乱戦
痛みが身体中を蠢いている。頭の中に直接声が響く。
――助けて! 誰か! 助けて!
しかしその声に応えられる者はいない。誰一人。それは避けられない運命だった。
最初からそう仕組まれていたかのように、彼らは皆死を迎えた。偶然ではない、必然。お前はここで果てるべきだと、命じられて死んだのだ。
燃え盛る業火が世界を包む。人々を燃やしつくし、その場には何一つ……真っ新な灰すら残されない。全てが消滅し、全てが破壊された。壊れた大地に種が植えられ、創造主はじっと待つのだ。その芽が息吹き、子を産み落とし、自らが統治するにふさわしい世界へ生まれ変わるのを。
「全ては運命、宿命なのだ。無駄な足掻きは止せ……」
男が呟く。誰かに言い聞かせるように。しかし、周囲には誰もいない。何もない広大な大地が広がるだけである。
が、不意に変化が起きる。突然周囲に散らばった粒子が集束し、人の形を成した。
女だった。彼女は言う。
「大丈夫。あなたがどうしようもない時は、きっとあの子が支えてくれる――」
その言葉を受けて、男は動いた。刀を抜刀し、横へ振るう。
しかし、女は消えない。頭の中に、自分の中に居座ろうとする。幻痛のように。
ゆえに、男は刀を投げ捨てた。代わりの武器を即席ワームホールの中から取り出す。――漆黒に染まったレーザーサーベルを。
「俺の邪魔をするな! お前は死人だ!」
閃光が、記憶の中の女を切り捨てた。
「――友よ、夢を見ていたようだな」
「はい、マスター」
主君には嘘偽りなく答える。ゼウスが眼前に佇んでいた。
自身の前には古い武器が置かれている。その剣に紐づけされた記憶が、自分の精神を惑わしたのは明らかだった。
「忌まわしき記憶が、私に怒りを与えてくれます」
「その怒りを糧に仇敵を滅ぼすと良い」
ゼウスはアレスに期待を覗かせる。主は自分に期待を寄せている。フードの中に隠れる凍てつく視線はアレスにとって絶対的な眼差しだ。主に見られることで、アレスは自身をアレスだと思い出すことができる。死者に呑み込まれることなどなく。
アレスは剣を手に取り、ワームホールへと放り投げた。簡易転送システムは不具合も多いが、単一の品物を保存するのみならば正規のワープシステムを使うよりも利便性が高い。
「使わぬのか? 友よ」
「使う相手は限られます、マスター」
「奴の遺志を葬り去る時に、か。良いとも」
ゼウスは全てを見据えているかのように笑いをこぼす。主には未来が視えているのだ。自分がその剣を振るい、亡霊を薙ぎ祓う姿を予期しておられる。
アレスもその時を待ち望んでいた。一体いつになるのか。奴の遺志をこの世から抹消できる時は。
「焦らずとも時は来る。いずれな」
「はい。進捗状況は」
アレスが問うとゼウスは室内から外へと赴いた。快晴の空を見上げる。
アレスが光り輝く太陽を疎ましく思っていると、ゼウスは逆方向に浮かぶ月を示した。
「月は昼でも見える。問題はない」
「ヘルメスは」
「艦隊を整えておる。直に完了するであろう」
「……では私も準備を進めておきます」
アレスが作業を続ける旨を伝えると、ゼウスがおかしそうに笑う。今更何を言っているのかと、呆れが混ざった笑声だった。
「何を言うか、友よ。既に準備はできているではないか。遥か千年前から」
※※※
やはりこうなるのですか。そう思わざるを得ない。どうしてもこうしなければなりませんか。そう問いかけたいが、周囲には味方がいない。別行動をしている。
代わりに周りを囲う暴徒たちが、興奮したサルよろしく騒いでいた。辟易としながら聴覚センサーの音量を調整し、最適な感度へと変更する。
