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叛逆

「……ってな感じで」

「全然途中なんだけど」


 シュノンの冒険談を聞き終えたアルテミスが第一に不満を漏らした。その反応を予期していたシュノンは両手を広げて、

 

「未完の超大作って感じ?」

「それにシュノンは何もしていないのでは」

「したでしょ! 優れた洞察力でアポロンの正体を見抜いた!」


 ホープに意気揚々とのたまうが、彼女は眉を寄せた困り顔で、


「私は最初から知っていたので……」

「私も……」

「なら先に教えろよこのバカ!」


 アルテミスはともかくホープには説明責任がある。シュノンはゼウスと愉快な仲間たちとは顔見知りではないので、誰が誰で誰なのか全くさっぱり微塵もわからない。

 自分に非があると感じたらしきホープは押し黙ったが、アルテミスがねぇ、と先を急かしてくる。


「中途半端じゃない。この先は?」

「秘密よ秘密。サプライズって奴?」


 にやにやしながらシュノンは言うが、アルテミスは昏い面持ちとなって、


「……私を信用できないから言わないんでしょ、わかってるわよ」

「何で急にしんみりさんなの? 情緒不安定な奴多すぎ!」


 自分の周りの個性的な面々の数々にシュノンはほとほと呆れ果てる。あなたに言われたくはありませんよ、というホープの声が聞こえたが気にしない。


「とりあえずさっさとこんなところからおさらばしよ!」


 十分に休息は取れたので、シュノンが一同に呼び掛ける。やることリストはたくさんあるが、それでも人数が増えたので楽勝だ。生存者の確保も、スレイプニールで輸送していたらしい物資の確保もスムーズにいく。

 なんていったって、敵の親玉のひとりを味方にすることに成功したのだ。ミッションの難易度は大幅に下がったと判断しても構わないはず。

 だが、ホープは気難しい顔でそうですね、と同調してきた。


「ですが、油断大敵です。アポロンはご存じの通り性格が破たんしていますから、何をしでかすかわかりません」

「あー確かに相当ヤバ気な奴だもんね」


 シュノンの経験上自分を神だと言う奴はロクな奴がいない。そもそもいい奴なんてのは自分自身のことを神なんて自称しないのだ。これだけでもかなりのイカレサイコ野郎だということはわかる。

 なぜ機械と人間の狭間であるアンドロイドなのに、ああいう思考回路に至るのか理解できない。……と思ったが、ホープやブリュンヒルドを見回して納得した。


「ま、アンドロイドにもいろいろいるっぽいしね」


 からかい好きなウィッチや、冷静沈着なようでホープをどうも目の敵にしているブリュンヒルド、そして泣き虫ホープと来ている。性格のレパートリーは豊富なので、ビュッフェ形式とやらで取り放題の食べ放題だ。


「奴は必ず現れます。その前に行動するのが最善、と私は判断します。特に、ホープのような劣化ドロイドを同行させるに当たっては」

「ヒルドさん……」


 またホープとブリュンヒルドが睨み合っている。さっさと動きたいなら余計な一言を言わなきゃいいのに。そう思いながら仲裁に乗り出す。

 なぜだかどっと疲れが滲み出てきた。早くカエルが食べたいな。

 そんなことを漠然と考える。


(さっきの寄り道。無駄足じゃなければいいけど……)


 嘆息しながらシュノンはホープを諫め、ブリュンヒルドと引き剥がした。



 ※※※



 いくら主とシンクロ二ティをするアンドロイドと言えども、わからないことがある。

 ブリュンヒルドは周囲を警戒しながら、主の意図を測りかねていた。


(なぜアルテミスを保護したのです、マスター)


 アイカメラには敵であるはずのアルテミスが、ホープのマスターと仲良く談笑しながら歩いている。完全に打ち解けた様子だ。ここがもし共和国であり、きちんとした更生プログラムを受けた後の光景ならば、ブリュンヒルドとしても言うことはない。

