五話 新しい敵
「なんか、不思議」
「ん?」
途中まで階段を降りると、ウィズが独り言のように呟く。それに反応したのかルゥトで、少し呼吸がしにくいため疲れてるおれは無反応だった。日頃の運動不足がここに来て顔を覗かせるとは。
「ここ、魔力が渦巻いてる」
「魔力が?」
ようやく、おれも反応をする。魔法使いでありながら、魔力がほとんどないため、それを知ることは出来なかった。
「うん。人間界では、あまりこういう場所はないのよ。それに……」
「?」
「普通の魔法使いは、人間界では魔法を使えないの。あたしは、元々の力が大きいのか、使える特殊なタイプなんだけど」
「人間の世界では、魔法使えないのか。でも、魔科学を流行らせようとか、どういうこっちゃ?」
「魔科学も特殊なの。魔科学は人間でも使えるから……だから、必死になる」
なるほどな。おれたちが思うよりも、利便性が高いてわけか魔科学は。
そう考えると、おれは使い方を抜きにして便利だと思うんだけどな。ただ、あの危険性を見たからな。
おれが使えないのは、土地柄もあるのか? コロナは神だし、論外だとして。
「人間界って言ってるとこみると、魔法使いたちは人間を下手に見てたりするのか?」
「自分たちより劣ってると思ってる人はいるわ。人間も、魔法使いを化物だと認めない人もいる」
「その中で働いてんのか」
「一族のためだから。偽ってるのよ、心を」
「おまえもか?」
「……」
沈黙となった。真っ暗なため、顔が見ることが出来ず、どんな反応をしてるのか分からない。
まるで、さっきの言いぶりが気になった。
「あたしは」
「別に良いけどな。種族がどうとか、おれには興味はない。何事もなく一生を送れて、邪魔をしないんだったら干渉はしない。干渉もしてほしくない」
「……」
「誰が何だの、劣化してるからどうだの、鬱陶しい。人は違うから楽しいんであって、同じ奴ばっかなんて退屈じゃねぇか」
「……みんながみんな、トウカのような考え方ではないのよ」
「そういう風に考えるキッカケがあったんだろ? 誰かを見下して、なにが楽しいんだよ。自分の薄汚れた性格を露見させてるだけじゃねぇか」
「……」
「耳が痛いね。そういう風に、思わせた過去があったのかもしれない。トウカのところは、そういうのなかったの?」
「……ないって言い切れないのが切ないとこだな。結局、こういう問題は簡単には解決しないもんだよな。競争社会ってのも、考えもんだよな」
だけど、競い合わなかったら、馴れ合いだけで済んだら、それはそれで退屈なことにもなってるだろうな。
「無茶苦茶な言い方すれば、もう関わらないようにすれば良いんじゃねぇの」
「ほんと、無茶苦茶ね」
「それぞれが干渉しないで、好き勝手に生きれば良いんだよ」
「でも、人は欲深き生き物だから……無いものを欲してしまう。手に入れたいと思う」
「ルゥト?」
「難しい問題なんだよね」
「でも、やろうと思えば簡単なんだよ。おれたちは全員、異なる種族だ。けど、それを何とも思わず旅をしてる」
「……そぅだね。確かに、ボクたちは違うのに、目的も何もかも、でも一緒にいる」
「どうして簡単なのに、出来ないのかしらね」
人数が少ないからなのかもしれないが、やろうと思えば出来るのに出来ないのは……やっぱり、国が絡んでるんだろう。
そんなによその土地が欲しいかね? 普通に誰もいないとこだったら良いけど。隣の芝生は青いってか?
