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不穏

 アレスは戦艦のブリッジに入ると、艦長に指示を出した。外には宇宙という名の深淵……暗黒が無限に広がっている。


「ワープドライブをいつでも使用できるように準備しておけ」

「了解しました」


 サーヴァントである男は、狼をベースとした狼人間だった。戦闘服に身を包んだ彼は非常に忠実な忠犬だ。誇り高い狼には程遠いが、その姿勢をアレスは高く評価している。

 民衆は全て自分たちに従えばよい。一切の反目も反発も許諾しない。それが主のやり方であり、今はアレスのやり方であった。

 共和国なら、市民の意見を聞いた甘い政策を取るのだろう。その甘さ――個性の許容が国の崩壊を招いたのだ。市民の意見など必要ない。下々の者たちは何も考えず上の命令に従っていればよいのだ。


(ユートピアなど夢想に過ぎん。ディストピアこそが人類を救済する策であると知れ)


 理想郷と呼ばれたかつての世界も、結局は偽りの幻想郷だった。ユートピアなど存在し得ないのだ。ならば、存在を可能とするディストピアにその身を委ねるべきだ。


「なぜ学習しない……愚か者共よ」


 アレスは語りかける。今なお足掻こうとする愚か者たちに。

 だが、奴らは聞く耳を持たないだろう。

 だからこそ自分の存在意義がある。一般兵が乗艦する敵艦を拿捕した改修艦ではなく、自らのために特注された宇宙戦艦ディオネは、治安維持軍のどの戦艦よりも優れている。

 漆黒にコーティングされたアレス専用の旗艦は、速力こそヘルメスの乗るプレアデスには劣るが、圧倒的火力を持って敵艦隊を次々と薙ぎ払うことが可能だ。

 無論、そんな大火力を用いなくともデストロイヤー単騎で敵軍を屠ることも容易。

 あくまで移動用の足だ。アレスはブリッジを後にして、通路を歩く。ふと星々が目に入った。宇宙に浮かぶ希望の光。オーディンはあれらを灯として、宇宙の果てまで進出しようとしていた。無限の可能性があると信じて。


「可能性とは曖昧だ。希望にもなれば絶望にもなる」


 火星のようにテラフォーミングができる惑星があるのかは不透明だ。ゆえにゼウスはより確実な方法を取った。人類の多さで地球が持たないのならば、一度人類を殲滅してしまえば良い。ただそれだけだったことを、オーディンは人道的立場から足踏みした。

 そのために、死ななくてもよい命さえも喪われた。もし抵抗しなければ、生き長らえた者もいただろうに。やはり、共和国は、治安維持軍は愚かだ。


「恭順か、死か。二つに一つだ」


 宇宙に言葉が混ざって掻き消える。死の空間になぜ希望を見出せるのか、アレスは全く理解できなかった。――かつては理解できていたかもしれないが。



 ※※※



「これだけ積めば十分なんだろう?」

「そうですわね、ジェームズ。エナジーの輸送、助かりましたわ」


 フノスはタンクローリーを見つめながら感謝する。ジェームズが直接この地までエナジーを運んで来てくれたのだ。メトロポリスの修繕にエナジーが必要だったように、この地下基地の維持と発展にもエナジーは必要不可欠。

 さらに、彼自身の合流も喜ばしい事態だった。


「先祖がいた場所に、俺も行ってみたくなったんでな」

「宇宙は過酷ですが、素晴らしい……。スペースファイターの操縦は?」

「こなせる。初めて乗ったのにもう何千回と乗りこなしていたような気分だ」


 同じ黄金の種族として、その感覚は理解できる。世界には数多の情報粒子が拡散している。それらが自分のすべきことやわからぬことを教えてくれるのだ。少しニュアンスは違うが、脳が知識の宝庫であるデータベースと常に接続されているような状態である。