ホープはブラッドユニコーンの集会場の真ん中に立たされていた。粗野な造りの会場は、最低限“場”としての機能を満たしているだけで文化的な拠点であるとは言えない。周辺には性奴隷扱いを受けている女性や少女が床に寝かせられ、清潔感という言葉を忘却した男たちが、悪臭という評価が可愛らしくなるほどの汚臭を放っている。
無論、嗅覚センサーにもフィルタリング処理を行っている。もしまともに嗅げば鼻が曲がる程度では済まされない。センサーとしての機能を喪失するだろう。そう思ってしまうほどだ。
(早く準備を終えてくださいね……)
祈るように念じながら、ホープが玉座と思しき椅子に座るブラッドユニコーンのボスを見つめた。アイカメラから入力されるボスは、恰幅こそバルチャーファミリーのそれとは程遠いが、健康的な肌と好戦的な笑みを浮かべている。嫌な視線が義体表面を貫き、対人センサーに奇妙な触感を与えていた。
「それで、本当に仲間になる気になったのか?」
ボスの質問に不快感を押し隠しながらホープは答えた。
「は、はい。あなた様の忠実なしもべとして私は――」
「なるほど。ではまず私と寝床を共にしろ」
「――メトロポリスの全容と治安維持軍の現戦力について……今、何と?」
事前の打ち合わせ通りに諳んじたホープに、ボスは恐ろしい発言をする。いつの間にかボスの眼光は鋭くなり、なぜか暴徒たちのボルテージが上がっていた。なぜだか既視感を感じる。バルチャーファミリーを出し抜いた時の光景が電脳に上げられた。
「俺と寝ろ、と言ったんだ。アンドロイドの感触を確かめたい」
「な、なぜです? 私に生殖機能は搭載されていません……」
「人間というものは不条理だ。子を成すために生殖を行う訳ではない。快楽を得るために性交をするのだ。そうだろう? お前たち」
流石ボスだぜ! そんなセリフが場を満たす。女奴隷たちが縋るような、祈るような、同情するような視線を投げてきた。一瞬気の迷いが出力されそうになったホープだが、彼女たちを見回して力を取り戻す。
「構いません、が……まずは情報共有するのが最善かと」
と愛想笑いを浮かべて先送りにしようとするホープへ、ボスは意地の悪い、だが姫様の小悪魔的なものとは違う邪悪さも混じった笑みを浮かべて、
「いや、寝るのが先だ。どうせ決行はしばらく後だ。情報共有は興奮が冷め、頭が冴えてる時で構わん? お前らも興奮した状態じゃ、まともに頭が回らんだろう?」
「……ええ、いい、ですよ?」
かろうじでフェイスモーションを交渉用のパターンで保持できているが、普段のホープなら嫌悪感を爆発させてもおかしくない状況へと至っていた。今はひたすら仲間たちの行動がスムーズに行くことを願うばかりだ。
「では、寝室へ……」
ベッドへ赴こうとするホープへボスはまたもや否定してくる。とんでもない提案を同時に混ぜ込んで。
「いや、ここでする」
「は……ぁ……?」
呆れと驚嘆の余り、言語中枢が変換した言葉をスピーカーへ送信し損なう。欲望に忠実な暴徒たちは実に楽しそうに奇声を上げた。ヒャッホウ! 思わずその顔面へテンペストを撃ち放ちたくなるが、生憎武装は全て姫様たちに預けていた。
く、と葛藤するホープの姿を見て愉悦しながら、ボスは部下に準備を命じた。少女たちの悲鳴が轟く……が、中には悲鳴を上げる気力すら残されていない者もいる。
彼女たちのためにも堪えなければ。今のホープには合図を待ち続けることしかできない。
「子どもができないってことはやり放題ってことか? アンドロイド最高だぜ!」
「はは……く、早くシュノン……」
ボリュームを最小まで下げた声で呟くが、非常にも事態は進行していく。ホープに触れたモヒカン頭の一人がホワイトスキンを脱がせようとして、硬質化した義体に難儀を示した。
何だこれ? カチコチじゃねえか! 不満を漏らす。
「ですから私はアンドロイドですので」
「硬度を変更できるのだろう? お姫様から聞いたぞ」
(姫様……! 余計なことを!)