 だが、今立つ場所は雪原地帯スノーフィールドと呼ばれる未開の地であり、至るところに敵が潜伏している敵地だ。安全性を高めるならば、アルテミスは保護するべきではない。ブリュンヒルドの思考ルーチンはそう判断していた。

 だが、シグルズは違った。その決断に異を唱える権限はブリュンヒルドにはない。


「……」


 発声機能をオフにし、沈黙を維持するブリュンヒルドのレンズにホープの後ろ姿が映り込んだ。なぜだか、彼女の動作の一挙一挙に意味を見出してしまう。

 感情アルゴリズムが荒ぶるのだ。彼女にバカにされている――そう感じてしまう。


「ヒルドさん?」

「発声は控えるように、ホープ。不快です」

「……わかりました」


 素っ気ない態度を取って、ホープは距離を取る。瞬間、フラッシュバックが発生し記憶回路の一部が再生される。このようなやり取りをした時、昔ならウィッチが不要な世話を焼いたものだ。

 彼女は性格こそ問題はあるものの、優れたアンドロイドとしてブリュンヒルドは評価していた。それもこれも自分と同じ命令優先型であるからだということは理解できている。ホープとは違うのだ。ホープは不良品。感情を優先し、数多の任務に失敗し、成績もアンドロイドの中ではそこまで優秀というわけではない。

 なのに皆、事あるごとにホープに注目してきた。ブリュンヒルドが同じことをしても評価は普通。だが、ホープが苦労の末に何かを成すと、市民たちは褒め称えた。

 無論、褒められたいなどという感情はブリュンヒルドには存在しない。自分にとって褒められる・感謝されることは当たり前の事象であり、果たすべき使命を全うすれば評価は常に付いて回るものだ。

 しかし、なぜか。なぜか、ホープに対し感情アルゴリズムの反応は好ましい波形を示さない。単純に不快なのだ。正直、集団行動逸脱許可がマスターから与えられれば今すぐにでもこの場を離れてしまいたい。もちろん、思考ルーチンも戦術マニュアルにもそのような行動は推奨されていない。任務を優先する自分は、感情を度外視して任務を続行できる。例え不快なホープが相手でも、自分はきちんと任務を行える。

 理性によって心の声を黙殺すると、ブリュンヒルドはマップを参照した。


「もう少しで合流地点です」

「合流地点って?」


 シュノンが質問を投げてくる。ブリュンヒルドはマニュアルに則った丁寧な応対を心掛けた。


「友軍とのですよ。不時着後はそこを目指すようにと事前通達しておきました」

「なら私たち別に必要なかったんじゃ……」


 シュノンのぼやきにブリュンヒルドは同意見だったが、マスターは違う。すぐに彼女の言葉を否定して、彼女たちの登場を肯定する。


「いいや。君たちがいなければ、アルテミスを仲間とすることは困難だっただろう」

「そう? やー、そうだよねー」

「シュノン、調子に乗るべきではありませんよ」


 と自身の主に言いつけながらも笑顔をみせるホープ。フェイスモーションは他者に感情を伝達するためのコミュニケーション機能のはずが、こうも自身の神経回路に焼き付けを起こすものだとは思いもよらなかった。


「……何を見ているのですか」

「別に」


 アルテミスが振り向いてきたため、ブリュンヒルドは憮然と応じる。まだ彼女に対して警戒心を緩めたわけではない。いつ抹殺命令が下ってもいいように準備はしている。


「私を観察して、敵に情報流出を促すつもり……ですか」

「違うわよ。……何となくわかってるんじゃないの?」

「あなたの特殊能力についてなら大方」


 銀の種族は黄金の種族を創生しようとしてできた不完全な存在。黄金の種族より心理光の探知能力が弱く、脅威判定もAクラスからは抜け出せない――。

 それが今までの評価だったが、先程の戦闘で確証を得た。

 アルテミスは一部の人間以外不可能とされたアンドロイドの思念を読み取ることができる。

 ゆえに、彼女はステルス行動を取った自分を探知できた。銀の種族は黄金の種族よりも能力の方向性が違う、言わばアンドロイドキラーなのだ。自分の天敵と成り得る存在を野放しにする理由はブリュンヒルドにはない。

