としては判断が難しい決断を、娘は易々とこなしていた。覚悟を秘めた面構えだ。無重力でふわりと広がる髪を束ねながら、レンは父親を見上げる。


「この無人機は敵戦力のほんの一部。奇襲の手際の良さから考えて、ヘルメスの部隊があらかじめ網を張っていたんでしょう。ヘルメスは地球へ降下した後に、月面基地ムーンベース内部に直接転移して私たちの目を欺いたんです。基地内部に転移されては、転移反応を観測できませんからね」

「……地球に降りた部隊の大部分は囮だったか。合点はいくが」


 しかし今は敵の前準備に想いを馳せるべき時ではない。レンはそれをわかっており、クォレンも了承せざるを得なかった。


「大丈夫ですよ、私はパイロット適性があります。私たち姉妹は、宇宙での戦闘方法を幼い頃から学んできました。お父さんの影響ですよ」

「レン……」

「月面基地に密着できれば、破壊兵器による砲撃を避けられるはずです。敵は重力場を読んで流し撃ちしているようですが……」


 月の自転で地球から死角になる時間帯に攻め入る算段だったので、レンの分析は正しい。治安維持軍所属の軍人として、何一つ反論のしようがない完璧な所見だった。

 ゆえにクォレンは娘を信頼して送り出すことしかできない。リンをスレイプニールの操舵手に推薦したように。


「わかった、頼むぞ」

「はい、行ってきます」


 レンが自動扉を潜ってハンガーへと向かっていく。

 その背中を見送った後、クォレンは指示を出した。


「艦砲射撃を続けろ! 敵部隊を切り崩せ!」



 ※※※



 宇宙戦闘機スペースファイターの操縦には自信がある。シミュレーターには小さい頃から乗っていたし、正式に軍人となってからも哨戒任務に長らくついていた。

 安全な時代の警邏とは違い、火星周辺の宙域には多量の敵が潜んでいる。その中をかいくぐり、時には敵と交戦しながらもレンは情報を持ち帰った。

 一応分類としてはエースにカテゴライズされると自負心がある。同僚の中では、共和国時代の伝説的英雄ヘラクレスに自分をなぞらえる者もいた。実際にそこまでの腕前かはわからないが、実力を持っているのに謙遜していてはチャンスを逃してしまう。だから、昔からできることは積極的にアピールしてきた。奥手の妹とは違って。

 パイロットスーツを着込んで、コックピットハッチを開く。なじみ深い空間の中へと身を投じて、各種計器のチェック。ホロモニターを起動させて、戦術データベースをリンクする。

 出撃許可をオペレーターに求めて、機体が出撃ハッチへと自動で移動していく。

 緊張をほぐすため深呼吸したレンは、コックピットの中に置いてあった小さなガラクタを手に取った。

 リンからの贈り物。ボタンを押すとブザー音のようなものが鳴る発明品だ。本来の用途では陽気な音楽が流れるはずなのだが、何かをしくじったらしく意味不明な音しか発せられない。


「あの子は何でもできるのに、自信がないのね。もっと自信を持てばいいのに」


 妹に語りかける間に、機体がカタパルトへ到着する。操縦桿を握りしめると、オペレーターに出撃の合図を送った。


「ウイング2をこれより発進――」

『まずい……直撃コース……!!』

「え?」


 明瞭な返答をレンが求めるよりも早く、母艦であるグルファクシが不自然に揺れた。



 ※※※



「強く清き意志ほど、我の狙いをより精確にさせる道しるべとなるのだ」


 ゼウスは座禅を組み、瞑想をしながら嘯いた。清廉とした決意は、ゼウスにとって敵の居場所を示す座標でしかない。敵が高潔であり誠実であればあるほど、ゼウスは敵を明確に感知できる。グングニールの照準補正の手助けにしかならなかった。

 火星で難を逃れた残党など、所詮は害虫に過ぎない。放置していても問題はないが……やはり目の前で飛び回られれば目に障る。


「葬れる時に葬ろう……む?」


 ゼウスは違和感を抱いて閉じていた目を見開いた。


「この感覚は……」


 既知であるからこそ、驚きは隠せない。

 予想外のところに湧いて出た、強き意志たちの反応には。

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