この瞬間ばかりは姫を恨まずにはいられない。しかし抵抗しても仕方ないので、ホープは義体の硬度を下げた。柔らかな肌に暴徒は笑みを作りながらも、服を脱がせられなくて悪戦苦闘している。元々、ホープのスキンに服という概念はないというのに。
「服が脱がせられねえ!」
「これは服ではなくスキンですから……」
「何だお前? つまり普段から全裸ってことか? 痴女じゃねえか」
バカな男がアホかつ低俗な言語を使用する。ホープは我を忘れてフェイスカラーを赤へと染めた。
「人を変態のように言わないでいただけますか!」
「裸体のスキンもあると聞いてる。早くしろ。……それとも、従えない理由でもあるのか?」
「はい……っ」
ホープは躊躇うように固まる。精神的に耐えられる限界が近づいていた。なるべく裸体に近しいスキンへと変更するが、当然それだけではボスは満足するはずもない。
完全に生まれたままの状態を晒す必要があった。人助けのためとは言えそれは抵抗がある。何より、ホープが裸を晒すということは創造主であるパンドラの全てを曝け出すことと同義だ。それがホープには耐えられない。
なぜならパンドラはマスターの――。
「続けろ。どうした?」
「すみません……シークエンスを踏まないといけないので」
と言いながらも表情が険しいものへと変わっていく。感情アルゴリズムが荒立ち、焦燥感が義体を駆け巡った。
早く! 強く念じる。言語中枢が同じ言葉を電脳へ送信し続ける。
「今、最終段階へと」
義体の肌色成分が多くなる。周囲の男たちが歓声を漏らした。
早く! 同じ言葉がウインドウの中へ羅列される。
「コーディネイトを変えます、ので……く」
迷彩が義体の色を変えていく。白から裸へと。ホープの感情のダムが決壊しかかり、恥ずかしさと情けなさ、怒りから義体が震え出す。集う暴徒と奴隷の視線。いやらしさと憐み、そして疑心。幻痛が心を苛み、限界へと至る刹那――。
轟音が辺りへと響き渡った。集会場の外から聞こえる地響きが場を制す。
「何だ? ぐおッ!!」
「間に合ってくれましたね!」
ホープは瞬時にスキンをホワイトスキンへと戻して、目の前に立つ不埒者を殴り倒した。辺りの暴徒が武器を取り出してホープに射撃しようとするが、条件反射で繰り出される銃撃では俊敏なホープを捉えられない。敵将を捕らえて事態を収束させようとするホープはボスへと肉薄し、スタンアームを起動した。任務と使命に個人的動機をインプットして、出力を上げた拳を放つ。
「やはりな!」
「何ッ――!?」
が、ボスもまた身軽な動きで玉座から飛びのき、所持していたレーザーピストルをホープへと撃ち放つ。身代わりとなって破壊された玉座から緊急回避して、ホープは銃撃を避けた。シールドがないのが悔やまれる。驚異的な運動能力だ。
「く、逃がしは!」
「お前ら、そいつを殺せ! ヌァザと姫様、シュノンってガキもだ! 奴隷たちも撃ち殺せ!」
「く、察しがいい男ですね!」
ボスの命令により暴徒たちが規律の取れた殺害行動を始める。ホープはボスへの追撃を諦めて、周辺の奴隷たちを守り始めた。暴徒の銃撃を避け、ヒット&アウェイで撃破スコアを増やしていると、フノスから通信が入る。
『平気ですか? ホープ』
「あのボスは只者ではありません! 逃げられました!」
奴隷を撃ち殺そうとした暴徒が宙を舞う。そこへ殴りかかってきた別の男をホープは足蹴りで壁へと吹っ飛ばした。ヌァザの無線。
『だろうな。奴は凄腕だった俺の友達を殺した。友人はシェルターの番人だった』
「ヘイムダル、ですか……! 別の! なぜ教えてくれなかったのです!」
『教えたらたぶんすぐばれちゃうだろうってお姫さんが言うからさ』
シュノンが割り込む。ホープは撃たれそうになった奴隷を抱きかかえて回避しながら応じる。
「ですが! むッ!」
