インドへの旅(チェンナイからオーロビルへ)
松川へは既に、私の身の上を話した。私が自力で苦境を乗り越え続けて来たことは、脳裏に入っているだろう.世俗的に優越した物はなにもない、ということは分かっている。
従って、昨夜、田沼が自分の殻を破って一歩踏み出せ、あんたはそういう踏み出しをしない云々、が、違う、ということには気が付いたであろうが、しかし、私への弁護はなかった。精々、田沼の叱り方、決めつけが良くないと、窘めた程度だ。
「人間、生まれも境遇も全部違っています。その分、皆、性格や癖は色々というものですよ」
私は松川へ言わずにはおれなかった。
松川はうなずく。
「人間として許される範囲というものがあるはずでしょう?人に迷惑を掛けないのなら、少々変わっていてもいいでしょう?同じ人間として認め合える許容範囲があるはずです。最大公約数が・・・・」
「あいつは融通性がない。プロクルステスのベッドだ」
「それですよ。まったくそのベッドです。つまり自分の基準に合わせて、出ている分は切ろうとして、足りない所は鎖で引き延ばそうとする。各人各様に個性という物があって、それを認めることが出来ないとは、あきれかえるばかり。結果は人を殺す事になるというのに・・・・」
問題は、何がそれを可能にしているかだ。普通では人を屁理屈で殺人までは行わない。肉体への破壊は今の時代には許されないことは田沼でも知っている。その代わり、手を下さない方法で、つまり人格の否定を行って打ちのめして、精神的に破壊させてやる、とう事には躊躇しないのだ。それは肉体を破壊するのと等価である。
通常、人々はそうまではしない。今日でも、虐めと称して精神的苦痛を与えることは犯罪とみなされることが認知されだしている。田沼はまだそれを理解していないのであろうか。そして、相手のためだ、教えている、指導してやっている、云々の元で、相手の全人格を否定して、相手の自尊心を崩壊させようとすることを厭わない、というのは、いうてみれば、殺人行為を良しとするのと同じであり、それを可能にしているのは何か?
彼はそれを可能とする何らかの支柱を持っているのに違いなく、私が思うのには、それは〝霊性〟である。信じるところの霊界の指導、自分は高級霊に属している、という思い込みであろうかと。
それが、他者を、彼の見る所の低級霊の者を打ち砕き死なせてやろう、それを成すことが正義である、という信念になってしまっている・・・・
列車に揺られながら、私はひたすらに考え続けていた。揺れが大きいためか、速度感があった。猛スピードで直走りしているようだった。
松川は7インチタブレットで地図を見ているようだ。ネットには繋がらないはずだから、出発前に取得した情報をみているのであろう。彼は二回目の夜行列車でも眠れなかったとぼやいていた。
「そういえば、夜半に僕を起こしてくれたのですね。眠剤で眠り込んでいて、ご迷惑をお掛けしたと思います」
「いや、君はすぐに起きてくれた。僕も眠剤は持っているが、使わないようにしている」
チェンナイ駅には、午後の1時半頃に着いた。
大きな鉄道駅だった。昔はマドラスと呼ばれていた港街だったとか。その名前は聞き覚えがあった。
この駅で、田沼が一人トイレへ行き、そのまま戻って来ない、というアクシデントが発生した。
駅前のバスターミナルに着いて、田沼が俄にトイレへ行くと、一人でチェンナイ駅へ戻った。私はバス表示板の陽影に除けて待っていたが、15分過ぎても30分過ぎても、彼は戻ってこなかった。やがて45分も過ぎてしまった。
「トイレの中で死んだのと違うか?」
松川が夫人に話していた。夫人は心配している様子もない。
「様子を見に行くべきですよ。もし下痢でも起こしていて、トイレの中で身動きも出来ないでいる、ということもありますから」
私が二、三度助言したが、松川と夫人は意に介さない。せめて、妻である夫人が行くべきだ。それが、素知らぬ顔でいる。死んでいれば死んだで良い、というのであろうか?
1時間を過ぎていたか、それに近いか、田沼がトイレへ向かった方向とは別の所から戻ってきた。
夫人にしてみれば、このくらいの異変は毎度のことであったのかも。もし、これが私なら(トイレで大変な事になったりして)その理由の如何を問わず、ボロクソに言われたであろう。普通の常識人であれ、という昨夜の私への批判は、自身に照らしてみれば、これが普通人、というのであろうか?
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チェンナイからはオーロビルへ目指して、長距離のバス移動であった。出発が既に午後3時頃である。到着した時は日暮れていた。
ゲストハウス(GUESTHOUSE読めた!)の看板が軒を連ねていた。二軒の内、値切りに応じた汚い宿に泊まることになった。
それにしても、値切り交渉に精を出す人々である。私のような最低年金生活者にとっては、有り難いのだが、田沼は公務員の高額年金受給者であり、松川は株や金融の投資家で、二人とも金に不自由をする人では無い。まさか、貧乏人の私のために頑張って値切りをしているわけではなかろうし・・・・それだけは、ありえない。
明日はいよいよ目的のオーロビル。長距離バスに揺られながら、私は嫌でも昨夜の田沼の仕打ちを考えざるを得なかった。
まともな食事はとらないままで、真冬の日本から突然の炎熱地獄を火傷の足を抱えて歩き回ったのである。体力は底をついていた。その上、頼りにしていた田沼からは、冷酷な突き離しと憎悪に満ちた批難と攻撃を受けたのだ。気にしないでいる、というわけにはいかない。表面上、意に介していないようには、勤めていても、受けたダメージは軽くは無かった。もう、彼らにうかつに話も出来ない状態で耐えるだけの苦しい旅となっていた。オーロビルは霊験顕らたかな所か知らないが、目前にして私を斯くまで苦痛に追い込むとは、なんの為なのか? 霊的レベルが高いから、と宣う田沼は、レベルが低い奴と、私を詰り続けた。軽蔑と嫌悪を露骨に顔に漲らせて、そこまでなじるのか?