 能天気かつ思考回路にエラーが起きているホープは気付けないだろうが、私は違う。

 ……その考えも、アルテミスは感じ取れているはずだった。


「なのにあなたは私に背中を晒しているのですか」

「安心してるからね」

「安心? 慢心と言うのでは?」


 ブリュンヒルドの問いに、アルテミスは吹っ切れた笑みをみせる。


「いいえ、安心。だってあなたなら私を確実に殺してくれるでしょ?」

「……挑発、ですか」


 多次元共感機能は別の結果を示しているが、あえて質疑応答プログラムを奔らせる。が、アルテミスは答えをはぐらかした。共通認識なのに。


「さぁて、どうでしょうね」

「……」


 ブリュンヒルドは何も言わなかった。真実を理解しているのに。



 ※※※



 しばらく進むと、ブリュンヒルドが言っていた合流地点へと到着した。百人近くの生命反応はホープに希望を与えてくれるには十分であり、幸福指数が跳ね上がる。

 治安維持軍の残存部隊は洞窟の中に隠れていた。ブリュンヒルドがタクティカルライトによるサインを入口へと送り、異常なしの明滅が返される。


「どうやら敵はいないようです。名簿のチェックを終えたらすぐにでも……」

「待って」

「ティラミス?」


 保護に乗り出そうとしたホープたちを止めたのはアルテミスだった。生気のない表情で右方を見つめている。大丈夫? とシュノンが案じたその瞬間、急に彼女はシュノンを突き飛ばした。


「はなっ、離れて!」

「うわっ!? どしたの!?」

「……やはり」

「待ってください!」


 予期していたようにホルスターへと手を伸ばしたブリュンヒルドに呼び掛け、ホープはアルテミスの傍へ寄る。何らかのハッキングが彼女に行われていることは明白だった。

 ジャミングの嵐が吹き荒れる中、なぜ――? 疑問を感じてセンサーが敵の反応を検知する。


「囲まれましたか!」

「うっそ、どうして!?」


 シュノンの驚愕。周辺にライフルを構えたテスタメントの部隊が展開していた。近くには移動兼戦闘用ビークルである装甲車も、搭載銃座の照準をこちらへ合わせている。


「ハハ、ハハハ! 間抜け共め! 僕を出し抜くことなど不可能だ! アンドロイドを黄金の種族は感知できない! 迂闊だったな、シグルズ!」

「どうかな」


 高台で喚くアポロンに対し、シグルズは冷静さを維持。むしろ彼の注意はアルテミスに向いていた。

 アルテミスはアポロンの命令に絶対服従。それがもしマインドコントロールによるものだけでないとすれば……。


「あ……く」


 アルテミスが膝をついた。アポロンは勝ち誇った表情で饒舌に語る。


「ジャミングが切れたおかげで、この距離でもお前の心がよく見えるぞアルテミス! どうやらお友達ごっこをしていたみたいだが……それももうおしまいだ!」

「く、く……やっぱり、ね」

「ティラミス……!」


 心配するシュノンをよそに、アルテミスは自嘲気味に言葉を漏らした。まるで喉元が圧迫されているかのように首元を抑えながら。モニタリングでは、彼女の生命維持機能に不穏な動きが散見された。彼女は人造人間ヒューマノイドであると同時に、都合よく身体機能をコントロールされてしまう生体ドロイドなのだ。


「ま、いいよ。運命に抗う一番の方法……学べたし。B53なら、やってくれそうだし」

「何を言っているのですか! あなたは!」


 と彼女を励まそうとしたホープをシグルズが右手で制した。主の意向を汲み取ったブリュンヒルドが勇み出る。


「やはりこうするしかありません」

「待て」

「マスター?」

「その必要はない」


 シグルズはブリュンヒルドさえも止めて、アルテミスの身体操作を許した。ホープだけでなくブリュンヒルドすらも驚きのアイカメラをシグルズへ向けるが、悟ったようなアルテミスとなぜかシュノンが黙りこくっている。


