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竜殺し

 それは奇妙な光景だった。戦いの景色。戦場の風景。

 ただの戦争ならそこまでおかしくはない。この光景の違和感はそんな小さなことでは発生し得ない。

 違和感の原因は、敵と敵が戦っているのではなく、味方と味方が交戦しているせいだ。


「何で……わたしはここにいるのに」


 当事者を差し置いて、味方同士で争っている。所属こそ違うが、どちらも治安維持軍のエージェント。方法に差異はあれど、どちらもアンドロイドなのだ。

 同じ機械少女アンドロイド。機械の身体と人の心を持つ同士。

 そこまで思案し、アルテミスはある事実に気付く。


(そうか、違うんだ。H232はB53とは決定的に違う)


 カタログスペックでは大して重要ではないとされていた、しかし決定的な違いを思い出す。H232は多目的支援型であると同時に感情優先型。あらゆる局面で最終判断を下すのは、治安維持法でもマスターの命令でもなく、彼女自身の心だ。

 対して、B53は命令優先型。どれだけ意に反しても、マスターがはいと言えば彼女もはいと言う。

 だから起きてしまう認識の齟齬。価値観の変化。H232は自分が正しいと信じ、B53も自分が正しいと認識している。ゆえに止まらない。互いが止まれば、争いは収束するだろう。友軍なのだから。だが、どちらかが引かない限り、争いは片方が動かなくなるまで続けられる。

 まさにゼウス様の理想の戦場だ――そう考えて、はたと考え至る。


(だから、私とお兄様をここへ派遣なさったの……?)


 不時着するスレイプニールの乗員の始末と残骸の回収。それがアルテミスとアポロンに下された命令オーダーだ。そつなく命令に従いながらも、アルテミスの脳裏には疑問がしこりのように残っていた。

 スレイプニールに搭乗していると思われる敵は、千年の月日が流れても現役である屈強の戦士。自分たちが後れを取るとは言わないが、万全を期して然るべき相手であり、最適任者は戦神の異名を持つアレスだ。彼ならば、どんな敵が相手でも確実に屠れる。まさに戦いの権化と言ってもおかしくない存在。

 だがそれをあえて自分たちに任せた――その真意を、ようやく理解した。


「友軍同士の仲間割れを、予測なされていた……?」


 創造主は未来予知ができるのではないか、と思ってしまうことが何度もあった。その想いが今回の件でより強まった。ゼウス様にとって、アポロンもアルテミスも本命ではない。

 B53がH232を討伐するにふさわしい相手であり、その逆もまたそうだったのだ。


「……っ」


 その事実に、アルテミスは顔を引きつらせた。ただただ恐怖を感じる。自分の創造主に。父親とも呼ぶべき神が、恐ろしくてたまらない。


「ヒルドさん!」

「ホープ!」


 アルテミスが恐怖に戦慄する間にも、H232とB53の戦闘は苛烈を極めている。当初こそ遠慮のようなものが窺えたが、今やお互いに本気だ。殺意こそ感じないものの、破壊衝動は知覚できる。互いに互いの武装を破壊して、戦闘不能状態に陥らせるつもりだ。

 そこで出番になるのがお兄様であり、自分。否、テスタメントでも構わない。弱りきったアンドロイドを破壊するなど、造作もないことなのだから。

 レーザーが炸裂して、腕剣とナイフが交差する。実力は拮抗しているようでいて、H232が押され気味。アルテミスの目から見ても性能差は歴然だ。しかしそれでもH232にどこか余裕のようなものが感じられるのは、彼女なりの秘策があるからだろう。


「どうやら決着はもうすぐのようですね」


 優雅さすら感じさせるB53がH232に告げる。が、H232も負けじと言い返してきた。子どもの喧嘩のように、だがそこまで愛らしくない武器を用いて。


「かもしれませんね。私は地の利を得ているので」

「地の利? 劣化した義体を補うに足ると?」

「環境調整されていないヒルドさんの動きは徐々に鈍くなっています。最初はエナジーを用いて補正を掛けていたようですが、そろそろ限界でしょう。あまり調子に乗るとエナジーが枯渇しますよ」


