八話 無い物ねだり
そっと廊下に出て、真っ暗となった窓の外を見る。ホームシックに意外とならないな、と暢気に考えつつ、不便なところがちまちまとあるため、そこが異様に気になってしまう。
「帰りたいと思うか?」
「……どうせ、帰らせねぇんだろ」
コロナが突然姿を現そうが、おれは冷静に返していた。どれだけの災難を投げ掛けて来ようが、まだ何とか生きてるおれは頑丈なんだと思う。
というか、不死身なのかと思ったが、前に死にかけてるからそんなわけはないんだよな。
「そうじゃな。帰すはずがない」
「第一、なんでおれなんだよ」
「たまたま引っ掛かったのが、お主じゃよ」
「……くそっ」
下手に考えると、おれ以外がここに来てたらもっとカッコ良く出来てたのかもしれない。そう考えると自分の不甲斐なさが露見してしまい辛い気持ちになる。ネガティブな考え方をするのは止めようと思っても嫌なことばかりが浮かぶ。ああ、もう。温かくてフカフカな布団に入りたい。で、ゲームしたり、どっかに遊びに行きたい。
「ってか文明が欲しい。電化製品が欲しい。お菓子食いたい」
恋しく思う現実世界のもの。便利な機器が欲しいと思う。パソコン、携帯電話、ゲーム、カップ麺。
「ラーメン食いてぇ……、ってかシンプルにオニギリ食いてぇ……」
コロナは何も言わずに窓に背を付けて足元を見ていた。爪先を地面につついて、まるで拗ねてるような素振りを見せる。
「そんなもの、用意は簡単じゃ」
「じゃあ出してくれよ」
「嫌じゃ」
「……だと思ったよ」
「……なぜ、怒らない」
「怒っただろ、最初は」
「今は、怒っとらん」
「……疲れたんだよ。おまえにもだけど、ウィズもだが、今はマシになったけどな」
精神面で大人にでもなってるのか、怒るということを止めた。怒ったところで直したり助けたりしないしな。
いつもの元気はなく、コロナは気弱な声を出すからこっちが気まずいし、どう反応すべきか分からなくなる。
「……」
「なんだよ、黙るなよ」
「妾は……」
「そういや、神様って最初から神様だったのか?」
「……それを知って、お主に何の特があるというのだ」
「いや、別にないけどな。けど、どうしたらそんな力が手に入るんだと思ってな」
「妾は特別なんじゃ。真似して手に入るものではないぞ」
「そうかよ。なあ、ここに新しい誰かを作り出すことも可能なのか?」
「神様じゃからな」
「創造神って感じだな」
物を作り出す神って感じだな。でも、干渉が出来る辺り万能なんだろう。でも、イメージしてる神様とは違うのは今更なんだろう。
「……灯架」
「……」
「妾は……」
その続きを聞くことはなかった。部屋に戻ることで会話が途切れたから。聞きたくなかったというより、タイミングが悪かったというだけ。扉を開けた時に話しかけていて、振り返った瞬間、コロナはすでにいなかった。
「オッサン、飯に行こうぜ」
「……ああ」
色んな感情に押し潰されそうになり、ぶつけることも出来ず、目を閉じて座っていたオッサンに話しかけた。ふと目を開けると、すぐに立ち上がった。
眠ってはいなかったんだろうが、ずいぶんと静かだ。賑やかなパーティーには不釣り合いなほど。
食堂には、先ほどと変わってそんなに身形の良くない人が集まっていた。ほとんどの人は時間を調整していたみたいだ。
オッサンが入ってきても、そんなに反応を示さない。が、ノーエルがいるか確認したが、いなくて残念だった。もう少し話をしたかったな。
「場所は適当で良いよな」
「……ああ」
見渡せそうな入り口近くの座席に座る。白いテーブルクロスが汚れがなくて、ここのランクがそれほど高いことを証明した。
刺繍で装飾されたメニューを開くと、何も言えず黙ってしまった。
水が運ばれないのは、ここでは当然なのか分からなかった。ノーエルも飲んでなかった、と考えたが食事をした後みたいだから分かっていたんだろう。
「……どうした」
「あ、その……字が分からん」
英語っぽいのだけど、草書体なのか何て書かれてるのか分からない。英語の成績が最悪なのに、しかも崩された文字なんて分かるはずがない。
「分からない、俺と同じか?」
「いや、たぶん違う。おれの住む世界の言語が違うんだよ。オッサンは読めるよな」
「……ああ」
記憶喪失になっても、言語が理解できるだけマシだよ。おれみたいに言語すら分からないと、どうしようもないしな。
オッサンはメニューに書かれた文字が読めるらしく、どれにするか決めている。
今更ながら、オッサンを観察してみよう。銀色の髪と同じ口ひげからして、地毛は銀色なんだろう。
猫のようにつり上がった目とは別に、昔はそれなりに良い男だったんだろうと思わせる部分がある。
年齢はこっちの世界の見た目で言えば、四十過ぎか。ただ、ガタイが良いから、体年齢は若そうだ。