「このままでは、アルテミスが!」

「問題ないぞ、ホープ。何一つな」

「今は敵に集中した方が……」

「何を言っているのです、シュノン! あなたまで!」


 信じられないことにシュノンまでシグルズに同調していた。普段の彼女ならアルテミスを見捨てたりなどしない。そう思っていたのはホープだけだったらしい。失望の念を感情アルゴリズムに乗せるホープへ、アルテミスは苦悶に呻きながら訴える。


「そういう……策略……。喧嘩しちゃ、ダメだって」

「アルテミス……!」

「もう救われてるからさ。私のために、仲悪くなんないでって。……こういう、運命だったんだよ」


 諦観を含む、乾き切った笑み。せめてもの慰めが得られたと、全てを投げ捨てた笑顔。

 そのような顔を幾度なく見たことがある。それを救おうと手を伸ばして、何度掴み損ねたことかわからない。否、精確に記録されている。そのデータは救えた数よりも救えなかった数の方が多い傾向を示している。


「それでも、私は!」

「下がりなさい、ホープ。いつ襲ってくるかわかりませんよ」

「ヒルドさん!」

「テスタメントへの対応を。同胞を見捨てる気ですか」


 ブリュンヒルドは背後のアルテミスを警戒しながら、テスタメントを視認している。ホープは躊躇していたが、足踏みする背中をシュノンが押してきた。


「ほら、まずは敵の殲滅! 話はそれからだよ! 生存者を助けに来たんでしょ?」

「で、ですが!」

「私の話思い出して! ちったぁ信用してくれてもいいでしょ!」

「シュノンの、話?」


 困惑しリピートを要請するホープに、シュノンは小さな声で囁いた。


「よ、り、み、ち」

「寄り道……ッ!」


 煌めく閃光。テスタメントの発砲をアイカメラが捉える。

 聴覚センサーがシュノンの言葉を捉えて、言語中枢が意味ある語句へと変換する最中に敵は行動を開始した。テスタメントの部隊が寒冷地仕様のレーザーライフルを穿ちながら駆け寄ってくる。

 ホープは改めてアルテミスを見、シュノンへと視線を戻して頷いた。


「わかりましたよ、シュノン! あなたを信じると決めていますから!」

「そうこなくっちゃ! 行くよ!」


 ホープが寒冷地仕様へと調整を果たしたテンペストを抜き取り、その数歩離れた後ろでシュノンがライフルを構える。ブリュンヒルドが高機動ブースターと光学迷彩を併用して姿を消し、シグルズが剣を引き抜いた刃にレーザーを纏わせた。

 アポロンが指揮するテスタメントの群体と、治安維持軍が激突する。



 ※※※



 物心、というものが具体的にどういうものなのかはわからないが、自分を自分と自覚した時には必要な情報が全てインプットされていた。アポロンを兄と認識し、彼に服従すること。それが自分に与えられた絶対事項だ。

 生まれ自体は自分の方が先なので、本当なら自分は姉ということになるだろう。でも、そうではないのだ。あくまでも自分は妹であり、アポロンが兄であり、奴隷的存在として彼に奉仕することが第一前提。反抗の兆しが窺えた場合には、然るべき処置を行い、元の心理状態へと調整を行う。

 調教というものは、時間と機材さえあれば簡単だ。屈強な意志を獲得していれば多少難易度は向上するが、所詮は多少。ただでさえ経験が少なく反発心など芽生えようのない自分だ。きっと、洗脳は驚くほど簡単だったに違いない。


(生体ドロイド……絶対服従。命令を破ったら、罰が待っている)


 だが、不思議なことに猜疑心は自然と身に付いた。他者を疑うことを全身に刻まれたせいだと考えている。植え付けられた疑心は他者にだけでなく、自分の仲間たちにも向けられた。そのことで何度か罰せられたが、その罰がなぜか都合が悪いから行われているものなのでは、と自分の脳《AI》が判断したのだ。

