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「テスト試験が一回のみ。不安ですが」


 だが敵は待ってくれない。いくら計画通りに敵をメトロポリスへ誘ったとは言え、被害をゼロに抑えられるわけではないのだ。損害を可能な限り抑えるためには、自身が敵陣に斬り込んで時間を稼ぐしかない。友軍さえ撤退してしまえば、メカコッコたちの予定通りに事態は進む。

 ホープは意を決してバーサーカーパックを装着し、義体に順応させた。瞬間、電脳を蝕むプログラムが奔り、数多のエラーコードウインドウがレンズ内に表示される。


「く……う……ッ!」


 格納庫内でホープは膝をついた。セキュリティシステムが悲鳴を上げる。虐殺プログラムが、ホープという存在を殺戮機械へ変換しようと試みている。


(こんな……こんなことで)


 ――敵ヲ破壊セヨ。敵ヲ殲滅セヨ。敵ヲ虐殺セヨ――。

 生キトシ生ケル者、周囲デ動ク者、辺リニ存在スル熱量ヲ全テ消滅サセロ。


 義体が意に反する動作をしようとしてスパークし、義体周囲に赤い稲妻が迸る。義眼のカラーが赤と白の狭間で明滅し、スキンの色合いも強制的に変更が施されようとしている。


「……私は――感情優先型、です! 許諾しない命令には従いません!」


 感情アルゴリズムをフル稼働させ、心理光を強く持つ。気合の籠った音声出力を皮切りに、感情優先機構がバーサーカープログラムを屈服させた。義体のカラーが赤を基調としたものとなり、プログラムではなく自身の意思で義体をコントロールする。


「装着完了……むッ」

「H232だ! 破壊しろ!」


 格納庫に二体のテスタメントが侵攻し、ライフルの狙いを付ける。ホープは放たれたレーザーを回避して、背中に差してある二振りの大剣を装備した。


「退きなさい! 今の私は――!」


 一閃。テスタメントの頭部パーツが虚空を描く。首を喪った二つの義体が、力なく崩れ落ちた。


「普段より、好戦的ですよ」


 完全には打ち消せないバーサーカープログラムの影響により、敵の破壊に強い快感を感じる。笑みを浮かべて、いつもより頭に響く戦闘音のする方へと駆け出した。


「任務のために、戦います。仕方ないですしね。攻めてきた方が悪いんですから。ふふ、ふふふ」


 ――相手はテスタメントです。容赦する必要はありません。ああ、気を付けないといけませんね。残念なことに制限時間が決まっています。それまでに何体敵を屠れるでしょうか。

 ホープは格納庫から出撃し、市街に侵入する敵部隊と交戦を開始する。敵に憐れみと剣を向けながら。



 ※※※



 初めて作戦の概要を聞いた時、ブリュンヒルドは反対した。

 リスクが大きすぎる作戦だったからだ。

 けれども、マスターは違った。そのリスクを踏まえても、この作戦は実行するべきだと告げた。

 既にさいは投げられている。後は実行する時を待つだけだと。


(アルテミスを殺しておけば……こんなことには)


 アルテミスに罪はない。それは理解している。彼女には束縛される運命というものがあり、今回はその運命を利用したカウンターアタックとして打ち出された計画だ。

 元よりオリュンポスデータベースの特定は、火星に残る治安維持軍残党が全身全霊を注いでいた重大事項。あれを破壊しない限り、テスタメントは無尽蔵に出現する。ゼウス側の物資も限りはあるだろうが、敵軍の物資が尽きるまで無益な戦いに興じる体力はこちらにもないのだ。先手を打ち、敵軍のファクトリーを破壊する必要があった。

 先陣として地球に帰還したスレイプニールの役目には敵の注意を引きつける囮という側面もあった。そしてそれは見事に功を奏し、敵艦隊は動き出している。宇宙で待機中の友軍が敵艦隊を観測し、オリュンポスデータベースの座標特定に心血を注いでいるはずだ。

 作戦は成功した。市民の多くは逃げ果せている。敵を欺くために残った同胞を退避させ、仮設基地でしかないメトロポリスを放棄すれば被害も最小限に抑えられる。

 マスターが賛同しただけのことはある、優れた作戦だった。――囮として残ったメンバーの中に、マスターが含まれてさえいなければ。


(マスター……私は!)


