収束
敵の数は多いが、それでもホープの性能を持ってすれば対処は可能だった。市民の確保も済んだ今、敵の無力化に全力を注げばいいので大きな問題が起こりうるはずもない。
ホープはスタンショットで遠くの敵を気絶させながら、センサーをフル稼働させる。残りの優先タスクは敵のボスの捕縛だった。だが、近くにボスらしき反応は見られない。生体磁場をあらかじめインプットしてあるので、黄金の種族ほど高性能ではないものの、ボスの追跡事態は滞りなく行えるはず。発見もそう遠くないはずだった。
なのになぜかセンサーはボスの反応を捉えない。
ホープが感じた疑念はヌァザも共通のものだったようで、彼は敵にゴム弾を命中させながら訊いてきた。
「まだ見つからないのか?」
「ええ」
ライフルを撃ちながら突撃する男を蹴り倒す。横では、ヌァザが義手によるアッパーカットをモヒカンに放った。
「こいつらは囮だ。ボスは俺たちに束でかかったところで勝てないとわかっている。認めたくないが、奴は頭がいい。政治体型こそふざけたものだが、カリスマ性は申し分ない。ここにいる連中を引きつける魅力がボスにはあるのさ」
「ですが、どこに逃げるというのです?」
二人がかりの攻撃をホープはシールドで軽くいなす。双方に一発ずつ拳をぶつけ、しばらく休息を取ってもらった。
ヌァザは水平二連をブレークオープンし、敵の銃撃を躱しながら応じる。
「ここじゃないどこかさ。こういう時のために何か用意しているんだろう。抜け目のない男だ」
「ですが、だとすれば何かしらの移動用ビークル……聞こえましたか?」
タイムリーな音が戦闘音に混じったのを、ホープの聴覚センサーは逃さない。ヌァザも同じだったようで、すぐに表情に焦りが混じった。彼は返事をしながら駆け出し、ホープとも敵とも距離を取る。
「ヌァザ! どこへ!」
「決まってるだろう! 復讐を果たしに行く!」
「そんなことは許可しま――邪魔を!」
ヌァザを追尾しようとしたホープは、モヒカンの群れに阻まれる。敵の最優先は自分であり、ヌァザは二の次なのだろう。つまりボスはヌァザ相手なら出し抜ける自信があるということでもある。
治安維持軍としての責務とヌァザ当人の安全面を配慮すればなおさら彼単独でボスを追撃させる訳にはいかないが、ヌァザは鋼鉄馬を呼び出して走り出してしまった。
く、と歯噛みするホープを囲む暴徒たち。困り果てるホープは敵対勢力の掃討へ戻るが、
「こっちは片付いた!」
「シュノン! 姫様!」
シュノンとフノスがプレミアムに乗って派手に登場した。フノスが荷台の銃座を使って銃弾の雨を暴徒に降らせる。驚嘆すべきは誰も重傷を負っていないことだ。全員が軽傷。痛みのせいで動けなくなり、蹲って苦悶の声を漏らしている。
だが、それでも敵の数の方が多い。飛び乗って追撃する訳にはいかなかった。市民の安全が脅かされてしまうため、ヌァザとボスをみすみす取り逃がすしかない……かと思われた。
「案じないで、ホープ。ほら……聞こえまして?」
「またエンジン音? もしやボスが戻ってきた……?」
呟きながら自己否定する。ボスもそれなりの腕前を持つとはいえ、後から奇襲に戻るなどは有り得ない。だとすれば遅すぎた。部下と共にホープを攻撃するのが最善手である。
とすれば、この音の発生源は敵ではなく――。
「依頼に応じて参上した」
「チュートン……! 姫様……」
空を舞う銀騎士を目視し、ホープが苦笑のフェイスモーションを浮かべる。これもまた姫様の采配だ。敵味方の被害を最小限に抑え、確実に事態を収拾するための計画。最初から最後まで姫様の思惑通りだったのだ。自分はまんまと操り人形となっていた。
だが、悪い気はしない。むしろ良い気分だった。それでもまだ勝利の美酒を味わうには早い。最後の仕上げが残っている。
「こちらは治安維持軍だ! 武器を捨てろ!」
メカコッコ特製の兵員輸送用ビークルが周囲に展開し、ガトリング砲が暴徒たちに向けられる。降車した大量の兵士たちがライフルで抵抗の意志を見せる暴徒を狙い、その気力を完全に削ぐ。暴徒たちは次々に投降し始めた。
