異世界移送運転手《トランスポーター》
大杉義久はトラック運転手……所謂『運ちゃん』だ。
田舎の高校を卒業後、大型免許を取って働き始めた。
体も丈夫で性格も真面目。
無遅刻無欠勤、勤務態度も良好。
仕事を続けて30年になる大ベテラン。
今まで大きな事故を起こしたことはないのだがこれからはそうもいきそうにない。
「あなたにお願いがあります」
深夜のサービスエリアで休憩中、突如目の前が光に包まれそこから現れた少女はそう口にした。
絹のような白い肌に純金のように輝く美しい長髪。
その姿は人の形をしていたが、少女の纏う神々しい空気から人でないことは明らかであった。
「私はこの世界とは別の世界を統べる者です」
「世界を……ってこたぁ女神様?ってやつなのか?」
「あなた方の世界で言えばそれに近いですね」
驚いたものだ。
ずっと真面目に生きていればこんなものにも会えるとは。
よく分からないがきっとありがたいものだ。
「今、私の世界は滅亡の危機に瀕しています……それを防ぐためにあなたの力が必要なのです」
「俺の力が……」
この展開どこかで……
思い出した。
最近入った若い奴がよく読んでる『らのべ』とかいうやつでよくある展開だ。
たしか、こういう神様的なのが現れると異世界に飛ばされてものすごく強くなって好き放題できるって話だったはずだ。
おもしれぇ…やってやろうじゃねぇか!
俺がいなくなった後の会社とか家族のことは心配だが、きっとご都合主義でなんとかしてくれるんだろ。
「分かった……あんたに力を貸すぜ」
その言葉に女神の顔が綻びかわいらしい笑顔が見えた。
「本当ですか!ありがとうございます!他にこのような事を頼める方はいらっしゃらなかったので……これで私の世界は救われます」
こんなに感謝してもらえるとはこっちとしても嬉しいものだ。
「ではこちらを…」
女神は懐から地図を取りだして渡してきた。
異世界へ行くための道具かと思ったがよく見ると近所の地図だ。
何やら道に×マークが付いているが。
「明日の22時…あなたはここを通りますね?」
少女はそう言って地図に付いたマークを指差した。
たしかにそれぐらいの時間にこの道を通るがそれが何だというのだろうか?
「この男を轢いて下さい」
女神は一枚の写真を取り出し平然と殺しを依頼してきた。
女神が差し出した写真には気だるそうな少年の姿が写っている。
「本当は私が直接やるべきではあるのですが、私はこの世界の生命の存続に直接関わるような事象を起こすことは出来ません」
「な、あんたが殺せないから俺に殺れってのか!?」
「ご安心ください」
少女が灰皿に手をかざすとクシャっと潰れていた吸殻がみるみるうちに新品のような煙草になった。
「後処理は上手くやっておきます」
「いやそうじゃなくて、何でこの世界で人を殺すのがあんたの世界のためになるんだよ!?」
俺の言葉を受けてようやく理解したのか、なるほどという顔で女神は口を開いた。
「この男、小鳥遊恭介からは魔術の才能を感じるのです」
「魔術ってよ、そんなもんこの世界には存在しないぜ?」
呆れたような目付きでこちらを一瞥してから女神は言葉を続けた。
「私の世界にはあります!ですからこの小鳥遊恭介が必要なのです!この男ならきっと魔王を倒せるのです!」
ちょっと待てよ…この流れだと異世界に行くのは俺じゃなくてこいつなのか?
「この男を私の世界へ連れていくには、まず肉体から魂を分離しなければならないのです!なのでしっかり分離するように思いっきり殺っちゃって下さい!」
こんな事に巻き込まれたら俺の今までの人生が壊される!