 そして、他者とも。人と人を繋ぐ媒体として、黄金の種族は存在している。

 だからこそ、悠然に振る舞っていても戦いは怖い。自分が死ぬことに対してではなく、他人が死ぬことに対して。


「海賊を舐めるなよ、お嬢さん」

「うふふ、そうでしたわね」


 フノスに共感したであろうジェームズの言葉に、フノスは微笑む。

 この戦いは必然だ。避けられない。計画通りに進行しているとはいえ、相手はあのゼウス。何か良からぬことを企んでいても何ら不思議ではない。


「あなた用に機体を調整しましょう。メカコッコのところへ」

「ああ、行こう」


 フノスとジェームズは格納庫へと赴く。宇宙戦闘機スペースファイターの調整のために。



 ※※※



 ホープは、白を基調とした専用機を漠然と眺めていた。

 カスタムモデルであり、自身の反応速度に合わせて調整が済まされた戦闘機は、機体の名称がまだ決まっていない。戦術の見直しを行いながら、名前についても思案していた。


(どうしましょうか……。名前を考えるのは苦手です)


 ウィッチ曰く、ホープにはネーミングセンスが欠片もない、という。航空戦術はすぐにでも思考ルーチンから送信されて、完璧に再現することができる。

 しかし、データベース内に記載されているネーミングブックの中から取捨選択されるネームは、どれもこれもが微妙だと言う。


(でも、私の中でエラーは起きていませんし……)


 トラブルシューティングでも問題は検知できない。ゆえに、自身の思考は正常であると結論づけたホープは、最適な名前を付けるべくワード検索を始めて、


「あ、ここにいた……っとぉ」

「シュノ……ッ!?」


 振り返った瞬間、フリーズしかかった電脳をどうにかして保持し、グラップリングフックを天井へと射出。そのまま引力に従って上昇し、敵の攻撃を回避――したはずが、


「ひぃッ!?」

「あちゃー、マジか。そんなにホープのこと好きなの?」

「ヴヴヴヴッ」


 がっちりと奴に捕縛される。左足を、唾液まみれの大きな口で。


「え、エイト! 放してください! 振り落としますよ!」

「無理っぽいし降りてきなって。これぐらいの瞬発力を普段から発揮してくれれば……」


 嘆くようにシュノンは言うが、ホープとしてはそれどころではない。感情アルゴリズムが高鳴り、冷却液が溢れ出し、目尻からは処理液が一滴零れている。

 だが、エイトはなぜホープの足を咥えて離さない。シュノンに指示された通り下降するしかなかったのでやむを得ず着地すると、エイトがようやく離れてくれた。唾液でべとべとになった足が目に入り、暗めのフェイスカラー。


「なぜ私がこんな目に……」

「犬に好かれるなんてサイコーじゃん。ちょっと羨ましいぐらいだし」


 ならば今すぐ立場を変わって欲しい。そう切実に願うが、言語出力したところで現状は変わらないので発声しなかった。シュノンはがじがじとホープをおやつの骨のように齧るエイトを撫でながら、ところでさと他人事のように口ずさむ。


「これが例の……配給権?」

「私専用の機体ですね。……配給権とは?」


 質疑応答プログラムにシュノンはこっちの話と言い訳して答えない。

 首を傾げるホープを放って、シュノンは四枚羽の機体を観察する。コックピットハッチを背伸びしながら見回して、


「どう見繕っても二人用だよねこれ。……ってことは」

「はい。後部座席はシュノン用に」

「あーあ、嫌な予感がフルマックスだったわけだ。宇宙に行くって聞いてからこんな気はびんびんしてたから、そりゃあもう私は冷静に? 同意して差し上げますよ? へっへーん!」

「それにしては随分嫌がっているようですが」


 ホープは感謝に感情アルゴリズムを幸福の波形へと変更しながら、多次元共感機能の所見を述べる。シュノンはふてくされていたが、以前のように反論することもなく乗り気ではあった。しぶしぶであり不本意さを隠し切れてはないものの。

 彼女の不安に共感は示せるが、プロメテウスエージェントしてホープは胸を張って安全だと断言できる。戦闘機の操縦はかなり得意だ。シミュレーションで再確認してみても、技術は問題なく保持されている。