「姫殿下、依頼は果たしたぞ」
チュートンが地面に着地し、フノスに報告する。確かに、と姫は微笑し荷台からプレミアムの助手席へと移った。
「ホープ、そちらはお譲りしますわ。早くお乗りになって?」
「ええ……!」
ホープは銃座へ飛び乗る。あっちの方が頑丈そうでいいなー、などと羨ましがっていたシュノンへ催促した。
「早く行きましょう、シュノン!」
「オーケー。どうにか貰えないかな……タダで」
「プレミアムは銀河一の乗り物なんでしょう! 早く!」
「わーってるって! 行くよ!」
ぼやいてるシュノンがアクセルペダルを踏み込む。ホープが到底真似できない鮮やかな発進をして、高級車がボスとヌァザの元へと走り出した。
※※※
復讐は今の世界において砂の中から砂金を探すようなものだが、それでもヌァザは諦めなかった。友達は、とてもいい奴だった。あんな無残な死に方をしなけりゃいけない人間ではなかった。
そもそも自分に良識というものを与えたのも、番人をしていた友達だった。彼が知識を与え、俺という存在を強固なものへと補強してくれた。
その彼を殺したのがブラッドユニコーンのボスだ。奴は流れ者として、友達が管理していたシェルターへとやってきた。
友達は善人だったから、素直に奴の言葉を信じ招き入れた。それが過ちだった。
義手が、失ったはずの左手が強く疼く。ヌァザは痛みに顔を歪めながら荒野を馬で駆ける。
前方にはバイクに跨るボスがいた。こちらに気付いてはいるのだろう。だが、友達の遺品であるシルバーを振り切ることができないでいる。
「お前も主人の仇は取りたいだろう? 違うか?」
馬は何も言わない。鳴くこともしない。それを否定と受け取って、ヌァザはぎこちない笑顔を浮かべる。
そうだろうな、と諦観の想いを心で描いた。そうだ。友達は復讐など望んじゃいなかった。
此度の復讐は友達のためなどではない。贖罪ではなく、自分のためだった。自分が納得できないから、長きの時間を敵の捜索に費やしたのだ。不可能だと頭の片隅で思いながら、それでも奇跡的にボスの元へと辿りついた。
絶好のチャンスだ。今を逃せば二度と機会は訪れない。友達が、自分の手伝いを申し出てくれた彼女たちが自分を諭しても、どうしても止まることができないのだ。
亡くなった左腕が痛む。この苦痛を和らげるためには、奴を殺すしか手立てはない。
「約束を破って飛び出してきたんだ。恨まれるだろうな」
友達が最後に望んでいたのは復讐ではなく、人々の守護だった。
悲劇は事象だ。何かを起因に発生し、根絶することなど不可能。ゆえに復讐など、個人的感情を鎮める行為以上の何物でもない。所詮は自慰行為だ。食欲を満たすこと、性欲を発散することと何も変わらない。そういう点では、ヌァザもボスも大差ない人間だ。
「俺は愚か者さ。赦せ、友よ。いや……」
赦してくれずとも構わない。
ヌァザは友がくれた馬に跨り、友の遺品である義手を使って、友に譲り受けた散弾銃を腰に差しながら、友の遺志に背いてブラッドユニコーンのボスを追う。
復讐のために。幻肢痛を止めるために。
※※※
バイクのミラー越しに覗える男を、ボスは奇妙な物でも見るような視線で眺めていた。
「よもや復讐か。よほど執念深い性質に見える」
初めてあの男が玉座の間に来た時、ボスは妙な既視感に囚われていた。それがよもや、かつて自分が略奪した男の身内だとは思うまい。世界は広く、何の当てもない復讐に身を投げ出す愚か者などいるはずがないからだ。
だが……奴は辿りついた。凄まじい執念でこの俺様を見つけやがった。
(利用してやろうと思ったが、高くついたな。してやられたぜ)
あのフノス姫とやらに関しても、手放しで信用したわけではない。部下に見張らせていたはずが、どうにかしてあのお嬢様たちは監視の目をかいくぐり、見事ブラッドユニコーンを壊滅させた。
いや、あの戦いぶりを見るに部下たちを生かしているのだろう。非常に賢く、再利用の精神を持っている。彼らは此度の戦闘で損益を被るどころか、大量の労働力を手に入れた。
