七話 イケメンと同郷?
食堂は至って普通のように見える。観光客なのか人もチラホラ見えて、辺りを見渡していると薄い茶髪に物凄く爽やかなオーラを発してる青年がいた。
リアルが充実してそうな大学生って感じの見た目だが、絶対に現実世界でなら半世紀は生きてる年齢なんだろう。
おれが凝視していたことに気付いたのか、伏せていた目を上げる青年。深い緑色の瞳に目を奪われそうになる。
くそっ、おれもこんなにイケメンだったら人生も楽勝モードなのに。
青年はそんなおれのどす黒い感情も知らないで、爽やかなエフェクトを使って手を上げる。
「……は?」
後ろに人がいたのかと振り返ったが誰もいない。間違いなく彼はおれを見ている。
おれは知り合いでもないし、あからさまに爽やかすぎる相手を信用しないことにしてる。見なかったことにして、反対側の窓を見て通り過ぎようとした。
「酷いじゃないか。そちらが先に俺を見ていただろう?」
立ち去ろうとは出来なかった。腕を掴まれ、ギョッとして腕を見れば青年の緑色の瞳と交差した。
男らしい大きな手がおれの腕を掴む。予想以上の力におれは眉を寄せた。
「さあ、前の席へどうぞ。隣が良いなら空けよう」
逆らうことは許されない雰囲気に大人しく戻ろうとすると腕を離してくれたため、その場で立ち止まり、踵を返して無理矢理にでも通り過ぎようとチャレンジしたが、さっきと同じことを繰り返すだけだった。
こいつを欺くことは無理なようだ。
とにかく言われた通りに青年の前の席へと向かい合うように座った。
「見ていた理由は?」
肘をテーブルに付き、手を組んでその上に顎を乗せた。どの動作もサマになるから、何だかムカつく。まるで重役が目の前にいるようだ。こいつ、心臓に毛が生えてんじゃね?
「いや、えーっと、目立つ見た目だと思ったから」
「……本当は?」
「や、真面目に思っただけ」
「……」
疑うような鋭い目は、青年の容姿も相乗効果で恐ろしさがあった。
服もどことなく品があり、平民が着るようなものじゃない。おそらく、それなりに位の高い人だろう。
短めの茶髪が綺麗な色を照らしていたランプを見上げた。あの魔科学のランプと違いはなさそうだ。
「そういや、あんた」
「ノーウェル」
「……ノーウェル、さん……は、この船旅初めてか?」
「そちらの名前は教えてくれないのか?」
「……灯架」
「ああ、きみが噂のトウカなんだね」
「……ウワサ?」
そんなに噂になるようなことしてないよな。まさか、スワル城関係の奴か? ロッツとかいう奴、おれを捕まえる気があるみたいだし。
「セントラルで、人を騙し魔科学を破壊した、という」
「っ違う!!」
おれはカッとなってテーブルを強く叩いて立ち上がった。食事をしている人たちの注目を浴びた。
ここにいる人たちは旅行するほどの上流階級だ。おれをバカにするようにクスクスと笑っているのが分かった。
「落ち着くんだ。こんなところで魔力を使うんじゃない」
「え?」
チカチカとランプが点滅をしていた。使ったつもりはなくて、ノーウェルという男の言葉に冷静になり座ると、ランプの炎は元の状態を思い出したように戻った。まさか、怒りが原動力なんて言わないよな。
「むしろ、逆だ。セントラルを守ったんだ。証人は、街の人だ」
「そんなことだろうと思ったさ」
「は?」
「……あいつらが、本当のことを言うとは思ってない」
「……あんたは、何者なんだ」
「ノーウェル、単なる旅客さ」
「……」
「それで、君が話しかけた質問は何だ? この船に乗ったのは初めてだ」
「……なら良い。ここに住む魔物のことを聞いても意味ないみたいだからな」
「古くからの書によると、奴らは音に反応をしてるようだ」
「?」
ノーウェルはそのまま窓の外を見た。若干、荒れている海が見えて水しぶきが窓を叩く。
「電気は通るから他の生物、そして船の天敵」
「……」
「水は使えない。残る属性は何があるかな」
「……炎か」
「属性は他にもあるが、奴はイカのような生き物だからな」
「……イカって」
おれは一瞬固まった。ここに来てから、現実世界との共通語なんてそうそうなかった。魔法なんて、こっちにはないからノーカウントだとしても、イカなんて同じか?