 高機動パックにより空中を高速移動。サブマシンガンを構えて、撤退戦を繰り広げる友軍へ支援射撃。追撃するテスタメントを撃ち抜き、前方から猛スピードで接近するスカイモービルをシールドで殴り壊す。


(あなたは、正しい! ですが……!)


 レーザーが自身に集中したので、光学迷彩を起動。姿を消したブリュンヒルドに敵が意表を突かれている間に、索敵機能を強化されたスナイパーテスタメントを優先的に撃破する。すると、大まかな位置に兵員輸送用ビークルが機銃を連射してきたので建物を盾にして防ぐ。


「死ぬ気ではないですよね……マスター!」


 ブリュンヒルドは叫ぶ。その発声を無意味と知りながら。敵の兵士を順調に倒し、撃破スコアを稼ぎながらも感情アルゴリズムが安らぐことはなかった。この程度の相手を何体何十体破壊したところで、戦局にさしたる影響はないのだ。

 一般兵同士の戦闘に意味はない。ゼウスは常にこちらの裏を掻いてきた。今回もまた、何か別の意図があるのではないか? この戦闘もメトロポリスの奪取もゼウスにとってはどうでもいい事柄であり、敵の本命は……。


「ッ、邪魔を!」


 緑色のバスターテスタメントが、両肩のミサイルコンテナから粒子拡散ミサイルを斉射した。光学迷彩の偽装が解かれて義体が空中で露わとなる。好機とばかりに放たれる閃光と砲撃。ブリュンヒルドは巧みに回避したが、演算をマスターに割き過ぎたせいか、一発が直撃コースに乗りシールドでの防御を取らざるを得なくなる。


「くぅ!」


 衝撃ダメージが、姿勢制御を崩した。すぐにスラスターが火を噴いて体勢を正常位置に戻すが、さらなる追撃をレーザーが検知。ブリュンヒルドは迎撃するが全てを撃ち落とすことはできない。

 普段の凛とした、感情を出力しないフェイスインターフェースは憤怒のそれに変わっていた。焦りも検知している。テスタメントたちに掛ける時間はないのだ。タイムリミットは設定されている。――邪魔をするな。怒りの籠った単語がログウインドウに表示。


「私の、邪魔をするなッ!!」


 瞬間、義体が青く発光し、義体性能が倍に膨れ上がる。メカコッコ考案の劣化アクセルモードであるETCSはブリュンヒルドにも追加搭載済み。かつてほどのスピードは実現できないが、それでも数十数百程度のテスタメントを屠るには十分すぎる性能を発揮できた。

 ブリュンヒルドは敵の弾幕を縫うように前進し、サブマシンガンとナイフで青銅の種族を蹂躙していく。全ては命令のために。全ては……。


「マスターの、ためにッ!」


 アンドロイドは感情を度外視して命令を実行することができる。

 例えマスターの生死に関わるとしても何一つ問題は発生しない……はずだった。



 ※※※



「バリエーション豊かですね。かつてのように装備が充実しています」


 周辺の敵の装備を確認しながら、ホープは分析した。好戦的な笑みを浮かべた状態で。

 二本の剣は自分のパーツのように身軽に動く。バーサーカーパックと一体化してしまったように感じられる。これがこのパックの特性なのだろう。装着者と同化して殺戮兵器として成り果てる。感情でパックのコマンドを黙殺できるホープだからこそ、最大限のポテンシャルを発揮することが可能だった。


「動きますね、こいつは。フハハハッ!」


 笑みが止まらないが、目標は理解できている。敵の殲滅……撃退だ。最優先排除対象は敵の指揮官。恐らくは奇襲戦に長けたヘルメスだろう。だが、多少寄り道したところで誰かが不幸になることはない。少々時間を掛けてテスタメントを切り刻んだところで誰も――。


