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謁見

 視覚や聴覚、電磁波を感知する多種多様のセンサーがあらゆるデバイスの反応を検知している。明滅するホログラムや、機器の異常性を知らせるレッドランプ、沈黙した用途不明のドロイドが床などに散乱していた。


「ようこそ、宇宙戦艦スレイプニールへ! って感じ? 熱烈すぎる歓迎だね」

「むしろ、不時着し、雪崩に巻き込まれながらもこの状態を維持できたこと自体が奇跡のようなものです。そう皮肉を言うものではありませんよ」


 シュノンを諫めながらも、ホープも現状を嘆いていた。ワープドライブの連続使用によって強引に大気圏内へ突入したスレイプニールが大地への正規着陸など望むべくもなく、雪原地帯スノーフィールドの象徴的エリアである雪山の山肌に突き刺さり、雪崩に引き込まれたせいで内部はシェイクされた飲料のような状態になってしまっている。

 デバイスのほとんどは損傷し、足の踏み場もない。さらにワープドライブも損傷が著しく修理は難しいという。持ってきた資材や物資もほとんどが使用不能に陥っていた。


「それでも私から言わせれば十分宝の山だよ? レストアすればいくつか使い物になるだろうし。けどさ、どうやって運ぶのこれ?」


 シュノンが散乱したデバイスやドロイドを背に向けて、ホープたち治安維持軍の面々を見回す。頼もしい友軍たちは誰も彼も唸って首を横に振っていた。

 ホープでさえ、地道に運び出す、というアイデアしか出てこない。共和国時代だったら様々な対応策が浮かんだものだが、今は崩壊世界であり、ワープゲートなども存在していないのだ。


「ワープドライブを修復するのが最善かと私は考えます」


 淡々と打開案を提唱するブリュンヒルド。しかし、この世界に誰よりも詳しいシュノンがすぐに反論する。


「どうやって? 技師は? パーツは?」

「それは……」


 ブリュンヒルドは珍しく食い下がらなかった。彼女は優れたアンドロイドではあるが、この世界を訪れて日が浅い。何の伝手もない状態では、いくら優秀な彼女と言えども無力だった。


「ドヴェルグ博士に協力を依頼する手もあるはずだ。時間は無限にある」


 そこへ一石を投じたのはシグルズ。彼は威厳に満ちた表情で言う。同胞たちはおお、と顔を上げたが、シュノンはあまり乗り気じゃなかった。


「不安定なここで? 暴徒が来るかもわからないし危険だよ」

「暴徒は撃退すればいい」

「あなたの腕前を疑ったりはしないけどさ、ここの環境だって激ヤバじゃん。ベストは荷物を持ってさっさとメトロポリスへ帰ることだよ。こんなくそ寒いところにいてもしょうがないし」


 スカベンジャーの基本は、いい物と悪い物を取捨選択すること――。誰も聞いていないのに得意げに廃品回収のコツを話し始めたシュノンに辟易とし、ホープは独自に解決策を模索し始めた。と、ねぇと不意に声が掛かり振り返って、反射的に身構える。


「アポロ――では、ありませんでしたね」

「結構傷つくんだけどさ、それ」


 アポロンの義体をジャックするウィッチが背後に立っていた。識別コードが敵のままなので、感情アルゴリズムは良い反応を示さない。それに、その容姿を見ると自分が踏まれたことを思い出して怒の成分が検出されてしまうのだ。