 H232の指摘は事実なようで、B53の眉が不快そうに吊り上った。まるで、痛いところを突かれてイラついた子どものようだ。不思議なことに、B53はH232の前では少女のように振る舞っている。ちやほやされる妹に嫉妬する姉のように。

 だがアルテミスがその事実を言ったとして、彼女たちは怒りながら否定するだろう。しかし、アルテミスの心は誤魔化せない。だからこそ、この戦いは終わらないのだ。

 誤解ではなく、正真正銘の喧嘩なのだ。相手の意見を知らない上での争いは和解の可能性を示唆している。ゆえに、他者の心を理解できる黄金の種族の登場で戦争は今までが嘘だったようなスピードで終息を迎えた。解読に困難を極める他者の心理を読み解くことができれば、人間の相互理解は驚くべき速度で進む。

 だが、逆に言えば、相手の気持ちを理解した上でなおそりが合わない場合は、戦うしかないのだ。それがかつてのゼウスとオーディンによる戦争であり、オリュンポス十二神対治安維持軍の戦いだ。

 そして今、眼前で繰り広げられる戦いの発端でもある。彼女たちは互いにゼウスに利用されていることを気付いていない。


(……でも、私がどうこう言う理由はない……はず)


 本来なら主のご想像なさる通りの展開に、自分が合わせることが正しいのだ。救いを求める哀れな人造人間ヒューマノイドとして静観し、決着がついた瞬間本性を曝け出す。神としての正しい行いをする。勝者を断罪し、貴重なアンドロイドを持ち帰る。

 だがその正しさはオリュンポスの十二神としての、アルテミスとしての正しさだ。本当の自分にとっての正しさではない。

 ――自分の気持ちに正直に生きる。そんな自由は自分にはない。そう思って生きてきた。これが運命だと。運命とは変えられないもの。宿命とは、縛られるもの。

 だが、彼女は違うと言った。誰の考えでもない自分の考えとして。絶望的な運命を知らない希望だからこそ言えた、何の重みもない言葉なのかもしれない。

 だがその言葉は確かに、自分に希望を与えた。もしかしたらもしかするかもしれない、という可能性を与えてくれた。それだけで、もう十分ではないか。

 もしかしたら普通の人間として生きられるかもしれない。そう思えただけで。


「私のために争うのはもうやめて!」


 気付くと、想いが口を衝いて出ていた。一度距離を取った二人が、再び近接戦を行おうとしていた真っ最中に。

 間に割って入ったアルテミスに、H232とB53は躊躇した。だが、すぐにB53は戦闘態勢へ移る。


「いい考えです、アルテミス。では、原因であるあなたに斃れてもらいましょう」


 それでいい。そう思った。しかし、自分に希望を与えたドロイドは叫んで走り出す。


「何をしているのです!?」


 それは自分のセリフだ、と思う。何をしてるんだ。あなたは治安維持軍で、私はオリュンポス十二神。敵を救って味方にするという考えは高潔だと思う。素晴らしい、立派な行いだと。だが、そうそう上手くいくはずもない。だからこそ眩しくて綺麗なのだ。美しい心理光をこんな些細なことで穢してはいけない。