「人の声が聞こえる」
「……ほんとだわ。所長、かしら」
声だと判断すると、降りるスピードを早くした。時折、大きな物音も聞こえるが、響くため正確な位置が分からない。
「なんか、金属の音もする」
「誰かが戦ってるのか?」
「なんで? 反乱?」
「一つしかないでしょ。大男のことでしょ」
「あ、そっか。行こっ……ぎゃぁぁ!」
「ちょっ、おまっ……!!」
「……久しぶりのドジね」
歩き始めたルゥトが足を滑らせ、下にいたおれを巻き込み階段を騒音を出しながら落下していく。
上の方からウィズの呆れ声が聞こえてるが、反応する暇すらない。
床に顔面から落ちて、おれの背中に乗るルゥト。
「ご、ごめん」
「いいから、早く退けてくれ」
「あっ、ごごご、ごめんね。痛くない?」
「……はぁ、なんとか、な……おい、あれ」
やっと腰から退けるのを見てから、少し上半身を起こすと、見たものに驚きの声を上げた。
タタタッと慌てて降りてきたウィズは、おれを心配するよりも同じ光景に言葉を失っていた。
二メートルを超えた大男が、変な人と戦ってる。
「……ロッツ」
「ろっつ?」
「えっ、あれが? なんで、所長のところにいるのよ」
「……誰だよ、説明しろよ」
ルゥトとウィズが共通で分かっているロッツって、一体なんなんだよ。たぶん、二人が話してるのは大男と戦ってる、火のように燃えたような赤い短髪の男のことだろう。
細身の長剣で素早く攻撃をしていて、大男は大きめの長剣で防ぐだけしか出来ていない。
「ずいぶんと、若いな」
「あの人は、スワル城の四神騎の一人、ロッツ」
「ししんき?」
「王を守る精鋭たち。その実力は、神をも凌駕する騎士たち」
「……なんで、そんなのがこんなところに?」
「あたしも、それ思ったわ。スワル城の精鋭が、なんで」
ウィズが話した言葉の意味が理解した。なんで所長のもとにいるのか。
「ちょっと、じゃあ、残りの奴ら四神騎なの? 初めて見たわ」
「女もいるんだな」
「女は、ハルア。あたしと同じ魔法使いよ」
「残り二人はいないみたい。城を離れるわけにはいかないしね」
新しい名前を知った。四神騎とか、ロッツとかハルアとか。
同じ魔法使いってことは、同じ一族か。でも、同じ一族で敵同士とか、嫌な話だな。
「……どうしよう。四神騎相手に挑むなんて無茶だよ」
「あたしも、同じだよ」
「相手の実力も分からないで挑むわけにもいかないよな」
城を守る騎士ならば戦うのも慣れてるはずだ。そう考えると殴るなんて出来るわけないな。どうせなら、もっと強くなってから殴ってやる。
「ギャラリーも賑やかになってきたな。こりゃあ、手抜きも出来ねぇぜ」
「!!」
戦ってる最中、チラッとこちらを見て話した。そんなに目立たない場所にいたが、気付かれてしまった。
ハルアという薄いピンク色のポニーテール、現実にはいなそうな色合いにギョッとしてしまう少女はこちらを見ていた。
年齢的にはウィズと変わらない。というか、ウィズを睨んでいる。童顔で、やっぱり綺麗な見た目だった。
「危ないっ!」
ハルアがこっちに手を向けたのを見ると、ウィズが飛び掛かるように、おれとルゥトを押し飛ばした。その直後、野球ボールサイズの火の玉が頭の上をかすった。そのまま壁に穴を開けたが、ウィズよりは威力はないが、スピードが早かった。
コツコツと足を鳴らして近寄ってくるハルア。短めのスカートで全身真っ黒に統一されてるせいか、色白な肌が強調されていた。
「……邪魔者は、排除です」
機械のように感情のない声で発せられた言葉は、ゾッとするほどに恐ろしかった。
またしても、手を向けてくるハルアに、おれたちは絶体絶命な感じとなっていた。
「じ、邪魔者って何だよ! ここはおれの城だぞ! 出ていけ」
「……もう決定事項なの?」
「なんで挑発するのよ、あんたは!」
恐怖からなのか口から出ていたのは普通じゃない言葉。本気も何割かあるから嘘ではないが、ウィズもルゥトも、おれの言動に驚いていた。
「……あなたの、城?」
「そうだったのか、そりゃあ悪いな暴れて。すぐに立ち去るから待っててくれ」
「ん? おまえたちは……どうしてここにいる!?」
「あ、気付かれちゃった」
所長にまでバレたため、ルゥトがヤバいという声色で呟く。意外と良い奴っぽいロッツに驚いていると、所長が殺気を放つ勢いで叫んでいた。
「どうやって脱け出した!?」
「……あー、ちょちょいのちょいってカンジー?」
「なんだ、それは!」
「……」
「……ん?」
ハルアがジッとおれを見つめた。そんなにモテたことないんだが、魅力ある容姿だと自分では思っていない。むしろ興味深いほどに、悪い顔だと思われてるんだろうか?
