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ファントムペイン

「ただいまー!」


 威勢の良い帰還の声が街中に響く。だが、スピーカーを通して出力された挨拶にちゃんと返事を返せる者はいなかった。失礼な奴らばかりだ。やれやれ。

 皆が皆瞠目し、挨拶を放ったソレを呆然と眺めている。シュノンは元気ないなぁ、とぽちぽちと端末を操作して、


「シュノン様が帰ったよ! 伝説の英雄が! ほら、歓迎ムードよろしく!」

「無茶を言うものではありませんわ、シュノン。皆、スレイプニールに驚いているのですから」


 フノスに諭されて、ブリッジ内の大型モニターに映る外部映像をまじまじと見つめる。


「あ、ホントだ……。間抜け顔の大安売りって感じ。みんなー、大丈夫ー?」

『帰ってきたようだね。無事で何よりだ』

「メカコッコ」


 ようやく帰ってきたまともな反応に、シュノンは四苦八苦しながら画面を切り替える。メカコッコがモニターに映り、画面を背後から観察するブリュンヒルドが疑問を呈した。


「このアニマルドロイドは」

「メカコッコ……ドヴェルグ博士、ですわ」

「……相変わらずですね、博士は」


 フノスの解説に、ブリュンヒルドは肩を竦める。その様子を見ながら、シュノンはホープへと無線を飛ばした。自分のパートナーの身を案じるために。


「ホープ、そっちは無事?」

『はい、私は無事で――』

「違う違う。私の相棒の方!」

『ああ……プレミアムも、無事転送できましたよ』


 フノスとリン、及びスレイプニールに乗艦していた技師たちの尽力によって一時的な復活を果たしたワープドライブを使い、シュノンたちは新生メトロポリスへと戻ってきていた。無論、プレミアムを置いてくはずもなく、ホープにはそちらの管理を任せていたのだ。ホープ当人は不服さを隠しきれていなかったが。


『あまり良い乗り心地だとは言えませんでした……。エナジーコントロールエラーが再発するかと思いましたよ』

「だからあなたは不良ひ――」

「はいはいそっちで勝手にやってよ。いぇーい、みんな見てるー?」


 シュノンは待ってくださ、と制止したホープからチャンネルを切り替えて、再び外部スピーカーから自分の声を流した。まともに生まれ変わったシティにはまだ滞在していなかったが、それでも顔なじみは結構いる。ようやっと事態に追い付いた群衆に混じるアバロが片手を上げて、辟易とした表情を見せた。そして、無線を使って話しかけてくる。


『ここにいるのはお前の知り合いよりも、姫様が連れてきた同志の方が多い。お前の顔なんざ誰も知らねえぞ』

「だからこそ覚えてもらう意義があるってもんよ。これで私も有名人の仲間入りー! ハリウッドデビューも近いね! みんな私に注目してるし!」


 シュノンがご機嫌になっている後ろで、アポロンの義体を使うウィッチがぼそりと呟く。 


「シュノンちゃんじゃなくてスレイプニールの転移に驚いてるんだと思うけどなー。ま、あたしはそろそろこの窮屈な義体からおさらばするよ。んじゃ、後は任せたよブリューちゃん」

「その呼称は不本意ですが、義体の保持は了承しましょう」


 ブリュンヒルドが首肯すると、じゃねーとお気楽にさよならをしながらウィッチが自身の義体へと帰っていった。アポロンの義体が揺らぎ、離れて見ていたアルテミスがびくりと震える。

 その様子を見かねたブリュンヒルドがアポロンの義体を支えながら注釈。


「強制スリープで沈黙しています。何ら問題はありません」

「別に、怖がってなんかないし……」

「私は一言もあなたが怖がっている、などとは指摘していませんが?」

「あなたのビジョンが私の中に入ってきただけよ。ホントにそれだけ!」

「仲いいんだか悪いんだか」


 ティラミスとブリュンヒルドは距離感の掴めない会話を眺めていると、またもやモニターが切り替わりメカコッコが再び現れる。彼の横では元の義体に戻ったウィッチが手を振っていた。清々しい表情をしている。羽をようやく伸ばせる、といった面立ちだ。