「ある意味これが、運命から逃れる最善な方法だったのかも」


 吹っ切れたように呟いて、アルテミスは眼を瞑る。痛みは一瞬。良い、痛みだ。実験台として身体中をあちこちいじくられる悪い痛みとは違う。正しい痛み。

 その痛みが自分を駆け巡る瞬間をしかと待ち続け、ようやくその時が訪れる――。


「ストッープ!! ちょっと待ったぁ!!」


 はずが、余計な邪魔が入った。その制止はデウスエクスマキナの如く時間を停止させて、H232とB53が停止コマンドを送信されたかのようにぴたりと止まる。


「……え?」


 と拍子抜けした声を漏らしたアルテミスが目を開くと、上の方で仁王立ちしている白い毛皮のコートに身を包んだ少女が目に入った。見覚えがある少女。


「私のことほっといて、何で味方と戦ってんの!? 自分なら味方と認識してくれるって言ってたのはどこのどちら様!?」

「シュノン!? 生きていてくれたのですね!?」

「ちょいちょい、今はお説教タイム!! 感動の再会ではナッシング!!」


 ふざけた言葉遣いでH232にきつく言い聞かせる少女の名前を、アルテミスは思い出す。彼女こそ、シュノンだ。H232が探し、自分も捜索を手伝っていた対象。

 だが、ようやく再会できたというのに、探索者は困惑し、行方不明者は怒っている。不可解な状況に心理光の読み取りすら忘れて呆けていると、力強い存在感を感知した。

 反射的に身構えようとして、自分自身を諫める。肩を竦めて、アルテミスはその人物へと目を向けた。


「私が救った」

「シグルズ……様!?」


 白髪の老人ではあるが、老いを感じさせない眼光を持つ男が佇んでいる。隙らしき隙は一切窺えず、例え心を読めたとしても敵わないと錯覚させるオーラ。世界のあちこちで出没する暴徒も、彼を認識した瞬間裸足で逃げ出すだろう。そう思わせる力を、古めかしい軍服に身を包む男は持っている。

 腰に差してある剣は達人である証拠であり、ヴァルキュリアエージェントとして名うてであることを示している。アルテミス単独ではもちろん、アポロンと二人がかりでも勝てるかどうかは怪しい。


「久しぶりだな、ホープ」

「は、はい……ってことはつまり」


 戸惑っていたH232が何かに気付いて、B53を見返す。


「先程の発言は、まさか――?」


 彼女の問いに対しB53は、


「フッ」

「……!!」


 冷たい笑みを受け渡す。同情の念が心に沸き出てきた。

 H232は諜報に長けたB53の煽りに触発されて交戦した節がある。その時の煽り――あなたはもうマスターを救えなくなってしまいましたが――は、単にシグルズが救出に向かったからもう助ける必要はなくなった、という意味だったのだ。

 B53は冷酷なようでいて、きちんと守るべきものは守る。単に敵である、災いの原因になる可能性の残る自分を排除しようとしていただけなのだ。良いドロイドではないか、と思う。良い“敵”だ。どうせなら、彼女のような人間に……いや、誰の手も汚さず死ぬべきか。

 そうしんみりしているアルテミスの横で、H232はB53、さらにはシュノンとも興奮気味に言葉を交わす。


「どういうことですか、ヒルドさん! そうならそうと言ってくれれば!」

「あなたが冷静な判断に欠けた、愚かなドロイドだっただけです。私に文句を言う前に、自分の浅はかさを恥じるように」

「ちょっとホープ! 何で私を無視してんの! ほら、正座なさい!」


 デジタルアーカイブで見た子どもたちのくだらない言い合いのように、アルテミスの傍で繰り広げられるバカバカしい会話。今にも死のうか悩んでいる自分の前で、こいつらは一体何をしているのか。確かに、自分が言うのはおこがましいかもしれないし、その資格はないのかもしれない。しれないが。

 だからと言って耐えられるものではない。感情とは、ままならぬものなのだ。


「あんたたち! 私のことを放って何してんのよ!!」


 アルテミスは自然と怒声を放っていた。子どもじみた論調を重ねていた三人の注目が一気に向く。

 瞬間、恥ずかしさが滝登りしてきた。顔を赤らめ、目を逸らして、アルテミスは言い訳を述べる。


「い、いや、そろそろ私の処遇を発表してもらいたいなって思って。ほら、殺すなら殺す、気絶させるなら気絶させる、情報を引き出すなら情報を引き出す……いろいろあるでしょ」


 か細い理由づけを聞いて、いち早く反応したのはB53。そうですね、とシグルズに目配せしながら自分を見上げて、処分を発表し出した。


「バグの多い欠陥ドロイドへの応対で、本題を疎かにしていました。では早速打ち倒すとしましょう。アルテミス、あなたは危険人物です」

「待ってください! そんなことは赦しませんよ!」


 H232がすかさず制止に入る。しかしB53は聞く耳を持たない。理性的を装っているが、意中の相手に意地悪をする子どものようにも見える。


「あなたの許可など必要ありません。私はただ、マスターの命令に従うだけですので」

「ならやめてよ! 無意味に殺す必要はないでしょ!?」

「……あなたはホープのマスターのはずです。私のマスターではない」


 頓珍漢なこと言って割って入ったシュノンの要請も無視し、B53はアルテミスの元へ近づいてくる。サブマシンガンを構えて頭を撃ち抜こうとするが、その手が強制的に止められた。