「黒髪……黒い目……異国の服」
「……おー」
そういえば、おれと同じような色を持った人を見掛けなかったな。大して驚かれたわけではないが、普通じゃないみたいだな。
服からして普通じゃないんだけどな、ブレザーだし。
「勇者だってか? 危険となった世界を助けるた」
めに、と続けようとしたら、無表情だった顔に影がかかった。そして、容赦なく水の魔法を使ってきた。
「……廃族」
「はいぞく? 配属……どこにも所属してないが」
「廃族だと!? なぜ、その稀少種がこんなところに」
「……」
「ロッツ! そいつを捕まえろ! 貴重なサンプルだ」
それって、もしかしなくともおれのことか? 黒髪なんて元の世界にいくらでもいるし、稀少って言われるような人間でもない凡人だと自他共に認めてるし。
「ははははは! お主が稀少とかアホらしいギャグを考えるのぅ、あの爆発頭」
「笑うんじゃねぇよ」
「お主が稀少なら、全世界の稀少種が霞んでしまうわ」
「うるせぇよ、久しぶりに出てきて人を貶すしか能がないのか、コロナ」
「……爆発頭、面白い」
「可愛い可愛い妾のルゥトは流石じゃ」
「おめぇのじゃねぇから」
第三者の登場に、いや、爆発頭という単語に所長が固まっていた。四神騎の二人も、転送魔術がないことを知ってるせいか固まっている。
「な、何なんだ貴様は!」
ハルアに怯えることもなく、ハルアに背を向けている。
その固まった空気を爆発頭が叫ぶことで壊された。
アフロを爆発頭って、古典的な漫画のニュアンスじゃないか?
「うるさいのぅ。妾は叫ぶだけしか出来ない弱者は嫌いじゃ。さっさと消えろ」
初めてこの女の怖さを知ることになった。後半の声は、本当にコロナから出ていたのか不明なほどに低く、爆発頭に向けられていた彼女の手が横にスゥっと動くと、泡のようなものが爆発頭を包み、割れて消えた。
なんの躊躇いもない行動に誰もが言葉を失っていた。
「……殺したの?」
「消しただけじゃ」
「同じだろうが!!」
「……なにを怒っとるんじゃ」
「何も殺すことはないだろ! うるさいって理由だけで! 確かにうるさかったけど!」
「……勝手に殺すでない。消したと言っただけじゃ」
「はあ? 意味は似てるんだよ。消すも殺すも」
「妾の手を、あんな下等民の血で汚したくないわ。爆発頭は本来いる場所に飛ばしただけじゃ」
ルゥトが怯えて聞くと、あっけらかんに答えるコロナに流石にピリッとしたおれが怒鳴るように話せば、頭が足りないような言葉を使ってくる。言葉ってめんどくせぇな、似たようなニュアンスがあって。
「本来って……スワル城か? まさか、セントラルじゃないよな」
「場所までは知らん。妾としては、流氷の上に飛ばしたかったがな」
「おんなぁぁぁぁ!! よくも、博士を!!」
博士? 大男と戦っていたロッツがターゲットをコロナに変えた。だが、顔色を変えることなく動かないコロナに向かって走り出した。
だが、さっきまで銅像のようにして身動きをひとつ取らずにいた大男は一太刀、横に大剣を振るうと大きな風が起こった。遠くにいたおれたちにまで風圧がやって来て、小柄なハルアが吹き飛ばされそうになった。
「あぶねっ!!」
滅多に上げないだろうハルアの悲鳴が、彼女が予想もしてない状況だということを示した。
剥き出しの瓦礫に向かって飛ばされていったハルアに駆け寄り抱き止めると、そのまま背中を壁にぶつけることになった。
「がっ……」
「トウカ!!」
「……なぜ、助けました」
「……や、体が、勝手に」
とてつもない痛みが背中に走って、まるで心臓がそこにあるようにどくんどくんと波打った。