「あたしはウィッチ。魔女だよ? 神出鬼没の魔法使いさん。カワイイカワイイ魔法少女。これくらいで驚かないでよ」

「せめてボイスチェンジャーを使用してもらいませんか? アポロンの声は不快なので」

「や、男義体で女声出力するのもなんか気持ち悪いじゃん」

「本意ではありませんが、私もホープに賛成です。ウィッチ、今すぐ変声機能をオンにしなさい」


 ブリュンヒルドが加勢する。ウィッチはしぶしぶアポロンのボイスを変更し、


「あ、あー、あ、ああー。こんなもんでいいかい?」


 聞こえてきたのは馴染みある音声。その身近さゆえに、ホープは眉を顰めた。


「……なぜ私の声なのでしょう」

「だってアポロンに私の声を出力させるとか感情アルゴリズムに致命的なバグが発生しそうで嫌だし」

「なぜ私なら平気だと思ったのですか! 変えてください!」

「私は構いませんよ。まさにホープの声を放つにふさわしい義体ですので」


 冷ややかに笑うブリュンヒルド。ホープの声をアポロンのスピーカーから放つ先輩に、ホープは変更要請を続けようとしてシュノンの怒声に阻まれた。


「ちょっとホープ! 今いいところなんだから邪魔しないで! 何一人二役やってんの!?」

「違います! これは先輩が!」

「あなたって結構苦労人なのね。ま、私ほどじゃないけど」

「アルテミス……」


 端っこでシュノンの話を退屈そうに聞いていたアルテミスが話しかけてくる。もはや要望を述べる気も失せたホープは物が散乱するエリアへと足を踏みしめ、使用可能なものがないかチェックし始めた。


「とりあえず運び出せるものだけでもピックアップしておきましょう」


 周囲を見渡して、足を止める。足元にあった端末を拾い上げた。


「これは……何用の端末でしょうか」

「ああっ! それ!!」


 声を上げたのはスレイプニールの操舵手を担当していた少女だ。人物データベースに載る情報では、リンという名前であるらしい。


「私のです、返してください!」


 リンはなぜか必死になってホープから端末を奪い取り、勢い余ってパーツの中へと転がり込んだ。呻き声を漏らし涙目になっている彼女へと手を差し伸べて、大丈夫ですかと訊ねる。