単に力を誇示してやればほいほい従う哀れなゴキブリ共だ。あのお姫様の持つ不可思議な能力とカリスマ性なら、いとも簡単に絆すことができるだろう。
(バカは感情論で動きどうでもいいことに命を賭けるが、奴らは違う。自由に振る舞えば天下も取れたろうに……これが古代文明か)
どうやら彼女たちは本気でかつての世界を復興させる気らしい。素晴らしい思想だとは思うが、生憎こちらに関わる気は一切ない。弱肉強食の世界は弱き者にとっては地獄だが、強い者にとっては理想的な環境なのだ。
何より、敵を殺す感覚は良い。殺されかける感覚も。自分が生きている実感を与えてくれる。ゆえに、ヌァザに追いかけられている今この瞬間、ボスは生の悦びに心を高鳴らせていた。
――間抜け共ならこの状況を愉しむことなどできはしないだろうが、俺は違う。こういうサプライズがあるからこそ、人生というのは面白い。単純だが奥深いこの世界を俺は愛しているし、どうやら奴もそのようだ。だからこそ、過去の最先端ではなく、未来の最古な生き様を披露しようとしている。
「良い友達になれそうだ。だろ?」
ボスはあえてバイクのスピードを緩める。
そして、左手でレーザーピストルを抜き取った。
「愉しもうぜ、ヌァザ!」
子どもが友人に話しかけるような無邪気な笑顔で、ボスはレーザーを放出する。
ヌァザは油断のない表情に殺意の波動を乗せ、殺傷性のある散弾を撃ち放った。
※※※
「見っけた! けどドンパチってるよ!?」
「早く、シュノン! いつもの過剰なまでのドライビングテクニックはどうしたのですか!」
ホープは荷台から運転席のシュノンへ叫ぶ。アイカメラを通して観測される二人の心理状態は、どちらも危険域に達していた。両者が相手を殺害しようと画策している。もし心理観測スキャナーが街の至るところに配備されていた共和国時代なら、もれなく二人ともカウンセリング対象だったはずだ。
いや、現行犯でパトロールドロイドに捕縛されていてもおかしくはない。或いは、治安維持軍の警備部隊に鎮圧されるか、自分のようなエージェントに逮捕されるかだ。
だが、崩壊世界にそのような者たちはいないので、独力で対処するしかない。二人に接近するための頼りの綱はシュノンだった。しかし、彼女はいやー、と言い訳をのたまい始める。
「最近逃げてばっかりいたから、追跡シチュエーションって奴に慣れてなくて」
「何を言っているのですか!」
「ニトロ、を使ってはいかがでしょう。迎えなら私が呼べますわ」
フノスの提案に、そうだねとシュノンが同意。無駄に工程を増やした安全装置のスイッチを順番に押して行き、最後の切り札! という紙の横にあるスタートボタンへ指を置く。
「振り落とされないでよ?」
「今更心配は無用です。てばや、くぅ!!」
シュノンがニトロという名のETCSを始動する。急加速に加え、大量に襲いかかる風圧に義体のバランサー調整を失敗しそうになったものの、どうにかしてレッグパーツを踏み止まった。
猛烈なスピードによって、バイクとホースドロイドがどんどん近づいて来ている。射撃戦に集中していた二人は後方から迫るテクニカルに気付き、双方とも速度を上げた。
「やはり逃げるのですか……! 復讐は!」
ダメと言ったところで彼は聞く耳を持たない。ホープの感情アルゴリズムが不規則な動きとなる。人に言い換えるなら、ヤキモキとしていた。もやもやとした感覚がホープのフェイスインターフェースに影響を与える。
「シュノン!」
「大丈夫だって……今――やばッ!?」
シュノンがハンドルを切って障害物を避ける。ヌァザとボスは、わざわざプレミアムが通りにくい荒道を選択していた。意外なところで共通点を見出しているようだ。互いにこの戦いを邪魔されたくはないのだろう。
だが、それはホープとしては本意ではない。復讐をさせる気はないし、メトロポリスを狙う不届き者をこのままむざむざ逃がすつもりもない。
「こうなったら……!」
「それは少しお待ちになって、ホープ」