『まずは一度こちらへ来てくれ。その後、搬入作業に移行しよう』

「了解。後は頼むよ、リン」

「了解しました、です」


 背後で待機していたリンがシュノンと場所を変わる。通路に出ると、スレイプニールの艦長であり指揮官であるシグルズと擦れ違った。


「どう? この街も悪くないでしょ」


 何となく声を掛けてみる。彼には命を助けてもらったので、全くの赤の他人という間柄でもない。だが、先程のアルテミスとブリュンヒルドのような微妙な距離感とは別の、話しづらいオーラのようなものをシュノンは感じていた。

 何か、致命的な溝がある。そんな風に思ってしまう。何か自分たちに隠し事をしているのではないか。そんな気がしている。


「ああ、最低水準を満たしているようだな」

「そこは最高水準って言って欲しかったけど」

「まだまだやるべきことは多いが、着実に復興している。良い兆しだ」


 シグルズは淡々と応えた。お姫さんとは大違いだ。民衆への説明のために先に戦艦を降りたフノスは、懇切丁寧な説明で、人々の動揺を抑えているはずだった。

 しかしシグルズは最低限の対話しか行わない。あまりお喋り好きではないのだろう。もしくは、歳を重ねすぎたせいか。

 そんなシュノンの思考をシグルズは読み取り、


「年齢のせいではない。単に、私が口下手なだけだ」

「そうなの? でも、ずーっとコールドスリープを繰り返して、敵と戦ってきたんでしょ? そりゃあ気苦労もしちゃうって。PTSDとかそういう類の奴にも罹っちゃうでしょ」


 PTSDが具体的にどんな病気なのかはわからないが、心の病気ということだけはわかるので適当に諳んじてみる。それこそがシュノンの会話術だった。

 それっぽいことを捲し立てる。すると、不思議と会話の幅が広がるのだ。最初のパートナーであるクレイドルや現在の相棒のホープはあまりお話しスキルが高いとは言えないので、自然とこういう映画的トーク術が身に付いた。

 奇妙なことにクレイドルにもホープにもまともな話し方とは思われていないが、彼女たちはジョークのセンスが壊滅的に悪いので、そのせいに決まっている。


「ストレスがないとは言わないが、自分の心は制御できている。安心しなさい」

「や、別に心配はしてないけどさ……。あなたはすごい強いし」


 一撃でアポロンを撤退させた剣士としての腕前。冗談抜きに、今いるメンバーの中で一番強いのは彼だとシュノンは思っている。ホープでさえもまともに戦って彼に勝てるとは思えない。ホープが言っていた通り、黄金の種族はアンドロイドよりも優れているのだ。

 彼ならアレスにすらも対抗できるかもしれない。何なら、ゼウスとかいう自称神様のくそったれも。

 なのに、なぜか。


(何でだろう。なにかもやもやする……)


 不信感、とまではいかない。が、何かがある。その何かは、シュノンは鉄の種族(ふつうのにんげん)なので読み解くことができない。

 もしやフノスなら一発で見抜くかもしれないが、あのお姫さんが素直に教えてくれるかは謎だ。ウィッチなどもってのほか。ブリュンヒルドもきっと頑なに拒否するだろう。リンは何も知らないだろうし、きざなニワトリも論外。シティに残っている仲間たちに聞く意味もなし。アルテミスだってシグルズの心理光を読んでくれたりはしないはずだ。つまり、この謎は喉に突き刺さった魚の骨のようにずっと取れないままとなる。


(あれ? 私なんで……)


 シュノンは自分の選択肢の違和感に気付く。選択するべき候補がひとり欠けていることに。


(なんで、ホープを除外してたんだろ?)


 疑問を浮かべて、少し悩む。しかし悩みは解消されない。

 謎は積もって山となる。


「では、またな」

「う、うん……」


 シグルズは悩めるシュノンを残して颯爽とブリッジに向かう。

 シュノンでは、その心理光を窺えない。表情すらも。



 ※※※



「忙しいっていいねぇ。何せ千年も暇を持て余してたし」


 嬉しそうに呟いて、ウィッチは空中に浮かぶホロキーボードを叩いていた。話し相手はブリュンヒルド。所属こそ違えど千年来の友人であり仲間でもある彼女は、普段の彼女らしいクールさの中に愛嬌を交えて淡々と応答してきた。


