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試練の始まり 序章

2016-1-15

 12日に自宅を出て以来、私は機内食以外には、まともな食事は取っていなかった。睡眠さえ禄にとれていない。


 昨夜は旅の企画者が到着する深夜まで起きていて、彼らの到着でようやく安心して、今度こそ体力回復に、遅くまで寝ようとしていた。


 朝の6時にはまたも、拡声器で読経が流れる。耳を塞いで二度寝に入った。

 少し眠れていた。だが、ドアのノックに飛び起きた。


「久米さん、朝の散歩に、少し周囲を歩きませんか?」


 松川氏であった。朝の散歩、願っても無いことと、一杯の茶も飲まずに飛び出した。



 マーケットがホテルの横から少し行った所にあるらしい。私はその方向へは行っていなかった。マーケットがあるのなら、散歩のついでに、食糧を確保したいと思った。

 幸い、ポケットには昨夕の買い出し失敗の時の小銭入れが入ったままだ。


 朝のインド、バンガロールの街は、昼間のような喧噪はなく、空気も快かった。

 私はトレッキングポールを二本とハンディカムカメラを持っていた。

 見る物全てが珍しい。片っ端から移しながら、松川氏の後を追う。


 松川氏は、何度も通行人や立ち止まっている人達に、マーケットの方向を聞いていた。

 その方向が分からないで、かなりの回り道となっていた。


「インド人に道を聞いても、正しく教えてくれるかどうか、分からない、と聞きましたよ」

「彼らは尋ねられると、返事をしなければならない、と思い込んでいる。知らない、とはメンツ上言えない性分なのだ。だから、何回も聞く必要がある」


 インドの旅は、今回で五回目という旅のベテランである。頼もしい限りであった。

 道をどう間違えようと、私は無頓着だ。早朝のインドの空気と風景を堪能していた。

 カメラは、左腕にスイッチの着いたモニターを装着して、右の掌に本体のカメラを握って被写体へ向ける。左腕のモニターで確認してスイッチを押す。

 その作業のために、ポールの二本が邪魔だった。一本、松川氏に使わないかと勧めたが、彼は「いらん」とにべもない。


 かなり歩き回った末に、とんでも無いスラムの露天街に辿り着いた。

 周囲、ゴミと腐臭に満ちあふれていた。舗装の無い路は汚水に浸されていた。

 その水には、感染源の黴菌が充満している事だろう。

 こういう環境だから、うかつには生物は食べられないのだ。


「果物なら心配はないでしょう?皮を剝いてたべるのだから」

 と私が話すと、

「水が汚染されていれば、その水を吸い上げている果物の中にも浸透しているだろう」と応えられた。


 そうか! 地下水が汚染されていれば、植物全ての水分に、粒の大きな細菌は別として、微細なウイルスは入っている事になる。

「どうしたものですかね」

「用心するなら果物でも、煮沸しなければならん」


 そういう話しをしている内に、バナナとミカンを山積みした露天のお婆さんの前に着いた。

「ミカンが欲しいな」

 と松川氏。

「僕はバナナが欲しい」


 松川氏が突然、老婆に愛想笑いをしはじめた。それは、昨夜ホテルに着いて、運転手に見せたヘラヘラ笑いであった。その笑い掛けで相手を妥協させようという手段だとわかった。


 はたして、若干の値引きに成功していた。

「言うなりに払うのでは無くて、少しでもまけさせる。それが東南アジア全般での買い物の仕方なんだ。相手に妥協させるために、こちらも愛嬌が必要」


 ミカンとバナナの入ったビニール袋を松川氏が一手に持ってくれた。

 あとはひたすら、ホテルへ戻るだけであった。


 そのホテルが遠かった。随分、遠くまで歩いたことになる。

 途中で、私は牛に衝突された。

 脱兎のように走ってきた小牛の頭にまともに当たったのだ。怪我は?無かったが、その小牛の後に親牛が同じように走ってきた。親牛は私を避けてくれたが、さらにその後に、もう一頭、小牛が走ってきた。その小牛は、私を恐れて車道の方へ逃げて行った。


 怪我をすれば、黴菌感染が懸念される。病院へ行かなければならない。危ない所であった。夏用のジャンバーを来ていたから、良かったのである。もし、半袖であればね腕に怪我をしていたかも知れない。


 やがて、通学、通勤の人々が多く行き交いだした。その中に、派手な原色のインド衣装に身を包んだ若い女性達もいて、も私を見ては、微笑むのであった。

 私が手を振ると、はしゃぎ合って喜んだ。


 やっと、ホテルの近くの見慣れた元の道に辿り着くと、前方になんと、旅の主催者の田沼夫妻が向かって来ていた。

「待っていても帰ってこないので、僕たちで出るところだった」という。

 全員でホテルに戻ると、松川氏は、マーケットで入手したミカンとバナナを4等分した。


 私自身の食糧、少なくとも、松川氏と半分の積もりであったが・・・・

 わずか二本では、足りないが、また、何処かで買えるだろう。なにしろ、もう言葉に困って買い出しも出来なくなる事はないのだから。


 そのバナナ一本を口に咥えて、飲み水の茶を用意した。すぐに出るというのだ。急いで茶を一カップ作ってポケットに入れると、私は彼らの後を追った。


 聞いていた予定では、この日は、明日の列車の予約を確保する事になっている。だから、まず一番に駅へ行く。その後で、バンガロールの見物なり買い物なり・・・・

 したがって飲み水のお茶は、当座用である。なにしろ、駅はすぐ近くなのだから。


 しかし、実際の行動は違っていた。


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