『ホープ、しっかりしな。目標は見失わないでよ?』

「先輩、ふふ、先輩じゃないですか。わかってますよ。ただちょっと……敵の数を減らしているだけです。うふふ」


 大双剣によって眼前のテスタメントを無意味なほどにバラバラに切り裂く。付近にいた敵がホープの残虐性に恐怖を抱くが、他ならぬホープの戦闘フィードバックによって上書きされた彼らに撤退の二文字は浮かんでも実行不能。逃げたいのに逃げられない。その恐怖が彼らを混乱させ、入力されたマニュアル通りの射撃しか不可能にさせていた。


「当たりませんよ。当ててくださいよぉ……ねぇ!」

『時間と戦場は制限されてる。あたしは常にモニターしてるから、範囲外に出そうになったら注意するよ。とりあえず、可能な限り敵の数は減らしてくれ。できるだけ、強そうな奴を優先的に』

「もちろんですよ、先輩。ふふっ。雑魚の相手なんてつまらないじゃないですか」

『……本当に制御できてんのかねーコレ。ブリューちゃんも大変だし。……あたしも戦闘用のパックを準備しとくべきだったかな』


 ウィッチは弱気な発言を無線に乗せる。大丈夫ですよ、先輩。いつもよりも甘ったるい言葉で空気を振動させて、ホープは敵義体を微塵切りにしていく。


「先輩は後方支援に努めてください。適材適所ですよ。大丈夫です、大丈夫ですよ。私がついていますから。うふふふ」

『あんたには期待してるんだが、ちと不安になってきた。……む、新手か?』


 ウィッチの疑問はホープのアイカメラを通して解消される。狂化状態のため戦闘に不要なシステムを停止中であるからこそ、その存在を知覚できた。


「バーサーカーパックを装備していないと視認できなかったかもしれません。これは……胸が躍りますね」

『どうにか性格をもうちっとやんわりにできないかな。まぁ、案外こっちの方がいい結果を生むかもしれないのか……』


 ウィッチがぼやいている。そんなこと言わないでくださいよ。性格が改変されたホープは適当に応じながら、しかし義体反応だけは戦闘時のそれとなって高速移動する物体を捉えている。

 カドゥケウスを所持し、周囲を疾走するオリュンポスの十二神ヘルメスを。


「よもや俺をこうも簡単に捉えるとは。義体性能は下がったと聞いていたが、やるのだな!」

「性能が劣化している今だからこそ、私の状態は最高潮なんですよ? 来なさい……ヘルメス!」


 ヘルメスが可変武器であるカドゥケウスの銃身をホープに向ける。ホープは剣を巧みに操って銃撃を斬り落としながら、高速移動を繰り返すヘルメスへと肉薄していった。



 ※※※



「座しているだけで好機が巡るとは、流石神であるだけのことはある」


 笑声が壁を反響する。アポロンは義体出力が極端に落ちた状態ながら、笑みを堪え切れなかった。友軍がメトロポリスに侵攻している音は、地下牢にも響いて来ている。恐らく、治安維持軍は友軍の襲撃に慄きまともな迎撃をできていないだろう。彼らは我々よりも格段に劣っている。

 現に、まさに今、アポロンは自由を謳歌しようとしていた。偵察型のテスタメントが地下牢へと進入し、ドアのロックを解除する真っ最中だ。


「まずは僕を裏切った妹に罰を加えるべきだ。ああ……調教をし直す必要があるな」


 僕より劣る人造人間ヒューマノイドの分際で、僕を見捨てた愚か者。アルテミスにどんな凄惨な罰を与えるか模索する間に、ロックは外れた。


「アポロン様、こちらへ」

「ああ、行こう。僕を生かしたこと、後悔するがいい。まずはH232だ。彼女が最初の復讐相手としてふさわしい」


 義体に装着された枷を破壊して、かつての力を取り戻す。配下が差し出してきたエナジー缶を経口摂取しながら牢を脱出しようとすると、一つの部屋から声が掛けられた。


「おい、聞こえるか」

「何だ? 人間」


 最近牢に加わった人間が、扉の窓から顔を晒す。髭が無造作に生えた、顔に傷のある男だった。本来なら低俗な人間風情と会話に応じるなど有り得ないことだが、更生施設の人間を解放し暴れさせればそれはそれで痛快である。アポロンはテスタメントを呼び寄せながら聴覚センサーを傾けた。


