ヒンズー教の祭り そしてインドの最後のホテルへ
もし、降車の不安が無ければ「ポートOK?」とくらいは話して、ノーと言われなければ、彼女を写したかも・・・・。そしてスマホの写真を見せて楽しめたかも・・・・
以上、趣味人 http://smcb.jp/_ps01?post_id=6975311&oid=235598 小説 「インドへの旅」 さらばオーロビル
以上、アメブロへhttp://ameblo.jp/syosetu-123/entry-12161598904.html オーロビルにて
もし、降車の不安が無ければ「ポートOK?」とくらいは話して、ノーと言われなければ、彼女を写したかも・・・・。そしてスマホの写真を見せて楽しめたかも・・・・
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到着した所で、安宿をさらに値切るための交渉を田沼と松川が頑張っていた。
「タイに行ったらこれを自分でしなければいかんのよ」
田沼夫人が私に言う。インドを出るとタイで五泊する、と話していたからだ。
松川からは「英語も話せないで5泊など無謀すぎる」
と呆れられていた。
「宿は日本を出るときに予約していますから」
夫人は「な~んだ、それならいい」とがっかりしたように言う。
タイの予約ホテルへ行くための地図の準備は怠りは無い。
インドでも、彼らと合流するための最初のホテルに到着するまでの地図は徹底的に調べ上げ、プリントしていた。合流できれば、あとは彼らに従うだけだから、それ以上の準備はしていなかった。というより余裕がなかった。
インド一周をしたことがあるという田沼の友人が、私へ親切心からであろうか、メールを通して、準備する物を次々に指定する。私は一々もっともな事だと思って、ネットで調べて発注したり、また、当の田沼からも荷物やクレジットカード、果てはヒンディー語の本を準備しろとか、図書館で資料を集めろとか、際限もなく注意されていた。
あとになってみれば、どれもこれも無用なものばかりだ。彼らの親切ごかしに応じながら、英語も準備しなければならない状態だったから、合流できたあとの事など、まったく調べる余裕がなかった。
そういうわけだから、到着した所が、なんという土地なのか、まったく知らない。
訊ねる気にもならなかった。旅の第一目標の「オーロビル体験観光」それが、嘘であったのに、私は意気消沈していた。それ以上に、冷酷な「高級霊」からの陵辱に打ちのめされていた。彼らからまさかこうまで薄情に突き放されるとは、想像もしていなかった。そんな冷酷な人間かも知れないと思えば、企画に参加はしなかっただろう。
実に「霊」の信奉者こそ、要注意だったのだ。そういう者に狂った奴がいる、とは、予想もしていなかった。(そういう霊を語る者は、人格豊かで温情溢れる高潔な人間と、とんでもない勘違いをしていた)
霊が見えたり、霊験を持ったりするということは、脳に狂いを持っている証拠だとは、思い到らなかった。故にこそ、そういう狂った者は、平気で冷酷になれるのだ。例えば、統合失調症を自ら語り、DVを受け続けたと書き続けていた或る女性、彼女からも、私は散々な目に遭わされていた。
彼女から会合を希望されて準備を整えていると、音沙汰無しのドタキャン。そのあとも、またお会いしたいと言うてくる。それに応えようとすると、ブロックアウトされてしまった。
ところが、友達同伴なら参加できるので是非来て、という。訳の分からない顛末の末に、
「もう二度と会いたくない。久米さんの風貌が大嫌い」
と宣告された。その宣告メールが、田沼にも送られていたのだ。
人の痛みを解さない歯車の狂った人達が、際限も無く人を攻撃する。それでも最初から正常人ではないと知っていれば許すことも可能だ。
だから「仏の顔も三度まで」と言われているが、私は彼女を批難すること無く四度まで耐えた。
そして、田沼の仕打ちに対しても、私はひたすら従順に耐えていた(異国の地では他に術はなかったから)。
汝、我が左の頬を打つなら、我が右の頬も打て。
打たれても我は汝の友なり。我を打つ汝を、我は誹らず。
少なくとも、旅を終えて、日本へ帰って、田沼へコメントメールを送ったときまでは、それを維持していた。
その段階までは、田沼を精神性疾患者とは、考えていなかった。
理不尽と思える屈辱を受けても、それは私が耐えるべきものと、受け止めていた。田沼を批判するのではなくて、何が、問題なのかを、ひたすら考えるばかりであった。
当の田沼自身に、精神異常があるとは、露知らず、インドの旅に来てしまったのだ。
期待外れのオーロビルを去って、さて、その次は?