 ゆえに、うじうじとしたシュノンの愚痴を聴覚センサーが捉えても、感情が乱れることはない。


「だってポンコツホープだし……」

「お好きなように言っていてください。私の操縦技術にあなたはきっと口をあんぐりと開けますよ」

「別の意味であけそーな気がしちゃってるんですけど?」

「それは早計と言うものです。これでも私はエースパイロットでしたからね」

「エース……エース?」

「何とでも言っていてください。あ、酔い止め薬は忘れないように」

「やっぱり酔うんかい。もうちっと私のように繊細な操縦ができれば……」

「シュノンの操縦には繊細さが欠片もありませんよ。豪快の一言です」


 思わず嫌味を音声出力したホープへ、シュノンは照れたように笑う。


「いやー、そんなに褒めなくてもいいって」

「褒めてませんよ……。それで、この……ファイター君の性能についてですが」

「……んぁ? 何だって?」


 シュノンの聞き返し。ホープのフェイスカラーが赤となり、心理動作が激しくなる。

 何気なく会話に考え付いたネーミングを混ぜて見たが、芳しくない反応を対人センサーは捕捉している。

 しかし、何のエラーもバグも電脳は検知していない。ならば問題はないはずだ。


「ですから、ファイター君……」

「もしかしてそれ、ボケてるつもりなの? だとしたらないわー。笑い声も出ないんですけども」

「……っ!!」

「いやー、なるほど、ウィッチが言ってた通りだわ。確かにホープはネーミングセンスが欠片もないんだね」

「き、聞いてたんですか!?」


 衝撃的な事実が、義体内を駆け巡る。あのからかいが好きな先輩の、憎たらしい笑声が記憶回路からリピートされる。愕然とするホープに、シュノンは冷めたような目線で肩を竦め、代案を口に出した。


「ヴィンテージでいいよこれは。これで決定」

「今度は年代物ヴィンテージですか……。やはりあなたのネーミングセンスも……」


 ホープの文句はシュノンには届かない。脚立を利用して機体の全貌を上から眺めたシュノンはで? と問いかけをしてくる。


「こいつはどう扱えばいいの? 教えてよ」

「そう難しくはありませんよ。乗り込んで、ばぁーんでびゅーんな感じですから」

「……もしかして私バカにされてる?」

「今の説明でわかりませんか? 普通にわかると思うのですが」


 シュノンはホープの説明を聞いた大多数の新米パイロットと似たような表情をしている。新人は皆似たような反応を返すので、経験が浅いと理解できない境地なのかもしれない。自分がベテランであることに、若干の不自由を感じる。


「下手に経験を積んでると、説明が難しくなるのかもしれませんね……」

「真面目に悩んでるとこ悪いけど、絶対確実確定的に経験の有無は関係ないからねそれ。あなたの説明が超絶的かつ奇跡的なレベルで下手くそなだけ」

「多目的支援型アンドロイドにそんな悪口が届くとお思いですか?」

「いーや。もし届いてたらもっと賢くなってるでしょ」


 失礼なことを言い放つシュノン。ホープはそんな言葉を軽く受け流すと、シートの調整のためコックピットを開いた。と、そこへ銀の種族の反応。

 赤毛のアルテミスが近づいて来ていた。両手で大きな箱を持ちながら。


「こんなとこで何してるの? あなたたちは」

「機体の整備ですよ」

「それとホープのポンコツ具合の確認」


 嫌味に眉を顰めながらも、ホープは箱の中身へ注目した。個人用品である可能性も高いのでスキャニングを避けた箱の中身を質問する。


「その箱は何なのですか?」

「あ、これ? これは……」

「予兆って奴じゃないの? 或いは不幸と災いの詰め合わせ」

「あまり洒落になってないわよ、シュノン。ただのエナジー缶。配給の手伝いをしてるのよ」


 そう言って、アルテミスはホープとシュノンにエナジー缶を手渡す。高濃縮エナジー缶に二人とも目を丸くした。


「こ、これは……!」

「高濃縮! うひょーこれがタダでもらえるなんて!!」

「タダじゃないでしょ、あなたたちは」


 アルテミスは呆れたように呟いた。


「自分がどれだけ頑張ってるか、自覚がないようね。あなたたちはほとんどまともな休みも取らないで、多くの人間……市民を救ってる。敵や暴徒などのカテゴライズに囚われずにね。……救えなかった人も多いって考えてるのかもしれないけど、救えている人間もたくさんいる。……私もその一人だし、感謝してないこともないわ」