ノーエルより短い髪は、スポーツをしても不思議ではなく邪魔にならないほど。
「オッサン、スゲー、デカイよな」
「……おまえは、小さい」
「まあ、確かに大きくはないな。まだ子どもだし。剣術も得意そうだし、案外どっかの騎士だったのかもしれないな」
四神騎は無反応だったところを見ると、スワル城とは無関係だったみたいだが。けど、ビクともしないあの実力は惚れ惚れする。
おれも剣術を鍛えたいな。魔法は使えてないわけだから。
「あ、すみません、注文お願いします」
「はい、ただいま」
何を頼むのか決まったらしく、メニューをテーブルに置いたのを見てから、入ってきた反対側の扉の横に立っていたウェイターを呼んだ。すると、すぐにやって来て顔色をひとつ変えることなくオッサンの注文を受けた。
「これでラストオーダーとなりますが、よろしいでしょうか?」
「あ、じゃあ何か飲み物を……甘くなくてサッパリするものは?」
「ライムですね。この時間に丁度良いですから」
「……じゃあ、それで」
ライムって柑橘類じゃないっけ? そういやカクテルとかお酒にも使うって聞くが、まさか未成年に酒を飲ませないよな? この世界では何歳から飲んで良いのか分からないが、おれは飲もうとは思わない。もう少し、身長が欲しいからな。
「ライムって、酒か?」
「……さあ。なぜ、聞かなかった」
「いや、まあ、そうだよな。でも、おれは当たって砕けろ、何とか食えるだろ作戦で進んでるからな」
だから、とりあえずは拒まないことにしてるが、酒となると話は別だ。今が成長期でわざわざ止まらせる必要もないだろ。
それに健康第一ってことで、家で飲んだり吸ったりしてる人はいない。だから、興味も持たないんだよな。
「こちらがライムです」
オッサンのところには、野菜ばかり揃えてあった。最後のメインで肉料理が来ると思っていたら全く来ないというお約束を破っていた。ウェイターは料理を運ぶと、そのままどこかへ消えてしまった。食堂にいる必要がないのか。
ちなみに、ライムはほとんど透明で微かに爽やかな苦味と微炭酸のジュースだった。
「……うん、不味い」
「……大人の味なんだろう」
「ふへぇ、なら、おれ大人になりたくねぇや」
甘味がないのを頼んだけれど、本当に甘味がない。苦味と酸味が口に広がるだけ。それを、手でテーブルの奥へと押した。
「オッサン、肉食わねぇの? 力付かねぇぞ」
「……俺は、肉が嫌いだ」
「へぇ……、それでそんな体型か。羨ましいな」
そこまでとはいかないが、見栄えがするほどの身長が欲しい。小さい方だとは思わないが、大きい方だとも言えない。
まるでランチをするOLみたいだと思ってしまった。ダイエットのために食べるの、なんて言葉が聞こえてきそうだ。だが、目の前にいるのはオッサン。二メートルを超えたマッチョのオッサンなんだ。
「オッサン、記憶を失う前は何してたか思い出せないのか?」
「……うむ」
シャキシャキの新鮮な野菜を食べながら唸るように考えてみたようだが、記憶喪失なんだからその直前すらも思い出せるわけないなと、オッサンから答えが出る前に納得してしまった。
「何かを、探していたような」
「……え?」
まさかの色好い答えが来るとは思わなかった。この場合、色好いで良かったのか? 色って、たくさんの意味があるよな。色々だったり、英雄色を好むとかでも使うし。大抵は色を好むのも当然じゃないかと。女好きだと、なんか悪いイメージだけど、女嫌いっていうと怪しまれるし……難しい。
それより、オッサンは何かを探していたという。それは誰か上役の人から頼まれたものだろうか?
「何かまでは分からないんだ」
「それが分からないとどうしようもないな。記憶喪失になる原因すらも分からないだろ……うし。そういや」
途中で気付いたことがあったため、言葉が変になってしまった。決して牛肉が食べたいわけじゃない。いや、食べたいんだけどな。ステーキとかさ。あれ地味に背徳感から気にしないふりをしたけど、キツネみたいな魔物に雷魔法をぶつけて焦げた臭いがしたが、あの時、肉を食いたくなった。だけど、精神ダメージもあって葛藤してたよ、頭の中で。
「何日くらい前から記憶があるんだ?」
「……おまえたちと会ったときから」
「所長とかが、何かしたのか?」
「……」
ってことは守っていた何かを持っていかれた可能性もあるんだな。探し出したけど、その存在が危険だとか思って隠そうとしたところへ……なんか漫画の読みすぎか。
「こりゃ、所長を追う理由が更に出来たな。オッサン、これからよろしくな」
「……ああ」
「おれ、灯架だからいい加減名前で呼んでくれよ」
「……トウカ、覚えた」
心強い仲間が本格的に入った。謎の多いメンバーだけど、とりあえずは同じ目的みたいだし、ゲームみたく魔王を倒すわけじゃないけど、所長をぶん殴るという目的のために頑張るか。