「待て待て待て!やっぱり俺はこの話降りる!そんな無茶苦茶な話あるかよ!」
俺の拒絶に女神は顔を曇らせ溜め息を吐いた。
「ここまで聞いておいてやらないとおっしゃるのですね?」
「当たり前ぇだ!人殺しなんてなってたまるか!」
女神はその手を俺の額に当ててニヤリと笑った。
「でしたら私に会った記憶は消させていただきます」
「なっ、干渉できないんじゃ!?」
「生命の存続に関係しなければ問題ありません……記憶を消すのは難しいのでもしかしたら記憶以外も消えちゃうかもしれませんがしかたありませんね?」
こいつ、最初の神々しさが嘘のようだ。
今は禍々しい邪神にしか見えない。
「わ、分かった!殺るから勘弁してくれ!」
それを聞いて女神はまた微笑みを取り戻した。
「では、確かにお願いしましたよ」
女神はこちらの気が変わらぬうちにと、現れた時と同じように光に包まれ消えてしまった。
とんでもないことになってしまった。
現実離れした出来事に夢ではないかと疑ったが、腕をつねると痛みが確かに感じられた。
翌日21時
俺はこれから何の罪もない少年を殺すことになる 。
今でも夢か幻のような気がするし、そうであってほしいと願ってもいる。
しかしその願いを一蹴するようにあの女神から渡された地図が視界に入る。
紅く印された×マークがまるで血のようだ。
予定の時刻より早く着いた分これからやることについて考えさせられる。
焦りや不安の混じった感情に耐えきれず俺はトラックから降りて煙草に火を着けた。
この辺りは路上での喫煙は禁止だ。
いつもなら善良な一般市民としてルールを守るところだがこれから犯す大きな罪に目前の小さな罪は無いも同然に思えた。
煙草を吸っているとチッと舌打ちが聞こえた。
舌打ちの聞こえた方向には一人の少年が立っていた。
見覚えのある顔だ。
ああ、そういえばこれから轢き殺す相手だったな。
妙なものだ。
何の恨みもないというのにこの少年を殺さなくてはいけないのだな。
なるべく苦しまないように殺してやらないとな。
すぐに…一瞬で…
殺った後はどうなるのだろう?
女神は後処理はやると言っていたが大丈夫なのだろうか?
そんなことを考えながら少年を見ているとガンを飛ばされたと思ったのか、少年がこちらに歩いてきた。
「ここ禁煙ですよ」
少年の視線はじっとりとして曇っていた。
これから異世界へ行く少年に「良い目をしているな」なんて言ってみたかったが、お世辞にも良い目とは言えない。
「ああ、悪ぃな」
煙草を道へ捨てて踏み消した。
「ポイ捨てもやめてください」
いつもならそんなことはしないのだがやはり調子が狂ってるな。
吸殻を拾い、トラックの灰皿に入れると少年はまた帰路に戻った。
「なあ!」
何故だろう…声を掛けずにはいられなかった。
「お前は今、生きてて楽しいか?」
その問に少年は振り返った。
「……別に」
少年の一言にどんな意味が込められていたのかは分からないが、少しは救われた。
現状に不満を持った少年を、才能の活かせる世界へと送るのだ。
そう考えればあまり悪い事をするようには思わなくて済む。
あと2分
指定のポイントを22時に通過するならそろそろ走り出さなければ。
トラックに乗り込みエンジンをつけた。
少し型の古いトラックは気合いを入れるようにガタガタと震えた。
「お前はこれから人を殺すんだぞ」
言葉が通じるはずもないが今は相手がトラックでも何か言いたかった。
ライトを消したトラックは低速で走り出した。
ポイントが見えてきた。
事故が多いことで有名な交差点だ。
少年はそこを今渡ろうとしている。
22時
ちょうど少年が歩道の真ん中にいるだろう。
轢くには絶好のタイミングだ。
あと数秒でトラックと少年は激突する。
轢かれた瞬間少年は何を思うだろうか?
きっと俺を恨むのだろう。
歩道を渡る少年の姿がはっきりと確認できる。
音楽プレイヤーで周りに気付いていないのだろう。
簡単に轢ける。
あの女神はここまで予期していたのだろうな。
ガシャンという大きな音と共に少年の体が宙を舞った。
道路の真ん中で倒れる少年の頭は凹み、顔を判別できないほどだ。
その瞬間辺りが光に包まれあの女神が姿を現した。
女神が少年を抱きかかえると少年の魂が幽体離脱のように体を離れた。
女神は少年の魂をかかえたまま光の中に消え去り。
気付いてみると辺りからは光が消えて元に戻っていた。
それだけではない。
血痕はもちろん少年の体は無くなり、トラックのブレーキ痕も衝突の傷も無くなっている。
まるで事故など存在しなかったようだ。
女神の後処理は問題なく済まされたようだ。
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大杉義久の前に虹色の光が現れた。
「あなたの助けが必要です」
少女達は口を揃えて皆そう言ってくる。
「分かってる、どこで何時だ?」
あれからというもの様々な世界から来た少女が光の中から現れるようになった。
どの少女も頼むことは同じだ。
今でも人を殺すことへの抵抗は無くならないが仕方のないことだ。
それに悪い事ばかりではない。
世界を救った奴等の中にはこちらの世界に戻る奴もいる。
あの小鳥遊少年も戻ってきた。
戻る時に向こうの姫様を連れてきて毎日イチャイチャしてるそうだ。
戻ってくる奴等は俺の事を女神から聞いてるらしくてそういう報告をしてくれる。
戻ってこないやつからも手紙が届いたことがある。
何だかんだでみんな楽しくやってるようだ。
そんなこんなで今ではこの裏の仕事も表の仕事と同じようにやりがいを感じている。
これからも俺は勇者を異世界に送り続ける。
―fin―