奴隷を庇いながら移動したせいか、敵に囲まれてしまった。ホープは奴隷を床に優しく降ろし、姿勢を低くさせる。そして、一斉に襲いかかる男たちへ回転蹴りを打ち込んだ。悲鳴を上げながら一気に六名もの男が泡を吹く。
「そっちは大丈夫でしょうね、シュノン!」
ホープは周囲をスキャニングしながら通信を送る。残りは僅か五人だった。
※※※
「そりゃあおモチもちもちよ、ホープ」
イヤーモニターに手を置いた後、掛け声と共に現れる暴徒たちへスコープ越しに狙いをつける。連中はホープを最大の脅威と見なしているのか、集会場へ集結しつつあった。一定練度の連携を取る敵さんに感心しながらも、シュノンとしてはホープの主人公ばりの人気っぷりに嫉妬せざるを得ない。
おいしいやきもちが焼き上がる前に、シュノンはライフルの引き金を引く。
「私は宇宙一のスナイパー! おいでみんな!」
一人が足を撃たれて蹲り、別の男が手を撃ち抜かれてダウンした。三人目は屋上に潜むシュノンへと気付いたが、警告を悲鳴へとシフトチェンジする。
「鬼さんこちら! お元気ー?」
拳銃弾はよほどの凄腕でもない限りこちらを捉えることなどできないので、優先して長物銃を持つ敵から倒していく。腕や足を射抜かれる敵さんはとてもお痛そうだが、命を奪ってはいないので赦してくれるだろう……たぶん。
「随分痛そうだけど、救急車でも呼ぼうか?」
スコープから覗ける敵たちに話しかけながら、シュノンは一人ずつ確実に行動不能にしていく。ここから続く決めゼリフは、いやあごめんここ電波が入らないみたい、だ。救急車というものが人を治療するための医療用車だということを理解するのに苦労させられた映画だ。人が見ず知らずの他人を救うために、携帯を使って連絡するということにも。
「そうだな、急いで呼んでくれると助かる」
「いやあ、ごめんここ電波入らない――あ、ありッ?」
独り言だったはずのセリフに相槌が入り、シュノンの視界がスコープから外れる。それだけではなくほんのちょっとだけ身長が高くなって、自身の成長速度の素晴らしさに感激する――はずもなく。
「嘘っ!? いつの間に!」
「調子に乗りやがって。死ね、クソガキ!」
シュノンはまさにビッグフットの異名がふさわしそうな大男に外套を掴まれていた。背中を摘ままれてちょっとした空中飛行の気分を味わっている。空を飛ぶって最高! などと思うのは一瞬であり、急いで外套を脱ぎ去ってスタイリッシュとは程遠い無様な着地をした。お尻にダイレクトアタック。
「あいだッ!! このッ!」
「女が男に勝てるわけないだろう!」
「男女差別反対だよ!」
ご自慢のリボルバーを取り出して撃つ。眼を瞑っても当たるはずの巨体は、凄まじい反射神経で銃弾を回避した。ええッ!? と驚く間に大男はシュノンのリボルバーを弾き飛ばして、首を掴んで締めてくる。腕力に物を言わせて。
「あぐッ……か……!」
「首の骨を折ってやる。案ずるな、死んだ後に犯してやるよ」
「きしょい、ってえの!!」
シュノンは咄嗟に目潰しをした。首が解放されて屋根の上に背中から打ちのめされる。苦悶の声を漏らしながらもリボルバーへと手を伸ばし、反撃してくる大男の両足と腕へと銃弾を喰らわせた。大男が苦痛に呻きながら転がる。シュノンは外套を回収しながら一言。
「電波届いてもあなたにだけは絶対救急車呼んでやらない! っと」
コール音がイヤーモニターから聞こえたので通信に出る。相手はお姫さんだった。
『シュノン? 援護してくださらない? 奴隷小屋にも敵が来てますの』
「了解? どれどれー?」
シュノンは外套を羽織りながらライフルを抱える。狙撃位置を変えて、奴隷小屋をスポットした。
※※※
集会場以外の奴隷たちの確保は特に滞りなく済んだ。集会場の人々に関しても心配はしていない。プロメテウスエージェントであり友人であるホープがいるからだ。
「後でお詫びをしませんと」