 ――もしや私は彼らに利用されているのではないか? そう考えるようになっていって。


(情報収集……。デジタルアーカイブ……過去の歴史)


 様々なものを調べてようやく、自分が都合のいい人形であるという結論に辿りついた。

 だが、それを知った瞬間にはたと気づく。主はこのことすらも予想済みだったのではないか、と。他のオリュンポス十二神を見ても、アルテミスほどの冷遇を受けているものは少ない。だが、テスタメントや実験体など、下は山ほどいるのだ。反抗した結果のなれの果ても見せられた。

 肉体的隷属は非効率であると歴史が証明している。主はそのことをよくわかっているはずなのだ。他者を服従させるためには、肉体的な苦痛を伴うものではなく、精神的な幸福を与える方が効率的。

 ゼウスは支配の本質を理解している。なのにあえて、自分には苦痛を与えている。

 ――そっか。これは実験なんだ。理解するのにそう時間は掛からなかった。

 ゼウスは私が反発するかどうかを試している。これは偶然ではなく必然。仕組まれた運命なのだ。データを収集するために仕組まれた罠。自我の獲得から発生した奇跡なのではなく、計画通りの産物なのだと。

 だから、抵抗を止めた。傀儡として生きるようになった。

 死にたくなかった。例え自由意思をもたない人形でも。

 傍から見れば哀れでも、漠然とした自由を与えられて死んでいく人たちよりはマシ。

 無限の自由は混沌へと変貌し、人々を永遠に苦しめる毒となる。ならば、一見苦行に思えても、生を謳歌できる束縛社会の方がマシなのだ。

 住めば都。例え冷たい氷の中でも。身体中がカチコチに凍って動けない、凍氷の中でも。


(でも――それは過去の話。もう今は……)


 生よりも死を望んでいる。どうせなら、最後くらい自分の意志で生きてみたい。

 その結果が死だとしても後悔はない。運命に抗った結末なのだから。


(B53。あなたなら……)


 全身を操り糸で絡み取られたアルテミスは、一縷の希望を託してB53を見る。彼女ならどうすればいいかわかっている。そう思って、唯一自由の効く視線を投げたのだが、


(どうしてこっちを見てないの。私は、敵なのに)


 彼女はテスタメントと交戦している。姿を消して、自由な翼を持つ鳥のように大空へ羽ばたいている。何でもできる自由があるのに、彼女は自分の意志を殺してアルテミスを放置していた。立場が決定的に違うのに、どこかが似ている。

 アルテミスは彼女に親近感のようなものを覚えた。だから、最後は彼女にトドメを刺して欲しかったのだが、望むべくもないようだ。


(そんな贅沢は無理か。だったらせめて、どうにか、自分の意志で――)


 死のうとした時、声が響いた。天啓のように。運命のように。


『そういうのはお待ち。せっかくのマジックショーは見ていかきゃ損だろ? 楽しい楽しい魔法のお時間、はじまるぞー!』

「え……?」


 

 ※※※



(寄り道が何を指すのかわかりませんが、今は!)


 ホープはテンペストを穿ちながら、テスタメントの集団と戦闘を繰り広げていた。レーザーを撃ち、アームソードで切り裂く。敵は連携も取れているが、こちらほどではない。

 シュノンのバックアップのおかげで、ホープは前方の敵に集中することができていた。そのシュノンをシグルズがカバーし、ブリュンヒルドが戦場を駆け巡りながら最適な支援を行っている。

 強化されたとはいえ、所詮はテスタメント。数だけがいても問題はない。


「雑魚がいっぱいいたところでね!」


 シュノンが威勢よく叫びながら狙撃する。そこへテスタメントが射撃を返したが、その閃光はシグルズに難なく切り落とされた。その直後、シュノンを撃ったテスタメントたちにレーザーの雨が降り注ぐ。