「俺も外に出してくれ」

「僕にどんなメリットがある?」

「奴らに一泡吹かせてやる。俺は強いぞ」

「僕ほどではなさそうだが、その状況はひどく面白そうだ。敵を絆すなど夢想に過ぎないことを教えてやればいい」


 元より解放する算段を検討していたアポロンは、男の要請に快諾した。男は名前を名乗らなかったが、ブラッドユニコーンという組織のボスをしていたらしい。


「奴も名無しなら俺も名無しでいい。友達とはそういうことだ」

「僕もお前の名前などどうでもいい。H232を蹂躙し屈服させることができればな」

「ほう? お前も奴に負かされた口か?」

「口のきき方に気を付けろ、人間。僕は負けてなどいない。これは全て計算通りだ」


 無知な人間による侮辱は聞き捨てならない。男は立場を弁えたようで、そうかと一言だけ応じ扉のロックが解除される。

 ドアが開き男がゆっくりと歩み出た。にんまりとした笑みをみせて、


「それでどうするつもりだ?」


 男は訊ねながら、隣に立つフードを被ったテスタメントを注視する。そして、隠密用の外套を譲れと要請した。テスタメントは指示を仰ぐようにこちらを見てきたが、何も言わないアポロンの意図を汲み取って彼に隠密用のコートを渡す。


「なかなか良いじゃないか」

「……本体と合流し、この街を制圧する。それが方針だ」

「ほう、なら俺と同じじゃないか」


 アポロンは満足げに自分の身体を見回す男へと告げる。妙な感覚が電脳に奔る。

 アイカメラを通して見える男の風貌は小汚いの一言だが、異様な雰囲気が醸し出されているように思えるのだ。低俗な人間如きに多次元共感機能を使うのは憚られたが、状況が状況なのでしぶしぶシステムを稼働させる。

 そして、アポロンは怒号をスピーカーから出力する。


「お前ッ!」


 拳を構えた瞬間に、男がテスタメントのライフルとナイフをひったくる。応戦しようとしたテスタメントはあっさりと床に伏し、男がアポロンに応射した。


「残念だが、俺は独自に借りを返すつもりだ。お前たちと協力する気はないし、無論治安なんたら軍と付き合うつもりもない。ここで倒れろ、アンドロイド!」

「僕に敵うもの……何ッ!」


 男がチャフグレネードを投棄して、アポロンのレーダーが機能不全に陥る。テスタメントはアポロンに得物であるレーザーアローを渡してはいなかったので、彼は格闘戦に移行するしかない。

 とは言え、愚かな人間が相手。自分が後れを取るはずなどない。

 そう高を括ったアポロンの予想は、男の驚異的な戦闘能力に覆されることになる。


「バカなッ! 神であるこの僕に!」

「自分が優れた存在であると驕る。その油断が命取りだ」


 男の射撃は精確無慈悲にアポロンの義体を捉える。出力低下の著しい現義体状況では、男相手に苦戦を余儀なくされていた。自分の選択を後悔する。まさか僕に刃向かう愚か者がこんな近場に存在したとは!


「く……アルテミス、来い……!」


 しかし彼女をハッキングすることはできない。またもやジャミングに妨害されていた。トラブルシューティングが通信可能領域に移動しろと急かしてくる。そんなことはわかり切っていた。今はそんなことはどうでもいい。問題はどうやってこの局面を切り抜けるかだ。……悔しいが、独力では難しい。


「なぜ増援が現われん!! 使い物にならない味方め!」

「部下が無能だと苦労するのはお互い様だな!」


 レーザーナイフが煌めく。アポロンは拳闘術を用いて光の刃に対処するが、男は長年積み重ねてきた経験と勘でアポロンの技術を上回った。刃先がレフトアームを抉り、咄嗟にライトアームを突き出すも、そこへスナイパーライフルを接射が放たれる。両腕を喪失。エラーウインドウが画面内を覆い尽くす。