『口を挟まずに作業しなさい、ウィッチ』

「やーいブリューちゃんの堅物ー」


 ブリュンヒルドにいつもの調子で音声送信。すると、急にブリュンヒルドが沈黙する。人物データベースに載る注意事項を思い出して、ウィッチは早急にフォローを付け加えた。


「ありゃー怒っちゃった? ごめんごめん」

『……本当に、オリュンポスデータベースに幽閉されていたのですか? 情報支援型のあなたが?』


 無表情の中に浮かぶ、ほんの僅かな哀愁。ウィッチは手を止めて、画面に映るブリュンヒルドのフェイスインターフェースを覗く。


「そーだよ。せまっ苦しいったらありゃしない。サーバー代ケチってたね、あれは」

『……あなたの他に同胞は』

「残念だけどそれはない。あたしは偶然……奴らに拾われた」


 記憶再生回路をフル回転。マスターであり最愛の友人であるキルケーと共に本部へ奇襲してきたアテナと戦い、ウィッチは同士討ちの形で半壊した。あの時の光景はもし仮に自分が人であったとしても、鮮明に脳へと刻み込まれて忘れられないだろう。

 燃え盛る業火の中、横たわるキルケー。コアを喪失し、僅かに残された稼働限界時間の間に、彼女へ必死に手を伸ばす自分。しかし、その手を掴んだのはコアを破壊したはずのアテナだった。

 あの時の感情アルゴリズムの波形は、時折夢となって表出する。


 ――やめろ、放せ! どうしてお前が動ける!?


 ウィッチの問いにアテナは、いや、アテナの義体を通じて動く者はこう笑った。


 ――アンドロイドも所詮は機械だ。そなたたちは思い違いをしておる。


「凍てつく笑みだった……。あの顔は二度と忘れない」


 感情アルゴリズムが怒の出力。あの時の苦しみは、痛みは記憶回路に焼き付いて二度と消えることはない。我を忘れて憤怒のフェイスモーションとなっていたウィッチははたと意識を戻し、苦笑を浮かべて謝罪した。


「やー悪い。柄でもないのに変なこと言っちゃってさ」

『……幻痛ファントムペイン、ね』

「……かもな。でも、あたしはマシな方だ……」


 アンドロイドは全ての事象を精密に記録している。電脳に組み込まれたチップは非常に高性能であり、それに付随するコアと連動して、最大で三千年分の思い出を保存することが理論上は可能である。

 記憶分野において人間を遥かに上回る蓄積量を得たアンドロイドは、仮に何か衝撃的な出来事と対面したとしても理性を用いて適切に対処できる。そう当初は考えられていた。

 だが、実際は違った。アンドロイド特有の精神疾患が発生し、多くのアンドロイドがメンタルメンテナンスを強いられた。だが、どう足掻いても外部機関では修復できない痛みが残り、多くのアンドロイド開発者を悩ませてきた。

 その症状は、幻痛ファントムペインと呼ばれている。全てを記憶しているからこそ絶対に消すことができない痛み。自身の痛みに打ち勝つしか、克服する術はない。


「あたしはやることがあったから、めそめそ泣いてる暇はなかった。それに、何だかんだ言って命令優先型だ。あたしには命令が……キルケーの遺志が残ってた」


 キルケーはずっと共和国の未来を憂いていたので、自然とウィッチも崩壊世界の今後を考えるようになっていた。過去に振り返っている暇はない。常に先を見続けていないと、それこそ彼女に尻の一つも蹴っ飛ばされてしまいそうだ。


(あの子の尻を蹴るのはあたしの役目だったんだけどねー)


 と感傷に感情アルゴリズムを浸して、再び作業へと戻る。


「や、また余計なこと話しちったねぇ」

『……あなたは、平気だと?』

「ん……何が」


 サイコメトリックスは自身の心理状態の不規則性を検知。ウィッチは彼女の問いの意味を知りながらも、あえてアイカメラを逸らした。


『……あなたはわかっているはずです。オリュンポスデータベースに囚われていたのだから』

「さぁーて。電脳の魔女にもわからないことはあるし……」


 嘘発見スキャナーが喚くので停止させる。


『いずれ気付くこと、でしょう。発覚は避けられない』

「……」


 搬入リストは山のように積み上がっている。適時処理し、効率的にスレイプニールからシティ内部へ運び出さなければならない。治安維持軍の作業員は既に待機し、ウィッチの指示を待っている。後はゴーサインを出すだけだと言うのに、ライトアームは停止していた。トラブルシューティングを行っても、エラーやバグの類は検出されない。意図的な静止だった。