霊性が高いと、そのような事が許され、かつ、行うことが可能となるのであろうか?
オーロビルへ着けば、或いは何か、啓示があるのでは?
そういう「霊」が存在するのなら?なにか無ければ嘘だ!
「右の頬を打たれれば左の頬も打たせよ」
イエスの言葉がよぎった。
殴るのなら、通常、利き腕の右手で打つだろう。とすれば、打たれるのは左の頬だ。
正しくは左の頬を打たれれば・・・・、となるはず。
そこで考えた。
「汝、我が左の頬を打つならば、右の頬も打て.我は汝をそしらず、汝を友と呼ぶ」
私が青年の頃に、自分へ挑んで来る者へ、イエスの言葉を借りて言うた事があった。関わりを持てばこそ、その関わりの中で私を憎むのだ。それなら、汝は我が友である、と。
私を憎む者さえ、私は切り捨てたくはない。その嫌悪と軽蔑を持ったままでも良い。汝よ、我が友であれ。
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私は荷物を座席の後ろへ潜り込ます事が出来なかったので、車掌からフロントの車掌の席の前へ置けと、命じられて、最前列に座っていた。
小型の台車の車輪が邪魔をしてどうしても座席の隙間に置けなかった。
荷物が見える所として、運転手の真後ろに陣取った.田沼達の荷物も同じように前列へ置けと命じられて、皆の荷物が見えていた。降りるときは、その荷物を取り出すから、彼らが後ろにいても、平気であった。
インドのバスの警笛の仕組みが面白かった。通常のようにハンドルに付いているのでは無い。別誂えの警笛システムになっていた、それは、細い棒が二本、水平に伸びていた。運転手が右手を伸ばして、その棒を下へ押すのだ。一本でも充分に大きな警笛が鳴る。二本同時に押せば、倍増して凄まじい音になる。
バスを追い越して、バスの前に出た車へ対して鳴らす。その車が速度を上げないでいると、二本押す。
また、対向車がはみ出しそうな気配を見せると、二本棒を押したままである。
とにかく、警笛を鳴らし続ける。他の車も負けじと鳴らすが、迫力はバスが勝っていた。
私の横に二人の女性が座った。(三人用座席?)
若い女性が私の横であった。二人とも太っているので、否が応でも私と密着する。
バスが揺れても、女性は気にもとめずに揺れるにまかせていた。
豊かな肉体が私を悩ませていた。手を握りたかったが・・・・。
宿は、三階であった。車輪突きの台車は、その階段を難なく登ることが出来た。通常のスーツケースであれば、抱え挙げて登らなくてはならないが、15センチほどの車輪だから、曳けば段を登るのである.田沼に「どんなもんだ」と見せたかったが、かれは夫人と他へ行ってしまった。
松川は私の隣の部屋だった。
彼は私に、近くの商店街へ食糧仕入れとワイン購入に行くが、来ないか、と、誘ってくれた。二つ返事で付いて行った。
宿から近い所にスーパーがあった(日本で言えばコンビニくらい)野菜や果物、その他。
必要な物は一通り揃っているようだったが、やはりハムはなかった。
オクラがあった。日本で見るオクラの二倍もある大きな物だった。これを野菜の補充にと手を伸ばすと、松川に「そんな物、使い物にならんから止めておけ」と一喝された。
私は湯沸かし器で煮沸して食べるつもりであったが、松川の剣幕に購入を止めて、リンゴと皮剥きの玉蜀黍を買った。それにチーズを。チーズはビニールに一枚づつくるんでいる10枚入りのタイプだ。
「チーズは気温が高いからすぐグチャグチャになるからな」と、また松川が言う。
固形チーズだとカットした後の衛生が不安だし、一枚づつ包装されている方がまだしも、と考えた。
そのあと、ワイン(アルコール)探しに松川の後を付いて行ったのだが、信号の無い十字路で、私は立ち竦んでしまった。松川は車の隙をついて渡ってしまう。私は渡れなかった。松川は目立つ白系統の半袖シャツだが、私は黒いジャンバーと同じく黒いズボンだ。夜間の運転手には目に止まりにくい。もしも、接触すると、どうなる?
それを危惧するとなおさら渡れなかった。向かいの松川が早く来い、と手招きする。
「僕はここで待っていますから」
松川が戻ってきた。
「ごにゃごにゃ言わんでいい。行くのか、行かんのか! 行かんのならホテルに戻れ!」
癇癪持ちであった。
通ってきた道の特徴を思い出しながら、なんとか、一人で戻れた。
そして、松川は田沼に言っていた。
「道を渡るのが怖い、などと言うのだ。まるで小学生だ」
なんと言われても、仕方が無い。細心の用心をしなければ、日本には帰れなくなる。
その不安があったためであろう。田沼から絶交宣言のような虐めを受けたからでもあろう。翌朝、一大パニックに見舞われたのであった。
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