「やるじゃん、ブリュンなんちゃら!」

「ブリュンヒルドです」


 ブリュンヒルドはカバーしながら、洞窟内の生存者の脅威となっている装甲車へと狙いを変えた。癪ではあるが、戦術データベースリンクによって彼女の行動パターンが手に取るようにわかるので、ホープはブリュンヒルドと共闘を始める。


「ヒルドさん!」

「仕方ないですね、ホープ」


 疾走するホープの隣へと下降し、ブリュンヒルドが滑空する。彼女は再び光学迷彩を発動させ、装甲車の反対側へと移動した。装甲車へと接近しながら、ホープは分析を開始。


(アンチレーザーコーティングが施されていますが、それは外部の装甲のみ。内部へのレーザー射撃は有効)


 テンペストのチャージを始動。こちらを脅威と判定した装甲車の機銃がホープに放たれるが、小ぶりな回避行動しか取らない。近づければ近づくほどレーザーマシンガンの精度が向上。後少しでホープの反応速度を上回るが、


「本意ではありません。そのように」

「わかっていますよ、ヒルドさん」


 サブマシンガンによる後部からの制圧射撃。唸っていた機銃に着弾し、狙いが僅かに逸れる。

 その隙があれば十分だった。ホープは跳躍して装甲車の天井へ張り付き、上部ハッチを強引に開く。そして、ハッチの中へとチャージが終わったテンペストの銃口を突っ込んだ。


「終わり、です!」


 放たれる光火。充填されたエナジーが車内を暴れ回り、ホープの脱出と同時に大爆発が引き起こされる。


「やりぃ、ホープ!」


 シュノンの歓声。ふぅ、とエアーを吐き出そうとした瞬間、矢が飛来した。今度のは光の矢だ。アポロンの得物であるレーザーアローによる射的。


「装甲車を倒した程度で僕に勝ったと思うか?」

「いいえ。あなたを倒して始めて勝利を勝ち取れますので」


 ホープは冷静にアポロンへテンペストを向ける。が、電脳内アラートとシュノンの警告で飛び退くはめになった。


「これは……! アルテミス!」


 起爆矢がホープのいた地点に突き刺さり起爆する。虚ろな表情を浮かべるアルテミスが弓を構えていた。

 嗜虐的な笑みをアポロンが浮かべる。妹をただの道具としてしか認識していないフェイスモーションだ。


「お前の倒し方はよくわかっているよ、H232。お前は敵にすら同情する、優しい優しい欠陥アンドロイドだ。電脳内がお花畑の、どんなバグが発生しているのかすら理解しがたい不良品だ!」

「く……ッ!」


 ホープは銃を構えながらも歯噛みした。アルテミスの状態が芳しくない。アポロンは命じようと思えばすぐに彼女の命を奪えるのだ。戦術的優位性を敵が獲得したのは思考ルーチンを動かすまでもない。


「躊躇う必要はないぞ、ホープ。アポロンを打ち倒せ」

「シグルズ様……しかし!」

「現状ではそれが最善かと認識します。どのみち、私たちではアルテミスは救えない」


 ブリュンヒルドによる冷酷だが、理に適った忠告。彼女の言葉は真実だ。自分ではどう抗ったところで彼女を救えない。

 ――そう、自分ならば。


「……シュノン」


 今一度シュノンへと目を向ける。シュノンは気にせずやっちゃえ! と声援を送ってきていた。

 その声を聞くや否やホープは俯いて、テンペストを投げ捨てる。アポロンの酷薄な笑みが強まった。


「投降するのか? いいとも。主の元へいざ……」

「誰が投降すると言いましたか?」


 ――ETCS起動。エナジーの消費量が通常の二倍へと増加。

 メカコッコからもらった切り札を起動して、青く発光するホープは双子の神へと対峙する。


「バカな、アルテミスを殺してしまってもいいのか?」

「アルテミスは死にません。信じていますから。……でもあなたは、どうでしょうね!」


 雪原を駆けながら、ホープはアームソードを振り上げた。

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