「アルテミス」

「だからこの作戦が終わったら、もう少し休憩しなさいよね。難しいかもしれないけどぉ!?」

「デレミス可愛い!」

「な、ば、バッカじゃないの!?」


 頬を紅潮させながら気遣いをみせるアルテミスに、嬉しそうなシュノンが抱き着いた。エイトもしっぽをぶんぶんと振るってアルテミスの足に鼻をふんふんと鳴らしている。

 その様子に幸福指数を跳ねあげながらも、ホープはコックピットへと乗り込んだ。ウィッチとメカコッコによって必要な項目は設定済み。後は乗り心地を確かめて、細かな調整をするだけだ。


(マスターと共に戦って……私の操縦技術は非常に高い。客観的な視点からも、私は現存のパイロットの中で一、二を争う実力だと分析できます。……しかし)


 やはりここでも脳裏にちらつく情報断片。アレスはオアシスで襲撃してみせたように、パイロットとしても技量が高い。オリュンポスデータベースの防衛にアレスが出撃しない可能性は限りなく低いので、シミュレーションは欠かせなかった。


(義体の強化プランによって、出撃前に性能を向上する予定ではあります。ですが……)


 次にまともに戦って、撃退できるのか? ホープはアレスと四度邂逅し、その全てが苦い結果で終わっている。そのほとんどが偶発的要因で逃げられただけに過ぎない。

 最後の一戦を除いては。


(なぜ、回避できたのでしょう。知り得るはずのない攻撃を)


 刀を用いた戦闘なら、当然の帰結として受け入れられる。ホープの中に蓄積されたアレスの戦闘データは、既に実戦で通用する程度には収集できている。強化された義体なら、今度こそアレスとまともにやり合える自身はあった。それでも勝機は薄いが、手も足も出なかった以前よりはだいぶ改善されている。

 だが、剣は。漆黒のレーザーサーベルはホープの中にデータフィードバックされていない。全くの未知であり、凶悪な斬撃だ。それを三度も避けられた理由を推測しようとしても、電脳はエラーを吐き出してトラブルシューティングの実行の有無を訊ねてくる。

 疑問は入力してある。不可思議な感覚。出ているはずの答えが意図的に隠されているような、妙な感覚がサイコメトリックスで検知できていた。

 それを突けば、自分の根本がひっくり返る。なので、見て見ぬフリをしている……ような。


「胸のあたりがもやもや……きゃあっ!?」


 コアに手を触れたホープは、電脳の警告音に気付かずに頭部パーツへまともな衝撃ダメージを受ける。何事かとアイカメラを奔らせると、顔を赤髪のように真っ赤にしていたアルテミスがエナジー缶を投げまくっていた。投擲の対象は演算するまでもない。


「このっ! このこのっ! しつこいのよいつも! 大げさすぎんのよ!」

「わ、わわっ! 怒らないでってば。ほら、憎しみは何も解決しないって!」


 精確な投擲ができるはずのアルテミスは、どうやら感情によって本来のポテンシャルが発揮できていないようで、狙いを外しまくっている。それだけを見ると微笑ましい光景だが、エナジー缶は結構な硬度を持つため下手な個所に当たるとけがを負う可能性がある。

 ゆえにコックピットからアンドロイド特有の身体能力を披露して飛び降りたホープは……ぐにゃ、という足底からの感触伝達にフェイスカラーを青くした。

 傍ではエイトが満足そうに伏せている。そう、溜まっていたものを出して、すっきりしたような表情で――。


「あ、あぁ…………」


 ふらり、と義体が揺れる。危うくフリーズしかけたが、意識を手放す自由もホープにはないらしい。うきゃっ! 再び直撃した缶のせいで覚醒を果たしたホープは、嗅覚センサーが示す調査結果をレンズの端へと追いやって、怒れるアルテミスを諫めようとする。


「お、お待ちをアルテミス! エナジー缶は危険です……」

「うるさい!」


 ひゅん、と宙を舞うエナジー缶。ホープはそれを上手く掴み取り、アルテミスへ近づこうと試みようとして、


「うわ、ホープ! もしかしてフン踏んづけた!?」

「……!」

「うはー、やっぱりポンコツじゃん! やーいやーい!」


 調子に乗ったシュノンの言葉に優先タスクの変更を余儀なくされた。

 子どものように囃し立てるシュノンへと狙いを変えたホープは、レッグパーツへ力を込める。そうとも……シュノンのせいで普段なら平常値を示すはずのストレス値が増大してしまっているのだ。たまには発散しても問題はないはずである。