フノスは人々を誘導しながら呟く。いくらその方が都合が良かったとはいえ、彼女に不快な思いをさせてしまった。昔からホープは嘘を吐くのが下手だ。同じアンドロイドであるブリュンヒルドやウィッチ、エルルーンたちのように、公私の切り替えが完璧にはできない。
だが、だからこそフノスは彼女を愛らしいと思っている。人よりも人らしく、感情豊かなアンドロイド。嫉妬めいた感情を抱いたこともある。
彼女のように自由奔放に生きられたら、世界はどのように見えるのか、と。
「全く見えないのも困りますが、見えすぎるのも大概ですわね」
奴隷小屋は粗末な作りで、まだ動物の飼育小屋の方が環境を整備されている。抜け出そうと思えば抜け出せるだろうが、ここに向かう途中いくつかの死体が散見されたので、脱走の意志のある者は抜けた途端に殺され見世物にされたのだろう。
支配の基礎をボスは身に着けていた。フノスが学んだ統治方法とは真逆の、恐怖による支配方法。ゼウスが築く帝国と似たようなものだ。彼らは悪習を生み出し、多くの罪なき人間を殺してきた。
(それでも……救わなければ)
とは言え、一方的に彼らを責めることはできない。精確にはフノスにはその資格がない。人間の性格や習慣などは環境によって千差万別する。もし共和国が今まで存続していれば、彼らとてこのような悪事を働くことはなかったのだ。
もし仮に悪に染まりかけても、治安維持軍が彼らを救ったはずだ。千年前のカウンセリングなら心理光が汚れたとしても綺麗に掃除できたのだ。
じっくりと時間を掛けて更生させ、社会生活を送らせることができた。堕ちた者も堕とされた者も、堕とした者も全て。
(私の力不足です。ゆえに)
――これ以上の悲劇は起こさせない。フノスは避難民を奴隷小屋の一角に集めさせると、周囲に危険な罠の類がないかチェックした。
(小屋に罠はない。とすれば)
小屋の外を確認。原始的なとらばさみなどが設置されている。あえて古典的なトラップを使うことで、引っ掛かった者だけではなく周囲の同類に恐怖を与える仕組みのようだ。
「解除自体は簡単ですわね。問題は」
フノスは急速に集いつつある敵の反応を感じ取った。集会場へ向かう部隊も多いが、こちらへ向かっている敵の数もそれなりだ。自分ひとりならばまだしも、体力と気力の消耗が激しい奴隷たちを庇いながら戦うのは困難を極めた。
「うふふ、ホープへの教えは実行しなければ」
遠い昔、ホープと会って間もない頃、彼女へ伝えた助言の通りフノスはイヤーモニターに左手を当てる。援護を要請すると、シュノンは即座に対応してくれた。
『うひょー、こっちもそれなりにいるじゃん。お姫さんだけで大丈夫なの?』
「敵を倒すことに関しては。でも、奴隷たち全員を守ることは厳しいですわね」
『……タイムリミットはどれくらい?』
尋ねられて、フノスは眼を瞑った。リミットを計算する。
「後数十分、というところかしら。それまで持たせられる?」
『任せとけぃ! ヌァザは?』
「他に隠れている平民がいないか捜索中ですわ。それでは始めましょうか」
フノスは拳銃を引き抜いた。素人が使えば火力不足は否めない拳銃でも、玄人が使えば技巧的な武器となる。そしてフノスは、王族は平民より全てが上だ。
フノスは拳銃を片手に持って小屋の外へと歩み出ようとする。不安そうな奴隷の心を読み取って、フノスは人を安堵させる笑みを浮かべた。
「安心してくださいね。私がついていますわ。それと」
先にシュノンがライフルを発砲した。呼応する悲鳴。隊列を作っていた暴徒たちが巣穴を踏みにじられたアリのように散り散りとなる。
「頼りがいのある仲間も、です」
引き金を引き、手近な男の足を撃ち抜く。敵に語りかけながら、華麗に連続射撃を敢行した。
「そちらもご心配なく。医薬品のストックは十分にありますので、出血死する心配もありませんわ。ただ、ショック死の可能性は残されていますので、持病をお持ちの方は――あら?」