自分の足で走破しようとしたホープを助手席に座るフノスが諫める。ですが! という反論をフノスは矢継ぎ早に放った言葉で制した。
「今の道なら、どうにか進めますわ。それに目的地もすぐそこのようです」
「どういう……」
ことですか、とは続かない。その前に入ってきた視覚情報と、シュノンのなんじゃそりゃ! という音声情報が質疑応答プログラムを中断させた。
「あなたたちバカなの!」
「ぶつかります……!」
プレミアムの先で、直進を続けているヌァザとボスは眼前にある建物を気にする様子もなく速度を出し続けていた。ホープとシュノンの警句も届かず二人は建物へと突撃し、轟音と共に壁に穴が空く。さらに驚嘆すべき点は、二人ともその程度の些事を意に介することもなく戦闘を続行しているところだ。
「行きます!」
プレミアムが半壊した建物へと接近した瞬間、ホープは荷台から飛び降りて疾走する。二人の暴挙を止めるべく室内へ入り込もうとした刹那、爆音とともにヌァザが吹き飛ばされてきた。
「なッ!? く――!」
ホープはヌァザを受け止めて停止。ヌァザは苦悶に満ちた表情を浮かべながらも、闘志の炎が消え失せる兆候は見られない。耐え兼ねられず声を放とうとしたホープだったが、即座に回避行動に移らざるを得なくなる。
「何です……!?」
「友達の遺品だ」
ヌァザはホープとは独自にその投擲を躱して、爆風から顔を守る。背後で爆発したバイクから。ホープもその驚異的腕力に目を見張り、崩れ落ちる建物から現れる影へスキャニングを開始した。その観測結果がさらなる衝撃を与える。
「まさか、貨物運搬用の――」
「パワードスーツ。改造を施してるらしいな」
「その通りだ。何の策もなく俺がこのルートを通ったと思ったか?」
ブラッドユニコーンのボスが、深紅の鎧を身に纏ってやってきていた。人間の限界を底上げするためのスーツは、主にコロニーでの更生プログラムに参加した者へ付与される労働用の機械服である。装着すれば、通常の人間では考えられないほどのパワーを出力することが可能となる。
「なぜそんなものが……」
「昔はドロイドの仕事だったろうが、管理に使うエナジーもバカにならなくてな。友達は自分でできる仕事はパワードスーツを着てやっていた」
「それを俺が略奪して、兵器として運用しているというわけだ。普段は使わないんだが……お前たちには全力を出さねば負けてしまうからな」
ボスは饒舌に語りながら、スーツの状態をチェックする。アームの稼働状態を確認し、準備運動のように軽いジャンプを行う。そして、作業用の射出式杭を取り出して、右腕に装備した。こいつはいいぞ、そう解説を交えながら。
「人体から圧倒的強度を誇る装甲板でさえ、こいつを使えば叩き潰すことが可能だ。パイルバンカーとか言ったか? お前ならよく知ってるだろう」
「……厄介ですね。これほどの技術力を持っていながら、なぜ」
「それが好きだからだよ。頭がいいとか悪いとか、関係ないのさ。賢い奴が賢い振る舞いをすると思うなよ? 大概の悪事は頭が悪い奴じゃなく、頭が良い奴が行う」
ボスは心底愉しそうな表情をしながら、饒舌に語った。自分のアイデンティティーを披露して、悦に浸っている。自己顕示欲の塊。見る者にインパクトを与える苛烈なキャラクター。
この世界に生きる住人たちは皆、多少なりとも個性的だ。チュートンのようにあえて目立っている者もいるが、大抵の人間は無意味に個性を散りばめて安全面を度外視した派手なコーディネイトに身を包んでいる。
ホープのように偽装を目的としない、個性をアピールするための衣装。その奇抜なファッションの理由を、ホープはシュノンから聞いていた。
(自分を印象付けるための……。例え敵でも、自分が忘却されることがないように)
誰かに覚えて欲しいという切実な願いが、彼らの服装や行動には表れている。今の世界では、いつどこで誰が死んでも、それを嘆いてくれる人に出会えるかは運次第だ。かつての世界なら、誰かしら見知った人がいて祈りを捧げてくれたが、崩壊世界では気付かれないで死ぬことも多い。