 徒競走の如く爆走の構えとなったホープに気付いたシュノンは、いつもと違うレスポンスを目にしてありっ? と声を荒げる。

 だが、もう遅い。憎しみの連鎖が拡散し、ホープの心理状態に影響を与えてしまった。人はいつも学ばない。学ぶのは、手遅れになってからである。


「やー、ちょ、ちょっと待った! 悪口への復讐ですか? 復讐は何も生まないって!」

「これは復讐ではありませんよ、シュノン?」


 優しい声で、優しい顔で、ホープは語る。一瞬安堵した表情となったシュノンは、次の瞬間、驚愕と後悔に顔を塗りたくることになる。


「教育、ですから!!」

「うげっ! 誰か!」

「待ちなさい、シュノン! 別に待たなくても永遠に追いかけるけどね!」

「やべーよ、ティラミスいつから私のファンに――じゃ、じゃない! 普段のくせでありまして! 私はこういう奴って言ってるでしょ? 世界はジョークで回っていて、私はみなさんを笑顔にするジョーカーなのでありまして!」

「うるさい、黙りなさい!!」


 シュノン独特のセンスで放たれるジョークは、アルテミスの神経を逆なでする。

 ホープに対しても、激昂誘発剤に成り得た。どんな感情刺激コードよりも、シュノンの言葉は負の方向性で優れている。


「シュノン!」

「真っ赤なお顔のトナカイさんになっていますことよ、ホープ! やマジで、条件反射的に出ちゃうんですって奥さん! うわあ!!」


 ホープとアルテミスがタッグを組んで始まった闘争は、シュノンが基地内を駆け巡り捕縛されるまで続いた。

 珍しくシュノンは謝って、気を良くしたホープとアルテミスが、久方ぶりにウィッチによる説教を受けたことは、わざわざ語るまでもない。



 ※※※



「チクショウ、無駄に怒られちったことよ」


 缶を投げまくったアルテミスは肩を落として缶集めに戻り、ホープはむしろ率先してこういう遊びをしそうなウィッチに千年ぶりに怒られたショックで放心状態となって、義体の強化をするべくまたスリープに入った。

 そのため、シュノンは残りの時間を持て余している。みんな忙しそうに準備をしているため、やることがないのだ。

 睡眠も、兵士御用達という栄養ドリンクを飲んでしまったため取る必要がない。戦いの準備も、シュノンはとっくにできていた。宇宙用のレーザースナイパーライフルと、長らく使っていなかったレーザーピストル。ほとんど実弾兵器による戦闘を行ってきたシュノンだが、別にレーザー兵器が扱えないわけではない。

 むしろ得意なぐらいだ。封印した理由は、節約とレーザーの威力が高すぎたせいだった。


(我ながらバカみたいな縛りをしてたけど、今は十分な意義がある)


 ホープと出会う前、シュノンは人殺しをしていた。そのことをくよくよする気はないし、向こうだってこっちを殺す気満々だったのだ。お互い様な環境であって、向こうにもこっちにも文句を言う資格はないし、仮に片方が言い出したのなら、こっちだって正当な文句をぶつけられる。

 死にたくなかったら、襲ってこなけりゃよかったのだ。相手に殺意がある人間しか、シュノンは殺してこなかった。

 でも、ホープと出会って今まで、シュノンはひとりも殺していない。殺す理由が消えたからだ。以前は殺さないと死んでいた。だが今は……むしろ殺さないからこそ生きている。


(クレイドルの思想は正しかった……と思う。けど)


 頭に残っているのは、アレスの言葉だ。どうしても彼の言葉がこびりついて離れない。敵の言うことをご丁寧に聞く理由はない。なのに、アレスの言葉には力があった。全てを見てきたような男だ。全てを知り得るような男だ。

 ホープは以前、テスタメントはゼウスに騙されたと言っていた。甘い言葉に絆されて、機械の身体に押し込められてしまったと。

 だが断言できる。アレスは自らの意思でゼウスに従うことを決断したのだ。

 誰かに絆されたわけでも、操られたわけでもない。自分で決めて、選択した。


(でも、シグルズは……信じてたんだよね、たぶん)