「バカな……有り得ない有り得ない! この僕が……」

「有り得ないは有り得ない。人間を甘く見ないことだ」


 ライフルの照準が呆けたフェイスモーションを浮かべるアポロンの頭部パーツへと向けられる。咄嗟に足払いをしたが、逆に払われてしまった。床に倒れ、瞠目するレンズの内側には、生存競争を生き抜いてきた男の荒々しくも残虐な笑みが映る。


「オリュンポスの十二神がッ!!」


 ……信号を確認中。エラー。デバイスが接続されていません。強制終了までカウントダウン……残り三十秒。カウント終了と同時にアイカメラの電源が遮断されます。回避するためには稼働中のアンドロイドへの接続、もしくは専用の機器に接続してください。


「容易だったな。所詮はぬるま湯に浸っていた人もどきのロボットに過ぎん。……あの少女とはまるで違う」


 外部音声を確認……緊急用の録画モードをONにします。一時的に映像を記録し、端末内に保護します。音声入力機器との接続を確立。正常動作ではないので、記録保持の安全性は保障されません。速やかな該当機器との接続を推奨いたします。


「む……誰だ?」


 男が足音に反応し、背後を振り向く。すると、別の男が立っていた。

 いや、男と形容していいかは視認者の判断に任せられる。その男性は漆黒の鎧に身を包み、頭部を覆い隠す頑丈なヘルメットとマスクを装着していたからだ。

 破損を免れて稼働していたデータベースが、緊急録画モードと併用して該当人物を表示する。オリュンポス十二神、アレス――。


「お前を殺す者だ」

「ほぉ。いいぜ。やり手のようだ」


 通常の人間なら怖じる相手を前にしても、ブラッドユニコーンのボスは揺るぎなかった。ライフルを向けて、刀が一閃。銃身が斬り落とされるが悲鳴どころか嬉しそうな声を漏らす。ナイフを突こうとして、血と肉片が舞う。銃身と同じように、真っ赤な高周波ブレードによって左腕が切断された。

 血の滴る腕を庇いながらも、男は恍惚な表情のままだった。その異常的な笑みを見てアレスが動じることもない。


「いいぞ……ふはは、いずれ人間は死ぬ。ホープに一泡吹かせられなかったのは癪だが……お前ほどの強者と会えて俺は本望だ」

「ならば望むがままに死ぬがいい」


 刀が輝く。一切迷うことなく、男の心臓が貫かれた。笑いながら死んだ男を一瞥すると、アレスは録画を続けるアポロンの義体を見やる。

 刀を向けると、電脳を完全に破壊した。最低限の記録機能すら喪った義体が、音声情報を入力する。


「お前を殺しにここに来た、友よ。滅びを受け入れるがいい」


 アレスの言葉が、保存領域のない義体内を駆け巡って消滅した。



 ※※※



「速いですね、速いです! アハハッ! 攻撃が当たらない!」


 リーチの長い剣は、高速で動くヘルメスを捉えることはできなかった。が、ヘルメスもホープに近づくことはできずにカドゥケウスによる銃撃を続けている。五分五分の状態だった。


「俺は卑怯な手も容赦なく使う! 朽ちるがいい!」


 フルスピードランニングで周囲を走り回りながら、ヘルメスが叫ぶ。次の瞬間、命令を受けたテスタメントの部隊がそれぞれの武器を手にやってきたが、ホープの好戦的な電脳に浮かんだのはボーナスタイムの文字だった。


「パワードテスタメントの群れ! いいですよね、先輩!」

『もう少しでリミットだから気を付けるんだぞ』

「わかってますよ、ウフフッ!」


 剣を振りかざして、敵陣に突撃する。テスタメントのパーツが宙を舞う。ソードを装備した近接型が勇んで斬撃を加えてきたが、あっさりと防いでその腕を斬り落とした。慄く敵へ蹴りを放つ。足底に仕込まれたナイフが飛び出して義体を貫いた。

 砲撃型には投げナイフの投降により対応。ナイフによるヘッドショットに興奮し、電脳を巡る破壊の快楽をその身を持って味わいながら、ノーマルタイプのテスタメントを斬り壊す。