『それでもあなたは彼女が自分を保てると思いますか?』

「……やっぱりクーデレだね、ブリューちゃんは」


 ウィッチは普段の通り飄々として、搬入開始のコードを打ち込んだ。



 ※※※



 プレミアムに積もる雪が煌々と輝いている。ホープはその雪をくまなく除雪しながら、思考ルーチンを働かせていた。


(やはりエアドライブを搭載するべきです。エアカーに改造を施せば、地面をべたりと走る感触からは解放される……)


 徐々に共和国時代の技術は復興しつつあり、人員も十分な数が揃って来ている。チュートンたちが持ち帰ってくれたデータやパーツ、フノスによる協力者の拡充、ジェームズによるエナジーの発掘により、開発条件は満たされつつあるはずだった。

 シュノンも一度乗れば病みつきになるに違いない。気持ちいいものだ。空を優雅に走る感覚は。


「プレミアムどんな感じー?」

「……シュノン、通信を切りましたね?」


 スレイプニールから降りてきたシュノンに、ホープは問い質す。シュノンはうん、切ったよーと欠片すら気遣う様子も見せず、熱心に愛車を確認し始めた。


「……お礼は」

「ん? 何?」

「もういいです……」


 ホープはエアーを吐いて、溶けた雪の中から姿を現したコネクターを取り外す。転移前、プレミアムをスレイプニールの元まで運転することは困難だったため、コネクターを取り付けて同座標に転移させたのだ。

 そのせいで、精神的ダメージを負っている。多目的支援型ではあるが、こういった支援は自身の役目の範疇外である。


「でも流石だね!」

「シュノン……!」


 ようやく彼女は賛辞を贈る気になったらしい。ホープはフェイスモーションを輝かせるが、


「流石私のプレミアム! ワープしても傷一つなし!」

「……車内はとても、かなり、めちゃくちゃ揺れましたけどね」


 シュノンの言葉に顔面輝度を逆方向へシフトさせる。


「なぁーに? ホープも元気ないの? 全く、これだから最近の若者って奴は」

「……私はあなたよりも千歳以上年上ですが」

「じゃ、最近の老人って奴は」


 シュノンは人を不快にさせることに特化した会話術を駆使して、ホープの感情アルゴリズムをぐちゃぐちゃにかき混ぜてくるが、シュノンの生まれ育った環境は劣悪の一言だったので、年配である自分が耐える。

 喋り方はともかく、性格はそこまで破綻しているわけでもない。映画と現実を混同している節はあるが、現在の世界基準では間違いなく善人に分類される。

 少なくとも、他者を食い物とする暴徒たちに比べれば全然マシである。……比較対象が間違っている気もしなくもないが。


(それに、私には真似できない良い部分もありますし)


 荒ぶる感情アルゴリズムを落ち着かせていると、そういやっさー、とお気楽にシュノンが話掛けてきた。ホープはコネクターを回収ボックスに梱包しながら聴覚スピーカーを傾ける。


「何です?」

「……なんか、みんな秘密にしてることがある気がするんだけど」

「みんな……とは?」


 思いつく面々は信頼に足る仲間だ。彼らが隠し事をする確率は量子演算を用いても限りなく低い。……もし、どうしても必要な事項ならば有り得るが。


「なんかもやもやして」

「カウンセリングをいたしましょうか? 最適任者は先輩ですが」

「ウィッチは絶対ダメ! 変な風に絡まれるに決まってる! ……っていうかさ、別に私が困ってるわけではないんだよね」

「……?」


 多次元共感機能を使用。シュノンの戸惑いを検知。しかし、その方向性は彼女自身が抱く味方への不信というよりも、別の誰かを心配しての気の迷い、と計測される。


「アルテミスのことならば……」

「違うよ、ティラミスじゃない。……やっぱり何でもないや」

「何でもなくはないでしょう。……私には話せませんか?」


 と応対しながら対人コミュニケーションマニュアルと照らし合わせる。このようなケースでは、大体相談に応じる対象者との関係に問題が起きている場合が多い。例えば、会話を共にする相手に恋愛感情を抱いている場合、など。


(いやいや。それは有り得ないでしょう。相談しづらいデリケートな質問。もしくは……)


 言葉を交わす相手が、件の相談内容に密接に関わっている場合。つまり、シュノンはホープに対して気を揉んでいる可能性が推測される。だが、ホープは仲間たちに秘密事をされるような覚えはない。必要な情報はデータベースリンクによって供給されている。

 ということは、シュノンが何か思い違いをしている可能性が高い。ホープへの隠し事、ではなくホープについての隠し事をシュノンは感じているのだ。


(とすれば私の、秘密……っ!!)