しかも、ノーウェルが少し笑っているようにも見える。
「こっちじゃ、珍しいからね。黒髪は」
「!!」
確定の言葉だった。頭の中が真っ白で何て言葉を出せば良いのか分からない。よく顔を観察しても、日本人っぽくない顔立ち。綺麗で、そこら中の女性が心を奪われるような甘いルックス。好青年っぽい雰囲気だと思ったら、中身もそんなに悪くない。
嫉妬を感じることすら無意味にさせる。
ようやく、窓から目を反らしておれを見る。深い緑色に吸い込まれそうになるが、油断は出来ない。
「同じだろ?」
なにが、というよりも意味が理解してしまう自分が嫌になる。その問いに、生唾を飲み込み、僅かに視線を下げる。さっき、おれの腕を掴んだ手が見える。思ったよりも綺麗な指先だ。たぶん、おれよりも大きく長いだろう。
「……他にも、いたんだな」
その問いの答えはこれだけで十分だろう。その言葉を聞いたノーウェルは満足そうに笑った。他に同じ境遇の者がいて、おれは安堵をしてるのに、ノーウェルは表情を変えない。顔に出ないタイプかと思ったが、さっき笑っていたし、最初に退屈そうに、悲壮感を漂わせていた。
よぉく観察してみると、彼はこっちの世界でも美的感性は同じなのか女性……だけじゃなく男性も見惚れるように見ている。
笑う様子がないため、近寄りがたい存在となっていたみたいだ。おれが笑わせたのかと、誤解するほど少し頬を和らげた。
「なんか、無性にあっちの世界の駄菓子が食いたくなる」
誤魔化すつもりはなかった。単に元の世界の奴がいるならと安心した。けど食べたいっていうのも事実だ。
「だがし、って何だ」
「……おまえ、何歳?」
変なジェネレーションギャップが生まれた。おれより年上なんだから知ってると思っていた。ノーウェルは一瞬、言葉を詰まらせて悩んでから返答をした。
「残念だけど、俺は君とは違う国の出身だからね」
「……そっか、東洋人には見えないもんな」
そう納得してから、ふと疑問に思ったことがあった。普通に流されそうになっていた自分の愚かさに嘆きたくなる。
「何で日本語が分かってんの」
「君が英語を話してるんじゃないのか?」
「いやいや、おれ英語苦手なんだけど」
「俺は英語しか話してないよ。そのつもりだしね」
変な矛盾が生まれた。もしかしたら、おれこっちに来た時にどっか頭をぶつけたのかもしれない。
それかコロナが何かしたのかもしれないが、流石にそれはないな。手助けするような奴じゃないし。遠くで扉が開く音がした。誰かが入ってきたのだろう。
「そうだ、一緒に行こうぜ。どうせ、同じ境遇なんだ」
「……」
「俺も心強いし、友達になりたいし」
「……友達」
「迷惑か?」
「いや、それは……」
「トウカ!」
「……ウィズ、どうしたんだ?」
ドンッと音を立ててテーブルを叩く音がして、その張本人を見ればウィズが片手で叩いていたが、痛痒かったのか赤くなった手を掻いていた。
「や、もう暗いし早く寝よう」
「あー、分かった」
「……ふふ」
「……何がおかしいんですか」
ノーウェルが小さく吹き出すように笑えば、ウィズが不機嫌な声色になる。窓の外はもう真っ暗で様子が見えないほどだ。
「いや、愛されてるなと思ってね」
「……」
「……」
クスクスと笑いながら、目を細めて話すノーウェルにおれもウィズも黙ってしまった。何を言ってるんだか……、呆れながら席を立った。
「他の奴らは寝てんの?」
「や、まだ寝てないよ。お腹は空いてないし、疲れたし」
「オッサンは? 朝から食ってないんだろ?」
「今、行くと迷惑になるからって。騒ぎになるから」
「あー、そっか」
戻ろうと何歩か進んでから、ふと振り返った。
ハードな行動だったし疲れて眠くなるのも仕方がない。それにご飯は遅めに食べたしな。
「一緒には?」
「誘いは嬉しいが、望んでない子もいるみたいだし」
「……そっか、残念だ。良い航海を」
「そっちこそ」
まあ、運が良ければまたどこかで会えるだろう。ウィズが嫌だというなら仕方がない。何か気に入らない要素があるのかもしれないな。見た目だけなら間違いなく惚れるはずなのに。
食堂から出て廊下に出る。ウィズの小さめの背中が怒ってるようにも思える。
「なんだよ、気に食わないのか?」
「そんなんじゃ……」
「じゃあ、なんでわざわざ割り込むんだ。普通は邪魔しないようにするだろ」
「……あの人、どっかで見たことがあるの」
「旅人だと聞いていたが」
「……あたしだって、記憶が万能じゃないわよ!」
「そうか、んじゃ戻ろうぜ」
「う、うん……」
ウィズを通りすぎた瞬間、小さく謝った声が聞こえた。感情を剥き出しにしたことを謝ったのか、邪魔したことを謝ったのか、それは分からなかったが、反応を示さないことで優しさを表した。
自分の部屋に入ると、座っていたルゥトがベッドから立ち上がった。
「お帰り! 何か情報を得られた?」
「何となくはな」
「対策は練られそう?」
「……どうだろうな。魔法がメインになりそうだが、刺身にして食いたいぜ」
「お腹、空いてるの?」
「いや、そういう訳じゃ」
イカだと聞いたから、生にして刺身にしてみたいと思った。だけど食えるか分からないし捌ける人がいるか分からないし、見た目が本当にイカなのかも怪しい。けど、食ってみたいという欲求が生まれる。
「あんたって、けっこう食い意地が張ってるよね」
「うーん、まあ、確かに大食いじゃないけど食にはうるさい方だな」
色んな飯が美味い所に生まれてるし、舌が肥えてるのかもしれない。飯を食うことでストレスが発散されるし。
「食べられることは健康の証拠だよ」
「そうだな。そういや……」
ノーウェルのこと別に話すことでもないかな。思い出すように告げた言葉を途中で終了させた。
「なによ」
「……あー、飯代って別なのか? 搭乗するときに代金渡したけどさ」
「そうだよ。メニューに書かれてるはずだよ」
「じゃあ、人気がなくなって、尚且つ食事処の閉店前に行くか、オッサン」
「……俺は、まだ食わなくとも平気だ」
「そう言って遅くなるグループなんだから、きちんと食事はしよう。二人は腹は?」
「ボクは朝まで大丈夫」
「あたしも平気。もう眠い」
よっぽど疲れたのか、二人はそう言いながら眠る支度をして横になった。そして数分もしないうちに寝息が聞こえる。
「これからもっとバタバタするんだろうな。暗くしても、平気か?」
「……構わん」
二人を起こさないように細心の注意で話したり、部屋を暗くしたりした。ランプの使い方は現実世界と違いはない。明るさの調整が出来るのは凄いと思った。正直、ここの文明レベルはもっと低いものかと思っていたから。