「うぅ……すみません」

「構いませんよ。ほら、手を取って」

「リン? ホープに何かされましたか?」


 ブリュンヒルドがホープに原因があるかのような口ぶりをするが、リンはそんなことはと否定して、


「希望さんは悪くないです。私がちょっと、ドジっちゃって」

「希望……さん? ああ、ホープだからか」


 聞き慣れない名前に合点がいったシュノンを後目に、ホープは彼女が大事そうに握りしめる端末について訊く。


「リン、その装置は一体?」

「あ、えと、これは……その」


 リンは委縮したように声を細めていき目を逸らす。言いたくないなら大丈夫ですよ、と口添えするホープへ首を横へ振り、


「そ、そういうわけでは。その……私、モノづくりが趣味でして」

「ってことは何? それ自作の携帯端末!? すごいじゃん! 私だって最低限のレストアしかできないのに!」


 我先にと食いついたのはシュノンだった。饒舌に語っていたスカベン講義をほっぽり出し、リンを気遣うホープを押しのけて彼女の両手を握りしめる。


「しかも見たことない奴! 新製品じゃん! こんなの近所のスーパーでも売ってないよ!」

「スーパーなんて今の時代には存在しないでしょう、シュノン」

「うっさい、ホープは黙ってて! ねぇ、ってか、これならいけるんじゃない!?」

「いける……ってああそういうこと?」


 納得したように呟くウィッチにシュノンが疑問符を浮かべる。原因はその音声だ。


「ホープ? 急に言葉遣いが変わったけど」

「だからそれは私じゃないです。先輩ですよ」

「え? ああそういうことだったの? 道理で」

「え、えと、私は……何を……?」


 当惑するリンの代わりにブリュンヒルドが事情を理解したらしいウィッチへ問う。


「ウィッチ、どういうことか説明してください」

「え? 少し考えればわかるんじゃないのーん?」

「ウィッチ……!」


 飄々とするウィッチにブリュンヒルドは感情アルゴリズムを荒げ、そのやり取りを困り気味に見つめるシュノンをホープが急かした。


「ちょ、ちょいちょい何でそこで言い争いが……」

「シュノン、早く。私も気になっています」


 それぞれが同時に疑問を投げるので、会話が渋滞を起こしてしまう。それを調律したのは意外にもアルテミスだった。うるさい! と彼女は大声を出して、


「一斉にしゃべらないでよ! 誰が誰と話してんのかよくわかんないし!」


 しん、と静まる一同。アルテミスはハッとして気まずそうに顔を逸らし、


「べ、別にあんたたちのためじゃないし。私もその子のひらめきが気になっただけだし!」


 びしりとシュノンに指をさすアルテミス。名指しされたシュノンは困惑するリンをみんなの前に押し出して、グッドアイデア、などと考えていると推測される案を口に出した。


「この子にワープドライブを直してもらえばいいんだよ! 有望なメカニックでしょ!」


 静寂が場を包む。リンは顔を真っ青にし、シュノンはあれ……? と首を横に捻った。


「なして? 超いいアイデアじゃないの?」

「む、無理ですよ! ドライブの修理なんて!」


 ホープもリンと同じ思考に至っていた。リンは確かに優れた技術師でもあるようだが、ドライブの修復には専門知識が必要となる。ブリュンヒルドも同じように冷めた目線をシュノンへ注いでいた。


「それはどうかなー?」


 が、第三のアンドロイドは違う。ちっちっち、演技がかったしぐさで人差し指を振り子のように左右に振って、


「知識さえあればどうにかなりそうじゃない? 修理屋もそろそろ来るし」

「修理屋? どういうことです?」

「こういうことですわ」


 颯爽と艦内に現れた人影に、ホープは姿勢を正しくした。黄昏色の髪を揺らしながら、純白のコートに身を包んだ少女が整った容姿を晒す。


「お姫さん!? どうして?」

「あたしが呼んだの」


 アポロンの義体を通してホープの声を出力するウィッチが説明。フノスはウィッチの様子に面白いですわね、と感想を漏らし皆を見渡した。


「シュノン、無事だったようでなにより」

「お姫さんに心配されなくても平気だって。……こんなに早くどうやって?」


 シュノンが敬礼する友軍たちの気持ちを代弁すると、王女殿下はふふふと笑みをこぼしながら説明した。


「スレイプニールが故障したと聞いて、戦闘機を飛ばしてきたのですよ」

「は……戦闘……」

「戦闘機を発見したのですか!?」


 フノスの発言に食いついたのはホープである。ブリュンヒルドの冷たいアイカメラを視線感知システムは観測していたが、気にする余裕はなかった。

 戦闘機の発見・修復は共和国の再生に必要不可欠なものだ。興奮のアルゴリズムへフノスは上品な笑みをみせて、


「まだ未完成品。量産体制も整ってはおりませんが、このような急場に赴くには十分の代物ですわ。あなたの座標データのおかげですよ、ホープ」

「私如きのおかげなどでは……」

「卑下ってないでさっさと本題に入ろうよ。維持軍の仲間たちは困惑しちゃってるしさ。それに」


 シュノンが二人に呼び掛けて、フノスはそうですわね、と同調する。ホープはシュノンを諫めようとしたが、姫様はシュノンの言葉遣いを微塵も気にしていないので無用の心遣いだった。それに、シュノンの気遣いはフノスと初対面の者が多い治安維持軍の残存部隊のみに向けられたものではない。隅でどうすればいいかわからず縮こまっているアルテミスへの手向けでもあった。