 ホープはハッとして、シュノンの両肩を掴む。え? と困惑するシュノンへホープは言語化した情報統制コマンドによる発声入力を開始する。


「大したことではないでしょう! 気になさることはないのです!」

「え? へ? 急に何さ」


 治安維持軍では不健全と分類される情報を検閲し、規制してきた。人には知るべき情報と知るべきではない情報が存在する。その区別を引き受ける大役も、治安維持軍は担ってきた。

 この程度の情報規制など造作もない。ホープは一刻も早く話題を逸らそうとする。


「プレミアムの強化プランをメカコッコに提出しましょう! 今までの冒険で様々な問題点が浮き彫りとなりましたよね!」

「え? いや、大した問題は起きなかったじゃん。……じゃなくて、やっぱり何か秘密があるんじゃないの、これ?」


 心理メカニズムによる問題を検知。話題誘導への失敗を確認。瞠目するホープに、シュノンは疑心の眼差しを覗かせる。シュノンはこのような時、非常に鋭くなるのだ。冷却液を流すホープは、アイカメラを彷徨わせながら、


「そ、そんなことはありません、よ……?」

「感情優先型ってさ、嘘つく時大変だよねー。超ばればれ」

「あ、う……」


 それは欠陥としてブリュンヒルドに昔から指摘されている点の一つだった。戦闘時や交渉時、重要な局面での秘密や嘘ならばともかく、現状のような平時での詐欺行為には感情が伴ってしまうのだ。ウィッチはそれを可愛くていい、などと言って笑っていたが、今は逆効果となってしまっている。


「……ホープなら、私を信じてくれると思ってたのになー」

「シュノン」


 シュノンはがっかりしたように言う。その気落ちした姿に感情アルゴリズムが乱れる。信頼できるパートナーを謀ることは本意ではない。

 ゆえに、ホープは観念のフェイスモーション。フェイスカラーを赤色に変更し、言い辛そうなボイストーンでゆっくりと黒歴史を告白し始めた。


「……わかりましたよ、シュノン。打ち明けます。実は……」

「実は?」


 じっとホープのレンズを覗くシュノン。あまりの恥ずかしさに、回線がショートしてしまいそうだった。


「私は甘い物が好きなのです」

「……ふーん。へぇー……何だって?」


 シュノンは適当に相槌を打ちながら問い返す。ですから! と、ホープは不安定な音声出力を通して情報コードをシュノンに提供した。


「私は恥ずかしながら甘い食べ物が好きなのです!」

「んなことは聞いてねえんだよ! 誰得情報なのよ!」


 なぜかシュノンに怒られる。ホープは興奮気味に言い及んだ。


「なぜ怒るのですか! 恥を忍んで打ち明けたのに!」

「恥を忍ぶ必要がありますか!? 好きなら好きって堂々と言えばいいじゃんか!」

「ですが、子どもみたいですし……」

「もう十分子どもっぽいから平気だよ、ったくぅ!」


 シュノンは腕を組んでそっぽを向いてしまう。ホープは対人行動の失敗を認め、謝るべきかを思案した。が、その合間にシュノンが荷台に飛び乗って、ジャンクボックスから回収したパーツを取り出す。ジャンクの山からホープが見繕った部品だった。


「うん、これなら売れそう。市場価格に変更はありそうだけど」

「シュノン……?」

「ま、今回はこの戦利品に免じて赦して上げる。もやもやも解消されたし」

「シュノン、ありがとうございま」

「でも、ブリュンヒルドにはチクっちゃう」


 シュノンは意地悪な笑みを浮かべて、荷台から飛び降りる。


「な、ヒルドさんには秘密に……!」

「ホープは子ども見たく甘い物が大好きー! 千歳も年上なのに、味覚はお子様のスイーツドロイドー!」

「口外してはいけません! トップシークレットですよ!」


 歌うように秘密を暴露するシュノンを追いかけるべく、ホープはそそくさと後始末を終える。そうして、彼女の口を黙らせようとその背中を追いかけた。


(みんなが私に隠し事……そんなことは有り得ません)


 そう思考しながらも思い出す。自分を救うために、最後の最期で嘘を吐き、自分をコールドスリープさせたマスターを。

 嘘には二種類ある。人を救うための嘘と、人を陥れるための嘘。

 ヘラクレスはホープに希望を託すため嘘を吐いた。

 ではシグルズたちは? 