「待て、ブリュンヒルド。殺す必要はない」

「マスター……?」


 右手で銃身を下げさせたのは、他ならぬ彼女のマスターだった。

 シグルズが見透かすような視線で自分を見つめ、厳かに近づいてくる姿を目の当たりにしアルテミスの心臓は跳ね上がった。どうするつもりなのか。殺す必要がない、という言葉に安堵以外のものを見出してアルテミスは恐怖の念を抱いた。これならばまだ自分で死ぬ方がマシなのではないか。そう思った矢先、シグルズが手を伸ばしてきて頭に触れた。不思議な感触が頭部から伝わる。


「え……?」

「君を私の保護下に置こう」

「で、でも私は」

「私が君の正体を知らないと思うか?」


 シグルズは試すように訊いてくる。反してアルテミスは頭を撫でられながら、首を横に振ることしかできなかった。

 甘い考えとは思うが、心理光を読み取ることによって、これが彼の本心であると理解できる。嘘を吐いているなどという逃げは通用しない。自分の力は自分に嘘を吐かない。例え、紛い物の能力だったとしても。


(ゼウス様の策略でも何でもなかった、ただの私闘だったようだし)


 H232とB53を見ながら思う。ゼウスに仕組まれた同士討ちかと思われた争いは、ただの姉妹喧嘩のようなものだった。原因は確かに自分にあるが、少なくともゼウスの呪縛からは逃れられる位置に立っているようだ。


「後は君の意志次第だ。どうするかね?」


 シグルズは問うてくる。アルテミスの覚悟を。

 そう、後は自分の意志次第。彼は道を提示してくれた。そこへ従うか、抗うか。それを決めるのは自分だ。ずっと自分の運命は変えられないものだと思っていた。

 オリュンポス十二神アルテミスとして生き、やがて朽ちるのだと。

 しかし今は希望が目の前にあって手を差し伸べてくれる人もいる。絶好の機会。

 もしや運命は不変的なものかもしれない。その可能性は十分残っている。

 が、それを確かめるためには、一度抗ってみる必要があるのだ。

 ゆえに躊躇は存在しなかった。苦悩は今までのでもうたくさんだ。


「私は、治安維持軍の保護下に移ります」


 今度は、きちんと言葉を発して応じることができた。H232が豊かなフェイスモーションで作った笑顔は、とても印象に残った。



 ※※※



 今日はいいことばかりだ。そう、最高な一日。見つかりかけたり雪崩れに巻き込まれかけたり殺されかけたり死にかけたり死にかけたり……相棒が仲間と喧嘩したりしているところを目撃したりともう本当に。


「ああもう、超サイコ―だね! この鬱憤、どうしてくれようか!」

「わ、私に当たられても困ります」


 苛立つシュノンの前で、ホープが困りきった表情を浮かべる。だが、そんなことは関係ない。今の私は怒りの化身よ。そんな風に思いながら、お説教タイムを続行した。


「あなたが喧嘩している間に、私はずっと頑張ってたんだからね! 雪だるまだわ変態ナルシストには殺されるかけるわ散々だったし!」

「それってまさかお兄様のこと……」

「ごめんティラミス、ちょっと待って!」

「ティラミス!? それ私のこと?」


 驚いて自分の顔を指さすアルテミスに、シュノンは話半分で応じる。


「そうよ! おいしそうでしょ!」

「な、なにそれ……ま、まぁどうしてもって言うなら呼ばしてあげてもいいけど……」


 なぜか満更でもない表情で愛称を受け入れるティラミスもといアルテミス。だが、今はクリーミーなチーズ的ケーキを相手取る暇はない。不甲斐ない相棒への叱責が先だ。人にコミュニケーションの重要性を謳っておきながら、昔の知り合いと殴り合うなんて言語道断。仲が悪いからと言って喧嘩してはいけません、なんてのはシュノンよりも彼女の方が理解できているはずなのだ。