 テスタメントの部隊は瞬く間に全滅した。チッ! ヘルメスの舌打ち。


「流石アレス殿を退けたことはあるか! ええい、このままでは勝てんな!」

「そうおっしゃらないでくださいよ。楽しみましょう? 何なら手加減してあげますから」

『おいおい手加減はしちゃダメだぞー。……む、この反応』

「先輩?」


 ウィッチの言葉が何かに勘付いたように鈍る。同時にヘルメスも高笑いを漏らした。不思議とアポロンのような不快感を感じないのは、彼が敵ながら謙虚でいるからだろうか。自分の実力を見誤ることなく勝つためにどんな手段も使う手合いに敵ながらも好感を抱くのは、バーサーカーパックによる性格変動だけが原因ではないはずだ。

 ――勝利のために様々な策を講じるという努力の姿勢が好ましい。思想には全く賛同できないが。


「役目は果たした、H232! 逃げるとしよう!」

「逃げる? ええ、待ってください。まだ物足りませんよ」


 ホープの扇情的とも取れる物言いに惑わされる愚かさを、ヘルメスが持ち合わせるはずもない。彼は自身の目的を達して逃走を始めた。逃げ足がオリュンポス十二神一速い男にホープが追い付けるはずもなく、あっさりと彼の逃亡を許してしまう。


「先輩、索敵を。もう一度――」

『や、こっちもタイムリミットだよ。部隊の大半が脱出した。重要物資を転移するためにワープドライブを起動した後、街全体に大規模なジャミングを掛ける。逃げる算段を整えてくれ』

「逃げる? 逃げるんですか? なぜです?」


 ホープの純粋な問いに、マジかよ、という先輩の嘆きが送信される。


『そのパックはやっぱり不良品だったな。どうせそれ付けたままじゃ逃げられないだろうし、パージしてくれ。もう使うこともないだろうし』

「えーそんなぁ」

『えー、じゃない! ったくもう、あんたをからかうのはあたしの役目だろう? あたしを振り回さないでくれって。そろそろマジでヤバいんだし』


 ウィッチに諭されて、しぶしぶバーサーカーパックを切り離す。瞬間、発火したようにフェイスモーションが真っ赤となった。ある種、バーサーカーパックを装着した副次効果、と言っても差し支えない現象がホープの義体に発生している。


「わ、私は一体……!!」

『まぁ全部ばっちし記録されてんだろうし、元に戻ったらそうなるよな。とにかく、計画通りに頼むぞー。ブリューちゃんが心配であまりホープに構ってはいられないんだよ』

「わかりました……うぅ」


 記録データで再生される自身の戦闘狂っぷりに赤面しながらも、ホープは逃走経路を確認する。テンペストを引き抜いて、周囲をスキャニングしながらウィッチの身を案じた。


「先輩はどこに……。まだ街中ですか?」

『そーそー。タワーの中。でも大丈夫。ブリューちゃんが迎えに来るってさ』

「だったら私も……」


 ウィッチの安全確保のための申告を、彼女は首を横に振って拒否した。


『だから大丈夫だって。あんたには合流地点に向かって、敵に追跡されてないかを確かめて欲しい。そこでトレースされたら何の意味もないからな』

「ですがヘルメスの行動理由が気になります。それに……」


 シグルズの居場所。それが気掛かりだった。

 それにウィッチが言いかけた謎の反応についても解消されていない。


「先輩、何の反応を検知したんですか」

『……』

「先輩!」


 ウィッチは少し間をおいて、口を開いた。無線に宿敵の名前が乗せられて、ホープはアイカメラを見開く。忌むべき、恐るべき名前だった。


『アレスだ。奴が来てる。……シグルズ様が迎撃に向かった』

「……ッ!!」


 先程とは打って変わり、街中での戦闘音は控えめになっている。だが、アレスの登場はどのような砲撃が爆撃よりも、ホープの感情アルゴリズムをざわつかせた。

 不安な方向へと。不穏な予兆が周囲を漂う。

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