背後から男がナイフを振りかざして奇襲する。フノスはそれを見ることなくステップを踏んで避け、強烈な蹴りで男を倒した。
「このように、銃撃ではなく体術で気絶させて差し上げます。滅多にないですわよ? お姫様に蹴られる経験は」
フノスは上品さを携えながら、暴徒を鎮圧していく。蝶が舞うようなその可憐さに、味方どころか敵さえも魅了されていった。
※※※
「姫様、こちらは片付きましたが」
暴徒たちを行動不能にしたホープは、事態を取り仕切るフノスへと連絡した。姫様は戦闘音のようなものを回線に乗せながら、しかし息一つ乱すことなく返答する。
『もう少しだけ』
「は?」
言葉の意味がわからずホープは問い返した。いつぞやのように戦闘が愉しくて止められない、という理由でないことを切に願う。
『もう少しだけ、暴徒の相手をしていてくださいまし。後少しで全ての決着がつきますわ』
「どういう意味です? まだ私に隠し事をしているのですか?」
姫様の性格上仕方のないことなので語調は控え目だったが、フノスは謝罪を口にした。
『申し訳ありませんわ。あなたは、その』
「嘘を吐くのが下手。わかってはいますが、これでも私はバルチャーファミリーなど出し抜いて――」
『チュートンには見抜かれた、と聞きました。シュノンにも基本的にいつも見破られているとか』
「そ、それは……。とにかく、次の指示を。外の敵を掃討すれば良い、という認識で合っていますか?」
事態は今のところ単純明快に進んでいる、というのがホープの分析だ。奴隷たちの安全を守りながら敵を無力化する。暴徒鎮圧の典型的ケースだ。
大まかには合っていますが。フノスはホープの認識を改めさせた。
『ヌァザの動向に注意を。それとボスの行方も気になりますわ。あなたは敵を倒しながらブラッドユニコーンのボスを捜索してくださいませ』
「了解しました。ではまた」
ホープは奴隷たちに指示を出した後、ブラッドユニコーンの街へと繰り出した。すると、数十人規模の敵が外で待ち構えておりホープは戦闘態勢を取る。とそこへ、
「待ったか? そら」
「ヌァザ……」
現れたヌァザがホープへと武装を投げ渡す。アームソードの使い道はあまりなかったが、パーソナルシールドとスタンミサイルはありがたかった。テンペストと実弾拳銃、さらなる追加装備としてスタンガンまでもが渡される。
「これは……?」
「姫様からの餞別だ。仕事が楽になるだろうと」
「姫様、ありがとうございます」
心から姫に感謝する。その様子を意外に思うヌァザが、ソードオフの水平二連散弾銃を抜き取りながら訊いてきた。
「怒ってないのか?」
「怒ってなどは。いえ、多少は怒りも含まれていますが、姫様は私の友人でもあるので」
「仲が良いんだな。俺の友達は共和国の人々は皆仲が良かったと言っていた」
「仲が良い、とは少し違うかもしれませんね」
暴徒はホープの戦闘力を警戒しているのか、すぐに攻撃はしてこなかった。スタンガンを右手で構えるホープの隣で、ヌァザが水平二連を装填する。殺傷率の高い散弾の使用を諫めようとしたホープは、中身が非殺傷用のゴム弾であることに気付いて止めた。
「それはどういうことだ? 仲良しこよしじゃなかったのか」
「隣にいる権利を認める。言わば、そういうことです。仲良くなる必要はありません。ただ隣にいることを許諾し、争わないこと。それが共和というものですよ。そして、困った時には協力するんです。まぁ、実際には国民の仲は良かったですが」
「面白い。もう少し話を聞かせてくれ。……ファントムペインとおさらばした後でな」
ヌァザが義手で銃を構え、敵に向かって撃ち放つ。その銃撃を合図にホープは敵と交戦し始めた。ホープはスタンガンを穿ちながらシールドを展開し、敵の群れへと突撃していく。