「正座! 正座なさい! それとも土下座!?」

「待ってください、シュノン。今は安全な場所へ移動するべきです。それに生存者の保護も……」

「そちらについては問題ありません。どうぞ、不良品の動作不具合を存分に嘆いてください」

「ヒルドさん!」

「こらっ、め!」


 この薄情ドロイドはあろうことか人の説教中に喧嘩を勃発させようとしてくれなさった。何たることか! 本気でバグ取り除きが必要かもしんない。

 ブリュンヒルドに反論しようとしたホープを黙らせたシュノンは、従順で良し! と機嫌を戻して再び常識を説こうとする。ホープはしゅんとした表情で、俯きながら話を聞いていた。

 少々不憫に見えなくはないが、仕方ないのだ。ティラミスを救ったことはご立派だが、他に方法があったはずだ。そう考えているシュノンに、救われた張本人であるアルテミスがそっと手を挙げた。


「ねぇ、ちょっといい」

「だから今は」

「私、あなたの冒険談が聞きたいのよ。選ばれし英雄であるスーパーシュノンがどうやってあらゆる試練を乗り越えてきたのか」

「え? そ、そう? ならしょうがないかも……」


 嬉しいことにアルテミスは聞き心地の良いセリフを並べ立ててくれている。ならば、スーパーシュノンとしても無下にするわけにはいくまい、と話す気満々になったシュノンは身体の向きをアルテミスの側へ変えた。


「アルテミス」

「しーっ。静かに。別にあんたのためじゃないわ。気になってるのよ、本当に」


 ホープとアルテミスが何か言葉を交わしていたが、今のシュノンは気にならない。まず何から話そうか、と数々の武勇伝を思い返していると、アルテミスはとりあえずさっき何があったか教えてよ、とリクエストを伝えてきた。


「オーケー! なら、直近のアルティメット冒険について教えてあげる! 少し前に遡るんだけど……」


 シュノンは饒舌に語り出した。ピンチに継ぐピンチを切り抜けた、自分の冒険譚を。



「嘘!? やめて!!」


 数時間前、雪だるまとなりながらも見事に復活を果たしたシュノンに、恐ろしき自惚れ変態アポロンが襲いかかってきた。彼はナイフを引き抜き、シュノンも咄嗟にリボルバーに手を掛けて一発射撃。


「へっ……?」


 カン、という音がした。硬質的な音。銃弾が硬い物に当たって弾かれた音。

 瞠目しながら見つめるとアポロンが顔を押さえていた。ゆっくりと手が離れて、たぶん自分で容姿端麗とか思われてる麗しい美貌的なお顔が露わとなる。

 ――てっきり血だらけかと思われたその顔には傷一つない。凄まじい憤怒だけが張り付いていた。


「な……まさか、あなた」


 いろんな種族を見てきたが、銃弾で顔を撃たれても無傷なタイプは珍しい。だが、幸か不幸か一番自分の身近にいる存在が、顔を撃たれても平気なタイプだったのですぐに思い当たった。


「アンドロイドなの!?」

「よくも、僕を、コケに、したな!」

「うわあああ!」


 シュノンは慌てて逃げる――が、雪に足を取られて転んでしまう。派手に雪の上へ転んだシュノンは瞬時に身を起こしたが、義体を硬質化させているアンドロイドの脚力には敵わない。

 即座にシュノンの元へと追い付いたアポロンがナイフを逆手に持つ。クレイドルから教わった格闘術は対人間用で対アンドロイド用ではない。油断こそしていたが、本気の殺意を持つアンドロイドに対し、人はあまりに貧弱だった。

 恐れるあまり、目を瞑る。悲鳴が喉から溢れ出る。今際の際に思い返すのは、ホープの顔だ。

 