ゆえに、個性的な服装で、過激な発言で他者にアピールするのだ。ここに俺はいるぞ。ここで俺は生きていたぞ。その証明のために。
だが、この男はそんな振る舞いをしなくても、十分自分の有意性を発揮できたはずだ。今までホープが出会ってきた暴徒や蛮族とは違い、彼は知性がある。実力も持っている。安全に生き残る術を身に着けている。
なのに彼は、残忍な振る舞いをした。少女たちを消費物として殺し、部下すらも見殺しにする。マスターの言葉が脳裏に再生される。――真の敵。
「……投降してください。今ならまだ間に合います」
それでも殺すのは躊躇われた。彼を生かすメリットは、現段階でも見受けられない。共和国の法と照らし合わせても、彼を殺害する権利は自身に与えられている。
だが、だとしても、マスターならできる限りは殺さなかっただろう。プロメテウスエージェントは感情ではなく理性で動く。それは例え感情優先型の自分でも変わることはない。
「冗談を言うなよ。なぁ、ヌァザ」
しかし案の定、ボスは取り合わない。ヌァザに呼び掛けて、ヌァザも首肯した。
そのため、ホープの目標実現方法は本来のものへと戻る。
最後通告は終わった。ならば。
「治安維持法に則り、実力行使を開始します!」
「そうだ。来い! これが俺の愛する世界の在り方だ!」
ホープが駆ける。隣のヌァザもホープに意識を割きながら銃を構えた。
ボスはパイルバンカーの狙いをホープに定め、杭を射出。予想以上の攻撃範囲に戸惑いながらもホープは避けて、
「こういうオプションもつけているぞ!」
「なッ……!」
伸びた杭からさらに大量の棘が生えて緊急回避を余儀なくされた。
「こんなカスタマイズを……ッ、シールド!」
「ぼさっとしてる暇はないぞ、アンドロイド!」
ボスは左手に持つピストルでレーザーを穿つ。ホープはシールドでレーザーを受け止めながら接近の機会を窺うが、その先で何の障害もなく先行していたヌァザが水平二連の近接射撃を敢行しようとする。
「余所見をしている暇があるのか? ボス」
「案ずるなよ。ちゃんとお前も見ているぞヌァザ!」
瞬間、パワードスーツが唸る。背部に搭載されたバーニアが火を噴いて、ヌァザの散弾を回避した。ボスはパイルバンカーを装着する右腕で殴打を放ち、ヌァザが左腕の義手で防御する。喧しい金属音が響き、援護に赴くホープへ赤い閃光が放たれる。
ボスは二人相手に何の苦も無く対応していた。どうにか接近を試みるホープだが、寸前のところで再びパイルバンカーによる妨害をされてしまう。
「いい緊張感だ。油断するとやられる!」
「く……ッ。なら!」
ホープはスタンガンを取り出して、スタンショットをボスへ放つ。すると、驚くべきことにボスはあえて喰らった。自身の身体に電流を駆け巡らせて、生きる悦びを享受する。
「いいぞ最高だ!」
「こいつもきっしょい!」
後方でシュノンが叫んで、ライフルを構える。狙撃するが、それすらも難なくボスは避ける。恐るべき難敵、と額から一筋の冷却液を流すホープだが、プレミアムの荷台に乗るフノスは違った。
「そろそろ、お暇の準備をしませんと」
「むッ?」
機関銃による的確な射撃がボスを捉える。行動パターンを完全に読まれた先読み射撃は流石のボスも苦戦を強いられた。その分彼の笑みも大きくなり、回避に全神経を集中して大きな隙が生まれる。
その瞬間をチャンスだと戦術的判断を下し、ホープは切り札であるETCSを発動した。義体が青く発光し、通常の倍以上に性能が強化される。急な加速にボスの反応も遅れ、パイルバンカーの狙いが逸れた。後出しで襲い来る棘も、ホープのスピードより遅い。ライトアーム充填。スタンモード最大出力――。
「終わりです!」
「どうかな?」
ボスのにんまりとした笑み。その瞳に映る先へ目線を向けて、ホープはどうにか対応することができた。
「ヌァザ! 何してんの!」
「見りゃわかるだろう。邪魔をするな」
シュノンとヌァザの応酬を、ホープは散弾を防ぎながら聞き受ける。ヌァザがホープに発砲し、ボスに時間を与えた。ほんの一瞬さえあれば、ホープにカウンターすることができる。
