第四話 『どうやらジェノンが覚悟を決めたらしいんだが、その話を聞いて欲しい』
「う、そ・・・でしょ・・・・・・」
ロアナは自身の身体に鳥肌が立つのを感じ、首筋に氷を当てたような悪寒が走った。
「クソが・・・」
絶望。その言葉が持つ意味そのものが辺りを包む。
「つまらんな。その程度で私に刃向かうなど、恥を知れ!!クハハハハハハッッッッッ!!!!!!」
森に響く笑い声。
そしてムカデたる所以の無数の足の一つを鎌のように変形させる。
「どちらから、死ぬ?」
より一層低い声でロアナ達に問う。
ロアナは半ば戦意を喪失させ、ゆらゆらと揺れる鎌に目もくれずに呆然としていた。
ただ死を受け入れるかのように。
そして眼前に刃が光る。
ジュウ
「ガァッ!!!!」
ロアナは突然目の前に立ちはだかった影に目をやる。
「お嬢。・・・諦めるなんて、らしくないぜ?」
それは覚えのある赤い髪。
それは覚えのある背中。
それは覚えのある声。
それは。ジェノンだった。
彼はさっきまで吸っていたタバコを、その鎌のような蟲王の足に押し当てていたのだ。
「なんだ、そのウジャウジャした足が性感帯なのか?」
軽口を叩き、ニヒルに笑うジェノン。
ロアナは瞳に涙を貯めて、自身の愚行を悔いた。
すべての力を使いきり満身創痍の相棒が、身を呈して護ってくれている。
それなのにただ絶望に身を任せ、戦意を喪失し、何もなそうとしなかったのだ。
ロアナはその涙を拭って、改めて戦意を保つ。
「この虫けらがぁぁぁぁ!!!!!」
「ごはぁっっっ!!」
蟲王は改めてジェノンを弾き飛ばす。
「蟲に虫けらって言われちゃあ、終いだな」
ジェノンは岩に叩きつけられながらも、ヘヘ、と笑った。
「もう一度【融合】しよう!!次はイケるよ!!!!」
ロアナが慌てて近づくと、ジェノンはロアナの頭をポンポンと叩き、諭すように告げた。
「悪ぃな、もう融合するだけの根源力はねぇんだ・・・」
そしてジェノンは「身体に気をつけろよ。お前は冷え性だからな」とロアナの頬をプニプニと突くと、ゆっくりと立ち上がり、足を引きずりながら蟲王に近づいていて行った。
「どこ行くの?ジェノン??」
ねぇ、と子鹿が母を探すようにロアナはジェノンに弱々しく声を掛ける。
ジェノンはそれに軽く手を挙げて応えるだけだった。
だが突然、彼は足を止めた。
そして肺一杯に大きく息を吸ってから、ピタリ。
「ロアナっっっっ!!!!!愛してたぜっっっっっ!!!!!!」
過去形で想いを告げる。
相棒だからこそ言えなかった気持ち。
当たり前になり、忘れ去られた気持ち。
「ジェノン・・・・・・」
ロアナの胸が締めつけられる。
そしてジェノンは蟲王の前で両手を広げた。
「俺の命は要らねえ。だからあの子を助けてやってくれ」
「ジェノン!!!!!!何言ってるの!!!!!!???????」
ロアナがジェノンに駆け寄ろうとする。
「来んなっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」
ジェノンは一喝して、その動きを制した。
その見たことも聞いたことも無い迫力にロアナはビクッと身体を怯ませる。
「な?頼むよ、大将」
ジェノンが蟲王にそう言うと、「分からんなぁ」と低く唸り返した。
「どうしてお前たち人間はそんなにか弱くも、互いを助けようとするのだ・・・」
理解に苦しむ、蟲王は両手を広げるジェノンに見下すように言った。
するとその言葉を笑い飛ばすように高笑いしてから「簡単なことさ」と加えた。
「大切、だからだ」
「愚の骨頂だな」
水と油のように最後まで相容れずに、二人は問答に終止符を打った。