 ――ああ、ごめんホープ。私、ここで死んじゃうみたい。使命を手伝えなくてごめんね……。


 そう思って死を覚悟したシュノンだが、なかなかナイフは振り下ろされない。痛みに身体が貫かれることもない。疑問を感じて恐る恐る目を開くと、


「え? 誰……?」

「君の味方だ」


 見知らぬ剣士が、シュノンを守っていた。レーザーを伝わせた剣が、アポロンのナイフを受け止めている。


「く……シグルズ!? どうしてここが……!!」

「愚問だぞ、アポロン。私は救いを求める者の声を聞くことができる」

「黄金の種族……?」


 いくら神様に愛されているシュノンと言えども、偶発的に自分が殺されている場面に老剣士が遭遇した、などと楽観的には考えない。となればこれは必然だ。もしこの白髪の軍人が黄金の種族ならば、ピンポイントでシュノンの位置を特定できても不思議ではない。

 人の心を感じ取れる超能力は、人を守る上で有用だ。


「僕の完璧な計画にほころびが……!!」

「完璧だと? お前は不完全だ。……ゼウスに利用されていることを気付きもしない」

「ふざけるな、僕は……ぐあッ!!」


 ナイフが宙を舞う。シグルズはアポロンを圧倒していた。ホープの言葉が脳裏によみがえる。アンドロイドは黄金の種族よりも劣っている――。

 ずっと半信半疑だった疑問が、解消された。確かに、黄金の種族の方があらゆる面で優れている。アンドロイドよりも正確に市民の位置を特定でき、恐らく不意打ちすらも予期することができるのだろう。スペック的な意味ではアンドロイドの方が上かもしれないが、そんな誤差は補助武器でいくらでも調整できる。

 それでも、ホープが持つ一番優れた点を、シグルズと言う老人が勝っているとは思えないが……。


「く、くそ! 僕が負けるだと! 有り得ない!!」

「ならばかかってくるんだな。どうした」


 一撃でナイフを叩き落とされたアポロンは、セリフとは裏腹に後ずさっていた。滑稽な姿だが、シュノンにも何となく気持ちはわかる。このまま戦っても負けるだけ。そう考えて逃げる算段を必死に整えているのだ。


「く、くそ! アルテミス! 僕を救うんだ!!」

「都合よく助けが現われるなどとは思わないことだ」


 そう、偶然は有り得ない。少なくともこの状況下では。助けが欲しかったのなら、先にアルテミスを見つけてから動くべきだったのだ。プライドを傷つけられたとか、そんな理由で動くわけじゃなく。

 途端に、ただでさえ小さい奴だと思っていたアポロンがよりみじめな姿に見えてきた。まだジャミング発生装置が有効なので、彼は味方に連絡を取ることもできない。


「くそ、くそ! 覚えているがいい!!」

「逃げちゃうんだ。へぇー」


 少々見下しを混ぜて言うと、アポロンは鋭すぎる眼光を返したが、首を絞められたので同情なんかしてやらない。てっきり追撃するかと思われたシグルズはアポロンの逃走劇を見送ると鞘に剣を納めた。


「無事なようだな、シュノン」

「あ、やっぱり名前もわかっちゃうんだ」


 名乗っていないので知っているはずがない。彼が黄金の種族であることを確信する。


「私はシグルズだ」

「わかってる。ま、私は心理光とかいうの感じ取れないけどね」


 安心が走ってきて、生きているという充実感が全身を満たす。ああ、生きてて良かった。気を抜いたシュノンへ、シグルズは呼びかけてきた。

 

「シュノン、付き合ってくれ。寄るべきところがある」

「どこへ? ホープを探すんじゃ」

「そちらは相棒に任せてある」

「相棒?」


 首を傾げたシュノンに、しかしシグルズは何も言わなかった。

 直にわかる。それだけを告げて、先へ行ってしまう。


「……もうちっと気遣い成分欲しいけど、まいっか」


 黄金の種族である以上、シュノンが説明を求めていることは重々理解しているはず。なのに言わないということは、今は語るべきタイミングではないか、説明の必要がない事項かのいずれかだ。

 よもやシュノンをどこかへ拉致ったりするはずもない。誘拐目的ならわざわざ救う必要もないし、実際にそうだったとしてもアポロンをああも簡単に撃退している以上シュノンに抵抗する術はない。

 選択肢が一つしかないことを悟り、シュノンはお気楽な様子でシグルズに付いて行った。鼻歌を交えながら。

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