 ……データ不足のため、ホープは推測できない。



 ※※※



 “兄弟”は、怯えながらも誠実な対応をみせてくれた。


「ぼ、ボス。優秀な仲間を、紹介しますぜ……」

「ほほぅ?」


 笑いながら応えたのはボス……今日から自分の親分となる存在。拠点である街は決して物資が充実しているとは言えない状態だったが、ボスの健康状態からそれを読み解くのは容易ではないだろう。

 ボスは至極健康だった。毎日三食の食事に加え、間食もしているのだろう。頬に傷こそあれど何の病気にも罹らず、活き活きとした身体を持て余しているように見えた。


「略奪に加えて搾取。立派な頭首のようだ」

「そうだ、これぞまさに王の器……。強者の証明だ」


 嫌味とも取れるヌァザの発言に、しかしボスは気を悪くしない。モヒカン頭の兄弟の案内でブラッドユニコーンの拠点には易々と辿りつくことはできた。

 だが、本題はここからだ。ヌァザは気を引き締めて、愛想笑いを浮かべる。


「そうとも、立派な男。街の発展の噂を聞きつけると略奪へと赴き、弱者が一生懸命働いて作った機械や食料、そして技術者を奪う。ついでに、女も」


 豪華な部屋の端には鎖に繋がれた少女たちが数人死んだ目をしている。遥か昔、共和国時代と呼ばれる古代文明よりも以前は男尊女卑などというしきたりのようなものがあったらしい。この街は、その制度を余すところなく導入している。

 まぁ、一部の凄腕を除いて戦闘では男の方が有利なのだから、仕方のない面もある。とはいえ、狡猾さは女の方が上だ。男に使われているように見えて、その逆のパターンも非常に多い。

 だが、ここにいる女たちはボスに屈服させられているようだ。街の人々も。

 “弱い奴”の特徴。弱者は自分の周りに弱者しかおかない。不安になるからだ。


「それがこの世界のしきたりだ。弱者は強者に従っていればいい」

「ふふっ。いや、失敬」


 思わず笑いが漏れてしまった。ヌァザは自分を諫める。

 恐怖による支配は支配者が圧倒的武力を持っているからこそ成り立つ支配制度だ。為政者が少しでも隙をみせれば、背後から心臓を一突きされるリスクを負う不安定な仕組み。そんな間抜けな方法を取る奴は、真の実力者か猿山の大将かいずれかだ。

 果たして、このボスはどちらなのか? ヌァザは答えを知っている。


「お前、今俺を笑ったか?」

「や、失礼した。あんたを笑ったわけじゃないんだ。言う通りだと思ってね。思わず笑みがこぼれちまった」


 ピリピリとした空気が場を流れるが、緊張感を覚えたのはブラッドユニコーンの兄弟たちのみ。肝が据わるヌァザはボスから一瞬たりとも目を逸らすことなく見続け、とうとうボスが観念したように口を開いた。満足げな笑みが付随している。


「いいだろう、気に入った」

「それは嬉しい。友との約束を果たせる。……幻肢痛ファントムペインが痛くてね」


 ヌァザは義手である左手を振りながら笑う。すると、偉大なボスは気遣いをみせてくれた。


「痛み止めならあるぞ。医薬品なら腐るほどある」

「ああ、心遣い痛み入る。だが、こいつに痛み止めは聞かないんだ。心の病みたいなもんだからな。自分で乗り越えなきゃ消えてくれない」

「……それで仕事を果たせるのか?」


 ボスが疑心の目を注ぐ。ヌァザはその期待に笑みを貼り付けたまま答えた。

 

「もちろん、それで何をすればいいんだ? ボス」


 腕は痛む。だが、心の痛みよりは遥かにマシだ。

 だからヌァザには耐えられた。痛みを乗り越えるその時を、心の底から待ち望んでいたからだ。

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