「う……」

「あなたがアルテミスですわね」

「そういうあなたは共和国のお姫様。……謝罪でもした方がいいかしら?」

「不要ですわ、アルテミス。もしくはシュノンに倣ってティラミスとお呼びした方が?」

「またティラミス……。別に呼び名なんて何でもいいわよ」

「王族の懐の深さを侮らないでもらいたいものです。わたくしは敵を許し、受け入れ、肯定します。ふふ、見くびらないでくださいね?」

「ふ、ふん。後悔しても、知らないんだから」


 フノスが共和国の王女として相応の態度を示し、アルテミスがそっぽを向く。ブリュンヒルドがアルテミスの物言いを訂正させようとしたが、ウィッチに止められた。

 ホープも肩を竦めて無意味だとジェスチャーを送る。なぜか舌打ちを返された。

 そこへフノスが話しかける。ブリュンヒルドはホープへの対応が嘘のように切り替わった。


「ブリュンヒルド。久しいですわね」

「王女殿下。ご無事で何よりです」


 恭しく跪く。ようやく状況に理解が追い付いた治安維持軍の面々たちも同じように倣った。ホープの横に立つリンは勢い余って転びそうになり、ホープが支える羽目になったが。


「堅苦しいのは止しましょう。今のわたくしにかつてほどの権限はありません。敬う必要もありませんよ」

「敬意とは必要があるから払うものではありません。払う価値がある存在への畏敬の念を込めて行うものです」


 つまり私には敬意を払う価値がないということなのですか、ヒルドさん。微妙なフェイスモーションへと変化させながら、千年ぶりの邂逅を見守る。

 ホープとしても本当はこのような厳かな再会を期待していた。だが、実際には敬意を欠片も持ち合わせていないシュノンのせいで台無しに終わっている。シュノンを責める気はないがもう少しどうにかならなかったのだろうかと考えざるを得ない。

 慣れた者には普遍だが、不慣れな者には不釣り合いな空気が醸し出される。シュノンはそわそわし、アルテミスは居心地が悪そうに視線を彷徨わせ、リンに至っては欠伸を噛み殺していた。見上げるブリュンヒルドと見下ろすフノスを中心に静寂が場を包んでいる。


「王女殿下」


 尊厳な雰囲気を打ち破ったのはシグルズの一声だった。


「シグルズ……無事だと信じていましたよ」

「友との約束を果たしに戻りました」


 シグルズは姫様と対等に会話する。その格を彼は持っているので、誰も窘めることはしない。リーダーであるシグルズが姫と会話し始めたことで部隊員たちも緊張を解き、ブリュンヒルドの一言でそれぞれの作業へ移り出す。


「王女殿下、それでは」

「ええ、積もる話はまた今度。まずはスレイプニールを移動させなければ。……リン、とおっしゃったかしら」

「はい!?」


 そっと自分の発明品を回収していたリンが、驚いた小動物のように飛び上がる。ぎこちない動きで振り返りなんでしょうと問いかけるとフノスは至上の笑顔を浮かべて手招きをした。