肉体的にも精神的にも、疲労困憊していた私は、冷淡な彼らに問い質すこともできずにいた。
無事に彼らと一緒にバスを降りられただけでも助かりものだった。その場所がどこであろうと、もう、どうでも良かった。
あとで、カメラに記録されていた緯度経度から、チェンナイへ直行ではなくて、内陸部へ迂回した所の「カーンチープラム」と分かったのは、ここまで書き進んできた時であった。
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小説 「インドへの旅」 ヒンズー教七大聖地の一つ カーンチープラム
チェンナイへ直行ではなくて、内陸部へ迂回した所の「カーンチープラム」と分かったのは、ここまで書き進んできた時であった。
http://smcb.jp/_ps01?post_id=6982833&oid=235598 私小説 「インドへの旅」 オーロビルの後で
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そこは、ヒンズー教の7大聖地の一つとかで、小さな街にヒンズー寺院が犇めいているらしい。
タミル系パッラヴァ朝の古都で、
曰く『カンチープラムとマハーバリプラムにドラヴィダ様式の寺院建築の原型とその発展型を残しており,マハーバリプラムの建造物群は世界遺産に登録されている』云々と。
翌日、朝の内に近くの街を見物したのだが、それが、世界遺産になっている所を見て回ったのか否か、分からない。
この時の宿が、今回の旅の最悪であった。
私が最初に入った部屋は洋式トイレではなかった。隣の松川の部屋を見せて貰うと洋式トイレであったので、事情を告げて替わって貰った。
例によって、洗濯物を下げるための紐掛けを工夫して、汗まみれのシャツと褌と手拭いを洗った。そのとき、驚いた。洗面場の排水パイプが途中で無くなっているのだ。洗面の水を出すと、そのまま床に垂れ流しになっていた。
さらに、この時の部屋には窓が無かった。壁の上部に、二箇所、窓の形跡はあったが、両方とも封印されていた。
その上、エアコンが働かない(値切ったから止められているのだろう。仕方が無いと松川が言う)。扇風機だけが働いていた。そこそこにしっかり回って風を送ってくれるのだが、ガタガタと震えて回っていた。五月蠅い。止めてみると・・・・たちまち異様な熱気に覆われる。
ドアを閉めると完全な蒸し風呂であった。通気を確保するためには、ドアを開けておくより他に無いのだが、ドアを開けると当然、蚊が入ってくる。蚊の餌食になりながら寝るか・・・・
そこで考えた。ドアを少し開けて施錠代わりに杖を紐で括り付けて外から開けられないようにしよう! そして蚊を寄せ付けないように扇風機を一晩中を回し続けておこう、と。
それでも眠れたのは、疲れもさることながら、眠剤のお陰であった。
ヒンズー教七大聖地 カーンチープラム
今回の旅で、主なガイドを務めたのは、田沼夫人であった。
「お寺の行事は午前中に行われるから、見に行くなら、朝の内よ」
田沼が、よく夫人に尋ねるのだったが、夫人はそれに対して憤慨しながら言う。
「自分は何を調べていたのかね。自分が行きたいというて来たのでしょう。それなのに何も調べていない」
可笑しかった。まるで田沼が私へ言うのと同じだった。夫人は『地球の歩き方』のコピーを持っていた。ここも、そして、バンガロールからチェンナイへの真逆のカンペのコピーも持っていたし、最後の観光地となったカーンチープラムのコピーも持っていた。
ということは、最初からの決まったコースなのだ。それを彼らは私へ知らせなかった。
ただ単に、南インドの資料を準備しておけ、図書館に行ってでも収集しておけ、と言うだけで、カンペもカーンチープラムも私には知らせなかった。多分、予定のオーロビル体験観光は出来ないとわかって、それを私へは言えずにいたのであろう。それで、しきりに言うていたのだ。
「久米さん、自分で行きたいところがあれば行きなさい」
その理由として「我々は当初の目的のオーロビル体験観光は止めたから」とは、言えなかったのだ。正直に言えば、約束違えで、通常の人間の感覚なら、済まない、の一言はなければならない。
それを言えない性格異常者だったのだ。それなのに、私に「普通の常識人になれ」とばかり言い続けていた。
私の些末な事柄を取り上げては、私を批難することにエネルギーを費やしていた。責任逃れだったのだ。精神異常者で無くても、大変に狡い奴、と言うべきであろう。
こうまで汚い人格、性格の人間は、珍しい。
騙されていたと、あとになって分かったことだった。
この朝も、菓子などの雑食少々で、飲み水だけを多めに用意して、彼らの後について何処とも知れない街を、とにかくインドの町を散策してまわった。