狙いのずれた攻撃をいなし、ボスは力を込めた右拳を打つ。戦闘硬度まで硬質化した義体から火花が散り、物理ダメージがダイレクトに内燃機関へ伝わった。ETCSがダメージにより強制終了する。
「ぐあッ!」
「ホープ!」
吹き飛ばされながらも、ホープは何とか体勢を立て直す。地面へ砂埃を立てながら着地し、腰に装備されているテンペストへ目をやった。
これを使用すれば一瞬で片が付く。だが……。
苦心するホープへ、フノスはアドバイスを行う。かつてと同じように。
「物は使いよう、ですわよホープ。それと、以前私が言った助言を思い出してください。ヘラクレスの言葉でもあるはずです」
「姫様……。ええ、そうですね。シュノン」
「合点承知! ほら、さっさとどかんとやっちゃえ!」
シュノンはもう慣れたのか、即座にホープの作戦を理解する。ホープは頼もしい仲間たちに頷き返すとテンペストを構えた。最大出力。この苛烈な閃光を前にすれば、さしものパワードスーツカスタムと言えども防ぎようがない。
「やっと殺す気になったか? だが」
ボスは笑みを崩さない。フルチャージ射撃を避けられる機動性を彼は有している。
だから笑みを維持していた。ホープの本命がテンペストではないと悟るまでは。
「大技は回避が簡単だ――むッ?」
「だから小技で厄介なパイルバンカーを損傷させる。だよね?」
狙い澄まして伸縮杭に着弾させたシュノンが得意げに訊く。ホープは言葉の代わりに笑みを返した。射出部位が破損したことで、パイルバンカーはただの荷物へと変わり果てる。ボスは苦笑しながらパージして、地面へと得物を落とした。
「なるほど。だが、プライドは傷付かないのか? 単独では俺に勝てないことを証明したぞ」
「私には使命があります。その使命を遂行するためならどんな手でも使います。……信頼に足るマスターの手を借りることに、何の躊躇いも感じません」
ホープは凛とした、信念を携えた眼差しでボスを射抜く。ボスはヌァザの同行を注視しながらもホープへ問いかけてきた。
「そうは言うが、その使命は自分の身を捧げる価値のあるものなのか? 今のところ順調なようだが、古代文明の復興も上手くいくとは限らない。そもそも、本当にその使命は絶対的な、妄信するに足るものか。誰かがお前を利用するためについた嘘ではないと、どうして信じられる?」
「有り得ません。それは。この使命を与えてくれたのは私のマスターです。マスターが私を裏切ることは絶対に有り得ません」
ホープの発言にボスは顔を歪める。幼稚だな。そう述べながら、ピストルの銃口をホープに向けた。
「その純粋な心が砕ける瞬間を見てみたくなった。さぞ美しい泣き顔が見られることだろう」
「……そんな機会はお前に存在しない!」
「ヌァザ! やらせませんッ!」
ヌァザがボスのピストルを撃ち抜く。弾切れとなり、義手を振りかざして殴りかかった。ボスが出力を向上させた拳で応じる。
ETCSを再起動したホープが、そこへ割り込んだ。
※※※
左腕を喪った。
それよりもっと大事なものが目の前に斃れている。血を流し、目を閉じて、安らかな眠りについている。
それを、俺は放心して眺めることしかできなかった。ありふれた光景だ。
見知った顔が、気付くと腐った死体に成り果てていることは普通だ。
だが、今回のは違う。避けられたはずだ。事前に予期し、死は回避できたはずだ。
なのに彼は死んだ。彼自身の甘さ? それは否定しないが、命の恩人でもある彼を、俺は救うことができたはずだ。
だが、結果として俺は救えなかった。彼は骸と成り果てている。
いずれ普遍的な光景として、腐って白骨化して、大地へと還るのだろう。
俺は左腕を喪った。そして、それよりももっと大事なものを喪った。
自分の過ちで。その日からだ。断続的に左腕が疼くようになったのは。
「……どうしても、復讐を認めないか」