「こちらへ。機関室エンジンルームへ向かいましょう」

「な、なぜです……?」

「なぜってあなたも手伝うのよ。メカニックでしょ?」


 シュノンが当初の予定通り諳んじる。あれって本気だったんですか!? と慄くリン。


「で、でも私はドライブの修復なんて……!」

わたくしがサポートしますわ」

「ひ、姫様が……?」


 王族というものを知らないリンは困惑を隠せない。そこへ事情を得意げに語ったのは、フノスではなくなぜかシュノンだった。


「舐めない方がいいよ? このお姫さん、超優秀だから!」

「えええっ!? ま、待って! 私は無理ぃ! 私は操舵士で、メカニックじゃなぁあーい!」


 微笑むフノスと共に泣き叫ぶリンをシュノンが強引に連れて行ってしまう。

 その背中を見送るホープにブリュンヒルドが声を掛けてきた。嫌な予感に感情が疼く。


「ホープ、シュノンの言葉遣いを直させるべきでは?」

「……言っても聞かないので」


 ばつの悪い表情動作で、指摘するブリュンヒルドから顔を背けるホープ。淡々とした毒がスピーカーから零れ始めた。


「教育責任が問われますね、ホープ。機会はいくらでもあったはずです」

「私は姫様の意志を尊重しただけで……」

「そうやって逃げるのですか、ホープ。あなたには大事な部分が抜けています。早急にリペア処置を施すべきでしょう」

「私に言わせればあなたの方が不良品でしょうこのポンコツドグサレ欠陥ドロイド」


 恐ろしい悪態がホープの声で放たれる。その声を聞いてフェイスカラーを青くし、口元を抑えたのは他ならぬホープ自身だった。


「……言いますね、ホープ」


 冷静な言動だが、凍った瞳を向けるブリュンヒルド。ホープは弁明すべく先輩の名前を呼んだが、先輩はん? と首を傾げるばかりだった。


「え? やだなぁ。今のはあたしじゃないって」

「な、何を言っているのです! 先輩でしょう!」


 ブリュンヒルドの怒りを鎮めるため早急に先輩へ糾弾するが、ウィッチは困りきったフェイスモーションを出力し、


「いやいや、ホント。だってさっきのホープの口から出た言葉じゃん」

「それは私をあなたがハックして……」

「そんな面倒なことしないよ。今はアポロンの義体で表出してるわけだしさ」

「なっ……!」

「……つまり、今の言葉はあなたの本心、ということで間違いないでしょうか」


 無表情にここまで感情を見出したのは稼働して初めてだった。違います違います、と慌てて釈明をする。


「違いますよ、ヒルドさん! 本心も本心であり、私は心からあなたの稼働停止を望んでいます――じゃない! 何で……これは……!」


 音声出力にエラー。自分の意図しない言語がスピーカーから放たれていることにようやく気付く。自己診断プログラムを奔らせてトラブルシューテイングを行いながら、目の前の問題に対処するべく言葉を並べ立てる。


「何かしらの不具合が――つまりあなたの心理動作に致命的な欠陥――ではなく私の方に問題――至って正常、異常なのはヒルドさん――いやいや、この言動こそが今の私の問題を著しく死に曝せ!」

「……模擬戦の許可を申請してきましょうか」

「おう、望むところ――じゃない! 待ってください、ヒルドさん! 先輩、これは一体……!?」


 冷淡に言い切ったブリュンヒルドが立ち去るのを恐々としながら見送り、ホープは先輩に問い質した。ウィッチはんー、と考え込んだ後、ホープの足元にあるガラクタの類へフォーカスする。


「それってさ、リンちゃんのオモチャ箱?」

「そのようですね、先程かき集めていたので」

「その中の端末の一つが起動してるよ。たぶん、それのせいじゃないかなー?」


 ウィッチの推測が正しいことを示すかのように、トラブルシューティングでも不明な機器の接続を確認できた。急いで箱の中身を漁ったホープは、自分が最初に拾った端末が起動していたのを発見する。


「この装置、ですか……!」

「それそれ。もしかしたらさ、リンちゃんの趣味って……」

「わーっ! 何してるんですか! 勝手に触らないでくださいよう!」


 機関室から戻ってきたリンが、顔を真っ赤にして駆けてくる。ホープが手に取る端末を奪い取ろうとして再び派手にこけた。そこへ投げられる自分の言葉にホープは戦慄する。


「ドジなガキですね。情けない。死んだ方がマシな存在です」

「うぅ……!」

「うわひど! 何言ってんのホープ!」


 後からやってきたシュノンが憤慨。そこへ述べる弁解も、またおかしな言語へと変換される。


「あなたに言われたくないですよ、クソガキ。あなたが一体どれほど私に苦労を掛けているのかわかりますか? 全く、そろそろ学習してください。それとも、死なないとそのバカさ加減は治りませんか? ああ、治りませんよね、嘆かわしい」