ヒンズー教寺院の七大聖地、とのみ、小耳に入れていただけである.雑然とした町だった。暫く歩道や道路を曲折して、祭りの山車に出会った。ようやくインド土着の風物に出会えた。田沼も松川も小型カメラを向けている。シャニクモに歩き続けるのでは無いので助かった。私もその派手で雑然としたケバケバしい山車を写した。見物人が周辺に群がっていた。
あるインド人が、私を手招きする。撮影禁止と言われるのかと思ったが、そうではなくて、もっと前へ行って写すようにと、促してくれたのだ。
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小説 「インドへの旅」 ヒンズー教七大聖地の一つ カーンチープラム
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撮影禁止と言われるのかと思ったが、そうではなくて、もっと前へ行って写すようにと、促してくれたのだ。
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歩道の脇には、花輪を作っているおばさんがいた。路にどっかりと座って大きな平駕籠に盛り上げた黄色や赤や白の摘み取られた花を一輪づつ取り上げて、それを糸に括り付けていた。
手際の良さ、くるりと糸を一周させて、花に付いている小さな茎に輪を絡めて縛り上げる。それを続けると、長い花輪が仕上がる。首に下げるためか、神像に掛けるためのものか・・・・
見ていると、幾人も買い求めていた。代金を受け取ると、花束の下の敷物のその下へ滑り込ませていた。
こういう花輪の作り方を知っていれば、昔、子供の頃の、蓮華畑で遊んだときに花輪を作れたのに、と。
おばさんの手捌きを動画で取っておけば、或いは、野の花を摘んで花輪を付くって、女性か子供に渡してやれるかも・・・・と、カメラを動画に切り替えて写そうとすると、残念ながら、花輪作りは終わってしまった。
山車は一台だけであった。ゆっくりと移動するので、何回も見ることになった。
小さな寺院が、幾つもあった。その内の一つ、大きな門塔を入ると、インド人から両手で罰点をされた。カメラ禁止であった。ソーリーと言ってカメラをポケットにいれて事なきを得た。
「入るときに注意すれば分かるだろう」
田沼から叱責だ。私の僅かな落ち度に対して容赦はなかった。
その寺院を出るときに、改めて見ると「ビデオ・カメラ○○ルピー」と書かれていた。
古い町であった。汚いのだが活気に溢れていた。いかにもヒンズー教の土地らしく、牛が野放しで闊歩していた。牛の糞も随所に見掛けた。牛の他に、山羊のような動物で、角がやたらと長いのもいた。その長角山羊を二頭並べて、荷物運搬に使っているのを、他の町(移動中のバス)で見た事がある。
いろいろと話をしたかったが、彼らとは親しく話の出来ない状態であった。彼らの行くのに合わせて、汚れたインドの町を歩いて回るのだった。
「あの先の交差点を右に行くとホテルだ」
田沼が指差して、松川へ知らせる。すると、
「違うでしょう! 左よ」と夫人が言う。私も夫人が正解だと思ったが、何も言えない。
「あの交差点は見ていたから間違いはない。右に曲がればいい」
田沼が断言する。
夫人は、違うと言う。
田沼という奴、なにか可笑しい。案の定、交差点まで行くと、田沼の間違いだと判明した。
ホテルで一休憩の後、いよいよチェンナイへ向かうことになった。
バスのあと、珍しく高架電車に乗った。ゆくゆくは空港まで伸ばす電車であろうが、工事は完了していない。電車の終点で降りて、インドの旅の最後のホテル探しに入った。
見つけたのは高架の下のレストラン兼のホテルで、田沼と松川がホテルへ入った。
私と夫人は、レストランの入口で待った。会話の無い長い時間であった。
従業員が入口に花模様の絵を描き出した。この種の絵柄は、方々で見た。
おまじない? 魔除けであろう。結界とでもいうのだろうか。ここより中には、悪霊は入るな、入れない、という意味?
小さな容器に白い粉を入れている。その粉を5本の指で取ると、地面へ模様を描く。鮮やかな手捌きであった。それをスマホの動画で写した。
夫人は興味もなさそうに、見てもいなかった。それより、長く待たされるのに業を煮やして、店内へ入り、ホテルのある二階へ目指した。
「なにをしているのかね!」
夫人が怒鳴った。そして、彼の荷物を自分で持て、と押しつけた。
田沼と松川は、ボーイを相手に、やりとりをしながら、あっちへいったり、こっちへ行ったり・・・・
どうしても値引きに応じない、とぼやいて、「仕方が無い.ホテルは此処だけしか無いらしい。少し高いけれど、ここにしよう。そのかわり、今までで一番綺麗で良いホテルだから」
さっそくチェックインの手続きを済ませるのかと思うと、違った。荷物をフロントへ預けて一階へ下りた。それではレストランで食事をするのだろうと期待すると、それも違った。
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小説「インドの旅」ヒンズー教の祭り そしてインドの最後のホテルへ