ヌァザは仰向けとなり、地面に倒れていた。眩しい太陽がさんさんと輝いている。少し離れた個所には、昼間だというのに月も見えた。憎たらしい光景だ。こちらは地獄のような心境だというのに、奴らは天国だと自己主張してくる。
「当然です。諦めてください」
「難しい、相談だ……」
近くには復讐相手が、友人の仇が倒れている。ホープによるスタンアームをまともに受けて気絶していた。奴もふざけた顔をしている。生きる悦びを噛み締めた恍惚とした表情だ。
友達を殺したアイツが、のうのうと生きている。その事実はヌァザの心を悔しさと憎しみで震わせる……はずが、もはや無味乾燥とした状態だ。
「赦せないのは俺だけじゃないはずだ。性奴隷として甚振られ、無残に殺された女たちも……」
「勘違いしないで欲しいですが、私だって赦したわけではありません。償いはこれからです。生かすことは罰しないことと同義ではありません。それに、彼は死ぬことに幸福を見出せる人種だと私は思いますよ」
ホープの言う通りではあった。あの男は例え拷問を受けたとしても、嬉々として生きている痛みに身を投げ出すに違いない。残虐的な殺害方法を取っても、奴は悦びを感じる。自分で言える立場ではないが、奴も大概異常者だ。
何よりも奇妙なことは、ヌァザ自身ボスに対してある程度の共感めいたものを抱いていることだ。ミイラ取りはミイラ取りになると言う。復讐者も復讐へ至る過程で、いつの間にか対象者へと似ていってしまうのだろう。それも、他者が復讐を諫める理由の一つだ。大事な人を殺されたあげく、身も心も仇へ似てしまうなど悲劇以外の何物でもない。
「復讐が最善の解決方法だとは思えません。もっと別な方法があるはずです。復讐は何も生まない、と言いますがそれは違います。悲劇を生むのです」
「……なら、俺にどうしろと?」
「遺志を継ぐこと。それがご友人への最大の手向けとなるのでは」
「今更か?」
ヌァザは苦笑気味だ。少なくとも自分が逆の立場だったら、呆れて物も言えないだろう。不思議なのは、友であれば両手を広げて歓迎してくれる気がすることだ。あれほど心が広い人間ならば、多少足を踏み外したところで親身になってくれるはず。
友達に想いを馳せれば馳せるほど、自分の行いが過ちであることに気付く。今更、ではあるが、今だからこそ、でもあるのだ。
絶好のチャンスだ。復讐の機会、という意味だけではなく友達に恩返しをするターニングポイント。
「赦して、くれるか。いや、赦してくれずとも構わない、か……」
ヌァザは左腕に目をやる。一番自分を赦せないのは友ではない。他ならぬ自分だ。
自分自身を赦せるか。ヌァザは心に問いかけて、今はそんな些事にこだわっている暇はないと結論付ける。自己中心的に行動する時ではない。今は、友の最期の願いを実現する時だ。
「お手を」
「ああ、助かる」
ヌァザは左腕でホープの左手を握り、立ち上がる。
俺は左腕を喪った。そして、それよりももっと大事なものを喪った。
だが、ようやく大切な物を取り戻せた。幻肢痛は消えていた。
※※※
「猶予は長く残されていないだろう。計画は順調に進んでいるが、被害は避けられない。……敵は我々をよく知っている」
「こうなることは予期していた。例え敵の罠に掛かろうとも、ただ喰らうだけでは終わらせない」
シグルズは沈痛な面持ちで言い放つメカコッコへ、力強い眼差しを注ぐ。
その瞳には覚悟が秘められていた。同時に悲哀も。
「準備はできているかね?」
「無論だ。千年前からな」
「……彼女は耐えられると思うか?」
メカコッコはニワトリドロイドの姿ながら、かつてのドヴェルグ博士を彷彿とさせる口調で問う。
シグルズは台座に設置されているエルピスコアを見つめながら、厳かに回答した。
「問題ない。彼女は意志を継承している。例え堕ちたとしても復活するはずだ」
「なら良いのだが」
「彼女は最後の希望だ。そして希望はどんな絶望に陥ったとしても決して折れることはない」
シグルズは断言すると、踵を返した。薄暗い通路の中へと毅然とした振る舞いで進んでいく。
「すまないな、ホープ。……パンドラ」
メカコッコの謝罪が室内にこだました。