「な、な……!」


 普段なら絶対に発しない悪口の羅列に、シュノンは口をパクパクさせる。その後ろに立つフノスは一瞬で事情を見抜いたようで、上品な笑いをみせていた。姫様に悪口を言い放つ前にどうにかして装置を操作しようと奮戦するが、未知の機械のため上手くいかない。加えて、この装置の権限はアンドロイドのものよりも上のようだ。


「くそ、くそ! 何とも粗悪なデバイスです。このような劣悪品を創り上げたのは誰ですか? ああ、あなたでしたね。創造物は創造主に似ると言いますが、まさにその通りの代物で……」

「うぅぅ、そんな酷いこと言わないでくださいよ……」

「泣いてるとこ悪いけど、あんたの装置のせいだぞー? 早く止めてあげないともっと恐ろしいこと言ってくるかもしんない。ま、それはそれで面白そうなんだけど」

「あ、そうでしたか……! 止めます!」


 リンが端末をホープの手からひったくりポチポチと操作する。と、不明なデバイスとのリンクが切れて、言語中枢に発生していたエラーが解消された。エアーを吐きながら、助かりましたと謝礼を言う。


「どういう原理かは定かではありませんが、良かった……。一体何なのです、これは」

「え? は? どういうこと? ホープがやさぐれたんじゃないの?」


 シュノンが問うと、フノスが微笑を浮かべながら言葉を添える。


「恐らくはそのデバイスの影響でしょう。その装置の何らかの効果によって、ホープは言語中枢を乱されてしまっていたのですわ」

「ええ、その通りです……。ホンネバクロちゃんが暴走してしまったようで……」


 落胆を交えながら解説するリンの言葉に、シュノンは目を丸くする。


「本音……?」

「暴露ちゃんだってさ、いいネーミング」


 からかうウィッチに、疑惑の眼差しを注ぐシュノン。挽回されるとばかり思っていた汚名が確定しそうになったため、慌ててホープは反論を紡ぐ。


「ま、待ってください。明らかな動作不良でしょうこれは! 私はあんなこと思ってません!」

「本当に?」


 シュノンの疑心交じりの問いへ、ホープは音量を上げて言い返す。


「本当ですよ!」

「たぶん、希望さんの言う通りかと。おかしいな。テストなしのぶっつけ本番だったからかな……。これで戦乙女さんの気持ちもわかると思ったんだけど」


 リンがデバイスをいじりながら首を傾げている。そこへ掛かる淡々としたボイス。


「良い心がけですね、リン」

「え? そうですか? そうですかね? いつも無表情な戦乙女さんと親睦を深めようかと思いまして……へ?」


 条件反射で気持ちを吐露した彼女は、背後から自分を褒めた存在を振り返って視認し、ショックのあまり所持していたデバイスを落とした。

 ブリュンヒルドの冷風を伴う視線がリンを射抜く。


「非常に良い心構えです。アンドロイドのOSに多大な影響を与え、対象者の意志とは無関係に、強制的に言語の書き換えをする未試験のデバイスを私に無断で使用しようと画策するとは。……とても良いお気遣いですよ、リン」

「あ、あ……戦乙女さん……!」


 ブリュンヒルドはあくまで冷淡、無表情。しかしリンは後ずさり、転がる部品に足を取られて本日三度目の転倒をした。

 ごめんなさい! と泣きながら謝る彼女を助けようとしたホープへ、シュノンが突然手を掴んでくる。


「何です? 今は」

「ねぇ、一応聞くけど、感情優先型じゃなかったでしたっけねぇ」

「……私を疑うのですか? シュノン」


 強気な返事をしながらも、額からは冷却液が流れ出す。確かに、いざという時は感情優先機構をフル稼働すれば、先程の言語機能不全から逃れることも可能だったことは事実だ。


「先程の言葉は本心ではありません。信じてくださいよ」

「でもさ、本音暴露ちゃんだよ? あれ」

「ですから、試作品のようですので何らかの初期不良があったのでは」

「だけどさ、発明者であるリンもよくわかっていないようだし、もし……」

「シュノン! それを言い出したら……」


 ブリュンヒルドがリンを叱責し、ホープとシュノンにはちょっとした溝が作成されている。その光景を傍目から見て笑うフノスに、ウィッチが小さな声で問いかけた。


「ワープドライブの修復の方は……」

「もう終わりましたわ。オーバーロードしていただけなので応急処置は簡単でした。メトロポリスへ戻るだけならいつでも可能です。ですが……せっかくですので、このやり取りが終わるまで待ちましょうか」