 アルテミスが言った友達を殺したくなかったという言葉。アレスはどうやらシグルズの友人だったらしい。それはつまり、共和国……治安維持軍に属していた誰かだということ。

 ……何かが引っかかっていた。いつもならスーパーシュノンお得意の名推理! などとお気楽に考えるものだが、そう楽観視できない深刻な何かが。


「情報が少なすぎる……ね。これはきちんと精査して断定しなきゃいけない事柄な気がする」


 曖昧な状態で軽々しく口にしてはいけないこと。そんな気がする。

 ゆえにシュノンはそこで思索を止めて、幻影で彩られた景観へと目をやった。

 広く美しい世界。かつての世界をモチーフとした環境映像は、幻想的でシュノンの冒険心をくすぐるものばかりだった。

 きらきらと舞う蝶に、虹がかかっている滝。大きな山には厳かで、美しい川が太陽光を反射している。


(世界が平和になったら、行けるかな?)


 疑問を浮かべて、即座に否定する。

 行けるに決まっていた。自分が言ったことは全て現実となるのだ。

 あっさりと宇宙にも行けるようになった。少々想像していた形とは違うものの。

 ならば、いずれあんな美しい場所にも行けるはずだ。ホープといっしょに。


「また予想の斜め上の方向になったりしないでよね? ふふ」


 誰にでもなく呟いて、手近な岩に座りながら、その光景に目を奪われる。

 タイムリミットまで三時間を切っていた。後二時間もすればスレイプニールへと戦闘員が乗り込んで、宇宙戦争が幕を開ける。



 ※※※


 アプロディアはリンゴをかじりながら、モニターを眺めていた。露出の多い恰好で、映画鑑賞でもするような体勢だ。そこへヘスティアがお盆に飲み物を乗せてくる。質問を添えて。


「お姉様、お姉様。私たちは出ないのですか?」

「そうだよヘスティアちゃん。出たところでどうしようもないしねー」

「なぜですか?」


 メイドの恰好をするヘスティアは、不思議そうに首を傾げる。妹ながらその仕草は人形のように可愛らしい。その愛らしさを評価して、アプロディアは意地悪することなく答えてあげる。


「んーだって、今回の作戦も、今までの作戦も、つまるところはたった一点に収束されちゃうしね」

「たった一点?」

「そう、たった一点。たったひとつ。……全てはさ、ゼウス様の計画通りなわけ。あの人が恐れるのはたったひとつ――。甘ったれた思想を持つ、希望よ」

「甘いのに恐れるのですか? お姉様」

「そうよ、ヘスティアちゃん。むしろ甘いから恐れるの。その甘さはね、ただ単に脳内がスイーツな奴を呼び寄せるだけじゃないの。本当に強い戦士も呼び寄せちゃうのよ。木の蜜に群がるカブトムシのようにー」

「その例えは気持ち悪いですぅ……」

「んじゃ、魅力的な女に群がる……」

「そ、そっちはもっとダメです!!」


 初心なヘスティアの顔が赤色に染まる。本当に彼女は可愛い。

 ――そうとも、強いカブトムシが一度共和国の甘い蜜に引き寄せられていた。でも、我々はもっと甘美な蜜を使って、それを誘惑することに成功している。だから、わざわざアプロディアとしても戦いに赴く理由は感じない。そんなことをしているぐらいなら、適当な男を攫って欲望に身を浸していた方がいいくらいだ。

 あのカブトムシの種類は、一体何だったか。世界で一番大きなタイプだったか。


「ま、何でもいいけどねぇ、私は」

「お姉様?」

「ヘスティアー、男数人攫って来てくれない? 絶倫がいいなー。普通の男だとへばって死んじゃうし」

「む、無理ですよう、そんなの……」


 お盆で顔を隠すヘスティア。やはり彼女は可愛い。そっちの趣味もあるアプロディアとしては、彼女を襲ってもいい気がしてくる。

 でも、今はやめておく。これから面白い出し物が始まりそうなのだ。性欲の解消は、その後にしよう。


「頑張ってね、カブトムシ。ふふふふっ」

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