「賛成です、王女殿下。……リンって子、結構なトラブルメーカーだなー」


 ウィッチは他人事のように呟いて、それぞれの口論を眺め続けた。口元に笑みを浮かべて、ホープとブリュンヒルドが日常を愉しんでる姿を嬉しく思いながら。



 ※※※



 だいぶ時間が掛かったが、ようやく手掛かりのようなものを見つけられた。それは実に鮮度がよく、何度も抵抗してきたが、それなりの誠意を見せるとようやく落ち着いてくれたため、安堵の笑みをこぼす。


「わかってくれて何よりだ。誠心誠意の対応が、心に響いてくれたかな?」

「あ、ひ……」


 左腕で男の首根っこを掴む。モヒカン頭の男に見覚えはないが、背中のマークはよく覚えている。忘れたくても忘れられない。この何もない世界では、印象的な出来事は脳裏にこびりついて離れない。


「いいマークを使ってるな。チームの、グループの名前は何だったか?」

「し、知らな……あごッ!」

「あご? おいおい、ちゃんと喋ってくれ」

「なら……くび……ゆるめ……」

「ああ――悪い悪い、ちょっと力加減が難しいんだ。何せ義手なんでな。古い時代の遺物をどうにかレストアして使えるようにした代物だ。便利ではあるが、肝心なところで動作不良を起こす」


 男は左腕――黒い義手を緩ませて、息を吸う余裕と言葉を放つ機会を設けた。男は死にもの狂いで息を吸い、マークの説明を始める。


「地元じゃ有名な略奪グループ……ブラッドユニコーンのマークだ」

「なるほど」


 男は相槌と目力でモヒカンに先を促させる。モヒカンは必死に男が求めるであろう言葉を捻り出した。


「こ、今度も……なにか、新しい街を襲撃する、って聞いてる……。治安維持とか、何とか言ってる、イカレた連中のシティを」

「ほう? そいつは面白い。場所はどこだ」


 男の問いに、モヒカンはしどろもどろになりながら精一杯答える。


「し、シティの場所……は、ここから」

「ああ、違う違うそうじゃない。ブラッドユニコーンの本拠地の方だ」

「な、に……? なぜ……?」


 モヒカンは自分の立場を忘却し、質問を投げてきた。男はにやりと笑って、誠意を見せながら応じる。


「略奪に興味があるんだ。俺をブラッドユニコーンの一味に入れて欲しい。いいだろう? 俺の強さはお前が身を持って体感したはずだ。役に立つぞ」

「あ、で、でも、ボスが……」

「なぁ、いいか。俺は誠心誠意の対応をしてやった。その報いを受けたって罰は当たらないだろう? 違うか?」


 男の詰問に、モヒカンは一瞬間を空けて口を開いた。


「……う、名前」

「何だ?」

「な、名前! 名前を教えてくれ! ボスに伝える!」

「あー名前か。考えてなかったな」


 男は端末を操作して、調べ物を始める。適当な名前を思いつき、良し、と頷いて、


「俺の名前はヌァザだ。今日からよろしくな、兄弟」


 モヒカンの首を解放する。モヒカンは慌てて駆けて行った。仲間へ連絡するために。


「……この痛みとも、もう少ししたらお別れだ」


 ヌァザは左腕に目を落とす。

 身体を這うように蝕む痛みに、思わず髭面をしかめた。

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